第1話 終わりは始まり
「さようなら、ダンディ須永……」
西暦2138年……ユグドラシルというDMMO-RPGゲームのサービス終了時間直前……須永英光は長年──そう12年近く──愛用した、自らのゲームアバターに別れを告げた。
……はずであった。
「うーん、ここはいったい……」
ユグドラシルに別れを告げ、自宅に戻るはずが、そこは見たこともない場所であった。
須永は、まず情報を得るべく周囲を観察する。
(なんだ……なにが起きた? )
自分が座っている場所は、周囲を木々で囲まれた倒木の上である。
(これは、どうみても……森だよナ)
須永が生きていた現実世界は、大気汚染が進んでおり、このような森などは見たことはないが、先程まで遊んでいたユグドラシルのゲーム内ではお馴染みの光景ではある。
(だが、これはおかしい……リアルすぎるんだよな……そう、風があたる感覚、そして……匂いだ)
風で揺れる木々から発せられる植物の匂いが、ここが、勝手知ったるユグドラシルではないことを教えてくれている。
「うーん、これはもしかすると異世界……ってやつかな? ……昔の小説で読んだり、映画で見たことはあるけど……」
まさか自分が……と昔みたセリフを知らずにこぼしつつ、須永は自分の身体を見、顔を触りあることに気づいた。
(これってユグドラシルのアバターの姿だわ……)
須永の姿は、リアルでの須永英光……ではなく、先程別れを告げたばかりのユグドラシルアバター……ダンディ須永の姿であった。
今は廃れてしまった昔の娯楽の1つであるプロレスに魅了された須永は、自由度の高いユグドラシルにおいて、プロレスラー……ダンディ須永と名乗り、地味にソロプレイをしてきた。
元から体が強い方ではなかった須永にとってプロレスラーとは超人であり、憧れの存在であった。
ユグドラシルアバターのダンディ須永は、須永の理想のレスラーとして設定にはこだわった。
肉体的な強さを得るために、人間種ではなく、竜人という種族をベースにしているが、通常時の姿は、人間にしか見えない。 鍛え上げられた鋼の肉体は、頑強さと柔軟性を兼ね備え、あらゆる技を使いこなせるようになっている。
顔立ちは渋みのある美男子で、口髭がダンディ。年齢は30代後半の見た目と設定しているが、シワが少なく、精悍さと相まって、10歳前後は若くもみえる。
背は昔の単位でいうところの一間(約180センチ)、体重は100キロと、ヘビー級にしては軽い設定となっている。
もちろん異形種であるため別形態も設定はされているが、須永はユグドラシルにおいてその姿になったことはない。
なお、プロレスラーという職業は、モンクの亜種である。
「なんにせよここにいても仕方ありませんな。情報を集めるとしますか。帰り方はあるのですかね……」
何となくアバターの姿だと、ロールプレイで話してしまう。そんな自分に苦笑しながら、須永は立ち上がると、もう一度自分の姿をみてみる。 上半身は裸で、餅のような白い肌。下半身は、ハイレグの黒のショートタイツ。膝にはパーソナルカラーである紫の二ーパット。足元はアマレスシューズという、裸同然の格好である。
(さすがにこれはまずいかな。リングなら正装だけど、このままウロウロしてたら……捕まるわ)
ユグドラシル最後の時を須永は1人地下闘技場でトレーニングをしながら過ごしていた。そのためこのような格好となっていた。
「外装は……ああ、なるほど」
須永は一瞬で使い方を把握し、装備を整える。
「とりあえずは、ファンタジー世界であると仮定して……こんなところですかな」
紫のロングパンタロンに、上半身は旅にでるもののために多少は頑丈に作られた布の服。いわゆる旅人の服と呼ばれるものだ。
かなりの軽装ではあるが、元々鋼の肉体を持つレスラーである。余分な装備は必要はなかった。
「とはいえ、これでは少々寂しいですな」
そう呟くと、入場時に使うために持っている多数のアクセサリーのなかから、違和感が少ないものを選び出す。
選んだのは袖のない黒い革のベストに、テンガロンハット。どちらかといえば、ファンタジー世界の中世ヨーロッパではなく、アメリカの西部劇に近い形になるが、須永は気にしていない。
「あとはコレをつければ……」
仕上げとばかりに左肘に黒のサポーターをつけた。
須永が生きていた現実世界では知る人は少なくなったが、伝説のプロレスラー、スタン・ハンセンを意識したアクセサリーである。
「使わないにせよ、何かしら武器に見えるものを持った方が安全かも知れませんなぁ……」
空中に腕を突っ込み、アイテムボックスを探る。
「武器、武器……っと」
パイプ椅子、長机、ラダー、有刺鉄線バット、チェーン……と色々なアクセサリーが見つかる。
「武器というよりは凶器の間違いですな」
ダンディ須永はベビーフェイスだが、ヒールモードでも戦えるため、凶器は揃えてある。
「この格好ならブルロープが似合うと思うけど、こっちにしときますかな」
須永は悩んだ挙句、サーベルを取り出す。そして口に咥えてポーズをとった後、腰ベルトに挟み込む。
「一応旅人風に見えなくはないか」
須永は満足げに頷き、森の出口を探して歩き出した。