新しい仕事になれるのに時間がかかりました。
以上言い訳です。
睡眠時間削って速攻で書いたので誤字脱字もそうですが、クオリティも低いです。まだ見ていただける方がいらっしゃったら幸いです。
1万字超えちゃいましたがよろしければどうぞ。
ゴールデンウィークも過ぎて、じわりじわりと暑くなりはじめてくる今日このごろ。
元来、クールでハードボイルドな俺は少しでも涼しさを求め、人のいない場所へと向かった。
屋上へと続く踊り場。
使われない机が乱雑に置かれた、人一人通るのがやっとのような場所である。いつもなら南京錠で固く閉ざされていたはずだ。
どうせどこかのクラスのちゃらちゃらした連中がぎゃーすか騒ぐために屋上に出たんだろう、だが、そのとき、扉の向こうがやけに静かなことに気づいた。
この静けさからするとあの手の連中はこの先にいないようだ。誰もいないとなると、俄然元気になるのがぼっちである。俺は机のバリケードを崩すと扉に手をかける。
扉の先に広がるのは青い空、そして、水平線。
今やこの屋上は俺のプライベート屋上と化していた。
遠く霞み行く空を眺めるのと、将来を見据えるのはどこか似ている。
だから、屋上は手元にある職場見学希望調査票に自身の夢を託すのにふさわしい場所だった。
俺はその紙に志望する職業と見学したい職場、その理由をつらつらと書き連ねる。日頃から将来設計ばっちりな俺の筆に迷いはない。ものの二分もしないうちに書き上げてしまった。
ーーそのとき。
風が吹いた。俺の夢を描いた一枚の紙を未来への紙飛行機のように飛ばしていく。
詩的に表現したが、もちろんさっき俺が書いた紙だ。おいこの風マジふざけんな。
……もういいや。紙もらって書き直そ。
そう肩をすくめて歩き出した時だった。
「これ、あんたの?」
声がした。そのどこか気だるげな声の主を探して辺りを見渡すが、俺の周りに人はいない。
「どこ見てんの?」
ハッとバカにした感じで笑う声は、上から聞こえた。上から物を言うとはまさにこのことか。屋上からさらに上へ突き出た部分、梯子を上った先にある給水塔。
その給水塔に寄りかかり、俺を見下していた。
長い背中にまで垂れた青みがかった黒髪。リボンはしておらず開かれた胸元、余った裾の部分が緩く結びこまれたシャツ、長くしなやかな脚。そして、印象的なのがぼんやりと見つめるような覇気のない瞳。泣きぼくろが一層倦怠感を演出していた。
「これ、あんたの?」
その女子は先ほどと変わらぬ調子で言った。何年生かわからないのでとりあえず無言で頷いておく。いや、ほら先輩だと敬語使わなくちゃいけないけど、違ったら恥ずかしいじゃないっすか。
「……ちょっと待ってて」
ため息混じりにそう言うと、梯子に手をかけてするすると下りてくる
ーーそのとき。
風が吹いた、夢を託した一枚の布を未来永劫焼き付けるように神風が靡く。
詩的に表現したが、要するにパンツが見えた。おい、でかしたこの風マジよくやった!
梯子の途中から手を離し、すとっと降りた女子は俺に紙を渡す直前にそれを一瞥する。
「……バカじゃないの?」
そう言って投げつけでもするかのごとく、ぶっきらぼうに俺に手渡し、くるっと踵を返してそのまま校舎の中へと消えていく。返してもらった紙を片手にぽりぽりと頭を掻く。
「黒のレース、か……」
屋上のスピーカーからは昼休み終了のチャイムが流れていた。
それを合図に、俺も扉へと足を向けた。
職員室の一角の応接スペースそこには煙草のフィルターをがじがじと齧り、さも怒りを堪えてますという表情でこちらを睨みつける国語教師の平塚先生がいた。
「君たち。私が何を言いたいか、わかるな?」
「さ、さぁ……」
「まぁ…」.
