俺にとっての長い長い夏休みが終わった。
林間学校やら花火大会やらあったものの、特に俺の日常が変わることはない。
新学期が始まってからも、いつも通り登校して、いつも通り席に着く。その繰り返しは変わらない。
しかし、俺の世界には新しい彩りが増えていた。
「ねー、聞いてる?ヒッキー」
「……悪ぃ、寝てた」
「ひどい!だから、文化祭の出し物だってば。姫菜のが駄目ってわけじゃないけどさぁ、もっとこうなんて言うか……」
いつもみたいに周りを気にして小声で話す由比ヶ浜の姿はなく、俺の隣に座り堂々と話をする。
「あ、そうそう!次の時間、文化祭の役割決めだけど、ヒッキーもう決めたの?」
それと同時に明るかった性格がより前面に押し出された感じも見受けられた。そのおかげで、いつものおどおどした由比ヶ浜はいなくなり、俺の目にはより魅力的に映る。
「いんや、でも別になんでもいいだろ」
そんなことを考えながらも由比ヶ浜の話はきちんと頭には入っている。でも俺には大して関係ない。準備が始まったところでカカシみたいに突っ立ってるのが関の山だし。
「なら、一緒の係やろうよ!」
「……ま、空いてればな」
「約束だからね!」
そう言って今度は、三浦達の方へと向かっていった。
……文化祭ねぇ。
今年くらいは真面目にやろうか、柄にもなくそんなことを思う。
……俺はこんな簡単に人に左右されてたっけか?
俺の中で変わりつつある何かを抱えながら、残り僅かな休憩時間を机に突っ伏して過ごした。
放課後の教室は騒がしさを残していた。
というのも、前回の授業で決まるはずだったが、男子の実行委員と女子の実行委員が決まらず放課後までもつれたのだ。
「じゃあ、さっさと決めるぞ」
教卓に立つ拓也がそう言うと教室が静まり返る。
このクラスは三浦と葉山で有名だ。しかし、クラスの決め事となるとこの二人は適さない。葉山の場合は意見をなんでも採用してしまい、妥協点が見つからない。三浦の場合はその逆で独裁で決めるためみんなの意見が通らない。
それは周りも察しているのか、この二人にも容赦ないうえに、基本的に意見が通しやすい拓也がこういう場面は任されことが多い。
「まず、男子の実行委員は最悪なければ俺がやるから心配すんな」
その言葉で男子からは歓声が上がる。
決まらなかったことから分かるように誰もやりたがらないのがこの実行委員だ。何より面倒なのがクラスよりも文化祭実行委員に優先して顔を出さないといけない、それに尽きる。
「最悪だからな、やりたい奴がいれば手上げろ」
もちろんここで手が上がるはずもない。
「ったく、……男どもはあとで俺にジュースでも奢れよー」
今度は笑いが巻き起こる。
これも任される要因かもしれない。こういう面倒くさいものはさっさと決めてしまいたいのはみんな同じだ。けれど、俺は、私はやりたくない、そう思う。ゆえに、率先して立候補してくれる拓也のような存在はありがたいのだ。
それに加えて、押し付けた罪悪感を感じさせない距離感がわかっている。
今のなんかがまさにそうだ。あのまま決まるだけだと葉山あたりは多少の罪悪感くらいは思えるかもしれない。しかし、さも気にせずに軽く流す様子な上に、手を挙げなかった男子に軽くではあるが対価をもとめることでそれを和らげる。
まぁ、あいつは実際気にしてないだろうがな。
「で、問題は女子の方な。立候補とかいないの?」
そう尋ねるが帰ってくる答えはなかった。
「決まんないなら、じゃんけんに……」
「はぁ?」
「あ?」
拓也が言いかけた言葉を三浦が遮り、それをさらに返す拓也。
もう俺は突っ込まんぞ。
「文句あんなら、お前がやれ」
「あーしは結衣と一緒に客呼び込む係だから無理っしょ」
堂々たる態度で三浦優美子は言いきってみせた。
「バカ言え、男子の実行委員以外何にもまだ決まっとらんわ」
が、ど正論で返される。
「って、あたしが呼び込みやるの、いつの間にか決まってたんだ⁉︎」
急に話の矛先を向けられた由比ヶ浜は遅れて反応する。
三浦は三浦で態度が一転して、由比ヶ浜の反応に少し狼狽していた。
「え……。い、一緒にやんないの?な、なんか違った?あーしの早とちり系……?」
「うーん、一緒にやるのは全然いいんだけどさ、あたし、ヒッキーとも一緒にやるって約束したから、それでもいい?」
「ヒキオ?」
やめて!いきなりその目で見つめないで!
