一週間のうちで最強の曜日は土曜日だ。休日でありながら次の日も休みだなんて、棚からぼた餅どころか棚からショートケーキだ。
起き抜けの頭でぼーっと朝刊を流し読む。新聞を読んだらいつものチラシチェックである。安いものを見つけたら、赤丸をつけて小町に渡す。買いに行くのは小町か母親だ。
そして、そのチラシにひときわ輝くフォントを見出した。
「こ、小町!これ見ろこれ!東京わんにゃんショーが今年もやってくるぞ!」
思わず、高々と掲げてしまった。どっかのライオンのミュージカルみたいだ。
「うっそ!ほんとにっ!やったぁ!お兄ちゃんよくぞ見つけ出した!」
「はははっ!もっと褒め称えろ!」
「きゃーステキー!お兄ちゃんステキー!」
「……うるさい、バカ兄妹。くたばれ」
母親が泥人形テイストで寝室から這い出てきて呪いをぶちまけた。
「す、すいません……」
俺が謝ると、母親はうむと小さく頷いて、寝室へと戻っていく。また長き眠りにつくつもりらしい。
寝室の扉に手をかけたところで母親がくるりと振り返った。
「あんた。出かけんのはいいけど、車に気をつけんのよ。蒸し暑くて車のほうも苛立ってるから事故起きやすいんだから。小町と自転車の二人乗りなんてすんじゃないよ」
「わかってるよ。小町を危ない目に遭わせんなっつーんだろ」
両親の小町への愛情はとても深い。小町は二人にとって宝物のような存在だ。それに引き替え長男のほうはといえば、そうでもないらしい。今だって母親は俺の顔を見て深いため息を吐いている。
「はぁ……バカだね、あんたの心配してんの」
「……えっ」
不覚にもうるっと来た。朝起こしてもらえないし、弁当代は500円しかくれないし、変なセンスのシャツ買ってくるし。
しかし、……親子っていいものだなぁ。
「か、母ちゃん……」
「本当、心配だわ。小町に怪我させたら、あんた、お父さんに殺されるよ」
「お、おやじ……」
不覚にもいらっと来た。
その親父といえば、今なお惰眠を貪り、夢の世界にいるはずだ。
余談だが、この親父、拓也と初めてあったとき、小町が引っ付いてるのを見てから敵視するようになった。俺への敵視がまんま向いたのでありがたいのだが、同時にこれが俺の親だと思うと恥ずかしくもあった。
それ以来、俺は親父との会話が増えたのだが、いつもの余計なことばかりではく、小町を取り返すにはどうしたらいいかを俺に相談し始めた。その時は流石にどうかと思った。
「バスで行くからそんな心配いらないよー。あ、だからバス代ちょうだい!」
「はいはい、往復でいくらだっけ?」
「えっと……」
小町が指で数えはじめる。おい、片道150円で往復300円だぞ。どこに指使う要素あるんだよ。
「300円だよ」
結局、小町よりも早く俺が答えてしまう。
「じゃあ、はい。300円」
「ありがとー!」
「あ、あの、お母さん。ぼくも、行きたいんですけど……」
「あら、あんたの分もいるの?」
今気づいた、みたいな反応をしながら母親が財布を再び取り出す。
「あ、お昼外で食べるからお昼代もちょーだい!」
「ええ?しょうがないねぇ……」
便乗した小町のお願いに流される形で母親は札を二枚ほど取り出して小町に渡す。
おお、小町すげぇな。でも、俺の時の昼代は何故500円なのですか、お母さん。
「ありがと!んじゃ、行こ。お兄ちゃん」
「おお」
「はい、いってらっしゃい」
気だるそうに俺たちを送り出すと、母親はまた寝室へと消える。おやすみ、母さん。また会う日まで。
家から「東京わんにゃんショー」の会場である幕張メッセまではバスで15分ほどだ。会場にはそこそこの数の人が入っていた。なかにはペットを連れてきている人もいる。
さて、この東京わんにゃんショーだが、要するに、犬や猫といったペットの展示即売会だ。その一方でちょっと珍しい動物の展示もあったりしてなかなか楽しい。
「わー、お兄ちゃん!ペンギン!ペンギンがたくさん歩いてるよ!可愛い!」
