誤字脱字報告ありがとうございました。
朝から蝉の声がうるさい。
つけっぱなしのテレビからは夏一番の猛暑だとか。お前ら毎日それ言ってねぇか。
夏休みが始まって二週間足らず。昼まで寝て、「ペット百科」観て「夏休みこどもアニメフェスタ」を観て、思い出したかのように書店に出かけて、午後は読書か勉強、後はあいつと遊ぶか。
例年と比べてここ2年は新しい工程が増えたが、それを含めこの暮らしぶりを結構気に入っている。
こうも一日中ぐーたらしていると、俺は結構な時間を奉仕部に奪われていたのだと痛感する。だが、夏休みまでは手が出せなかったようだな。フゥーッハハハハハッ!
と、ソファに沈み込み、携帯ゲーム機で遊びながら高笑いしていると携帯が鳴った。アマゾンか、あいつからかと1人で二分の一の賭けをしながら机の上の携帯を取った。
画面を見ればメールが一通。
差出人は平塚先生。
メール画面を閉じた。
ふぅ、これでよし……。一仕事終えた爽快な気分で俺はまたソファへ戻る。スリープ状態にしてあった携帯ゲーム機を再び手にした。最近のゲーム機はわからん機能がやたらめったらついてきて困る。企業の皆様にはシンプルイズベストの言葉を送りたい。
また携帯が鳴った。
なんだよ、携帯を取りに行くと今度はやたら長くなっている。電話のようだ。
さっき来たメールの時間差からして平塚先生だろう。一度無視した手前、ここで出ると責められる可能性があるので再び放置することを選択。そのうち諦めたのか、俺の携帯電話はぱたりと止まった。
と、安心したのも束の間、今度はすっごい短時間に集中してメールが来る。なにこれ怖い。この人彼氏とかにもこうだったんじゃなかろうか。おそるおそる最新のメールを開く。
差出人:平塚静
題名「平塚静です。メール確認したられ んらくをください」
本文「比企谷くん、夏休み中の奉仕部の活動について至急連絡をとりたいです。折り返し連絡をくださ い。もしかしてまだ寝ていますか(笑) 先程から何度かメールや電話をしています。本当は見ているんじゃないですか。
ねぇ、見てるんでしょ?
でんわ でろ」
怖い!怖いよ!
平塚先生が結婚できない理由の一端を垣間見た気がした。
俺はさっさと携帯の電源を切ってしまい、人心地ついく。すると、ちょうど小町が二階から降りてきた。
「休憩か?」
「うん、感想文と自由研究以外は大体終わった〜」
「おつかれ。なんか飲むか?コーヒーか麦茶かMAXコーヒーか…」
「コーヒーとMAXコーヒーは別物なんだ……。じゃあ麦茶で」
MAXコーヒーはコーヒーに入らない。常識だ。俺はキッチンへ行き、冷蔵庫からよく冷えた麦茶のボトルを取り出し注いでやった。
「ほい」
「ほいさ」
小町は両手で受け取ると、勢いよく飲み干し、コップを置いた。
「さて、お兄ちゃん」
小町が急に真面目な顔になった。
「小町はすごく頑張って勉強しました」
「まぁ、そうだな。まだ全部終わってないけど」
それでも、この数日で宿題のほとんどを終わらせたのは頑張ったといっていいだろう。
「頑張った小町には、自分へのご褒美があっていいと思うのです」
「お前は丸の内OLか」
それにしても、「自分へのご褒美」という言葉から滲み出る、独身女性臭はいったいなんなんのだろう。
「とにかくご褒美が必要です。だからお兄ちゃんは小町と一緒に千葉へ行かないといけないのです」
「お前の理論すげぇな。鳥人間コンテスト優勝できるレベルで飛躍したぞ」
言うと小町はむーっと膨れた。どうやらここで俺にノーの選択肢はないらしい。
「まぁ話はわかったよ。なんか欲しいものでもあんのか?あんま高いもんは無理だぞ、財布に400円しかない」
「安いのも無理じゃん……。別に物が欲しいんじゃないよ。お兄ちゃんと出かけられればそれで充分だもん。あ、今の結構小町的にポイント高い!」
「うぜぇ……」
