第41話 ティタイム
「ふーっ……こんなもんかな」
帝国プロレスの鍛錬場、通称道場にてタイガー・ジェット・ティは汗を流していた。
誰もいない時間帯こそがティの時間ともいえる。専用の人形……ダミーくんを相手に技を一つ一つ確認し、まだ見せていない技を繰り出す。帝国プロレスは日々進化している。メンバーも個々にレベルアップしているし、新たなメンバーが加わってくることもある。
「油断大敵ってね……しっかし、私ってこんなマジメキャラでしたかねー」
独り言ちながら、ファンからの差し入れで貰った果物を頬張る。
「んーおいちー」
もぐもぐしながら喜んでいる姿は普通の女の子のような……。
「へー、嬉しいじゃん。意外と似てるし」
小さな女の子からもらった、ティの似顔絵に和み微笑みを浮かべる。男性人気が高いと思われているが、意外と同性からの人気がある。1番人気の須永には及ばないものの、カイザーと互角。人気2番手を争っている。
「ん?」
道場の扉が開いたことに気づき、振り返る。そこには須永の姿があった。
「なに、スナっちゃん? もしかして私を襲いにきたー? 性的な意味デ」
チラリと胸元をアピールしてみるが……。
「ないですな……」
速攻で否定された。
「つれないなー。私はウエルカムだよー」
「遠慮しときますかな」
「うわ、かぶせ気味できたよ。傷つくんですけどー」
まるっきり傷ついてなさそうに見えるが……。
「ティ、この子の面倒を見て貰えますかな?」
須永は無視して、1人の少女を道場に誘った。
「ゲッ? スナっちゃんの趣味って……まさかロリ?」
「……違いますな。私はおしとやかな大人の女性好みですよ。貴女とは真逆ですな」
「……あっそ。なんかムカつくんですけどー。じゃぁ、なに? まさか……隠し子? ぜんぜん似てないけど」
「違いますな……」
「ふーん。ま、冗談はここまでにするけどー……ちょっと前に見たことあるよね、この子。たしか村おこしの時に1番前にいた子だよねー」
須永は驚きを隠せない。
「なーにーその顔? 私を甘くみてるでしょー。ちゃんとお客さんを意識してプロレスしてるんだよー。ふっふーん」
胸を張ってこれでもかとドヤ顔をする。
「……やりますな。それができるのは一流の領域ですぞ」
「あったりまえじゃん? 私は英雄の領域に両足入ってんだから」
「両足って……もはや英雄……」
黙っていた少女が呟く。
「わかってんじゃん。このタイガー・ジェット・ティ様はもはや英雄なんだよ」
ティは満面の……しかも穏やかな優しい笑顔を浮かべ少女の金色の髪を撫でた。
「良さそうな子だネ。で、私に預けてどうすんの? オネーサンのテクニックでもおしえればいいのかなぁ」
ニヤニヤとしているところを見ると、明らかによからぬテクニックの話だろう。
「まあ、内容は違いますがね。彼女は女子プロレスラーのタイガー・ジェット・ティに憧れて入門してきました。格闘技の経験はないようですが、体力的な下地はあります」
「へえ。ますますいい子じゃん。スナっちゃんじゃなくて私ってとこが見どころあるよねー。いつまでもスナっちゃんの時代じゃないしー」
ティはご満悦だった。
「まあ、いつまでも私の無敗が続くとはおもっていませんよ。ティにも早く私のレベルまできて欲しいですがね」
「うわーなんかよゆーですねぇ。なんかムカつくけど、倒しがいがあるのはいい事だよね? あなたもそー思うでしょ?」
いきなり話を少女に振る。
「は、はい。簡単な壁より面白いと思います」
目をぱちくりしながら質問に答える。
「ますますいいねー。スナっちゃん、いい子連れてきたね。気に入ったよ」
「それはよかった。そう言ってくれるとおもいましたよ」
須永は穏やかな笑みを浮かべる。
(初めてあった時とはティも随分と変わりましたね。もちろん良い意味でですが……)
須永は入門前の出来事を思い出す。
「ところで、スナっちゃん」
「なんでしょうかな?」
「好きに育てていいってことだよね?」
ティは真面目な顔である。
「もちろんです。血に塗れるヒール路線、王道を進み、覇をとなえるもよし。どちらにも導けるのがあなたでしょう? ティ」
「わかってるねー。……私そんなヒドイことしてないけどねー今は」
「では預けますよ。女性ナンバー1の貴女にね」
「あいよー。で、この子なんてーの?」
まだ名前を聞いていないことにきづく。
「では、自己紹介を」
須永に促され、まだ幼さの残る少女──数年先には美人に育ちそうではあるが──はペコリと頭を下げてから、自己紹介をする。
「正式にお会いするのは初めてです。リングネーム……ライオネス・エンリです。よろしくお願いします」
「獅子……の名をつけるってマジ? バハルス帝国の紋章だよ?」
「へ、陛下にはご、ご許可を頂いています」
「陛下は快くご許可くださいましたぞ」
二人の言葉にティは驚く。
(タダの村娘じゃないってことかな……これは面白くなりそー)
ニヤっとした笑みを浮かべる。
「そっか。なら面白くなるね、よろしくねエンリ」
「はい。よろしくお願いします、ティ姉様」
「姉様……!? いい響きだわ……よろしく妹」
「はい。よろしくお願いします」
二人はガッチリと握手をかわし、ハグする。
姉に憧れた妹と、実は姉が欲しかった姉。利害は見事に一致したらしい。
ニューフェイス、ライオネス・エンリの進む道は覇道かはたまた血塗らた裏街道か。すべては、姉……タイガー・ジェット・ティに託された。
本来は次話が4章の最初になる予定でしたが、3章でのティ人気により追加されたエピソードになります。