宣戦布告を終えた帝国軍は、すでに陣形を整えいつでも攻撃に移れる状態になっていた。整然とした隊列に隙はない。兵士達には緊張は感じられないが、空気はビシッと引き締まっている。新設の2つの軍団が中心だとはとても思えない。どこか緩慢でダラダラとした空気すら感じられる王国軍とはまったく違う雰囲気……戦う集団だった。
「申し上げます。陛下、敵がようやく動いて来ました。どことなく体が重そうです。陛下の予想通りに、一軍団を残しこちらへと展開。鶴翼の陣です」
物見からの連絡が入る。焦りも気負いも感じられない平時と変わらぬ報告である。
「やはりそうか。……残ったのはレエブンの軍だな?」
「はい。なぜお分かりに?」
物見は皇帝の言葉に驚きを隠せない。
「……敵将の性格だな。自分が手柄をあげたいときは邪魔な奴は遠ざけるものさ。さて、やつらはこちらを寡兵とみたかな?」
ジルクニフはすでに笑みを浮かべている。
「恐らくそうでしょう。でもよかったんですかい? 後続を待たなくても」
"雷光"バジウッドが疑問を口にする。強行軍のため着いてこれた兵は多くない。
「大丈夫だ。この私が自ら率いるのだぞ? それにやつらは、我が軍団を新設とみて甘くみてくるだろう」
「……噂に聞く王子ならそうでしょうね」
帝国がつけている王国の主要人物の評価は、軒並み低いのだが、そのなかでもバルブロの評価は最低ランクだった。一言でいうなら愚物。ちなみに弟のザナックはわりと評価されている。
「まあ、一般的には寡兵の上に新設の軍団とあれば甘くみるだろう。……さらにはこの私がいることが判断を曇らせるのさ」
「前回の戦争を忘れてしまうほどの甘い餌……ってわけですね」
前回死者ゼロという事実は手加減しても圧勝という意味になるのだが、バルブロは前回参戦していなかったこともあり、逆にたいしたことないと侮っている。
「そういうことだ。新兵の中に私がいる。討ち取れるかもしれない。討ち取れれば、自分の王位は確実だ。
「そもそも、王位自体が存続の危機なんですがなぁ……とダンディさんも言ってましたね」
「そういうことだよ。そして、現実は甘くないということを知って貰おうではないか」
ジルクニフには余裕がある。相手を侮っているわけではなく冷静に分析した上での余裕である。
「実際、待ち受けているのは帝国最強の軍ですからね」
「……なにせ指揮官が指揮官だからな……」
黙っていた"激風"ニンブルが口を開き、それにバジウッドが続いた。
「指揮官としてはまだまだ未知数だが、なにせ個人としては我が国の最強戦力だからな……」
「そうですわね。それにあの方は頭も回ります。きっと指揮官としても結果を残されるかと」
"重爆"の頬が紅に染まる。
「ま、ほぼ我々の出番はなかろうが、最初に印象づけるとしよう。なにしろ魅せ方が大事だからな」
ジルクニフは自信ありげに笑う。
「陛下は随分変わられましたね.……」
「まったくだ。以前の陛下なら魅せ方とか言わねえな」
4騎士全員がそう思っていると顔に書いてあるのを見てジルクニフは苦笑する。
「……魅せ方は重要だぞ? 私はダンディからそれを学んだ。いつもどう魅せるか考え、それを実行する。これは色々なシーンで役に立つぞ」
「さすがは陛下です」
「おだてても給料は上がらんぞ。さて、はじめるとするか。エ・ランテルにも聞こえるようにしていたな?」
「はい。帝国プロレスの興行時に設置したままです」
「そうか、ならば問題あるまい」
ジルクニフは赤い駿馬にのり、黄金の獅子鎧姿で軍団の先頭へと立つ。
「王国の諸君、御機嫌いかがかな? 私が、帝国の絶対的支配者にして、エ・ランテルの民を救いにきた英雄、バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。ま、私のことはこう呼ぶがよい。皇帝陛下とな」
ジルクニフの
いつもの声を拡大するマジックアイテムのハンズフリー版と、帝国プロレスが興行時に設置した中継アイテムにより、ジルクニフの声は、王国軍……そしてエ・ランテルの民にまで届いている。
「へ・い・か! へ・い・か!」
帝国プロレスの帝都興行ではお馴染みになりつつある陛下コールが起きる。3万の兵が寸分のくるいもなく一斉に例の動作を決めている。カリスマたる皇帝の支配力の一端が垣間見えた。そして、王国軍の後方……エ・ランテルからも熱い陛下コールが聞こえてくるのだった。
「ありがとう諸君。そしてエ・ランテルの民たちよ、ありがとう。私はここに誓おう。熱意に応え、私の目の前にいる下々の者達を蹴散らし、愚鈍なる王国……無能極まりない王家からのエ・ランテルの解放を! これは侵略ではない! エ・ランテルはすでに我が手の中にあり、同朋を救う戦いである。民を守るのは皇帝たる余の務めなのだ。時は来た……それだけだ! 」
ドワーッと歓声があがり、再び陛下コールに包まれた。
「では、今日は
ジルクニフが軍勢の中に消えると同時に、第10軍団が動き出した。
「我々の初陣です。兵は討ち取る必要はありませんぞ。狙いは、第一王子バルブロを生きたままとらえることです。我に続けぇっ!」
軍団長は、白銀の鎧とマスクいや、1本角のクローズヘルムを身にまとい、馬より速い速度で突っ込んでいく。
「軍団長におくれるなっ! いけいけぇ!」
そういいながら駆け出すのはボブカットが印象的な金髪美女だった。その後を軽装の体の出来た兵士達が迫力たっぷりに駆けて行く。
皇帝自らが最強と称す新設軍団が今そのヴェールを脱ぐ。