どうやら、別に物をねだられているわけではないらしい。ようはぱっと気晴らしに遊びに行きたいのだろう。
「千葉で何するかしらんが、一緒に行くくらいなら別にいいぞ」
「おお、ありがと。んじゃ、小町準備してくるから。お兄ちゃんも動きやすい格好に着替えてね」
動きやすい格好。はて、ボウリングでもすんのかね。俺はTシャツにジーパン、上に羽織るシャツを適当に見繕う。靴下を履いていると小町がパタパタと家中をひっかき回していた。
「んしょっと」
小町はキャスケットをぐいと被ると俺に振り返る。
「よし、レッツゴー」
そう宣言すると小町は両手に荷物を抱える。バッグが二つ。中身もきっちり詰まっているようでそこそこの重さがありそうだ。出かける前に戸締りをしっかり確認して駅に向かう。
「っつーかさ、この荷物、なに。俺なに運ばされてんのこれ。ヤク?みつる?」
俺は歩きながら手に持ったバッグを指さして小町に尋ねた。
「ヒ・ミ・ツ♪」
ついでにウィンクが飛んできた。
「うっぜぇー」
携帯を弄りながら歩く小町を歩道側に寄せつつ、小町と同じ速度で駅まで歩いた。
駅について、改札に向かおうとすると小町にくいくいと裾を引かれた。
「おにいちゃん、こっちこっち」
「あ?千葉行くなら電車に……」
と言いかけて、振り返る。小町はそんな俺をぐいぐいと引っ張っていく。バスロータリーまで連れられると、目の前に謎のワンボックスカーが止まっている。
運転席のドアの前には、黒い影。
ーー嫌な予感しかしない。
「さて……、電話に出なかったいいわけを聞こうか。比企谷八幡」
わぁ、怒ってらっしゃる……。
「いや……、うち電波が不安定なんですよ。たぶんあの社長の髪の毛の量とアンテナの量に何か関連性があると思うんですけど。ほんともう会社の名前からして軟弱だと思ってたんですよ、なにがソフトなんだよ!」
「お兄ちゃん、消されるよ……。正義の名のもとに制裁されちゃうよ……」
小町が俺の身を案じて止めにかかる。大丈夫だ。あれでなかなかいい奴だから。
「ふぅ、もういい。最初からまともな言い訳など期待してないからな……」
じゃあ最初から聞かないでくださいよ…。
「なに、事件や事故に巻き込まれていないならそれで結構。以前のこともあるから、少し心配していたのだよ」
「……先生」
おそらく俺が交通事故にあった一件のことだろう。なんというか……真面目でいい人なんだよな。
「いろいろと手を回して君の妹に連絡がとれて私も一安心だ」
「……怖い」
やり方がストーカーとほぼ同じじゃねぇか!怖い、怖いよ、俺はあんたが怖いよ先生。
「っつーか、なんか用っすか。俺、これから妹と千葉行くんすけど」
そう言うと平塚先生は意外そうにぱちぱちと瞬きをした。
「なんだ、まだメールを読んでいなかったのか。我々も千葉に行くんだよ、奉仕部の活動としてな」
「はぁ?」
そんな内容のメールが来てたのか。最初に開いたのがヤンデレめいたメールだったせいで怖くて電源切っちゃってたからな。一応見ておこうと思い携帯を取り出すと、背後から声をかけられた。
「ヒッキー。遅いし」
振り返ると、由比ヶ浜がいた。やたらピンク色なサンバイザーに裾の短いTシャツにホットパンツと夏のために生きているような格好だ。
その由比ヶ浜に隠れるようにして雪ノ下が立っている。
立ち襟のシャツに、雪ノ下にしては珍しいジーンズ姿。肌の露出は少ないが、その表情からは清涼感が出ていた。
遅れるようにして、その後ろからパンパンに膨れ上がったコンビニ袋を手に拓也がやってきた。
「え、なんでお前らいんの?」
「なんでって、部活じゃん。小町ちゃんに聞いたからここ来たんじゃないの?」
けろりとした顔で由比ヶ浜が言う。……ははぁ、なんとなく話が見えてきたぞ。平塚先生は俺を部活に誘い出そうとしたが、無視しまくったから由比ヶ浜に連絡して、さらに小町に連絡したという流れだな。
くそっ!卑怯だぞ!妹への愛情を利用するだなんて!