「……はぁ、まあいい。とにかく、二人とも職場見学希望調査票は再提出だ。いいな」
そう、この千葉市立総武高校では二年次に「職場見学」なるイベントが存在する。社会に出るということを実感させるゆとり教育的なプログラムだ。
「にしても、なんだねこのふざけた回答は」
「なんだと言われても……」
俺の思いの丈は全てあの紙にぶつけたのでこれ以上の回答はよういしていない。あれを読んでも理解してもらえないとなると、さて、どうしたものか……。
「比企谷はともかく、佐藤、君にいたっては無回答じゃないか。必ずしも行きたい場所があるわけではないだろうが、興味あるところくらいあるだろ」
「いいですか、平塚先生、どんな企業に行こうと職場見学となるとどこの企業もいいところを見せようとするわけですよ、そこで興味を持ってしまって、いざ就職してみれば全く違ったなんてざらですよ。これは、職場見学に限りませんがね。となると、一つの企業の上っ面なところを見るよりも、なんの偏見もなくフラットな目線で見るほうがいいんですよ。似たようなのは、学校見学なんかもそうですよね、『私たちの学校はこんなにも真面目に勉強してますよ』と見に来た学生にアピールしますけど、実際入ってみるとそこまで勉強に力を入れてなくて後悔したなんて話もよく聞きます。なので行く意味をあまり感じないんですよね、これ。時期も時期ですし」
「……まったく、君も君で厄介な考えを持ってるんだな。まぁ、時期については今だからこそなんだよ、佐藤。夏休み明けに、三年次のコース選択があるのは聞いているな?」
「はい」
あれ、そんなんあったけ。
「その関係で、将来への意識を明確に持ってもらうために、中間試験直後に職場見学が設けられているんだ」
平塚先生はぷかぁと輪っか状の煙を吐き出した。
俺たちの通う総武高校は進学校だ。大半の生徒が大学進学を希望するため、高校入学時から大学進学を念頭に置いている。そのため将来への展望というのは希薄だろう。
「それ、あんま有効性ないっすよね」
どうやら、こいつも同じようなことを思っていたようだ。
「まったく、意外と似たもの同士なのか、君たちは。ところで二人とも、文系、理系、どっちにするんだ?」
「そうっすね、俺はーー」
「あー!こんなとこにいた!」
俺が口を開くと、騒がしい声に邪魔をされる。最近友達になった?由比ヶ浜結衣だ。
「おや、由比ヶ浜。悪いがこいつらを借りているぞ」
「べ、別にあたしのじゃないです!ぜ、全然いいです!」
言葉を返しつつ、由比ヶ浜はぶんぶんと全力で手を振って否定する。そんな全力で拒否されるとちょっと傷つくんだけど……。
「全然いいってなんだよ、俺たちが売れ残った不良品みたいじゃねーかよ。泣くぞ」
怒ってるようでバッチリ傷ついちゃってんじゃんこいつ。
「で、なんか用か?」
拓也の問いかけに答えたのは由比ヶ浜ではなく、その後ろからひょいと現れた少女だった。
「あなたたちがいつまでたっても部室に来ないから探しに来たのよ、由比ヶ浜さんは」
「その倒置法使って自分じゃないことわざわざ強調させなくていいから、わかったから」
雪ノ下の言葉を受けて、由比ヶ浜が不満げにむんと仁王立ちになる。
「わざわざ聞いて歩いたんだからね。そしたら、みんな『比企谷?誰?』って言うし。超大変だった」
「その追加情報いらねぇ……」
なんでこいつはピンポイントで俺の心を抉りに来るんだよ。しかも狙ってないとか天才か。
「超大変だったんだからね」
しかも二回言われた。学校で俺が認知されていない事実を再び突きつけてきやがった。ここまで知られていないとすると案外忍者とか適職かもしれない。
「なんだ、その、悪かったな」
「俺、認知されてないことに謝るやつ初めて見たわ」
俺だってこんな悲しい謝罪は初めてだよ。
「別に、い、いいんだけどさ……。そ、その……、だから」
由比ヶ浜は指をうにょうにょと動かしながらもじもじとし始めた。
