「せいや、せいっ!」
食後の軽い運動をしていた皇帝ジルクニフの下に、急報が入った。
「ほあたああっ!」
それは、ちょうど藁人形の顔面をトラースキックでぶち抜いたところだった。
「陛下、一大事でございますぞ!」
秘書官の1人がひっくり返らんばかりの勢いで駆けてくる。
「一大事か。さて、どのようなことかな?」
ジルクニフは汗を拭きながら穏やかに尋ねる。
「はっ……お、王国領エ・ランテルより救援要請が入っております」
王国の……しかも王家の直轄領であるエ・ランテルが、帝国に救援を求めているとのこと。これはハッキリ言って異常事態である。
「ほう……エ・ランテルからだと?」
「はっ。正確に申し上げるのであれば、エ・ランテル市民からの救援要請でありますが」
「市民からか……いったいなにがあった?」
ジルクニフは詳細説明を求めた。
「あの地にいる手の者によると、どうやらエ・ランテルで大規模な反乱が起きたようです」
「反乱とは穏やかではないな。まあ、察するに食糧だろうな」
「さすがは陛下。ご明察のとおり、ここのところ続いていた食糧不足……またそれによる値段の高騰を不満に思う民達が、食糧を扱う商会と都市の備蓄倉庫を襲ったのが始まりです」
民を飢えさせるのは、1番やってはいけないことだ。
「聞くところによると守備隊もそれに同調し、とめるものはいなかったそうです。都市長は離脱に失敗したとか」
「そうか。守備隊といっても、平民の出身だろうからな。まあ、そうなるだろうよ。ふむ。私は反面教師にしないといけないな……」
ジルクニフは真顔で呟く。
「陛下は、この国をよき方向へ導く存在です」
「そうあり続けるようにしよう」
「はっ。私も微力ながら、お力になれるようにいたします。……王国の対応ですが、第一王子バルブロ自ら討伐軍を指揮し、エ・ランテルを攻めているようです」
「……愚策だな。どうせ王家の威光を振りかざし、名前のみで制圧するつもりだったのだろうが……」
ジルクニフは蔑むように笑う。秘書官も似たような笑みを浮かべている。
「はい。すでに王家の威光など……」
「……存在していないことに気づいていないのだな。哀れなことだ」
「王国では、このような話が流布しているようです」
兄王子 脳が足らない バカ息子
弟は 力がなくて 役立たず
黄金は パンのかわりに ケーキ勧め
王様は 決断出来ず 年寄りに
「黄金だけ違和感があるが、他はその通りだからな……それにしても、あの都市は城塞都市だ。簡単には落ちぬだろうに」
「確かに。しかし、援軍なき籠城は……」
「わかっている。王子自らとあっては王国には援軍の期待はできぬからな。我々に求めるのはわからぬ話ではないがな。まあ、食糧も少ないだろうし、一刻を争うな」
ジルクニフは顎に手をあて、口元を覆いながら呟く。
「では……」
「当然、援軍を出す。民が助けを求めるなら、大義名分には十分だ。私自ら出るぞ」
「陛下自らでございますか?」
秘書官はさすがに驚きを隠せない。
「当然だ。帝国軍が来たというのと、皇帝みずから救いに現れたというのは印象がまるっきり違う。足の速い馬を用意しろ。すぐにでる。たしか、近くには行軍演習をしている軍があるな?」
「はい。新設の第10軍団がおります。また、そこから1日の地点に第9軍団」
「よし、私が合流次第その2軍団で先に攻める。各軍から足の速いものを選抜し、先にむかわせろ。守備は2軍団のみで構わん。4騎士は全員私と同行だ」
「御意」
「速さが命だ。急ぐぞ。ところでダンディはどこにいる?」
「は。たしか……"村おこしプロレス"を開催しております」
「そうか。たしか、エ・ランテルに近いな」
「はっ。2日かからないほどの距離かと」
「よし、移動しながら連絡をとる。まずは私の鎧を持て! それと例のものもだ」
ジルクニフは快活に命令を下した。
そしてメイド達に手伝わせて装備を整えながら、用意された湯漬けを立ったまま食す。食事自体は先程すませているが、これは儀式的なものである。
「人間の一生など儚いものさ、夢か幻か……だからこそ、我々は今をいき、時を惜しむ……よし、出るぞ、続け!」
ジルクニフは、獅子をイメージした黄金の鎧、サークレットのような兜を身に纏い、用意された真っ赤な駿馬に飛び乗ると、一騎がけで城を飛び出した。
ちなみに、小手の下には専用オープンフィンガーグローブを着用している。右に皇、左に帝が刻まれた皇帝仕様の特注品だ。
「陛下が御出陣なされた!」
この一報に各軍の動きが慌ただしさを増す。
「遅れるなっ!」
「まったく、ずいぶん行動的になったものですわね」
「早く追いましょう」
「…………」
4騎士がすぐに続き、さらに各軍団から精鋭が飛び出す。先陣は1000騎足らずというところだ。
「敵はエ・ランテルにあり! 都市を解放するぞ! 」
この疾風のような出陣をきっかけに、後にエ・ランテルの変と呼ばれる戦が始まる。
プロレスの匂いがあまりしない……。トラースキックくらいじゃないかと。
第3章も残り5話となりました。
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