「ふーん、結衣がそう言うならあーしはいいけど」
「ありがと!優美子」
いきなり名前を出すのはやめてくれ。心臓がきゅってなっちゃうから。八幡心臓発作起こしちゃうから。
「はい、で、誰がやんの」
今のやり取りをあっさりと流して拓也は元の議題へと戻す。
「ねぇ、たっくん。実行委員って面倒なの?」
「普通にやればそうでもないぞ、多少なら俺も手伝ってやれるし」
この由比ヶ浜との会話を聞いた女子たちも次第に顔から難色が消えていくのが見える。
葉山の影に隠れがちだが、こいつもその性格ゆえにクラスの内外問わず意外と人望があるのだ。
「うち、やってもいいよ」
突然上がる声にみんなの視線が集まる。その声の主は相模だった。
「本当か?」
「…まぁ他にもやる人がいないならしょうがないっていうかぁ」
大方、三浦や由比ヶ浜がやらない中、自分がやることで、僅かながらでも優位な立ち位置にいようとでも思ったのかもしれない。俺の知ったことではないが。
「みんな反対意見はないな?」
そうは言いながらも、何故か拓也の視線は葉山に向いていた。
「ああ、いいんじゃないかな。相模さん、ちゃんとやってくれそうだし」
「たしかにむしろ適任じゃね?」
葉山につられるように戸部も賛同する。
「ほ、本当?」
あの葉山に推薦された、となれば悪い気は起こらない。が、それと同時に引き返すことも困難になる。だからこそ、拓也は葉山を見たのだろう。せっかくの立候補を逃さないようにと。飴と鞭を同時に与えるとは器用なやつだ。
しかし当の本人は飴の部分が大きいらしく、先程から嬉しそうな表情で頰を染めている。
「じゃあ、うちやるよ!」
「わかった、じゃあ今日はこれで解散な」
拓也がそう言うと、皆それぞれ立ち上がり教室を後にした。
実行委員は早くも今日から始まるらしい。
是非とも頑張ってもらいたいものだ。
時刻は午後3時45分。
俺は委員会のミーティングが行われる会議室へと移動を開始する。
文化祭実行委員に割り当てられた部屋は会議室だった。普段は職員会議なんかにも使われるらしく、なかなか立派な机や椅子が用意されていた。
会議室に入ると集まっていたのは半分ほど。
見渡す限りでは俺の知り合いの姿は見受けられない。
先に相模も来ていたが、友達と思しき人物と三人で固まっている。
相模一人でも話しかけたかと言われれば微妙なとこだが、話す相手がいないというのは手持ち無沙汰なのだ。
時間が過ぎるにつれ、一人、また一人と人が増えていく。
そしてここに来て初めてまともに会話できるやつが入ってきた。
その少女、雪ノ下雪乃が入ると同時に静まり返る。
空気まで凍らせなくても大丈夫だっつーの。
「よ、お前も実行委員か?」
「……ええ。あなたも?」
一瞬声の出所がわからなかったのか、辺りを見渡してからようやく俺の存在に気づく。
「誰もやりたがらないからな」
「……どこのクラスもそういうものなのかしらね」
そりゃそうだ。年に一度の文化祭、みなそれぞれのクラスが一番だろう。
雪ノ下は俺の近くの空いた椅子に座る。
俺たちが会話したのをきっかけに所々で話し声が戻ってきた。
「……らしくないかしら?」
か細い声でそう尋ねてくる雪ノ下。
いきなりの質問で俺も困惑するが、その不安そうな顔を見ると訳ありだと思い真面目に考えてみることにする。
