ロミオが宙を舞っている。訓練所から戻って来たナギの目に入った光景だ。何が起きているのか把握する前にロミオが床に衝突した。ナナが慌てて駆け寄るが、怪我はないようだ。
「いっ……てえ……!いきなり殴ることないだろ!」
ロミオの前には青紫の帽子を深々と被った背の高い男がいた。機嫌が悪そうな表情をしている。
「……状況を説明してほしいな」
騒ぎを聞きつけたジュリウスも寄ってくる。
「ちょっと、よく分かんなくて……」
「こいつの前いたところとか聞いただけだよ!そしたら、急に殴りかかってきて……」
本当に「聞いただけ」なのだろうか。ナギはロミオが調子に乗り過ぎたのではないか、と考えていた。
「アンタが隊長か……。俺はギルバート・マクレイン、ギルでいい。このクソガキがむかついたから殴った、それだけだ。懲罰房でも除隊でも、勝手に処分してくれ。じゃあな」
そう言いながらギルはその場から去っていった。
「おい、あいつって……」
「ああ、上官殺しのギルだろ」
「あんな奴ブラッドに入れて大丈夫なのか?」
その時、少し離れた場所から聞こえたフライア職員達のひそひそ話を、ナギは聞き逃さなかった。
(なんか訳ありって感じだな……)
「あいつ、短気すぎるよ……。そりゃ俺も、ちょっと聞き方しつこかったかもだけどさ……」
「暴力はよくないねえー。先輩も結構いじりすぎだったかもだけどさー」
「軽く行った方が早く打ち解けられるじゃん!」
「今回の件は不問に付す。……ただし、戦場に私情を持ち込まぬよう、関係を修復しておくこと。いいな?」
去り際にジュリウスはそう忠告した。彼の言う通りだ。この先、顔を合わせる度にこのようなことになるようではチームとして機能しない。
「無理だってー!あんな暴力ゴリラとなんか、やってらんないよー!」
「ロミオさん、あんなスマートなゴリラはいません」
「そういう問題じゃないと思うよー」
ロミオは既に仲直りを諦めてしまったようだ。ぶつぶつと文句を言いながらどこかへ行ってしまった。
「どうしよー、ナギ?」
「とりあえずギルって人んとこ行ってみるしかなさそうだな。あれじゃロミオさんから謝るのは無理そうだ。一緒に来れるか?」
「いいよー。どこにいると思う?」
「やっぱ庭園かな」
途中で未だに一人で文句を言っているロミオを通り過ぎ、二人は庭園へ向かった。
ナギの予想通り、ギルの姿は庭園にあった。一人でベンチに座っている。さすがに自分から話しかけるのは躊躇われるのか、ナナはナギより少し後ろにいる。
「どっちから先に声かける……?」
「俺がやるから心配すんな。局長室入るのに比べたら簡単だ」
ナギはなんの躊躇いもなくギルに近づく。途中で彼がこちらに気づき立ち上がった。
「ああ、お前らか……」
二人に対してはそこまで嫌悪感はないらしく、先ほどのように不機嫌ではなさそうだ。
「ど~も初めまして。ブラッドの新兵、ナギです」
「私はナナ。よろしくー」
「俺の処分が決まったのか?」
「そうですねぇ、あえて言うとしたら……ロミオさんとの関係修復、ですかね」
「ハッ!そりゃあ、いい……。ま、配属早々、つまんないもの見せたことは詫びるよ。あとでロミオにも言っておくか……」
二人が思っていたより素直な人だった。これなら関係修復もさほど時間はかからないだろう。
「……そうだ。あの時は変な流れになっちまったから、改めて言わせてくれ。俺はギルバート・マクレイン、グラスゴー支部からの転属だ。ブラッドになったのはつい先日だが、五年前から神機使いをやってる。よろしくな」
「よろしくー!そうだ、これどうぞ!」
いい雰囲気になったところでナナが取り出したのは、彼女特製のおでんパンだった。いつから持っていたのか、ナギには分からなかった。
「……貰っておくか」
「やった!受け取ってくれたー!ナギ、ギルはイイ人だよ!」
「これで分かるもんなのか?」
嬉しそうに飛び跳ねるナナと、そのテンションについて行けずに苦笑するナギ。それを見てギルも笑いだした。
ギル、ナナと別れた後、ナギはラケル博士の研究室に来ていた。ギルを見たときのフライア職員達の反応が気になったからだ。恐らく彼の過去に何かあったのだろうが、先ほどは聞き出せる空気ではなかった。
「ラケル博士、いますか~?」
「どうぞ」
局長室へ入ったときとは違い、入室許可をとってから扉を開ける。いつものように優しい表情をした博士がいた。
「どうしました?」
「ギルさんのことがちょっと気になったもんで。…………上官殺しって、何があったんですか?」
博士の表情が少し曇る。それでも、話したほうがいいと判断したのか、ナギを座らせてから口を開いた。
「……ギルがグラスゴー支部にいたときのことです。彼の部隊長がアラガミ化し、彼はその介錯を行いました。彼の行為は正しかった。ですが、事情を知らない神機使いやジャーナリストから”上官殺しのギル”と呼ばれるようになってしまったのです」
