バチーン! と感情のこもった張り手が決まり、ラキュースがフラフラになる。
「逃がさねえよ……」
ガガーランはその肩口を左手でワシっと掴むと、右手の人差し指で、シーッと静まるように促す。場内はそれを合図にシーンとなり、皆がガガーランに注目している。
「ラキュース! こいつで目を覚ましやがれっ! 」
ガガーランの秘密兵器……あのガゼフすらダウンさせた一本足頭突きがラキュースに決まった。静寂に包まれた場内には、ゴォーン! という鐘の音のような音が響き渡った。
「ぐあああっ……!」
だが、呻き声をあげたのは……なんと仕掛けたガガーランの方だった。どう見ても石頭に見えるガガーランが苦しむというありえない図式に、観客は声が出ない。
「なに今のは? もしかして自爆技なのかしら? 」
ラキュースは、紫色の唇を歪めて笑みを浮かべる。その瞳はガガーランを完全に下に見ているのがわかる。彼女はやはり、今は悪魔神官……いや暗黒神官戦士、ダークネス・ラキュースなのだろう。
「そんな馬鹿な! くそっ、もう一度っ!」
ムキになって二発目を決めたガガーランだが、その意気も虚しく、額を抑えながら転げ回るハメになってしまった。断っておくが、別にラキュースは何かを装備していたり、魔法をかけているわけではない。
「情けないわね、ガガーラン。あなたとは旧知の仲だからひとつアドバイスしてあげるけど、もう少しアタマを鍛えておくことね。もちろん中身も鍛えた方がいいわよ。脳味噌まで筋肉に鍛えるって意味じゃないけど。ねえ、それとも貴女も闇に染まる? 私みたいに強くなれるわよ」
ガガーランの痛めた額を足で踏みつけ、グリグリと抉りながら笑みを浮かべるラキュース。
「だ、誰が……うがっ」
「さあ、起きてガガーラン。閉店の時間よ」
深酒した仲間を起こすような優しい声を出しながらガガーランを引き起こす……いや、抱き起こすが正解だろうか。
「うー頭痛え……」
「頭痛いの? ……じゃあこれが効くわよ!」
優しい口調から一変。頭を左脇に抱え、右手で道着の帯の部分をロックしたラキュースは、ガガーランの分厚い体をあっさりと垂直に持ち上げ、須永ばりに旋回しながら、そのまま真っ逆さまに額をマットへと叩きつける。
旋回式垂直落下
「ぎょはっ!」
妙な悲鳴をあげるガガーラン。
「まだまだっ!」
あえてフォールには行かず、グラウンドでコブラツイストに入る。ガガーランの体が拗られ、力ない呻き声のみが聞こえてくる。
「どう、ガガーラン。暗黒蛇絡みの味は」
蛇の毒が巡るように徐々にガガーランは、動けなくなっていく。
「ぐっ……くっ」
派手な技の多いラキュースにしては珍しいグラウンド技。予期していなかったガガーランは為す術もない。
「兄様っ! 諦めないでください!」
エンリがエプロンをバンバン叩きながら、遠のいていくガガーランの意識を呼び戻す。
「ガガーラン! ガガーラン!」
エンリはエプロンマットを叩きながら声援を煽る。
「決めてしまえ、ラキュース!」
血盟軍総帥バルブロの声が飛ぶ。すっかりメインイベントの風景の中で常連になりつつあるが、扱いはメインイベンターではない。
「……お、おう。ヤバかったぜ。楽園からイビルアイに追い返されて帰ってこれた。今いっちまったら、あいつに笑われちまうぜ。感謝するぜ、イビルアイ……ぐあっダメだ……外れねえっ!」
飛びかけた意識が戻ったガガーラン。彼女の中で、イビルアイはどこにいることになっていたのやら……。なお、イビルアイはエ・ランテルにいるばすである。しかし意識が戻っただけであり、ピンチには変わりない。
「これならどうかしら」
ラキュースは体勢を調整してガガーランの両肩を押さえ込む。グラウンドコブラツイストホールド!