……そもそも、らしさとはなんだろうか。周りから見た自分が自分らしさなのだろうか。他人からの意見が自分らしさなんだろうか。
例えそうならば、自分らしさという言葉は生まれない。
らしさを決めるのは自分なのだ。
人は無責任に言葉を浴びせる。
勇気を出して変わっても、変化したことを咎める。その逆も然り、変わらなければ単調だと非難する。
それじゃあいつか、人は壊れてしまう。
周りの思う自分と、なりたい自分との間に挟まれて。
だから、雪ノ下にはこの言葉を送ろう。
「いいんじゃないの。お前が変わろうが、らしくなかろうが、お前のやることなすことは全部、お前らしいんだからな」
人は程度によるが、必ず承認欲求を持っている。
日本人ってのは特にそれが激しいと思う。
身近なことで思い出してもらいたい、海外で活躍するスポーツ選手、日本のアニメを見た海外の人の反応、国際大会での日本人選手の活躍、テレビ番組で特集された海外の反応、どれを取っても自分の事ではないのに嬉しくなったりするだろ?
けれどそのくせ、日本人同士だとマイナスな意見ばかり飛び交う。そこばかりは昔から俺の中でも不思議で仕方がない。
話が逸れたが、要するに人格ってのは否定するんじゃなく、承認してもらえるのが一番嬉しいんだ。どんな人間でも、本当の自分というものを認められて嬉しくないものはいない。
それに、雪ノ下雪乃という人間はどこで何をしようが、この世に一人しかいないのだから。
「あ、ありがとう」
ここでまともな意見が出るとは思わなかったのか、慌てながらも、感謝の言葉を述べる。
心配されたくないなら、俺の前くらいでは隠すことをオススメする。
まぁ、隠すってことは見つけて欲しいの裏返しだと俺は思ってるから容赦なく見つけてやるけどな。
その場の空気に似合わない真面目な事を思っていると、慌ただしく会議室のドアが再び開かれる。
現れたのはプリントを抱えた幾らかの生徒と、体育教師の厚木と平塚先生。
その数人の生徒は会議室の前方に集まると、ほんわか系の女子生徒の方を見る。
その生徒が頷いたのを合図に書類を各人に配布し始めた。
「それでは、文化祭実行委員会を始めまーす」
その雰囲気に違わず、ほんわかした号令をかけた。
「えっと、生徒会長の城廻めぐりです。皆さんのご協力のおかげで今年もつつがなく文化祭が開催できるのが嬉しいです。……え、えっとあとは……、み、みんなで頑張ろう!おー!」
簡単すぎる挨拶を終えると、生徒会のメンバーがすかさず拍手を送る。それにつられて会議室中から拍手が起こる。
「ありがとうございます〜。それじゃあさっそく実行委員長の選出に移りましょう」
するとあたりがざわつく。
わからなくもない。俺もてっきり生徒会長がやるもんだと思ってたし。
「知ってる人も多いと思うけど、例年、文化祭実行委員長は二年生がやることになってるんだ。私はほら、もう三年生だから」
そう言われれば納得はいく。ちゃんとした進学校だし、受験を控えた生徒がほとんどなんだろうし。
「それじゃあ誰か立候補いますか?」
とはいうものの、手が上がることはない。
聞き方が悪い、とも思うが、根本的な部分は生徒のやる気だろう。文化祭で盛り上がらないなんていうひねくれ者はそうそういない。けど普通は、仲の良いやつや、気になる子と一緒に楽しみたいだろ。