「け、携帯教えて?ほ、ほら!わざわざ探して回るのもおかしいし、たっくんと交換してヒッキーとはしないのもなんか変じゃん?だから……さ、」
俺を探していた事実が耐え難いほど恥ずかしかったのか、思い出したかのように顔を赤らめる。
「まぁそれは別にいいけどよ……」
携帯を取り出すと、由比ヶ浜もなやかキラキラデカデカした携帯電話を取り出した。
「……何その長距離トラックみてぇな携帯」
「え?可愛くない?」
どうやら八幡と由比ヶ浜は連絡先を交換することになったらしい、わかりやすい態度だとは思うが、八幡はやはり気づいてはいないようだ。……にしても
「そういえば、お前さんはなんでいるだよ」
「あなたたちを探しに来たと言ったじゃない」
「それはさっき聞いた、聞きたいのは由比ヶ浜と一緒なのが気になったからだよ。普段のお前なら別に俺たちなんか放っておくだろ。それ以外で考えられるのは由比ヶ浜に頼まれたかなんかしたからだろうけど、お前、そんな由比ヶ浜と仲よかったっけ?」
「……そうね、あなたの知らないところで少しね」
「へー」
「……何か言いたいことでもあるのかしら?」
「そうだなぁ、……強いて言うならアホだから気をつけろよとかか?」
「なかなか確信をつくわねあなた」
どうやら思い当たる節はあるらしい。由比ヶ浜はそこがいいところでもあり悪いところでもあるんだよなぁ。
「よし、君たちもういいぞ。行きたまえ」
「うす。んじゃ部活行きます」
由比ヶ浜と平塚先生の連絡先を手に入れた俺は床に転がしてあった鞄を拾いあげて右肩に引っかける。またいつもと同じように、相談者なんかこない暇な時間を過ごすのだろう。
扉の近くまで行くと、背中に声がかけられた。
「ああ、そうだ。比企谷、佐藤。伝え忘れていたが今度の職場見学、三人一組で行くことになる。好きな者たちと組んでもらうからそのつもりでいたまえ」
それを聞いて俺はがくりと肩を落としてしまった。
「……なんてこった。クラスの奴が俺ん家に来るなんて絶対いやだ……」
「学校に自分以外に2人も待機する人が出てきちゃうんすね」
「あくまでもそのままいくつもりなのか、君たちは……」
「比企谷、君はてっきり『好きな奴と組め』というのを嫌がると思ったのだがな」
「はっ、何を馬鹿なことを」
俺は渾身の力を込めて平塚先生に言い放った。
「孤独の痛みなんて今更なんてことないですよ!慣れてますから!」
「かっこ悪……」
「ばか、お前、ヒーローはいつだって孤独なんだよ。それでもヒーローかっこいいだろうが。つまり『孤独=かっこいい』なんだよ」
「そうね、愛と勇気だけが友達、と言っているヒーローもいるものね」
「だろ?っつうかお前よく知ってんな」
「ええ、興味深く思っているわ。幼児たちが愛も勇気も友達なんかじゃないと気づくのはいつなのかしら」
「なんだその歪んだ興味……」
「あのヒーローは愛と勇気が友達にいるっぽいけど、解決法が最終的に殴るから友達になるぶんならお前の方がマシかもな」
「やめろよ、新手のクレーマーか?お前は」
特別棟の四階、東側に部室はある。そこでは部活動に励む少年少女の声が木霊し、青春のBGMを奏でていた。
そんな中俺は、小町から借りた少女漫画を読み、雪ノ下は文庫本に目を落とし、由比ヶ浜は携帯をポチポチし、拓也はうたた寝していた。
相変わらず0点の青春である。
そんなことを考え、俺は由比ヶ浜の方へ視線を向けた。見れば、由比ヶ浜は携帯片手に曖昧な笑みを浮かべて、深い深いため息をついていた。
「どうかしたの?」
そう声をかけたのは俺ではなく、雪ノ下だった。視線は文庫本に向けたままだが、由比ヶ浜のおかしな様子に気づいたらしい。さすがはデビルマン、デビルイヤーは地獄耳である。
「あ、うん……何でもない、んだけど。ちょっと変なメールが来たから、うわって思っただけ」
「比企谷くん、裁判沙汰になりたくなかったら今後そういう卑猥なメール送るのはやめなさい」