「ワン! トゥ!」
「返してっ!」
「あっぶねぇ! 今のはヤバかったぜ」
かろうじて返すガガーラン。肩で息をしながら逆襲に転じようと組み付き、ラキュースをブレーンバスターで持ち上げ、そこから横抱きにして脳天からマットへドカンと叩きつける。
「フォールだっ!」
カウント2.8でラキュースは立ち上がり、あえてタイガードライバー!
「くっ!」
「返せ、ガガーラン!」
さすがにセコンドのティが叫ぶ。自分の技で倒れるなというメッセージだ。
「させねえっ!」
カウント1で返し、ガルムズディナー!
「ぬおおおおっ!」
それをラキュースはその場で楽々と受け止める。ダメージの蓄積により、もはやガルムズディナーの威力はまるでなかった。
「粘るわね……でも、ここまでよ。それじゃあね、ガガーラン。向こうでイビルアイによろしく!」
必殺のDOサイクロンが炸裂し、ガガーランは静かにスリーカウントを聞いた。
「28分28秒、ダークネス・ラキュース選手初防衛に成功です」
タイガー・ジェット・ティ、ガガーランと敗れ、シングル戦線において、帝国華激団はユニットとしては後がなくなってしまった。残るはエンリのみである。
「ハッハッハ。なにが帝国華激団だ。か~激弱団の間違えじゃないのかよ。ラキュースの方が美しく華やかで激しく強いじゃねーか!」
バルブロが調子に乗りまくったマイクで煽りまくる。彼が勝ったわけではないが、ラキュースは彼のユニットメンバーだから仕方ない。最近
「ハッハッハ。何も言えねえようだなぁ。では、俺様から一言言わせてもらおうか」
バルブロへのブーイングは少ない。勝っているからなのだろうか。それとも、バルブロが支持を集めているのだろうか。
「無様だな。この愚物どもがっ! 」
いつか言われたことを言い、バルブロは御満悦である。きっといつか言ってやろうと考えていたのだろう。
「さて、祝勝会だ。引き上げるぞ」
満足げに引き上げようとするバルブロ達。苦々しい思いの観客が精一杯のブーイングを飛ばす中……。
「ちょっと待ってくださいっ!」
エンリがマイクを持った。
「なんだ小娘」
「バルブロさん、よくも言いたい放題言ってくれましたね」
「まあ、ラキュースが実力で勝ったのは間違ってないからな」
たしかに間違ってはいない……この試合に限っては反則も乱入もしていないのだから、言い訳はできない。
「むむっ。もう怒りましたよっ! おい、バルブロっ! 貴様のとこのラキュースにこのライオネス・エンリが挑戦してやるよっ! ベルト賭けろ、こらぁっ!」
エンリの熱いマイクに場内から大きな拍手が起きる。よく言ってくれた! という思いからだろう。
「お嬢ちゃん。ベルト欲しければ服屋にいくんだな。お前みたいな雑魚がベルトに挑戦たあ笑わせるぜ。お前に権利はない」
確かにエンリには実績はない。
「だがなぁ……俺様は心優しき人格者で知られるバルブロ様だ。お前にチャンスをやろう」
いや、誰も知らないから……。そんな話だったら、国は滅んでないだろう。胡散臭いことこの上ない。
「いいか、ライオネル・小娘。俺様が用意するシングルマッチ三番勝負で、お前が負けなければベルトに挑戦させてやる。その代わり……お前が負けたら、その時点でユニットは解散だ! おい、その条件がのめるならお前の挑戦を受けてやるよ。……さあどうする?」
出来るもんならやってみろという顔だった。
「いいでしょう、その条件受けてあげますよ! このライオネス・エンリが……バルブロ! お前の姑息な策を全部跳ね除けて、そこのへなちょこチャンピオンのベルトへ挑戦してやるよ! 」
バルブロな挑発にエンリは即答で答える。負ければユニット解散をかけた三番勝負。エンリは勝ち残ることができるのだろうか。しかし、相手はバルブロだ。どんなことを仕掛けてくるかはわからない。
エンリよ、奮い立て! バルブロの策略に負けずに勝ち続けてみせよ!
ここまでありがとうございました。
というわけで、次章の主役は、ライオネス・エンリです。
おそらくバルブロの策に立ち向かうエンリと、ビーストマンに立ち向かう某国の二本柱になると思います。