この場にその条件が整っているかと言われればそうではない。やりたくない奴がほとんどの寄せ集めなのだから。
「誰かいませんかー?」
めぐり先輩の困ったような声がしても、会議室内は変わらず静けさを保っている。
申し訳ないが、俺だって普通の一生徒なのだ。普通にクラスのやつと楽しみたいし、縛られたくないというのが本音だ。
「なんじゃい、お前らもっとやる気出せ。覇気が足らん覇気が。いいか、文化祭はお前たち自身のイベントだぞ」
体育教師の厚木が声を上げる。横で腕を組んで瞑目している平塚先生とともに、顧問的な立ち位置なんだろう。
見聞色もどきなら使えるんですけど、ダメでしょうか。
厚木はそのまま会議室を見渡し、その無遠慮な視線で生徒一人一人を見る。その視線が雪ノ下で止まる。
「……お。お前、雪ノ下の妹か!あのときみたいな文化祭を期待しとるけぇの」
……ああ、なるほど、そういうこと。
厚木のその言葉で先ほどの雪ノ下の態度にもなんとなく察しがついた。
俺の憶測に過ぎないが、彼女の前には雪ノ下陽乃がいるのだろう。結果が良かろうが、悪かろうが比べらるのが常に姉なのだろう。
それ故に、他人である俺に無意識に意見を求めたのかもしれない。
「実行委員として善処します」
そう言ってみせる雪ノ下だったが、言葉からは冷たい拒絶を感じた。
こればっかりは仕方ないだろ。おそらく昔から比べられたであろう雪ノ下がそう簡単に割り切れるわけがない。
「うーん……、えっとそうだ。委員長になると結構お得だよ?ほら、内申とか。指定校推薦狙ってる人は有利だったりするかもよ」
この生徒会長はあまり表に立って指揮をとるタイプに見えない。
どちらかと言えば、優秀な周りが支えるタイプだ。
その証拠として、この発言があげられる。これじゃあ、今から手を挙げるやつは内心目的で立候補するやつという空気が出てしまう。それを生徒会長自ら宣言するのはいかがなものだろうか。
「えーっと……どう?」
そう尋ねながらも、目線は雪ノ下の方に向いている。
席が近い俺にも城廻先輩の無垢なる笑顔が見える。なんとか無反応を貫いている雪ノ下だが、折れるのも時間の問題だろう。
幼気な視線ほど性質の悪いものはない。
隣で深々としたため息が聞こえた時だった。
「あの……」
緊迫した空気を破いたのはどこか自信なさげな声。
「みんなやりたがらないなら、うち、やってもいいですけど」
声の出所は相模南からだった。
「本当?嬉しいな!じゃあ、自己紹介してもらえる?」
促されて、相模は呼吸を整える。
「二年F組の……」
自己紹介が行われる。が、正直周りからしたらどうでもいいことだろう。そんなことよりも、実行委員長が決まったという事実の方が彼らの中では重要なのだ。
立候補が決まったことが嬉しいのは城廻先輩も同じらしく、【実行委員長:相撲】と板書する。
是非とも横綱になってもらいたい。
「さ、じゃあ、あとは各役割を決めます。配布した紙に簡単にまとめてあるからよく読んでください」
言われたとおり、配布された紙に目を通すと、宣伝広報、有志統制、物品管理、保健衛生、会計監査、記録雑務……、こんなめんどくさそうな役職名をつけるのは何故だろう。
もっと簡単な方がより気軽に選べる気もするのだが。
監査とかなんだよ、前半だけとってお会計とかでよくね?