「……そうですか」
適合していない神機の使用、偏食因子の過剰投与または長期間投与されなかった場合などの理由で神機使いがアラガミとなる現象、アラガミ化。治療法は見つかっておらず、発見次第処分するのが通例だが、当時、部隊員が部隊長に介錯を行うことは異例であった。
「……俺達が支えてやらないといけませんね」
「私たちは苦しい時も、悲しい時も、喜びの日も、怒りの日も、いつだって一緒です。ブラッドは家族なのです……。それを忘れないでくださいね」
「分かりました。じゃ、失礼しました」
丁度、ナギに任務が入ったことを知らせるアナウンスが流れた。エレベーターを待っている間ナギを支配していたのは、ロミオがギルと仲直りできるかどうかという不安だった。
「え?あのギルとかってゴリラ、そんなこと言ってたの?」
「そ~です」
「……よし、おまえに免じて、今回の件は水に流すとするか!」
ロビーで合流したナギとロミオ。本当に反省しているのかどうかは不安だが、最初に比べると随分進歩した。少し遅れてギルもロビーに到着し、互いに謝った。
「さ、出発しますか。途中でまた喧嘩しないでくださいよ?今回はスピードが大事ですからねえ」
先ほどフライアの進路上にアラガミの大群が確認された。それもグレム局長が他の支部に応援を要請した程だ。今回はその増援部隊との合流ルートを確保するための戦いだ。大群の一部をブラッドが切り離し、その隙に増援部隊をフライアへ通すという作戦だ。ぐずぐずしているとアラガミに合流され、大群全てを相手することになる。
ブリーフィングを終え、ナギ、ロミオ、ギルの三人で目的地へ向かう。ナナとジュリウスは別方面を担当する。
「ブラッドα、降下ポイントに到着!」
『降下後、射撃で先頭集団を引き付けてください』
「了解!二人とも、飛び降りますよ!」
三人同時にヘリから飛び降り、大群の正面に着地する。すぐに銃形態の神機で次々にアラガミを狙い撃つ。
「ロミオ!そんなに距離あけてどうする!全然当たってねえぞ!」
「な!お前が近すぎるんだろ!」
「はあ、どうしたもんかね……」
五年のキャリアがあるギルから見て、ロミオの位置取りはおかしく見えた。が、指摘しても直す様子はない。
『ブラッドα、作戦エリアまで後退してください!』
「はいよ~!」
ある程度のアラガミの注意をこちらに向けたところで、三人はアラガミとは反対の方向へ走る。向かう先は黎明の亡都だ。
「よし、到着」
「さて、やるか!」
再び反転し、今度はアラガミの方へ走る。ギルはチャージスピアに切り替え、一振りで何匹ものアラガミを薙ぎ払う。ナギとロミオもバスターブレードを振りアラガミの数を減らしていく。
「ナギ!後ろ!」
「な!?」
いつの間にかナギの後ろにコクーンメイデンがいた。ロミオの声がなければ全く気付かなかった。
(こいつは動かないし、さっきまでいなかったはず……!)
一説によるとコクーンメイデンは地中を移動できるらしい。だが、そんなことを考えている場合ではない。今にも針を伸ばしてナギを突き刺そうとしている。
(間に合ってくれよ!)
ナギは咄嗟に神機を背負うように構え、装甲を展開。不安定な体勢で展開したため長時間開くことはできないが、針を防ぐことに成功した。
「よっしゃ!」
コクーンメイデンに向き直ると同時に神機を全力で振り上げる。その軌跡をなぞるように血が飛び散る。バスターブレード使いだけが使えるカウンター技、パリングアッパーだ。
「やるな!」
「もう一度やれって言われても遠慮しますがね!」
気が付けばアラガミの数はかなり減っていた。特にギルの周りには数多くのアラガミの死骸が転がっている。これが経験の差だろうか。
『増援部隊がフライアに到着しました!現在交戦中のアラガミの殲滅が完了次第、任務終了となります。頑張ってください!』
「ラストスパート、ってとこか?」
「ああ、さっさと終わらせるぞ!」
「やってやろうじゃん!」
徐々に終わりが見えてきた。息を切らしながらもアラガミを叩き潰していくロミオ。アサルトへ移行し絶え間ない連射で次々と標的を打ち抜くギル。そして――
「止めの一発、当たっとけ!」
群れの中心部にナギが撃ったバレット。一匹のドレッドパイクに当たると、群れ全体を巻き込む程の大爆発が起きた。爆風が治まった後、そこにあったのは焼け焦げた肉片と化したアラガミの数々だった。他のアラガミの気配はない。任務完了だ。
「いや~、お疲れさんでし――」
「おい、もう少しナギの戦い方を見習ったらどうだ。どうしたら同じ装備の組み合わせでここまで差が出る」
「人それぞれのスタイルがあるってこと知らないのぉ?」
「…………早くお迎え来ないかねえ……」
喜びもつかの間、これからの任務が不安になってきたナギであった。