実はストーリーの裏側で、ジルクニフが裏でよく言っているセリフです。
地方興行が終わった後、リング上で大の字になって一人星空を見上げていた須永は、近づいてくる少女の気配に気づき、目をそちらへと向けた。
「どうしました、エンリ?」
「ちょっとお話いいですか?」
その表情は堅く真剣な顔つきであり、星を眺めにきたのではないのは明らかだった。あるいは星空であることすら気づかないかもしれない。
「エンリが来るとは珍しいですね」
須永は上体を起こすと、右手で座席を示す。
「それではあちらで座って話しましょうか」
今回は連続興行であり、明日も興行があるから会場設備はそのままになっている。
「はい」
二人はリングサイドの客席最前列に並んで座り、誰もいないリングを見つめる。
「たまには客席から見るリングもいいでしょう?」
「そうですね。なんか懐かしい感じがします」
エンリは入団前にリングサイドで試合を観戦したことがある。あの日のメインイベントはエンリにとって忘れられない試合であり、プロレスへ進むきっかけとなった試合でもあった。
「エンリ、バルブロ君に喧嘩を売ったことを後悔していますか?」
「いえ、後悔はしていません。ただ……私は不安なんです」
エンリのぎゅっと握りしめた拳は小刻みに震えている。不安と恐れがプレッシャーとなっているのだろうか。
「不安ですか。貴女が負けたらユニットがなくなってしまうからですかな?」
「はい。せっかくティ姉様とガガ兄様とユニットを作ったのに、私のせいでなくなったらと思うと……」
エンリは瞳を伏せる。明らかに覇気がなく、押し潰されそうになっているのを耐えているのだろう。
「……出る前に負けることを考えるバカがいるかよっ!」
須永らしくない言葉に、エンリはビクンと体を震わせ、顔を上げた。
「ダンディさん……」
「……今のはね、遠い昔にプロレスの神に近い扱いをされていた方の言葉です。不安になる気持ちはわかりますよ。だけどね、試合に出る前から負けることを考えていたら、勝てるはずの試合も負けてしまいますよ?」
須永はいつもの穏やかな口調に戻っている。
「気持ちで負けちゃいけないってことですか?」
「その通りです。まず、貴女に勢いで条件をのませたのは、バルブロ君の策。彼はそのあたりのセンスがあるので、上手く誘導されましたね」
エンリは苦い顔をする。たしかに須永が言う通りに乗せられてしまったのは否めない。
「勢いで受けたけど、冷静になると精神的にきつくなる。これが彼の策の第二段階。今のところ完全に策にハマってますな」
「あ……う……」
「そして、バルブロ君のことですから……あらゆる手を使って貴女に勝たせないようにして来るでしょう。どのような手でくるかは、私もまだ読めませんが……まあ、試合に介入してくると思っていれば、まず間違いはないでしょうね。あとは対戦相手ですが、仮に私がマッチメイクするなら勝てそうもない相手をあてますがね。たとえば武王とか」
「うっ……」
「ほらまた」
須永は苦笑する。やはり根が純粋だと思う。
「エンリは真面目すぎるんですよ。まず差を考えて負けることを考えてしまってます。それじゃぁダメですねぇ」
須永の的確なダメだしにエンリは肩を落とす。
「貴女はティからそこを学ぶべきですね。基本あの娘は、勝つことしか考えてませんからな。実際武王からもスリーとったでしょう?」
「はい。姉様は秒殺しました」
「彼女は勝つことだけを考えて、武王の弱点をつきました。武王が丸め込みに弱いのは以前からわかっていましたし、実際トーナメントでも4の字ジャックナイフ固めをかろうじて……本当にギリギリ返していましたからな」
体が大きい人間が丸め込みに弱いのは昔からだ。世界が変わってもそこは変わっていない。
「そっか、まずは勝つことを考えるようにしないといけないんですね」
「そういうことです。さっきの例からわかるように、勝つことを考えれば勝ち筋は見つかるものです。エンリも考えてみることですよ。バルブロ君が何をしてくるにせよ、相手はすでに帝国プロレスに上がっている者のはず。ならば、頭の中で、シミュレーション……いや想像してみてください。今の貴女が勝つためになにができるかを」
須永はどこから出したのか、所属選手のイラストが描かれたカードセットを提示する。
「さあ、誰からはじめますかな?」
須永の眼差しは娘を見守る父親のものだった。