別になんでもいいため、ざっと流し読みする程度で目線をあげる。
周りのやつもそんな感じで、携帯をいじったり、雑談に花を咲かせたりしていた。
「そろそろいいかなー?」
城廻先輩の聞き取りやすい声が聞こえる。どこか無視できないような声色というのだろうか。時折見せる可愛らしい仕草もあいまって、話を聞かないという思いにならない。こういう人間性があるから、生徒会長をやれているのもあるのだろう。
「それじゃあ、相模さん。ここからよろしくね」
「え、うちですか?」
「うん、ここからはもう委員長さんの仕事だから」
「はい……」
城廻先輩に手招きされて、生徒会に紛れる形で、相模がその中央に座った。
「そ、それじゃあ、決めていきます……」
いつもの様子とはかけ離れた弱々しい声が静かな会議室にこだまする。
「…ま、まずは……」
そこからは、城廻先輩のサポートを受けながらだが、なんとかその場をさばいていく。生徒会長を務めているだけあって、踏んだ場数が違うのか城廻先輩は順当に取り回していた。
俺が思っているよりもずっと出来る人なのかもしれない。
ちなみに俺は「記録雑務」におさまった。
そして何故か雪ノ下もここに入っていた。
積極性にかけるやつが多かったので苦労したが、簡単な自己紹介を終えて、担当部の部長を決める。
そこは普通にじゃんけんで負けた三年生がやることとなった。
「お疲れ様でした」
その挨拶の後、ばらばらと解散していく。
先に帰る雪ノ下の後を追って会議室を出ようとしたとき、隅っこでしょげている相模に加えて最初の方につるんでた二人と、平塚先生と城廻先輩までいた。大方、うまく回せなかったことを反省しているのだろう。平塚先生の意味ありげな目線が送られてきたが、、嫌な予感がしたので気にしないことにした。
「そういや、部活はどうするんだ?」
雪ノ下に追いついた俺は、部活について気になっていたので聞いてみる。
「……そうね、文化祭が終わるまでは中止にしようかしら」
「わかった、あの二人には俺から言っとくから」
「ええ、わかったわ」
この期間はだいたいどの部活も部停だろうし、ちょうどいいだろ。
あとは、最後に言おうと思っていたことを告げる。
「……お前が何を抱えてんのかは知らんけど、抱え込むのはほどほどにしとけよ」
「…………」
家族絡みの話題はそうそう他人が入る余地はない。そこを解決するのはどう足掻いたって本人だけしかできないからだ。
俺が思っているよりも、この姉妹の確執はあるように見える。さっきの様子からすると、雪ノ下雪乃の一方通行の気もしなくもないが。
「じゃあ、またn……ぐぇ」
かっこよく去ろうとしたところで、一瞬で喉がつまり呼吸ができなくなる。こいつ襟を掴むの好きなの?それとも俺を殺そうとしたの?
「待ちなさい」
「言葉と行動の順序が逆じゃないですかね」
まずは行動してみようというその行いは評価しますけど。
「……ちょっと付き合ってちょうだい」
「……はい?」
物を頼む時に言葉足らずになるのはどうにかならないのだろうか。
実行委員が終わり、その帰り道、俺と雪ノ下は喫茶店へと足を運んでいた。いつぞや鉢合わせたあの喫茶店だ。
俺たちは互いにコーヒーを頼む。
時間帯のせいもあり、あまり混んでいないのですぐにコーヒーは運ばれてくる。
お互いに一口飲み、一息をついたところで、俺から切り出す。
「……で、何用ですか」
とか言いつつ、自分の最後言葉がトリガーになった自覚はある。
「……あなたは、私の姉さんをどう思うかしら?」
やはりその話題だった。夏休みあたりからやたら意識しているのは嫌と言うほど聞かされたからわかっていたが、実家に戻って改めて色々と思うところがあったのだろう。
「性格以外お前にそっくりな人」
「そうよ、姉は性格もいいし、私より出来ることも多いわ」
俺はお前の方が性格いいって意味なんだけどな。
