「いくでござるよ! これで
コーナートップからハムスタが後ろ向きに飛んだ。ギュルン! ギュン! と表現すべきなのかわからないが、後ろ向きに飛んだと思えばいつの間にか前向きになって落下。背中からセントーンで落ちるかと思えば寸前で捻りを加えて腹部からエンリをプレスしていた。巨大に似合わぬ華麗な技に彼女のセンスが現れている。忘れないで欲しいがちなみにハムスタの性別はメスだ。
「それをいうなら、フィニッシュですよハムスタ……フレッシュハムみたいになってますし」
解説の須永は思わずツッコミを入れてしまう。
「ぎょへっ!」
エンリが乙女にあるまじき呻き声をあげるなか、レフェリーがカウントを取り始める。
「ワン! トゥ! 」
エンリはまったく反応しない。トニー・カンレフェリーは、首を左右に振り、無理だな……という顔つきで右手を振り下ろした。
「スリー!」
エンリは返すことが出来ずにスリーカウントを聞いた。
「これにて、一件落着でござるっ!」
ハムスタは、両手を広げて勝利をアピールしていた。
「エンリっ!」
場外で邪魔されて戻れなかったティがリングへと飛び込む。
「へ、平気です……姉様。ごめんなさい……」
エンリは腹部を両手でおさえ苦しそうな顔をしている。恐らく推定体重660パウンド、約300キロはあると思われるハムスタのプレスが効かないはずがない。
「ガガーランっ!」
「わかっているさ」
セコンドについていたガガーランが慌てて青い液体を振りかける。
「しっかし、武王と拳王のタッグって反則だよな……」
「ふふふでござる。某と武王殿のタッグは凄いでござろう?」
ガガーランの呟きを拾ったハムスタはこれでもかと胸を張る。
「拳王ハムスタ殿、慢心は禁物だ! でござるよ」
武王がハムスタの口調を真似しているのか、移ってしまったのかはわからないが、関係が良好なのはよくわかる。
帝国プロレスに参加している選手のうち人間種でない者の代表格が、武王ゴ・ギンと拳王ハムスタだ。実際は須永も人ならざるものなのだが、それは本人以外知る者はいない。
人と比べ二人は明らかに基本スペックが高い。例えば武王ならパワー、耐久力、治癒能力というものがあるし、拳王はパワー、耐久力に加えて硬い毛皮による防御力の高さ、並の金属より硬い尻尾という武器もある。
一人倒すのも大変なのに二人で組まれたら厄介すぎる存在だ。特に武王はタッグだと控えている間に回復してしまうのだ。これは厄介なんてものじゃないだろう。
「次はティ殿から3つとって見せるでござるよ」
「そういうことだ。覚悟しておくんだな」
狙われるのが王者の宿命だ。武王と拳王も王座を虎視眈々と狙っている。
「ふん。やらせないさ。いつでもかかってきなっ!」
ティが言い返した時、客席がザワっとする。何事かとそちらを見るとバルブロがダーッと走り込んできて、ティの背後から殴りかかっていた。
「おらあっ!」
「ぐべっ?!」
バルブロの右パンチ一発で、あのティがダウン。バルブロ程度の攻撃に倒れるティではないはずなのだが。明らかに何かがおかしい。バルブロはさらに顔面を踏みつけると、グリグリ!
ティの綺麗な肌に足跡を残すと、左手に持っていた水を口に含み、そして期待通りにプシューっとティの顔に吹き付けた。
「ざまあみろ。なにがチャンピオンだ。この腰抜けがっ!」
天賦の才なのか、バルブロは自然とブーイングを飛ばされる言葉をチョイスしてしまうらしい。
そうでなくとも人気者のティにそんな下劣な行為を働けばブーイングの対象になってしまうのに。
「ハッハッハ。ざまあねえな」
「姉様に何をするんですかっ!」
回復したエンリが加減ぬきの張り手をみまう。
「ぐべえっ……」
思いっきり弾き飛ばされたバルブロは、ロープの隙間から場外へと転落。そのまま這うように逃走していった。その右手は何かを握りしめているように見えた。
「あいつは何を考えてやがるんだ……」
ガガーランはそう呟き、予備のポーションをティへと振りかけ、回復させる。
須永がいた世界では、タイトルマッチなどを有利にするために、度々乱入し痛めつけるといったことが行われていたが、以前も触れたようにこの世界には回復魔法もポーションもある。あまり意味はないだろう。
もちろん、屈辱を与える、または精神的に追い込むといった意味では成功しているだろう。挑発という意味でも同じだ。
気が付けばいつの間にか武王と拳王は姿を消しており、リング上は、帝国華激団の三人だけになっていた。
「バルブロが乱入してこようが、何をしてこようが、ティは負けねえぞっ!」
カガーランは、そうマイクでアピールし3人は揃って引き上げていった。
「バルブロ君は乱入をしてくる……なるほど、そういうことですか。思った以上に頭が回るようですな」
バルブロの狙いを悟った須永は、バルブロの評価を一段上げた。