ハマっちゃいました!

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司厨長の一日

ジリリリリリッ!!!

 

目覚まし時計がけたたましく鳴り響く。

 

捕龍船"クィン・ザザ号"の厨房と船員の胃袋を管理するヨシは、ベッドの中から手探りで目覚まし時計を止めると、のっそりと起き上がりながら大きなあくびをした。

 

「ふぁ……」

 

時刻はまだ日も昇っていない薄暗い早朝。

 

他の船員と違って交代制の勤務ではないが、朝食の支度をするべく、ヨシは眠気をおして身支度を整える。

 

顔を洗ってそれほど長くない髪を後頭部で結い、司厨長専用の制服へと着替えて寝室の外へ出る。

 

「ひゅ〜、今朝はまた一段と冷えるなぁ。」

 

日の出前の冷たい風が、吹きさらしの通路を吹き抜けていく。

 

「お、ヨシさん。」

 

「やあ、ミカ。あれ?夜勤明けだっけ? 」

 

クィン・ザザが誇る優秀な龍捕りにして、無類の食いしん坊が、ぬぼーっと通路を歩いていた。

 

「いんや、腹減って目が覚めちゃってさ。夜勤組用にヨシさんが作ってた夜食の余りを貰ってきたんだ。」

 

ミカは満足そうに親指を立てた。

 

昨夜、ヨシが夜勤組用に用意しておいたのは、龍ステーキの薄切り肉とレタスで作ったサンドウィッチ、龍の尾骨と野菜くずを煮込んで作ったテールスープだった。

 

なるほど、確かにどちらもミカの大好物だった。

 

「そんじゃ、俺はもう一眠りするよ。」

 

「ああ、おやすみ。」

 

ミカと別れた後、ヨシはさっそく厨房へ向かった。

 

大きな寸胴鍋の蓋を開けると、テールスープはまだ半分ほど残っていた。

 

もちろん、食材が限られている船上生活において、残飯の廃棄は許されない。

 

朝食は、このテールスープの残りに色々と付け足す形で、龍肉のシチューを作る事に決定した。

 

フライパンに貴重なバターを入れて加熱し、にんにくと角切りにした龍のバラ肉を入れ、強火で炒める。

 

香ばしい香りが漂い、しっかりと焼け目が付いたら、じゃがいも、にんじん、玉ねぎを入れ、少し火力を落として更に炒める。

 

頃合いを見計らい、フライパンの中身を、赤ワイン、水と共にテールスープが入った寸胴鍋の中に放り込んでぐつぐつ煮込み、別のフライパンで作っておいたブラウンソースを加えれば出来上がりだ。

 

どうやら夜が明けたらしく、丸い舷窓から朝日が差し込み、腹を空かせた船員達が押し寄せてくる事をヨシに知らせた。

 

「そろそろだな。」

 

寸胴鍋を食堂へ運び、熱々コーヒー、スライスした堅焼きパン、蒸した芋、キャベツの酢漬けを揃える。

 

「おはよーございまーす!」

 

「おはよう。今日の朝食は龍肉のシチューだ。」

 

「シチューですか!?やったー!!」

 

一番最初にやって来たのは新入りのタキタ。

 

新入りは朝からやる事が多いので、真っ先に朝食を済ませてしまう。

 

「う、うんまはぁ〜……めちゃくちゃおいし〜です!!」

 

「おう、そりゃよかった。」

 

溶けてしまいそうな笑顔でシチューを頬張る様子を見ていると、ヨシも嬉しくなった。

 

タキタは表情豊かな子だ。

 

ミカも食事の時は表情豊かだが、あっちは笑顔というよりも、不気味な笑みなのでまったく違う。

 

「ごちそうさまでした!」

 

タキタはシチューを堪能しつつも胃袋へ流し込むように早食いし、自分の食器をさっさと片付けて他の船員達のシチューを皿によそい始めた。

 

「俺も手伝おう。」

 

「あっ、ありがとうございます!」

 

「おはようさーん!」

 

「腹減ったーっ!」

 

食堂はあっという間に満席になった。

 

ヨシとタキタから我先にと皿を受け取った船員達は、一日の仕事に備えるべく、たっぷりの龍肉が入ったシチューに貪り付いた。

 

「うほっ、こりゃあスタミナが付くな!」

 

「おいフェイ、お前の方が肉が多いぞ。」

 

「細かいヤツだな〜、気のせいだよ気のせい。それよりじゃがいもでも食ってろよ。」

 

「タキタ、午前中の探龍訓練忘れんなよ。」

 

「ヒーロ、コーヒー取ってくれよ。」

 

「体があったまるぅ〜!」

 

「ヨシさん、今日の洗濯物はこれだけですか?」

 

「ああ、頼んだよ。」

 

さて、嵐のような朝食タイムが終わると、船員達はそれぞれの持ち場へと散っていく。

 

司厨長のヨシは、食器などの後片付けが終わると、昼食の準備までわずかな休憩をとる。

 

舷窓を開けて食堂の換気を行い、椅子に腰掛けてコーヒーをすすりながらくつろぐ。

 

「今日は一日中天気が良さそうだ。」

 

空を眺めていると、外から鐘の音と共にギブスの大声が聞こえてきた。

 

「龍が出たぞーっ!!各自配置につけーっ!!」

 

ドタドタと数名の慌ただしい足音、大銛を打ち込む音、何かが船体にぶつかる衝撃の後、しばらくして歓声が聞こえてきた。

 

ミカかヴァニーがとどめを刺したのだろう。

 

『クロッコさん!仕留めたよ!サイズは小さいからこのまま解体作業できそうだ!』

 

『おうし、痛まねぇうちにさっさとやっちまえ。』

 