あの人のどこが性格いいんだよ。俺からしたら怖すぎるくらいだ。それとも、家族にだけしかわからないものもあるのだろうか。
「それに、そっくりなのは私の方なのよ」
……確かに、それもそうか、あの姉を見て育ったのが雪ノ下ならば、模範された側になるのは姉の方か。
「……私は姉さんの下位互換とでも言うのかしらね」
自虐気味に笑う雪ノ下。先ほどの会議の話題に出たせいか、溜まったものが爆発したのかは俺にはわからない。
だが、
「……そんなくだらないことを言う為に呼んだのか?」
どうやら、俺の伝えたかったことは伝わらなかったようだ。
いや、そもそも、前提として間違っていた。
「……え?」
驚いた表情のまま固まってしまいう雪ノ下。
俺は確かに、何をしようがお前らしいとは言った。
けれど、今の雪ノ下の言葉は成長ではなく退化を選んだものの言葉だ。
そんなものを肯定するために、俺はあの言葉を使ったんじゃない。
「お前が、姉を真似することが悪いことなのか?身近にいたなんでも出来る人間になろうと思うことは悪いことなのか?」
「それは……」
子供なんてみんなそうだ。誰しもが一度はテレビの中のヒーローに憧れる。
それが雪ノ下の場合、一番身近な姉だった。
でもいつか、夢が覚める時がくる。
ヒーローにはなれないと子供たちは現実を見る時がくる。
けれど、それが現実にいる人間なだけに、自分もなまじ出来るだけに、雪ノ下は未だにその夢から覚めることができていないのかもしれない。
「憧れるのも、追いかけて真似るのも、いいことだと思う。だが、お前は、その過程で得たもので自分自身の道を進んでいない、自身の糧となるものをほったらかしにしたまま、未だに後ろ姿を追い続けている。そうじゃなきゃ、下位互換なんて考え方は生まれない。問題はそこなんだよ雪ノ下」
「…………」
いくら憧れても、いくら近づいても、決して、その人にはなれない。
「……なぁ、雪ノ下、お前は姉が辿ったレールの上を歩く人生で満足なのか?」
「……っ!」
その言葉にハッとする雪ノ下。
自分の見据える先に、誰かがいる人生は窮屈だろ。
「もう、お前にお手本は必要ないんじゃないか?」
「……」
黙ったままではあるが、その顔からは憑き物が取れたようなすっきりとした顔が見える。
彼女自身の中で区切りをつける事が出来たのではないだろうか。
今の彼女なら俺の言葉の意味もちゃんと届くだろう。
「お前らしくあれよ、雪ノ下」
「……ええ、言われるまでもないわ」
威勢を取り戻した雪ノ下を見ると、こちらとしても嬉しいかぎりだ。
「……ねぇ、あなたは何故そんなに強いの?」
次に放たれた言葉は到底彼女の、雪ノ下雪乃のものとは思えないものだった。
けれど、その言葉は純粋な疑問なのだろう。
「強い人間なんていねぇよ、いるのは強くあろうとする人間だけだ」
そもそも人間自体、欠陥だらけの生き物なのだ。
一人じゃ生きていけないくせに、必要な他人を傷付けたりするような愚かな生き物なのだ。
そんな愚か者だからこそ、俺はその中でだけでも強くありたいだけなんだ。
「にしても、俺にばっか頼りすぎじゃねぇか?お前」
あまり真面目な話はしたくないので、雪ノ下の反応も見ずに、俺から話を切り替える。
最近はこんな短期間で何度もそう頼られると他のやつとの関係は大丈夫なのかとか、いらぬ心配だろうが頭によぎるのだ。
「……さぁ?何故かしらね」
誤魔化すように笑う雪ノ下。
その笑みの意味が俺には分からなかった。
残りのコーヒーを飲みながら俺たちはくだらない雑談に花を咲かせていた。
私生活が今の時期から2月ごろまで忙しくなるため、投稿間隔が空いてしまいそうです。
なるべく、今のうちに溜めておいて、最低でも一月に一回くらいはなんとか更新していこうとは思ってます。
それ以降はおそらく大丈夫だと思います。