ホームルームを終えて教室から出た俺を待ち構えていたのは平塚先生だった。
「比企谷。部活の時間だ」
やべぇ連れてかれる。
「行くぞ」
抵抗する間も無く俺の腕が掴まれる。
「待ってくださいよ、平塚先生」
「君は?」
「2年F組、佐藤拓也です。比企谷くんの友達ですよ」
「そうか、君が…。悪いが比企谷は借りていくぞ」
「奉仕部に行くんですよね」
「なんだ、知っていたのか、そうだ、君も友達だと言うならわかるだろう、彼が潔く部室に来ないことくらい」
「ええ、もちろん」
あれ、なんか馬鹿にされた気分なんだが。
「なんで、俺もついていきますよ」
おい、なんでそうなる。止めろよ。
「そうか、助かる」
いや、あんたも納得すんなよ。
抵抗する気もなくなった俺は大人しく特別棟へと連行された。
特別棟まで来ると平塚先生はようやく解放してくれた。
「お前はどうすんだよ、もう帰るのか?」
「まさか、ここまでくれば俺も一緒に入るさ。拒否されなければだけどな」
そんな会話をしながら部室の扉を開くと、雪ノ下は昨日と寸分違わぬ姿勢で本を読んでいた。
「よう」
「こんにちは。もう来ないのかと思ったわ」
挨拶もそこそこに拓也が声を出す。
「邪魔するぞ」
「あなたは?」
怪訝そうな顔をする雪ノ下。
「そこの目が腐った奴の友達の佐藤拓也だ」
「……そう、虚言癖ではなかったのね、あなた」
お前の中の俺はどんなやつなんだよ。
「それで、何の用かしら?」
「特に用があるわけでじゃない、こいつの付き添いで来ただけだしな。騒ぐつもりもないからいても構わないか?」
「そう、なら構わないわ」
「そうか、ありがとな」
そう言うと拓也は無造作に積み上げられた椅子の中から椅子を一つ取り出して俺の席の隣に置く。
「それにしてもあなた、普通あんな扱いされたら二度と来ないと思うのだけれど……マゾヒスト?」
「ちげぇよ……」
「じゃあ、ストーカー?」
「それも違う。ねぇなんで俺がお前に好意抱いている前提で話が進んでんの?」
「違うの?」
拓也の存在など気にも止めず二人の会話は続いていく。
「そら随分と楽しい学校生活なことで」
会話の途中、ため息混じりに漏らした比企谷の呟きに雪ノ下が反応した。
「お前さ、友達いんの?」
八幡がそう言うと、雪ノ下はふいっと視線を逸らした。
「……そうね、まずどこからどこまでが友達なのか定義してもらってもいいかしら」
「あ、もういいわ。そのセリフは友達いない奴のセリフだわ」
ソースは昔の俺。
まぁ、でも真面目な話、どこからどこまでが友達かなんてわからないよな。知り合いとどう違うのかそろそろ誰かに説明してもらいたい。
特に女子の場合それが顕著に表れている気がする。友達ができた今でも疑問のままだ。
「まぁお前に友達いないのはなんとなく想像つくからいいんだけどさ」
「いないだなんて言っていないでしょう?もし仮にいないとしてもそれで何か不利益が生じるわけではないわ」
「あーうん、そうねーはいはい」
何処と無く昔の自分を見ているような気分だ。
そんなことを思いながら雪ノ下の言葉をさらりと受け流す。
「っつーか、お前人に好かれるくせに友達いないとかどういうことだよ」
「……あなたにはわからないわよ、きっと」
心なしか頬を膨らませて、そっぽを向く雪ノ下。
そりゃまあ俺と雪ノ下は全く違う人間だし、彼女が考えていることなんて微塵もわかりはしない。どこまで言っても結局人と人とは理解しあえないのだろう。……アイツは違うかもしれないがな。
だが、こと、ぼっちに関しては俺の分野だ。その点に関してはおそらく『ぼっちだった俺』ならば理解できる。
「まぁ、お前の言い分はわからなくもないんだ。一人だって楽しい時間は過ごせるし、むしろ一人でいちゃいけないなんて価値観がもう気持ち悪い」
「……」
雪ノ下は一瞬だけ俺の方を見たが、すぐに顔を正面に戻して目を瞑った。
「好きで一人でいるのに勝手に憐れまれるのもイラッとくるもんだよな。わかるわかる」
「なぜあなた程度と同類扱いされているのかしら……。非常に腹立たしいのだけれど。でもまあ、好きで一人でいる、という部分には少なからず共感はあるわ、ちょっと癪だけれど」
雪ノ下は自嘲気味に微笑んだ。どこか仄暗い、けれども穏やかな笑みだ。
「一五年間ぼっちだった俺はぼっちマイスターと言われてもいいくらいだ。お前程度でぼっちを語るとか片腹痛いよ?」
「何なのかしら……、この悲壮感漂う頼りがいは……」
俺は勝ち誇ったように言う。
「人に好かれるくせにぼっちを名乗るとかぼっちの風上にも置けねぇな」
「短絡的な発想ね。人に好かれるということがどういうことか理解している?……ああ、そうゆう経験なかったのよね。こちらの配慮が足りなかったわ。ごめんなさい」
「配慮するなら最後まで配慮しろよ……てか拓也には好かれてるし」
「やめろ八幡、その言い方は聞き手によっては誤解を生むぞ」
俺たちの会話を聞いていた拓也が声を出す。
「それにしても、お前らの会話面白いな。一方は異性からの悪意に晒し続けられたやつ、もう一方は異性からの好意を晒されてきたやつってところか。どちらも、プラスとマイナスのベクトルの違いこそあれ、むき出しの感情をぶつけられ続けたもの同士だからか?」
たしかに、どこか俺と彼女は似ているのかもしれない。柄にもなくそんなことを聞きながら思ってしまった。
彼女もそれを聞くと否定する事なく窓の外へと目をやった。多少思い当たる節があったのだろう。
「それに……」
一区切りを置いて拓也は言葉を続ける。
「比企谷はそうだが、雪ノ下、お前も良くも悪くも自己中だろ」
「ったりめーだ。自分大好きで何が悪い」
「自己中、言いえて妙ね」
一人得意げな顔する拓也が雪ノ下に尋ねる。
「なぁ、雪ノ下。よかったら八幡と友」
「ごめんなさい。それは無理」
「えーまだ最後まで言ってねーのに!」
俺が言ったわけではないのに間接的に断られた。やられっぱなしは嫌だったので、こちらもやり返す。
「雪ノ下、なら拓也と友」
「ごめんなさい。それも無理」
雪ノ下は断固拒否しやがった。やったぜ。