帝国闘技場で"不敗の剣士"エルヤー・ウズルスを圧倒的な強さで打ち破り、ダンディ須永が衝撃のデビュー戦勝利を飾ってから1ヶ月が過ぎた。
あれから試合が組まれることもなく、須永は帝国騎士達の訓練と、皇帝ジルクニフに護身術の指導をしながら日々を過ごしていた。
「そう、いいですな。今の一撃はよかったですよ」
指導したところで、一般の騎士達がプロレスラーになるわけではないのだが、騎士達が自らを守る奥の手にはなるかもしれない。それが帝国の力となり、皇帝ジルクニフを護れるのであればよいと須永は思っている。
「今だ! 相手の装甲が薄い部分を狙え」
今教えているのは、武器を失ってしまった時を想定した自己防衛術だ。篭手と鎧の間に手刀を打ち込んだり、顔面を掌打で打ち抜いて相手を怯ませる……というようなものである。
「武器を失っても諦めてはいけませんぞ。生きて戻ることがこそが大事ですからな。陛下の為にまた働くことができますから」
死んでしまえばそこで終わりだが、命があれば先がある。
(それに陛下から、騎士の育成には時間と金がかかっていると聞いているからね)
万が一の際に1人でも多く助かるように……須永はそう願っていた。
(……最初よりは良くなってきたな。人に教えるなんて初めてだったけど、上手く出来ている気がするな。……しかし、これはこれでなかなか充実しているけど、そろそろ試合がしたいなぁ)
須永は試合をすることを望んでいるが、何分凄さを見せ過ぎてしまったため敬遠されているのが現状である。
「ダンディ、今のはどうだった?」
ジルクニフが輝く笑顔で尋ねてくる。
「陛下は飲み込みが早いですな。素晴らしい反応でした」
「そうか。よし、もう一度いくぞ」
「マジかよ、勘弁してくれよ陛下」
ぐったりとしたバジウッドを相手にジルクニフは元気よく技を仕掛けていった。
(一番の成長株が、まさか陛下とはね。好きこそ物の上手なれ……かな? ……そのうちデビューしたいとか言い出さないよな? まあ、話題になりそうだけど。それにしても、直属になってよかったのは情報が集まるってことだよな……)
一国を支配する皇帝の下には、当然色々な情報が各地から集まってくる。
この世界に疎い須永にとってはありがたい状況だった。
(なぜ、この世界に私が転移したのかはわからないけど、私が初めてじゃない)
須永はこれまでに得た情報から、自分と同じような転移者が存在していたことを確信している。
(そして、恐らく帰ることは出来ないんだろう。彼らの伝承が本当であればだけど……)
過去にいたと思われる者達はこの世界ですでに死んでいる。
(こちらの世界での死が、リアルに戻るトリガーなのであれば話は別だけどさ)
もし仮にそうだとしても、正解を知る術はない。
(もしかしたら、みんな無事に戻っているのかもしれないなぁ……でも、わからないことを考えるより、今を楽しもう)
この後、須永の指導は厳しさを増した。
そんな日々が続いたある日……
「待っていたぞ、ダンディ。ちょうど今良い知らせが届いたところだよ」
ジルクニフは、須永が朝の挨拶をする前にいきなりそう話し出す。
「陛下。本日もよろしくお願いいたします。……良い知らせですか?」
「これは良い知らせだと思うがな? ダンディ、ワーカーチームが挑戦を表明してきたそうだぞ」
「おお。ようやくですか。ワーカーチーム……ですか……」
内心の喜びを隠し、須永はやや硬い声を出す。
「不満げだな?」
「私としては、武王へと挑戦したかったのですが……」
「まあ、そう焦る必要はないだろうさ。だいたいダンディはまだ1戦しかしていないんだからな。たしかに素晴らしい内容だったがなぁ」
ジルクニフは玉座の肘当てに頬杖をつきながら、窘める。
(確かに頷ける話だ)
プロレスで考えてみても、デビュー戦の次がタイトルマッチというのは滅多にあることではない。タッグマッチでベテランに抜擢されてというケースはありえるが、シングルマッチなら先輩選手を倒して実績を積み重ね、その上で、次期挑戦者決定戦で勝利するというのが、綺麗な流れだ。
手っ取り早い方法として、王者の試合後に乱入して挑戦を表明するという古典的な手もあるのだが、乱入しようにも、そもそも武王の試合自体が組まれていなかった。
「なるほど、やはり実績が必要ということですな」
素直に実績を積む道を選ぶ。
「そういうことだ。ま、私がねじ込むことは出来なくはないが……」
「それはやめておきましょう」
須永は即座に断る。なんとなくジルクニフに借りを作るのは危険だと判断したからだ。
「そうか。まあよい。ダンディ、試合を楽しみにしているぞ」
「楽しみにお待ちくださいませ……」
須永は自信たっぷりに答えた。