「ああ、そういやペンギンの語源ってラテン語で肥満って意味らしいぞ。そう考えるとあれだな、メタボサラリーマンが営業で外回りしてるみたいだよな」
「わ、わー。急に可愛く思えなくなってきた……」
恨みがましい視線で俺を見てくる。
「お兄ちゃんの無駄知識のおかげでこれからペンギン見るたびに肥満の二文字が頭に浮かぶようになったよ……」
小町はぶつくさ文句を言うが、それは最初にペンギンと名付けたやつに言ってもらいたい。
「まぁ、いいや、気を取り直して早く見て回ろうよ」
そう言って小町は俺の手を引っ張って駆け出す。
「ちょお前、急に走んな、転ぶから」
どうやらこのあたりは鳥ゾーンらしく、インコだなオウムだのといった派手派手しい極彩色の世界が広がっていた。
その中に、見覚えのある艶やかな光を放つ黒髪を見つけた。
パンフレットを片手にキョロキョロするたび、二つに分けて結わえた髪が揺れている。
「あれって……雪乃さん?」
小町も気付いたらしい。というか、あれだけ目立つ奴もそうそういないので、結構な注目を集めていた。
だが、本人は周りの視線などまるで気にしていないようで、部室にいるときと同じ、冷めた表情のまま何かを探している。
しきりに表示番号を確認しては辺りを見渡し、再びパンフレットに目をやる。
なんだ、あいつ。迷子か。
雪ノ下は何がを決心したようにぱたっとパンフレットを閉じると颯爽と歩き始めた、壁に向かって。
「おい、そっち壁しかねぇぞ」
見かねてつい声をかけてしまう。
「……あら、珍しい動物がいるのね」
「出会い頭にホモ・サピエンス呼ばわりすんのやめてくんない?俺の人間性が否定されちゃってるだろ」
「間違ってはいないでしょう?」
「正しいにもほどがあんだろ……」
第一声から霊長類ヒト科扱いである。
「なんでお前壁に向かって歩いてんの?」
「…………迷ったのよ」
雪ノ下は今にも切腹しそうなくらい苦々しげに話す。
「いや、迷うほど広くないんだけど、ここ……」
方向オンチさんなのかな?
「雪乃さん、こんにちは!」
「あら、小町さんも一緒なのね。こんにちは」
「にしても、意外なところにいるな。何か見にきたのか?」
「……ええ、まぁ、そのいろいろと」
猫だろうな……。猫コーナにでっかく赤丸ついてるし。
「比企谷くんはどうしてここへ?」
「俺は妹と毎年来てるんだよ」
「うちの猫と会ったのもここなんですよ!」
小町が言うようにうちの猫、カマクラとはここで出会ったのが最初だ。生意気にも奴は血統書がついているのだ。
「……相変わらず仲がいいのね」
「別に、年中行事みたいなもんだよ」
「そう。……じゃあ」
「おう、じゃあな」
お互い、深入りを避けるようにして別れの言葉を口にした。
「ちょい待ち、ちょい待ちですよ。雪乃さん。せっかく会ったんですし、小町と一緒に回りましょうよ!」
去りかけた雪ノ下の裾を小町がくいくい引く。
「兄と回ってもテンション下がること言ってくるだけですし。雪乃さんと一緒のほうが小町楽しそうですし」
「そ、そう?」
小町はぶんぶん首を振って答えた。
「そいですそうです!ぜひぜひ!」
「邪魔じゃないかしら?……比企谷くんが」
当たり前のように俺が外されていた。
「は?何言っちゃってんの?俺、集団行動だと黙ってるから全然邪魔にならないんだけど」
「違う意味で場に溶け込めるのね……」
雪ノ下は呆れた顔をする。
「……わかったわ、一緒に回りましょう。何が見たいものはある?と、特にないなら……」
「そうですねー……せっかくですし、普段見れないものにしましょう!」
「……お前は空気を読んでんのか読んでないのか全然わかんないな」
「え?何が?」
「……それでいいわ。はぁ……」
雪ノ下が諦めたようにため息をついた。俺の妹がごめんなさい。
鳥ゾーンを抜けて、小動物ゾーンに入る。
ハムスターだなうさぎだのフェレットだのといったペットを集めたゾーンだ。集められ『ふれあいコーナー』に、またしても見知った顔を見つけた。といってもなんとも間抜けな表情をした拓也だが。
何こいつ?表情筋が機能しなくなったの?
