「さて、エンリ。ここまで色々と話してきましたが、最後に一つ言っておきましょう」
これだけは最後に伝えておく必要があると須永は考えていた。
「はい」
エンリは姿勢を正して須永を見つめる。お互いの距離は近く、この光景をンフィーレアが見たら誤解を招きそうだが、須永にはそういった気持ちはまるでない。
「いいですか……たとえどのような相手でも、これだけは絶対通用するというものがあります」
「どのような相手にでもですか?」
エンリは目をパチクリして驚いている。ティに比べて表情が豊かなのはエンリの魅力の一つだ。
「ええ。それは……」
「それは……?」
「ルールを最大限に活かすということですよ」
当たり前のことのように聞こえるのだが、これは案外難しいことだったりする。最大限に……というのは結構難しい。
「例えば……とびっきりの強敵を相手にした時に、自分でルールを決めないで、プロレスのルールの中で試合をすればよいのです。例えば……スリーカウントで勝とうなどと考えず、どのような方法でも構わないから勝利をするということを考えましょう。エンリ、プロレスの勝利の決め手となるのは何がありますか?」
「えーと……ますばスリーカウント。あとはギブアップ、それにダウンカウントに場外リングアウト……そんなところでしょうか。あ、あと反則勝ちっていうのもあるにはありますけど、これって狙うのは難しいですよね?」
「いえ、わざと相手に反則をさせるというのもまたテクニックの一つです。例えば相手の冷静さを失わせて反則をさせる。そして暴走気味にさせること。そうすれば相手は5カウント以上の反則をしてしまったり、またはレフェリーが見ている前で反則攻撃をしてしまうものです。分かりやすく言うと、まー凶器攻撃ですかね」
凶器攻撃はもちろん反則であるが、レフェリーのブラインドを突いて仕掛ける場合は、まずそれで反則を取られることはない。だが、レフェリーが見ている前で堂々と凶器攻撃をしてしまうと反則負けを取られることがある。つまり相手をはめるようにすればよい。分かりやすく言えば自分が死角で反則攻撃をして、相手の反撃をレフェリーの目の前でさせるというようなケースである。
「ガガーランとは違う意味で頭を使えばいいんです。うまく相手を乗せる。これもテクニックの一つですよ。昔、こんなことがありました。レフェリーがみていない間に座面の抜けたイスを自分の首にひっかけ、レフェリーが振り向いた瞬間に相手にイスの足を持たせる……さて、結果は?」
「もしかして、イスを持たされた人が反則負け? ……ですか」
エンリはまさかな? と思っている。
「その通りです。反則をしていないのに反則負けになりましたよ。状況証拠だけでね」
真似をしろとは言わないが、ヒントにはなるかもしれない。
「そんなので、負けちゃうのか……」
「それもまたプロレスですよ。そしてもう一つのポイントはプロレスのルールだけではなく、その試合に課せられたルールを把握することです。今回あなたは三番勝負で全て勝たなければいけないと思っていますよね? だけどそれはバルブロが決めたルールではないのですよ。エンリ、貴女はそれに気づいていましたか?」
須永の質問にエンリは首を傾げた。
(どういう意味だろう?)
エンリにはわからないが、須永にはわかっているということ。つまりエンリは何か勘違いをしているのかもしれない。
「そうですか、ではあの時バルブロが何を言っていたかを思い出してみてください。そしてその言葉の意味を理解しどうすれば良いか考えてみてください。それがあなたを守る最後の切り札です」
須永はこれ以上は教えるつもりがない。全て教えても意味はないのだ。ヒントは与えたのだから、あとは本人の努力次第だと思う。
「三番勝負の最後の試合、それまでにちゃんと考えておいてくださいね。そうしないと、あなたの……いえ、あなたたちの大事なユニットがなくなってしまう。今私が伝えたことは、それぐらい大事なことなんですよ」
エンリがその意味に気づければ、どんな危機も乗り越えられるだろうと須永は考えていた。
「はい、分かりました。もう一度バルブロさんが言っていたことを考えて、考え抜いて……それが何かということを気づけるようにします」
「大事なことですよ。必ず考えてくださいね」
「わかりました。ダンディさん、ありがとうございます」
エンリは丁寧なお辞儀をして感謝の意を表する。
「エンリ、誰が相手でも希望は捨てないでくださいね」
「はい!」
エンリは須永のヒントの意味に気づけるだろうか。そして、最後の相手はいったいだれかなのか……。
いよいよ最後の一番を迎える。
残り二話です。
三番勝負ラストマッチ。
エンリの最後の相手は……。