「行っちゃったね、みぞれ」
遠のくジェットの轟音へ向けて、夏紀が何かを噛み締めるようにぽつりと呟く。うん、と頷いて、希美はみぞれが旅立った空の軌跡へと目をやった。
見送りの場にはもちろん、当のみぞれを含めた四人全員が揃っていた。みぞれのアパートからここまでの道のり、運転を担当したのは希美だった。優子や夏紀には任せたくない。みぞれを送り出すのは自分の役目だ。そんな自負のような想いがあったことは否定できない。あのとき名乗りを上げた自分に、それまで運転手の座を巡って争いを繰り広げていた優子も夏紀も、何も言わずハンドルを譲ってくれた。友人たちのさり気ない気遣いは、いつだって自分たちを包み込んでくれている。そのことに、今は感謝の念しか無い。
「四人で撮った写真、綺麗に撮れてるかな?」
「どうだろ、他の子にお願いしたヤツだし。見てみたいけど今はガマンだね」
優子の問いに希美は肩をすくめて答える。当然というべきか、空港まで来たのは希美たちだけではなかった。みぞれの大学の知人友人、先輩や後輩、恐らくは音大の教授か講師と思われる高齢の人物、そして、みぞれの両親。その全てに温かく、涙と笑顔でもって見送られ、みぞれを乗せた飛行機は遠く空の彼方へと羽ばたいていった。このカメラに収められている四人揃っての写真は、旅立ちの直前、場に居合わせていた高校時代の後輩にお願いして撮影して貰ったものだ。
この写真を見るのは、次に四人が揃ったとき。
それが別れ際に交わしたみぞれとの約束であり、同時に再会への誓いでもある。いつ帰れるかわからない、というみぞれと自分たちを繋ぐための、それは言わば四人につけた枷。けれどそれを厭う者なんて、ここには一人だって居やしない。
「さーて、そろそろ帰ろっか。途中どっかで美味しいものでも食べていこうよ、せっかくここまで来たんだしさ」
「そうね。希美はなに食べたい?」
「私はお好み焼きがいいかなー。最近食べてなかったから割と飢えてるし」
「夏紀は?」
「こっちまで来たら、やっぱたこ焼きっしょ。なんだったら優子と早食い競争してもいいけどね。たこ焼き三十個、早食い競争」
「はあ? なんでここまで来てアンタなんかと勝負しなきゃいけないのよ」
「おやおやぁ、自信が無いんですか優子サン? イヤなら別にいいですけどぉ?」
「ムカつく。今回は夏紀のヘタクソな挑発に乗ってやろうじゃないの。その代わり、負けた方が帰りの運転担当だからね」
「はいはい。けどくれぐれもポールにミラーぶつけないでよ、旅行の帰り道みたいに」
「あ、あれはちょっと手元が狂っただけだから! あれから練習しまくったし、もうあんなことには絶対ならないんだからねっ」
「まーせいぜい頑張ってちょうだいな。勝負も帰りの運転も」
優子と夏紀のやり取りは相変わらず喧々として刺々しい。けれど希美にはそれが、なんだかとても暖かいとさえ感じられる。
「二人とも、ありがとね」
やにわに告げた感謝の言葉に、優子と夏紀は揃ってこちらを向いた。
「なんの話? さあ、グズグズしてないでさっさと行くわよ。こうなったら夏紀に完勝して、ぐうの音も出ないぐらいにしてやるんだから」
ふんふんと息巻いて、優子が先に踵を返す。それに続こうとした夏紀がはたと立ち止まり、希美へと振り返った。
「希美。だいじょうぶ?」
少し心配そうな表情の夏紀。そんな彼女に、うん、と希美は笑顔で頷いてみせる。
「ちゃんと約束したから、みぞれと」