伝声管からジローとクロッコ船長代理のやり取りが聞こえる。

 

ヨシは読んでいた年季の入ったレシピ帳を閉じ、大鍋で米を炊き始めた。

 

玉ねぎを切っていると、ミカとニコがかごいっぱいの龍肉を運んできた。

 

まだ市までは距離がある。

 

市で売り捌く部位を除き、肉の切れ端や腐りやすい部位は、船員達の食料として消費される。

 

「ヨシさん、さっきの龍の収穫だよ。」

 

「おお、切れ端に内臓……スジ肉もあるな。よし、これだけあればボリューム満点の龍丼ができそうだ。前にお前が食いたいって言ってたからな。」

 

「龍丼!?うまそう!」

 

「おいおい、早く戻らねぇとギブスにどやされるぜ?つまみ食いしようったって無駄だ。」

 

「つまみ食いなんかしねーよ!見学したいだけだ!」

 

「スジ肉を煮込むのに一時間はかかるからなぁー。ミカ、おとなしく解体の続きを手伝ってこいよ。」

 

名残惜しげなミカを追い払い、ヨシは昼食の支度を始めた。

 

寸胴鍋にスジ肉、水、ワインを入れ、最初は強火、沸騰したら弱火でとろとろと煮込む。

 

柔らかくなり始めたら調味料と砂糖を入れ、肉、ウォッカで洗った内臓、炒めた玉ねぎと野菜くずを加えて焦げ付かないようにかき混ぜながら更に煮る。

 

「新鮮だから内臓もこのくらい煮込めばいいだろう。お、ちょうど米も炊き上がったな。」

 

食堂に寸胴鍋と大鍋を運び込むと、タイミングを見計らったかのようにミカがやってきた。

 

「龍丼っ!うんまそ〜な匂い!」

 

「おや、えらく早かったな?」

 

「うん、まあ、ね。それよりさ、早く食わせてくれよ。」

 

「はいはい、そこの丼ぶりを使ってくれ。」

 

ニコは大盛りご飯に肉と汁をたっぷりかけ、思い切り頬張った。

 

「うぉお……ジューシーな肉と内臓、スジ肉はトロトロでこってりした濃い汁と玉ねぎが合わさって……ヨシさん、これめちゃうまっ!!」

 

「あっ!やっぱりここにいた!ミカさん、一人だけサボってお昼なんて駄目ですよ!」

 

「むっ!?これは違うんだ。市でちゃんと売り物になる肉か味見をだな……」

 

「ミカてめー!人に仕事押し付けておいてなに幸せそうな顔してやがる!その龍丼よこせっ!」

 

食堂はまたあっという間に賑やかになった。

 

龍油と血の匂いにまみれた野郎共のおしくらまんじゅう状態にも、ヨシはすっかり慣れたものだと苦笑い。

 

後片付けはサボった罰としてミカが引き受ける事になったので、ヨシは自室に戻ってゆっくり休憩する事にした。

 

以前停泊した市で購入した本を読んだ後に二時間ほど仮眠をとり、また厨房へ戻る。

 

「うーん、ちょっと早いけど、夕食の準備をするか。」

 

寸胴鍋で乾燥豆と根菜を煮込み、削り出した固形コンソメと塩で味を整える。

 

パン粉、小麦粉、水をダマができないようによく混ぜ合わせ、香草と削りチーズを練り込んで、昼に使わなかった龍肉の残りをくぐらせる。

 

龍油を敷いたフライパンでカリッとなるまで炒め、スパイスを軽く振りかければ完成。

 

豆と根菜のコンソメスープに、龍肉の香草パン粉焼き、あとはお馴染みの堅焼きパンと蒸した芋とキャベツの酢漬け、夜勤以外の船員には少量の酒も振る舞う。

 

空がオレンジ色に染まる頃、賑わう食堂を出たヨシは、手摺に寄りかかりながら風に当たり、沈み行く夕陽を眺めていた。

 

「ヨシさーん!」

 

雑用を終えたらしいタキタがヨシのもとへ駆け寄ってきた。

 

「涼んでるんですか?」

 

「まあね。お前達と違って一日中厨房なんかにこもってるからな。」

 

「そっかー。ヨシさん、寂しくないですか?退屈じゃないですか?なんなら一緒に龍捕りに参加しませんか?」

 

「ははっ、無茶いうなよ。俺を心配してくれてるのか?だったら心配ご無用さ。ミカがしょっちゅうつまみ食……顔出しに来てくれるし、こうしてタキタが気を使って話しかけてくれるからな。それより、早く食べてこいよ。料理が冷めちゃうぞ。」

 

夕食が終わり、いつものように後片付けをする。

 

夜勤組のためにコンソメスープとお馴染みのサンドウィッチを厨房に残し、淹れたての紅茶で一服し、自室へと戻った。

 

今日も平穏でいい一日だった。

 

龍捕り組が小型の龍を捕り、クィン・ザザは整備組と操縦組のおかげで不具合なく飛行し、ヨシがこしらえた三食は船員達に喜んで貰えた。

 

何もかもがいつも通りの一日。

 

確かに、他の船員のように命がけで龍を捕ったり、古い機械と格闘したり、風を読んで船を飛ばしたり、一日中細かい金と数字の計算をする事はない。

 

しかし、ヨシはこの仕事に誇りを持っていたし、なにより好きだった。

 

自分なりに日々達成感も味わっている。

 

タキタが心配するような孤独感など一切感じていなかった。

 

「さて、明日も早い。もう寝るかな。」

 

明日もやってくるであろう平穏な一日に備え、ヨシは古びたレシピ帳を閉じ、ベッドに体を預け、目を閉じた。

 

「明日はなにを作ってやろうか。」

 

 


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