たぶん。
「どうして、こうなったのであろうか·····」
リ・エスティーゼ王国の現国王であるランポッサⅢ世は、誰もいない謁見の間にいる。ガランとした空間に1人ぽつんといる姿が現在の王国の状況そのものを示していた。今、王が座っている玉座もかつての輝きを失いくすんで見えるのは気の所為ではないだろう。
「ふふ……もはや誰も答えてはくれぬか……」
自嘲気味に薄く笑い、ガックリと肩を落とす。その姿は、もはや王としての威厳はなく、ただのくたびれた老人であった。
王国崩壊はもはや止まらない。あれから時はすぎ、状況は日々悪化し続けていた。
食糧難や度重なる戦争による重税といった王国の失政によって招いた"エ・ランテルの変"。その一件によりわずか数日で、国防の要である城塞都市エ・ランテルを失い、それに連動してレエブン侯が治めるエ・レエブルが王国から離反するという大事件が発生。その事件のトリガーとなった第一王子バルブロは帝国の捕虜になり、未だ帰国してはいない。
もともと失政により民の支持を失っていた王家および王国首脳部は、バルブロの失言を広く喧伝されたことにより、完全に民にそっぽを向かれ一気に崩れた。
まず最初に影響を受けたのは、ペスペア侯の支配地であるエ・ペスペルだった……と言ってもペスペア侯が悪い訳では無い。貴族派閥に比べればまともな内政を行っていたし民の支持もあった。ゆえにこれは侯の失態ではないのだが、なにしろ治める立地が悪すぎたのだ。
隣接するのはエ・ランテルとエ・レエブルを含む地域だ。それまで、同じように食糧難に困っていた両都市──エ・レエブルはフリをしていただけだが──が、帝国領になったことで、食糧の供給が安定し、重税から解放された。このことが、エ・ペスペルの民の不満を招き、暴動へと繋がることになる。
それを抑えるはずの兵も次々と離反し、窮したペスペア侯は……王の娘婿であり王位継承候補と言われた身でありながら、帝国へ救いを求めるしかなかった。駆けつけた帝国軍は民に歓迎され、血を流すことなく併呑。ペスペア侯は妻子とともに帝国に保護された。
慕われていたペスペア侯ですらこの状況である。領主が帝国に囚われてしまったリ・ボウロロールや、リットン伯の領土はもっと過激だった。
貴族の館を民達に襲撃され、迎撃を指示するも配下はやはり次々に離反し襲撃側につく。貴族達は己の普段の行いの悪さを思い知らされ、そして命を散らすか着の身着のまま逃げ出すしかなかった。
こうして民に支配された都市は次々に帝国へ帰順することを表明。エ・ランテルの変から半年もたったころには情勢は一気に変わってしまった。
「そうか……ブルムラシューがな。死んだのか……」
ランポッサがそう呟いたのは2ヶ月ほど前のことだろうか。
ブルムラシュー侯は、元々帝国と繋がりがあり、情報を横流ししていたのたが、その情報の価値は途中からレエブン侯に負けていた。それを知らなかったブルムラシューは、自分の価値を見誤っていたのだ。
機を見るに敏であり、いち早く帰順したレエブンとは違い、かなり前から裏切っていたくせに決断できなかったブルムラシュー侯。結局反乱に巻き込まれ、都市から逃げる際に落武者狩りを狙った農民達に竹藪で竹槍に刺されて命を落としたという。
気がつけば6大貴族で残るはウロヴァーナ辺境伯ただ1人となっている。
「私は、臣を失い、都市を失い、そして国を失おうとしている。せめて子供達は無事にいて欲しい。……バルブロは生きているのだろうか」
帝国の捕虜となったことは把握しているが、以後は生死不明である。捕虜に関する交渉は一切行われていない。
「陛下、失礼いたします!」
慌てた様子で内政官の1人が飛び込んできた。
「なにごとか」
「はっ! も、申し上げます。う、ウロヴァーナ辺境伯が……ご隠居なされました」
どうやら最後の1人も失ったらしい。
「そうか……となると後継者が誰であれ帝国へ下るつもりなのだろうな。伯の決めたことではなかろう。是非もない」
ランポッサは全てを察したつもりだったが、ことはそれで済まなかった。
「陛下……その後継者ですが、伯の血筋のものではありません」
「どういうことか?」
さすがに理解できず詳細を求める。
「後継者は……平民です」
「平民? 平民が伯の貴族位を継いだのか?」
「は、はい。一応伯の養子ということになっていますが……」
明らかにおかしな話だった。伯に跡継ぎはいたはずなのに。
「何者かに圧力をかけられたか……して、跡を継いだのは何者か?」
「……王もご存知かと思うのですが、伯の後継者はクライムです」
「なに?」
「陛下……後継者はあのクライムなんです」
クライム……それは第三王女ラナーの護衛の兵士の名前だった。
「クライムだと、それは誠か?」
「はい、間違いございません、陛下」
「……ということは、ラナーも一緒か?」
ランポッサは嫌な予感がした。そしてどうやらそれは的中していたようだ。問われた内政官の表情がそれを雄弁に物語っていた。
「非常に申し上げにくいのですが、ラナー王女はクライム伯の正室を名乗り、ご一緒なされているそうです」
「そうか、先日のあれが別れの挨拶だったのか。なるほどな……そう思えばなんとなく思い当たる節がある……そうかそうだったか」
ランポッサは最後に会った日のラナーの表情を思い出す。そういえばどことなく思いつめていたような気がする。あくまでも今思えばそう思うというだけではあるが。
「まぁ、幸せならそれで良い、もう国としてはないも同然なのだからな」
もはや国としては成り立っていない。であれば、娘には幸せでいてほしい。それが父親としての希望である。
「もはやこれまでということか。まさか娘にまで……とはな。よし、ガセフを呼んでまいれ。私にできる最後のことをしよう」
ランポッサは力強い瞳をしている、それは覚悟を決めた1人の男の目であった。もっと早くできていれば、国はもっと違った形になっていたのかもしれない。もちろんそれでもどうなったかは分からないが、希望としてはそうであって欲しかった。
覚悟を決めたランポッサは、残された最後の仕事を全うすることを決めた。
都市名は、リ・ボウロロール で、貴族はボウロロープ なのです。
だから誤字じゃないよ。
ペスペア侯のエ・ペスペルや、レエブンのエ・レエブルも同様です。
リットン伯はどこの都市なのかわからないので、都市名なしにしました。
9巻の地図頼りなんですけどね。