「…………あれ、佐藤君よね?」
「…多分な」
俺と雪ノ下はなんとも言えなかった。
が、小町は気にしないらしい。颯爽と拓也のもとに向かう。
「拓也さーん!」
「おお、小町ちゃんも来てたのか、ほら、触ってごらん」
そう言うと小町に抱えていたウサギを渡す。小町のおかげか多少顔は引き締まっていた。と同時にこちらにも気づいたようだ。
「なんだ?お前らも来てたのか?」
どうやら本格的に直す気はないらしい、男のデレデレ顔を見たって何に感じないのだが。
「……以外ね、あなた、動物とか興味ないと思ってたわ」
「バカ言え、こう見えて犬に猫、ハムスターにウサギまで飼ったことあるんだぞ」
そういや、うちに来たとき、カマクラをひたすら撫でてたな。
「それで?お前らもここにいるってことはなんか見にきたんだろ?」
おい、さっきのデレ顔はどうした、人間に変わった瞬間元に戻るなよ怖えぇよ。いや、別にデレ顔も見たくはないけども。
「俺は別に、毎年きてるからな」
「私は……そうね、色々よ」
変に意地を張る雪ノ下。素直に言えばいいものを。
「なら丁度いいや、俺も目的があったわけじゃないし、一緒にどうだ?」
「あ、いいですね!人数が多い方が楽しいですし!」
小町がウサギをもふり終わり話に入ってくる。
まぁ、別に俺としても断る理由がないわけで、
「いいんじゃね」
「二人がいいというならいいんじゃないかしら」
もともと俺たちについてくるかたちの雪ノ下は俺たちの決定にしたがうらしい。
「よーし、じゃあ行こうぜ、俺まだ猫見てないし」
「そうね、行きましょう」
お前、どんだけ猫見たいんだよ。雪ノ下はそう言いながら颯爽と進んでいく。が、犬ゾーンの文字を見た瞬間、ぴくっと反応した。
「どうした?」
「いえ……」
雪ノ下は波長を緩めるとゆっくりと拓也の背後に回り込んだ。
あぶない!背後を取られてるぞ!
「なんだ?別にここ大型犬はいないぞ」
「子犬のほうがちょっと…。い、一応言っておくけれど、別に犬が苦手なわけではないのよ?その、……あまり、得意ではない、というか」
「そうか、一回苦手ってググッてみろ」
こいつグーグル大好きかよ。
「あなたたちは…犬派なのかしら?」
「小町はもちろん猫派ですよ!」
「あいにく俺は派閥なんてバカらしい考え方を持っていなくてな。可愛いもんは可愛いんだよ」
「俺も無派閥だな。そういうのは入らないって決めてるんだよ」
「入れてもらえない、の間違いではなくて?」
「もうそれでいいから行こうぜ」
進んでいくと「わんわんゾーン」と書かれたチープなゲートを潜り抜けた。やはり犬は人気なようで、多くのお客さんがいた。
入ってからというもの雪ノ下は口を開こうとしない、周りが盛況なだけに余計気になる。あの写真ばしばし撮ってる人あの女の人なんかは特にそうだ。
ていうか、あれ平塚先生だな。見なかったことにしよう。
……おい、やめろ!拓也!行くんじゃねぇ!
雪ノ下の方を見ると、トリーミングコーナーと書かれた一角がある。
「え、なに?写真の加工やってんの?」
「違うわよ。犬の毛並みを整えたり毛艶出したりして手入れすることよ。広くはグルーミングとも言うわ」
グルーミング……UPじゃじゃ馬かな?
