神機に力を溜め、勢いよく振り上げる。訓練所で何度もこの動作を繰り返している人物がいた。ナギだ。
昨日のミッションで彼の”血の力”が目覚めた。発動後に気を失ったため彼自身はなんとなくしか覚えていないのだが。数時間前に病室で目が覚めた彼はラケル博士からいくつか説明を受けた。
一つは、ナギが対峙したアラガミ――マルドゥークについて。このアラガミは”感応種”と呼ばれており、強い”感応現象”によって他のアラガミを支配することができる。それはオラクル細胞を持つ神機にも影響し、エリックとエミールの神機が動かなくなったのもそのためだった。
そして、”感応現象”。オラクル細胞同士が互いに影響を与え合うこの現象は、神機使い、神機、アラガミの間で発生する。血の力も感応現象の一種であり、ナギはこの力で感応種の支配に対抗していたらしい。
もう一つ、ナギは新たな力を手に入れた。”ブラッドアーツ”だ。血の力を利用し神機での攻撃を強化するもので、ナギが訓練所にいるのもそれの練習のためだった。
「はぁぁああ!」
チャージクラッシュの構えに入り力を溜める。通常ならこの後に振り下ろすのだが、ナギは逆に振り上げた。同時に刀身に凝縮されていたエネルギーが数メートル先へ撃ちだされた。これがナギのブラッドアーツ、CC・ディバイダーだ。
「すごーい!これこそ必殺技!って感じだねー!」
後ろで見ていたナナが声をかける。元々は彼女がブラッドアーツを見たいと言ってきたため、練習も兼ねてここへ来たのだ。
「あとは動くアラガミに当てる練習だな」
「でも大丈夫?何回も使ったら貧血にならない?」
「ははは!面白いこと言うな。貧血とは関係ないと思うぞ」
「そっかー。じゃあ私もブラッドアーツ使えるようになったらガンガン使ってこー!」
二人は訓練所を後にし、庭園に向かった。休憩するにはもってこいの場所だ。
「そういえば、今日から新しい人が来るんだよね?どんな人だろー?」
「どうだろうな。また極東組みたいに個性的な人かね」
今朝エリックとエミールは極東へ戻った。エリックは「姉弟二人ともに助けられた」と言い、エミールは「ともに騎士を目指そう」と言って帰って行った。
それと入れ替わるように、ブラッドに新メンバーが加入するのだ。ジュリウスだけはその人のことを知っているようだった。
「仲良くできたらいいなー」
「それが一番だな」
新メンバーとの顔合わせまでまだ時間がある。ナギはそれまで庭園でボーっとすることにした。
「シエル・アランソン、入ります」
ラケル博士とブラッドがいる研究室に、一人の少女が入る。少女はナギ達を見ると敬礼し自己紹介を始めた。
「本日付で、極地化技術開発局所属となりました、シエル・アランソンと申します」
まるで軍人がするような自己紹介に、ジュリウスを除く四人はぽかんとしていた。ナギが理解できたのは彼女がマグノリア=コンパス出身ということ、かなり専門的な教育を受けてきたことぐらいだった。教育の中身まではついていけなかった。
四人の視線が気になったのか、シエルは少し恥ずかしそうに「以上です」と締めくくると下を向いてしまった。
「シエル、固くならなくていいのよ。ようこそ、ブラッドへ。これで、ブラッド候補生が皆そろいましたね。ジュリウス」
「これからブラッドは、戦術面における連携を重視していく。その命令系統を一本化するために、副隊長を任命する」
シエルを連れて来たのはそのためか、とナギは納得した。先ほどの自己紹介から考えると、知識や頭脳ではブラッドの中でトップだろう。
「ここまでの立ち回りと、早くも血の力に目覚めたこと……。ナギ、お前が適任だと判断した」
「…………え?」
鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはまさに今のナギのことを言うのだろう。任命の理由も述べられたが、それでもなぜ自分なのか分からなかった。神機使いとしての経験ではギル、ブラッドにいる期間はロミオの方が長い。神機の扱いも彼らの方が上だろう。
「わー、副隊長!よろしくねー」
「いや、ちょっと待て」
「まあ、順当だろ。ナナはあれだし、ロミオは頼りないしな……」
ナギだけが置いていかれたような状況になっていた。ここまでくるとナギが副隊長をやるしかなさそうだ。
「うるさいよ!いつも皆の射線の邪魔になってるイノシシバカに言われたくないね」
「皆って誰だよ」
「わたしじゃないよー」
「うるさい!俺だよバーカ!」
今度はナナを挟んでロミオとギルが喧嘩を始めてしまった。隊長不在のときなどは、こんなメンバーをナギがまとめることになる。