「俺じゃねぇよ……。証拠どこにあんだよ。証拠出せ証拠」
雪ノ下は勝ち誇った顔で言った。
「その言葉が証拠といってもいいわね。犯人の台詞なんて決まっているのよ。『証拠はどこにあるんだ』『大した推理だ、君は小説家にでもなったほうがいいんじゃないか』『殺人鬼と同じ部屋になんていられるか』」
「……最後のは殺される方の台詞だろ」
俺たちの会話で目が覚めたよで拓也も会話に混ざる。
拓也に言われてから雪ノ下は「そうだったかしら」と首を傾げてぱらぱらと文庫本をめくる。
「いやー。ヒッキーは犯人じゃないと思うよ?」
由比ヶ浜が遅まきながらそういうと、文庫本をめくっていた雪ノ下の手がピタリと止まった。目だけで、「証拠は?」と問うている。おい、そんなに俺を犯人扱いしたいのかよ。
「んー、なんちゅうかさ、内容がうちのクラスのことなんだよね。だから、ヒッキー無関係っていうか」
「俺も同じクラスなんですけど……」
「なるほど。では、比企谷くんは犯人じゃないわね」
「だな」
こんにちは、二年F組比企谷八幡です。
「……まぁ、こういうのときどきあるしさ。あんまり気にしないことにする」
「そうそう、無視しとけ、俺んとこにもきたけど、見るだけ時間の無駄だぞあんなのは、高校生にもなってガキみたいなことしてんじゃねぇよ本当に」
やけに拓也がキレてるっつーことはおそらく愉快なものではないのだろう。
ときどきある、と由比ヶ浜は言うが、その手のメールが俺のところに来たことはない。……友達少なくてよかった!
いや、しかし真面目な話、友達が多い人間というのは、いつもこの手のどこかドロドロとしたものと向き合わなければならない。実に大変そうである。やはりむやみに友達を作らない俺は正しかったというわけだ。
「……暇」
暇つぶしアイテムである携帯電話が封じられたことにより、由比ヶ浜はだろーっとだらしなく椅子の背もたれに寄りかかる。そうするとやたら胸が強調されて目のやり場に困るので、目のやり場に困らない雪ノ下の胸元に視線を運ばざるを得ない。
「することがないのなら勉強でもしていたら?中間試験まであまり時間もないことだし」
そう言う雪ノ下は全く逼迫した様子がない。それもそのはず、こいつはテストすべてで学年首位を取るような女だ。今更中間試験程度で動揺はしないのだろう。
由比ヶ浜もそのことはわかっているのか、少しばかり気まずそうに視線を逸らしてもにょもにょと口の中だけで喋る。
「勉強とか、意味なくない?社会に出たら使わないし……」
「出た!バカな常套句!」
あまりにも、あまりにも予想通りの回答にむしろ逆に驚いて声に出してしまった。おい、マジかよ、今日の高校生でそんなこと言う奴いんのかよ。
バカと言われてムッとしたのか、躍起になって反論してくる。
「勉強なんて意味ないってば!高校生活短いし、そういうのにかけてる時間もったいないじゃん!人生一度きりしかないんだよ?」
「だから、失敗できないんだけどな」
「超マイナス思考だ!」
「リスクヘッジと呼べ」
「あなたの場合、高校生活全部失敗してるじゃない……」
「勉強意味ないとか言うならお前一体何しに入学したんだよ……」
「「うっ…」」
そうでした。全然ヘッジできてなかった。おいマジかよ。俺の人生詰んでるのか。英語で言えばチェックアウトなのか。ホテルかっつーの。
「というか、失敗なんてしてねぇ……。ちょっと人と違うだけだ。個性だ!みんな違ってみんないいんだ!」
「そ、そう!個性!勉強が苦手なのも個性‼︎」
二人揃って、バカな常套句その二が出てきた瞬間だった。しかし本当に便利な言葉ですねぇ。
「お前ら、金子みすゞが聞いたら怒るぞ……」
雪ノ下はため息をつきながら額に手を当てる。
「由比ヶ浜さん。あなた、勉強に意味がないって言ったけどそんなことはないわ。むしろ、自分で意味を見出すのが勉強というものよ。それこそ人それぞれ勉強する理由は違うでしょうけれど、だからといってそれが勉強すべてを否定することにはならないわ」