「要するに犬の美容室よ」
「え、そんなのあんの。贅沢だな、五代将軍でもいんのかよ」
「かもな、行ってこいよ八幡、憐れみがもらえるかもしれんぞ」
どうでもいいことを話してるうちにちょうど一頭手入れが終わったらしい。ミニチュアダックスが欠伸混じりに歩いてくる。
「ちょ、ちょっとサブレ!って、首輪ダメになってるし!」
ミニチュアダックスは飼い主の制止を軽やかに無視した。そして出口のほうへ、つまり俺たちのほうへ駆け出した。
「可愛いなぁ」
「えー、かまくらも負けてませんよー」
「な、何呑気なこと言ってるの、い、犬が……」
拓也は再び顔を緩ませて犬を見つめ、小町はどうでもいい張り合いをする。一方の雪ノ下はどうしたらいいのかわからずおろおろしていた。
……こいつのこういう反応は珍しいな。あのアホどもは平常運転だが。
「ほれ」
がっ、と犬の首根っこを抑える。この手の動物を捕まえるのは得意なのだ。犬は悲しげな瞳をしていたが、俺を見上げるとくんかくんか俺の匂いを嗅いでから、怒涛の勢いで指をぺろぺろしだす。
「うおお、ぬるっとしたぁ…」
「あ、バカ。手を離したら……」
雪ノ下が焦ったように言う。が、犬は逃げ出すこともなく、俺の足元にじゃれついてからおもむろにごろーんと転がった。腹を見せてはっはっはっと舌を出している。
なんだ、この犬……、懐きすぎじゃねぇか?
「サ、サブレ!ごめんなさい!サブレがご迷惑を」
駆けつけた飼い主が犬を抱き上げ、すごい勢いで頭を下げる。
「おう、由比ヶ浜じゃん」
拓也が声をかけると飼い主は、ほへ?と不思議そうな表情で顔を上げる。その顔は間違いなく由比ヶ浜結衣だ。
「へ?た、たっくん?」
そして機械的に辺りを見渡す。
「え。え。あれ?ヒッキー?と、ゆきのんに小町ちゃん?」
「……おう」
「ええ」
「どうもー」
「えー!みんな集まってどうしたの⁉︎」
「俺たちは毎年来てる」
「たまたま会ったわ」
「右に同じ」
それを聞いて由比ヶ浜は安堵する。
「よ、よかったぁ……あたしだけ誘われてないかと思ったじゃん」
どうやら仲間はずれにされたと思ったらしい。
「なんなら、由比ヶ浜もいっしょに回るか?」
「もちろんもちろん!あ、じゃあ荷物とってくるから待ってて!」
そう言い残すと、先ほどのコーナーへと戻っていった。
「あ、悪い勝手に誘ったわ」
「いいんじゃね?」
「私も構わないわ」
「いいじゃないですか!人数は多い方がいいですから!」
小町よパーティーは人数が多ければいいというわけではないぞ。
「ところで……」
由比ヶ浜を待っている間、雪ノ下が口を開いた。
「6月18日、なんの日か知ってる?」
雪ノ下は試すように、俺たちを下から覗き込む。
「……まぁ、祝日じゃないのは確かだな」
俺が分からないと見えると、少し自慢げな顔をする。
「由比ヶ浜の誕生日じゃなかったか?」
「……そう、やっぱり」
拓也が答えると再びしゅんとした雪ノ下だったが、次の瞬間には再び自慢げな顔に戻っていた。今日のこいつは本当にコロコロ表情が変わるな。
「だから、日頃の感謝を込めて誕生日のお祝いをしてあげたいの」
「いいんじゃない?」
「そうか……」
「友達に祝ってもらえると嬉しいですしね!」
実際、友達に祝われると嬉しいものだ。ソースは俺。こんなポジティブなことのソースが俺になるとは、人生わからないもんだ。
「その、だから…つ、付き合ってくれないかしら?」
「「「?」」」
話の流れを理解できなかった俺たちは悪くないと思う。