「敵の第10軍団突入してきます!」
「くそっ……仕掛けが早い……」
バルブロのいる本営は、義理の父であるボウロロープ侯配下の精兵で固められており影響は少ない。だが、問題は民兵達だ。
民兵達はジルクニフの演説による動揺が激しく、戦争どころではない。各指揮官が鼓舞し動揺を抑える前に戦端が開かれてしまった。
「くそ……忌々しいやつだ。演説一つでこれだけの変化をもたらすとは……」
バルブロとしては認めたくない。認めたくはないが、敵総大将の才はさすがだと認めざるをえない。
(敵陣の前に出てこられる胆力と弁舌の才は素直に認めよう)
演説内容でも動揺はあったが、後方のエ・ランテルから流れてきたあの陛下コールが、バルブロ軍の士気を劇的に下げたのは間違いない。
「戦争をする前から負けることを考える馬鹿ばかりか……」
バルブロはそういうが、退路にあたる後方から……というのはやはり精神的にきつくなる。そもそも民兵はもともとの士気が低かった。徴兵されて仕方なく参加した上に、知り合いがいる者も多いエ・ランテルと戦わされ、今度はコレである。もはや士気など吹き飛んでおり、両翼は動く素振りも見せなかった。最初から兵力は半減に近かった。
先陣を切った第10軍団は、バルブロの前に布陣している前衛隊に襲いかかり、続く第9軍団は、ポウロロープ侯へと突撃をかける。バルブロ軍の動きは重く、突入してくる帝国第10軍団を包囲できない。
「雑兵に構うな。敵将目がけ突撃あるのみっ!」
白銀鎧の軍団長が素手で王国兵をなぎ倒し、ドンドン奥へ進む。
右から槍衾。一瞬手を動かすだけで敵兵は何かにぶつかったかのように吹き飛び、周囲の仲間とともに倒れ込む。
左から槍を突けば手刀で槍を折られ、一瞬で間を詰められて蹴り飛ばされ、後方の兵とともにダウンさせられてしまう。
正面に2人立ち塞がれば、左右の腕をそれぞれの首に叩きつけ吹き飛ばす。
白銀鎧は一切速度を落とさず一直線に進み、その後から精兵たちが雪崩込む。兵達は一応剣は持っているが、それは使わず組み付いて投げ飛ばしたり、飛びついて腕関節を決めたり、殴る蹴る飛ぶ……と正規兵とは思えない戦い方で王国軍を双方の犠牲なく蹂躙していく。
彼らはダンディ須永によって鍛え上げられた世界初のレスラー兵団である。武器の扱いはそれなりだが、命を奪わずに敵を無力化することに長けている。なかには、帝国プロレスのリングに上がっている者もいるが、彼らの多くは帝プロデビューを目指す若武者達だった。
あまりに多い入団希望者が殺到したためにこのような形……軍にまでなった。なお女性の希望者もかなりの数がいるが、この戦争には参加せず帝都に残り警備に当たっている。
ちなみにもう1つの9軍団は、王国からの亡命者で構成された通称"荊棘騎士団"である。王国の圧政からかつての故郷を救いたいと短期間ながら厳しい須永のトレーニングをこなし、耐え抜きこの場にいる。
そして……先頭に立つ軍団長は、当然のことながら、ダンディ須永……ではない。白銀鎧と1本角のマスクいやクローズドヘルムの姿の時は軍団長ネームの"ロビー"と呼ばれていた。あくまでも軍団長はロビーであり、須永ではない。これは文化として広めようとしている帝国プロレスのエースを戦場で見せる訳にはいかないというジルクニフの指示によるものだ。
「歯が立たない……逃げろっ!」
バルブロの直衛部隊以外は一気に崩れる。それはそうだろう。槍を掴まれてブレーンバスターで投げ飛ばされたり、あるいは槍を踏み台に膝蹴りを食らったり……明らかに力が違うことがわかってしまったのだから。
「いや、逃げるんじゃない。バルブロを殺ろうぜ」
「正気か?」
「あのクソ王子のせいでこんな戦争に巻き込まれたんだ。それにもう終わりだろ王国は。このままエ・ランテルだけが帝国領になって収まる話じゃないさ」
「だな。だったら……」
「ああ。やっちまおう!」
一部王国軍は、槍を向ける方向を変えた。
「レエブン侯、味方が崩れます」
後方から見ていたレエブン軍からはぶざまに崩れるバルブロの軍勢が一望できる。
「……崩れてなどいないさ」
レエブンはそう言い放ち、笑みまで浮かべていた。どうみても王国側が崩壊しているのにもかかわらず。
「どうみても……」
「……そもそも味方とは誰のことなのかな?」
「バルブロ王子では」
その言葉にかぶりを振って穏やかにレエブンは答えた。
「ふふ、民にとってだよ。私は今の王家は民の味方ではないと思っている……」
「侯……まさか……」
「もう私は、侯でも王国の貴族でもないぞ。ただ、民の幸せを願う1人の男だよ。そして、我が子が将来幸せに暮らすことを祈る親バカでもあるのさ」
「侯……」
「我が軍に告げる。敵は帝国にあらず! 敵はバルブロいやさ、リ・エスティーゼ王国である。この民を救う戦、我らも力になろうではないか。全軍突撃! ……それとエ・ランテルに使者を送れ。もう大丈夫だとな」
後詰のレエブン軍がバルブロ軍に迫る。バルブロは、正面にロビー軍、左右を民兵たちに、後方をレエブン軍に囲まれることとなり、進退窮まった。
「申し上げます。レエブン侯裏切りました!」
「是非もなし……などと言うと思ったか。あのコウモリ野郎……両派閥相手だけじゃなかったのか……」
地団駄踏んで悔しがるも、なんの意味もない。
「さあ、エ・ランテルの民達よ。安心したまえ、レエブンは我が帝国軍の一員である。もはや諸君を攻める脅威はないぞ!」
戦場に響くジルクニフの声。事態は決定的なものとなった。
戦いを続けていた民兵は皆武器を捨てて降伏の意をしめすか、バルブロ包囲に加わるかしている。
バルブロが生き延びるにはもはや、強行突破しかない。
「敵将……来ます!」
包囲の中、第10軍団長ロビーが副官2人を連れて姿を現す。
右に金髪のボブカットの女性副官クレア、左に蒼い蜘蛛のようなマスクをつけたレイ。どちらも一騎当千の強者であった。
「総大将バルブロ王子。私はこの第10軍団を率いるロビーと申す者。降伏を勧めに来た」
低いトーンでそう告げた。