「チームの連携に不安が残る現状だが、お前ならきっとできるさ」
「ははは……。不安しかないです」
「シエル、副隊長とブラッドについてのコンセンサスを重ねるように」
「了解です。改めて、よろしくお願いします」
まだ完全に納得できていないナギだったが、周りは既に受け入れたようだ。やるしかないと自分に言い聞かせ、ナギは「よろしく」と答えた。
ナギの副隊長就任が決まった後、彼とシエルだけが研究室に残っていた。今後、作戦の立案などを担当するだろうシエルと話し合いをしておく必要があるからだ。
「先に、確認しておきたいことがあります。ブラッドとして作戦行動を行った回数はどの位でしょうか?」
「ん~、十回……より少ないかな」
「それでは、しばらくは戦術レベルでの連携訓練を行っていくべきですね」
「(はは……何言ってんのか全然分かんねえや)そうだな」
差が大きすぎる。ナギはすぐにそう感じた。ナギにとって訓練といえばダミーアラガミとの戦闘だが、シエルにとってのそれはそんな小規模なものではないようだ。
「副隊長から私に、何か質問などありますか?」
「そうだな……。マグノリア=コンパス、だっけ?あそこでどんな勉強してたんだ?」
「体術や各種武器の扱いの他には、破壊工作、諜報活動、暗殺術などを一通り学んだ程度です」
「………………」
「既に第一線で戦っている皆様に対して誇るほどのものではありません」
(いや、誇っていいだろ)
最近の児童養護施設はこのようなことを教えているのか、と場違いな感想を抱いたナギだった。言うまでもないが、マグノリア=コンパスが特殊なだけである。
話がひと段落ついたところで、シエルが手帳のようなものを取り出した。手渡されたそれは一日のスケジュール表のようだった。
「皆さんの戦闘データを基に作成したトレーニングメニューです。一日二十四時間のうち、睡眠八時間、食事その他雑事二時間、任務に四時間として……」
(あー、俺の嫌いなやつだ、これ)
事前にたてた予定通りに行動するというのが苦手なナギにとって、目の前にある資料は見ているだけで頭痛がしそうなものだった。
「……それでは、これで失礼します」
「へ?あ、ああ。お疲れさん」
気づけば説明が終わっていたようで、シエルは研究室を出た。もう一度エレベーター前で会うのはなんとなく気まずいと感じたため、ナギはしばらく研究室にいることにした。
「……これ、休憩がない……?」
改めて資料を見ると、訓練の時間が全て繋がっていた。ナギは研究所を飛び出し、エレベーターを待っているシエルに尋ねた。
「なあ、これ休憩が見当たらないんだが……」
「あ、すみません、書き忘れていました。座学と戦闘訓練の間に十分程度でいいですか?」
「……だけ?」
「なにか問題でも?」
ナギの常識とシエルの常識の間には相当なズレがあるようだ。しかも、真顔で淡々とこのようなことを言ってくるのだから恐ろしい。
「いや、普通は五十~九十分ぐらいの座学とかの後に十分程度の休憩を挟んで、ってやつの繰り返しじゃねえの?」
「マグノリア=コンパスでの日程を参考にしたのですが……」
「厳しくないか?」
「ジュリウス隊長の強さはこのような訓練の成果と言っても過言ではありません。ですので、成果は十分に期待できると思います」
(まずいぞ、建前が尽きてきた……)
ナギの本音は「ここまで拘束された日々に耐えきれる自信がない。というか、まず送りたくもない」というもの。さすがにこれをそのまま言うことはできない。おそらく言ったら逆効果だ。なんとかシエルを説得できないかと必死で考える。
「ほ、ほら、シエルはまだブラッドの生活ってのに慣れてないだろ?こういう細かい予定作るのは、もうしばらく後の方がよくね?任務の頻度とか、こっちで実際に生活しないと分からないこととかあるだろ?」
「それもそうですね……。分かりました。この件はしばらく保留としましょう」
説得に成功した。内心かなり喜んでいるのを悟られないように返事する。丁度よくエレベーターのドアが開いた。
「そういえば、次の任務では私は副隊長のチームでしたね」
「ああ、俺とシエルとギルだったな。見ての通りまとめ役としては頼りない人間だが、よろしく頼むわ」
この後控えているミッションでは、ジュリウスが率いるチームとナギが率いるチームの二つに分かれる。いつも通りにアラガミを倒すだけだが、チームをまとめる役目もあるため、ナギは少し緊張気味だった。
(ま、最初っから完璧にできるやつなんかいねえよな。幸いベテランゴッドイーターと優秀な参謀がいることだし、気楽にやるか)
初めての実地訓練のときと似たような感情を抱きながら、ナギは戦闘準備に取り掛かった。