「では、そのように。安心したまえ貴殿の命を奪うつもりはない。なにしろ同じバハルス帝国の同朋となったのだからな」
「感謝いたします」
こうしてジルクニフとランポッサのトップ会談により、リ・エスティーゼ王国は、地図からその国名が消滅することに決まった。
旧都はひとまずジルクニフの直轄地となり、信頼厚い内政官と一軍団が派遣されることになる。
またザナックが後継者と決められた旧王家は、旧ペスペア領の一部に押し込められることになる。立地としては、レエブン領とエ・ランテルに挟まれ睨みをきかされる場所だ。領土も小さくもはや王家復興の目はない。
プロレスで例えるなら老舗メジャー団体のメインイベンターから、ローカル団体の前座要員に格下げといったところか。かなりの格落ち感は否めない。まあ現役であるだけマシというレベルだろうか。
「聞いた話によると後継のザナック殿はなかなか優秀とか」
帝国側が唯一警戒していたのはザナックへの早期王位継承だったが、ランポッサが決断を下せないうちに現在の状況になっている。
「武は兄に劣りますが、治世者としては期待しておりましてな……」
ランポッサは父親の顔になる。本音では、見た目はともかく中身が優秀なザナックを後継にしたかったのだ。
「それは重畳。これからは武よりも政が重要となるからな」
「富国……ですか」
「そういうことだ」
ジルクニフとランポッサの会談は実に穏やかなものだった。ジルクニフは度量を見せ受け入れるだけで良かったし、ランポッサは既に家を存続させるだけでよいと覚悟を決めており場が荒れる要素はなかった。もはや両者は穏やかに話す以外の立場になかったのである。
「ザナック殿で思い出したが、卿のご息女はどうなされているかな?」
これは差し出せという意味ではない、ただ単に話の流れで聞いてみただけである。使える駒なら手にいれるつもりではいるが。
「上の娘は婿のペスペアとともに、こちらの国でお世話になっているはずですが」
「ああペスペアか。一度会っていたな」
ジルクニフのペスペアに対する評価は決して悪くはない。まあ、ただ悪くはないというだけであるが。使い道はありそうなので、今は元々の帝国領の一部を代官として任せている。なお旧ペスペア領は分割され、前述の通り旧王家の封地となることが決まっている。
「2番目は未だ嫁入り前。何かいいお話があれば幸いなのですが」
ランポッサが気にかけているのは2番目の娘の嫁ぎ先である。候補はいくつかあったのだが、今のこの情勢である、全ての話は消えてしまった。逆を言えば、嫁ぎ先の家を失うという目に遭わずにすんだということでもあるが。
「気にかけておくようにしよう。確か……美しいという話は聞いている。よい話もあるであろう」
無論、今や王女としての価値はない。だからこそ逆に良い話になるのかもしれない。ジルクニフは配下の血筋のあまりよくないものたちの中から優秀なものにハクをつけてやろうと考えている。なお脳内では独身のダンディ須永も候補に上げられている。
「ありがとうございます。陛下」
「確か末のは急に嫁いだとか……駆け落ち同然と聞いたぞ?」
ジルクニフはニヤっと笑う。いくつもの意味を込めた笑みだった。
「おっしゃる通りです。急に護衛のクライムと共にウロヴァーナ辺境伯領へ行き、伯の跡目をクライムがついだとか」
「ふむ。純粋な姫の想いに、伯が応えたのではないかな? 姫はきっと想いを遂げたのであろうなぁ……ならばそっとしておいてやるのがよいだろう」
ジルクニフは優しげな声でそう言ってやった。邪魔をするなよという意味を込めているが、ランポッサは気づかないだろう。
「そうですな、そうさせていただきます。娘の幸せを祈るのみです」
穏やかな表情のランポッサ。それを見たジルクニフは哀れに思った。
(まさかその娘が裏切っていたとは思いもしないであろうよ。哀れなことだな……あれは恐ろしい娘だ。私は邪魔されないのであればそれでいい。彼女の望みは叶えてやった。それで十分だろう)
ウロヴァーナ辺境伯の領土は海が近く、実は帝国に近い。圧力は簡単にかけられた。その結果が伯の交代とラナーの駆け落ちである。
「話は変わるが、ランポッサ殿は、プロレスを観たことはお有りかな?」
わかりきったことを聞く。もちろん答えはわかっているのだが。
「いや、我がく……いやかつての王国にはそのようなものはなかったですからな」
ランポッサは喉を通過するかつての王国という言葉が苦く感じられていた。
「では、せっかくの機会だ。一緒に観戦するとしよう。我々の誇る帝国プロレスをね。今後の楽しみにするとよいさ」
今後のとは、老後の……ということなのだが。
次回 第53話 観戦
帝国プロレスの興行に招かれたランポッサがみたものとは……。
「ランポッサⅢ世よ、よーく見ておけ。これがプロレスだ!」