正論ではある。それも大人の綺麗事といっていい。それ故にその言い分は現在大人になりかけの者には通じない。かっこつけでもなんでもなく、真摯にそう思っているのは雪ノ下くらいだろう。
「ゆきのんは頭いいからいいけどさ……。あたし、勉強に向いてないし……周り、誰もやってないし……」
その小さな声に雪ノ下の目が急に細くなる。一気に気温が下がったかのような静けさを感じ、由比ヶ浜ははっとなって口を噤む。以前雪の下や拓也に言われたことを思い出したらしい。全力で自分のフォローに入る。
「や、ちゃ、ちゃんとやるよ!……そ、そういえば!ヒッキーは勉強してるの⁉︎」
おおっ、あいつらに怒られる前に躱した。俺に矛先を向けることで逃げ切ろうという算段らしい。でも残念でした。
「俺は勉強してる」
「裏切られたっ!ヒッキーはバカ仲間だと思ってたのに!」
「失礼な……。俺は国語なら学年三位だぞ……、他の文系教科も別に悪くねぇ」
「うっそ……、全然知らなかった……、な、ならたっくんはどうなの⁉︎」
藁にもすがる思いなのか、必死の形相で拓也の方を向く。
「ん?俺か?全科目十位以内に入るくらいだな」
「うぅー。あたしだけバカキャラなんて……」
「そんなことないわ、由比ヶ浜さん」
冷静な声ながらも雪ノ下の表情には温かみがあり、その瞳にははっきりとした確信の色がある。それを聞き、由比ヶ浜はぱあっと顔を明るくする。
「ゆ、ゆきのん!」
「あなたはキャラじゃなくて真性のバカよ」
「うわーん!」
ぽかぽかと雪ノ下の胸元を叩く由比ヶ浜。それを面倒くさそうに受け止めながら雪ノ下は短いため息をついた。
「試験の点数や順位程度で人の価値を測るのがバカだと言っているのよ。試験の成績は良くても人間として著しく劣る人間もいるわ」
「おい、なんで今俺みたんだよ」
「雪ノ下のいいぶんはもっともだが、将来評価されるのは人柄じゃなくて学歴だからな今の世の中は、そういう意味では得する人間もいるのかもしれないがな」
「おい、だからなんでこっち見んだよ」
二人にまじまじと見つめられてしまった。
「一応言っておくが俺は勉強好きでやってるんだからな?」
「へぇ……」
「ほーん」
「勉強くらいしかすることなかったのよね」
驚く由比ヶ浜に、興味なさげな拓也、そしていちいち一言多い雪ノ下。
「まぁな、お前と一緒でな」
「……否定はしないけれど」
「そこは否定しようよ!なんだかあたしが悲しくなってきちゃったよ!」
「……なんか、たまによくわからんところで合うよなお前ら」
感情移入してしまった由比ヶ浜は雪ノ下の心の傷を慮りでもしたのかがばっと抱きついた。「……暑苦しい」と迷惑げな顔をする雪ノ下の言葉を一切聞かず、抱きついている。ちょっと!ぼくもぼくも!ぼくも勉強くらいしかすることないですよ!がばっとひしっとなんで来ないんだよ。や、来られても困るんですけどね。
由比ヶ浜は雪ノ下の頭を抱えたまま、その頭を撫でるようにしてふと口を開いた。
「でもさぁ、ヒッキーが勉強頑張ってるのってなんか意外だよね」
「いや、ほかの連中も進学希望ならこの時期勉強してるんじゃねぇの。夏休み入ったら夏期講習とか行く奴もでてくるだろうし」
意識高い連中ならこのあたりからもう受験のことを考えているはずだ。津田沼の佐ゼミに行こうか西千葉の川合塾現役館に行こうか、それとも稲毛海岸の東新に行こうかと悩み始める頃合いだろう。
「それに、あれば。俺は予備校のスカラシップ狙ってるしな」
「……すくらっぷ?」
「それなら狙わなくても今現在で充分よ。生きる産業廃棄物みたいなものじゃない、あなた」
「なんだ、雪ノ下、今日は優しいな。てっきり生きることすら否定されると思ってたぞ」
「…それでいいのか八幡よ」
雪ノ下はこめかみのあたりを押さえて、苦い表情をする。
「ねぇねぇ、すくらっぷって何?」