だが、この場合一番卑怯なのは俺に真実を告げずに連れ出した小町なんじゃないだろうか。
当の小町はといえば、三人の姿を見つけて元気溌剌に挨拶する。
「結衣さんっ! やっはろー!」
「小町ちゃん、やっはろー!」
その挨拶流行ってんのか。バカっぽいからやめろ。
「雪乃さんもっ! やっはろー!」
「やっ…………こんにちは、小町さん」
雪ノ下もつられていいかけたようだが、ぎりぎりで我に返ったらしい。
「拓也さんっ!……大丈夫ですか?」
「ああ、小町ちゃん、大丈夫だよ」
パンパンのコンビニ袋を地面に置いて、少し息を荒げている。状況から察するに荷物持ちをしているのだろう。させられたのか、やっているのかはわからないが。
「……覚えていろよ、雪ノ下」
誰にも聞こえないよう呟いたであろう言葉を聞いた俺は、前者だと悟ると同時に、同情を覚える。荷物持ちご苦労。
「暑いですし、ちゃっちゃと終わらせません?」
これ以上崩れ落ちた友人を見ていられなかった俺は平塚先生に声をかけた。
「そう急くな。今最後の一人が来る」
そして、駅の階段から下りて、こちらに向かってくる人影。きょろきょろと周りを見渡すその姿を見て、一瞬で誰か悟る。
「八幡っ!」
息せき切らせながらも、戸塚がにこにことした朗らかな笑顔を向けてくる。真夏の太陽よりも眩しい。戸塚可愛い。略してとつかわいい。
俺の横にいた小町がぴょいと歩み出して、戸塚に挨拶する。
「戸塚さん、やっはろー!」
「うん。やっはろー」
なにそれ可愛い。もっと流行らせようぜ。
「戸塚も呼ばれてたのか」
「うん、人手が足りないからって。でも……ぼく、行っていいのかな?」
「いいに決まってるだろ!」
断言した。
しかし、戸塚を呼ぶとか平塚先生もなかなかわかってるじゃないか。グッジョブ。これで全員揃ったわけだ。……全員。
俺はきょろきょろと周りを見渡す。
「材木座は?」
「……誰?」
雪ノ下がきょとんとする。すると、平塚先生がふむと思い出したように説明する。
「彼にも声はかけたが、激闘がどうのコミケがどうの締め切りがどうのと断られた」
おお、材木座まじか。断るなんて選択肢があるだけ羨ましい。
「さて、では行くか」
平塚先生に言われ、俺たちはワンボックスカーへと乗り込もうとする。ドアを開けてみると、ワンボックスカーは七人乗りだった。
運転席、助手席。最後部に三席、間に二席。
「ゆきのん、おかし食べよおかし」
「それは向こうへ着いてから食べるものではなかったの?」
由比ヶ浜と雪ノ下はもう一緒に座る気でいるらしい。
ということは……。
ほう。つまり、戸塚と小町のサンドイッチで約束された勝利の剣ですね。
意気揚々と乗り込む俺の襟が掴まれる。
「比企谷は助手席だ」
「え、ちょ、なんで⁉︎」
「悪いな八幡、ここは三人用なんだ」
おいこら、そのスネ夫顔やめろ。
「か、勘違いするなよ⁉︎ べ、別に君と並んで座りたいわけじゃないぞ⁉︎」
おお、こっちはこっちでツンデレがいる。年齢さえ無視できれば可愛い。
「助手席が死亡率が高いってだけなんだから!」
「あんた最低だ!」
全員車に乗り込んだのを確認し、先生と俺がシートベルトを締める。そして、平塚先生はイグニッションを回し、アクセルを踏んだ。
見慣れた地元の駅を離れ、ワンボックスカーは進み始める。千葉へ行くなら、ここから国道14号の方へ出るのが早いだろう。
が、平塚先生の運転する車はなぜかインターチェンジに向かっていた。
「あの、千葉に行くんじゃ……」
俺が問うと、平塚先生はニッと笑った。
「逆に聞こう。いったいいつから千葉駅に向かうと錯覚していた?」
「いや、錯覚もなにも千葉行くって言ったら普通は千葉駅のほうを……」
「千葉駅かと思った? 残念! 千葉村でした!」
「なんですかそのアレなテンション……」
久しぶりに人と接したとき、なずか無闇にテンションが上がってしまうことがある。時間の隔たりがそうさせるのだろうが、翌日振り返って自己嫌悪に陥るアレだ。平塚先生が明日落ち込んでないといいけど。
それにしても千葉村ねぇ……聞き覚えがあるな……。なんだったか。
視界に山の稜線が飛び込んできた。
「おお、すげぇ。山だ」
「ほんと。山ね」
「ふむ。山だな」
「ああ、山だとも」
俺がこぼしたつぶやきに、順に雪ノ下、平塚先生、拓也がおうむ返しに頷いた。……最後なんかちょっと違くない?
日々、広大な関東平野に抱かれて暮らす千葉人にとって山は珍しいものだ。あの無感動そうな雪ノ下ですら、感嘆のため息を漏らすほどだ。それきり車内は静かになる。
由比ヶ浜は雪ノ下の肩に頭を乗せてくぅくぅと寝息を立てている。首をさらに巡れば最後列の小町と戸塚は拓也の両肩に頭を乗せて眠っていた。出発した最初のほうはトランプやウノやらで騒いでいたが、飽きたらしい。俺なんてその間、平塚先生の相手をさせられていたんだぞ……。
けど、こういう光景はなんだか懐かしいな。
窓の外を流れる景色を見ていて、強烈な既視感に襲われる。
……思い出した。
「そうか……。千葉村って中学のとき、自然教室で行ったところだ……」
「確か、群馬県にある千葉市の保護施設、だったわね」
雪ノ下が補足するように言った。
「ああ、お前も千葉村行ったの?」
「私は三年のときにこちらへ戻ってきたから、自然教室には参加していないの。卒業アルバムのおかげで行事の存在は知っているけれどね」
「戻ってきた?どっか行ってたのか?お前」
眠そうな顔をしながら拓也が問う。
「留学していたのよ。前に言わなかったかしら。記憶容量がフロッピーディスク並なのね」
「まぁな。磁石とか向けんなよ、忘れちゃうからな」
「君たちの年齢でフロッピーディスクは普通知らないだろ……」
平塚先生が呆れたように言った。が、ちょっと前の型のPCならぎりぎりFDドライブついてたりすんだよな。
「いや、たぶん生まれた前後くらいはまだあったと思いますよ」
「よく覚えているな。MO並みの記憶力だ」
話に乗っかり、うまいことを言ったように平塚先生はむふっと楽しげに笑った。が、大容量の代名詞にMOを出す時点で年齢がやばい。
「いや、MOとか普通知らないですよ……」
「MDなら知っているけれど……」
二人も困惑した声を出す。
「くっ! MOを知らないとは……。これが若さか……」
少し可哀想になってしまったのでフォローをすることにした。優しいな、俺。
「まぁまぁ。MOはどっちかっつーと企業とかで使われてたから一般家庭にはあんま普及してないんですよ。別に先生がすげぇ年老いているってわけじゃないです」
「ひ、比企谷!」
平塚先生の腕が俺を抱きしめようと伸びてくる。
「ちょっ!ハンドルハンドル」
「はは、降りたら覚えておくといい」
何この先生、可愛い。
他愛ない雑談をしている間に、高速を降りて、下道からさらに山間の道へと入っといく。
細くくねるような山道をワンボックスカーはすいすいと駆け上がっていった。