スクラップのほうすら知らないのか、由比ヶ浜は話についてきてなかった。えぇー、マジっすか由比ヶ浜さん。
「スカラシップというのは奨学金のことよ」
「最近の予備校は成績が良い生徒の学費を免除してるんだよ。つまり、スカラシップ取って、さらに親から予備校の学費を貰えばそれがまるまる俺の金になるわけだ」
俺自身明確な目的を持って勉強に励むことができるし、親も投資した額に見合った成果が出ていれば安心する。ついでに俺にはお金が入る。素晴らしい妙案である。
だが、女子二人は揃って微妙な表情をした。
「詐欺じゃん……」
「詐欺とは言い切れないんだよなぁ、これが。結果的にはどこも損してないんだからな。タチ悪いとは言えるけどな」
そうだ、そうだ、誰も傷つかない優しい嘘をついてるだけじゃないかよう。
「進路、かぁ……」
そう呟いて由比ヶ浜はちらっと俺の方と拓也の方を見た。そして、なお一層強い力で雪ノ下の袖をぎゅっと掴む。その勢いに驚いたのか、雪ノ下が少し心配げに雪ノ下が少し心配げに由比ヶ浜の顔を覗き込んだ。
「……何かしら」
「あ、ううん、なんでもない、ことはないか……。三人とも頭いいからさ、卒業したら、会うこととかなさそうだな、ってちょっと考えちゃって」
言ってから、たははーと誤魔化すように由比ヶ浜は笑う。
「そうね……少なくとも比企谷くんなんて絶対にあわないわね」
雪ノ下は若干の微笑みを湛えて言ったが、俺は無言で肩をすくめるだけだった。何も言い返さない反応を怪訝に思ったのか、雪ノ下は物を問うような視線を投げかけてくる。なんでもねぇよ。たぶん、お前の言う通りさ、雪ノ下。
世の中にはいるのだ。同じ中学の奴らがいないところに行こうと決めて勉強して県内有数の進学校に合格したやつが。同級生と二度と会わないと決めた奴が。そういう奴がいる以上由比ヶ浜の懸念はまず間違いなく当たるだろう。
人の関係性なんてものは同じ場所、同じカテゴリー、恒常的なコミュニケーションで成り立っている。
だからそれを断ってしまえば人は自ずと一人になる。
それこそ、電話やメールやらでしか繋がらない、あるいは繋がれなくなる、それを人は友情と呼ぶのだろうか。いや、呼ぶのだろう。だからこそ友達の数と電話帳の登録数をイコールで換算する。
「別にそんなことないだろ由比ヶ浜。少なくともここにはお前を嫌ってるやつなんて誰もいないんだからよ、んなこと気にしてねぇで会いたいと思えば連絡でもなんでもすりゃいいんだよ。ひねくれ者のこいつらだけど、それを無下にするような奴らじゃないからな、…多分」
「なんか、最後すごい自信なくない⁉︎」
「まぁ、俺はこいつらじゃないからな、そこらへんは本人に聞いてくれ」
……こいつといるとたまに自分の考えが矮小に思う時がある。別に自分の考えが間違っているとかそういうことじゃなくて、根本的なことをふと考えさせられるそんな気持ちになるのだ。
「……そうね、別にその程度なら構わないけれど、だからといって今みたいに毎日メールをしてくるのはやめてもらいたいわね」
「ええっ⁉︎や、やなの……?」
「……、ときどき非常にめんどくさいわ」
「この正直もの!」
……こいつら仲良いな、しかし。いつの間にメールのやり取りする仲になったんだよ。
「お前ら毎日メールってそんなやり取りすることあるのか?」
「えっと……。『今日シュークリーム食べたよ☆』とか」
「『そう』とか」
「『ゆきなん、シュークリーム作れる⁉︎今度他のお菓子も食べてみたいんだけど!』とか」
「『了解』とか」
「雪ノ下、返信雑すぎるだろ……」
「それ以外の情報なんて必要ないでしょう」
「うん、ああ言ったけど毎日これは面倒くさいわ、すまん由比ヶ浜俺連絡返さないかも」
「たっくんまで⁉︎この薄情者!」
いや、ほんとさ、ああいう雑談的なものって何話せばいいんだろうな。会話の基本は天気とかいうけど、「晴れですね」「そうですね」で終わっちまうじゃねぇか。
「携帯電話ねぇ……。そんな頼りにならんだろ。これもかなり不完全なコミュニケーション手段だと思うけどな」
電話が来ても放置とか着拒できるし、メールも返さなきゃそのままだ。
「そうね。メールを返すのも電話を取るのも受け手側に一任されるものね」
「だからこそ、本来は親しい人間同士が使うものなんだろ。出なくてもきちんと理解できるような関係のやつが使わなきゃただの不仲製造ツールに成り下がるんだし」
見た目だけはとても良い雪ノ下のことだ。それこそ、いろんな人間からアドレスやら番号やらを聞かれたことだろう。
「それに、本当に嫌なメールは無視してしまうし」
雪ノ下がぽつりと付け足したように漏らしたことばに、由比ヶ浜が顎に人差し指を当てて「んんっ?」と小首を傾げる。
「じゃあ……、私のメールは嫌じゃないってこと?」
「……嫌とは言っていないわ。面倒なだけ」
まじまじと顔を覗き込む由比ヶ浜からそっと目を逸らして赤い顔をする雪ノ下。そんな雪ノ下の様子に由比ヶ浜は飛びつく。雪ノ下は由比ヶ浜のなすがままになっていた。おれが無関係なのでちょうどうでもいい。
「そっか、でも携帯ってそんな完璧じゃないんだ」
「ったりまえよ、人と人とが向き合って会話する時初めてお互いが分かり合えるんだからな」
拓也のその言葉に改めてその絆がいかに希薄なものかを痛感したのかきゅっと雪ノ下の身体を掴む。
「あたし……、ちゃんと勉強しようかな。……同じ大学行けたら素敵だし」
小さな声でそう言って由比ヶ浜は視線を床に落とす。
「ゆきのんやたっくんって大学とか決めてるの?」
「いえ、まだ具体的には。志望としては国公立理系だけど」
「俺も具体的には決まってないが今んとこは国公立文系だな」
「頭いい単語出てきた!じゃ、……じゃあヒ、ヒッキーは?つ、ついでに聞くけど」
「俺は私立文系だ」
「それならあたしでもいけるかも!」
由比ヶ浜の顔に笑みが戻る。おい、なんだその反応。
「言っておくが、私立文系ってバカってことじゃないぞ。全国の私立文系さんに謝れよ。だいたい俺とお前じゃレベルが違うだろ」
「うっ……。だ、だから頑張るんだってば!」
由比ヶ浜は雪ノ下から離れるの大声で宣言した。
「と、いうわけで。今週から勉強会をやります」
「……どういうわけ?」
「三日坊主で終わるなよー」
「テスト一週間前は部活ないし、午後暇だよね?ああ、今週でも火曜日は市教研で部活ないからそこもいいかも」
雪ノ下の疑問は一切無視、拓也の声も聞こえていないのか由比ヶ浜はてきぱきと段取りを始める。
まぁ、由比ヶ浜の算段はわからなくもない。学年一位の雪ノ下、全教科に強い拓也、そして国語学年三位の俺がいればかなり心強いはずだ。それに俺は教えることに関しては自信がある。
ひとつ問題があるとすれば、俺はそれに協力する気がないことだ。
「あー……」
なんと言って断ろうか。そうおもっているうちにあれよあれよと進んでいく。
「じゃあ、プレナのサイゼでいい?」
「私は別に構わないけれど……」
「あそこ、割と静かだから集中できるしいいかもなー」
「由比ヶ浜、その、なんだ」
早く言わねば決定事項になってしまう!拓也まで絡んでしまっては逃げようもなくなる、はっきりと断ろう、そう思ったところを遮られた。
「ゆきのんと二人でお出かけって初めてだね!」
「そうかしら」
「頑張ってこいよー」
…………………。
俺、最初から誘われてなかった。
「ヒッキー、なんか言った?」
「い、いや……。頑張ってください」
一人で勉強したほうが効率いいと思うけどネ!
「八幡、お前家でいいよな勉強すんの」
「…………おう」
やっぱり一人より二人の方がわかりやすくていいよね!
少し前の話ですが、人生初めてのコミケに行きました。色々準備をして昼から行ったんですがすごい人でした。
でも何故かまた行きたいと思いました。不思議ですよね。
改めて自分がアニメや漫画、ゲームが好きだと再確認できました。