もしも、比企谷八幡に友人がいたら   作:一日一善

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短編として1話で終わらせるつもりが無理でした。
前後半に分かれます。
本編のIFだと思って見ていただけるとありがたいです。
沢山のアンケートの回答ありがとうございました。
第2回もする予定なのでそのときはまたお願いします。



あざとい後輩 前

とある日の休み時間、俺は突然声をかけられた。

 

「悪い佐藤、ちょっといいか?」

 

声の主は最近やたらと聞くことの多い葉山だった。

そんな葉山にしては珍しく、周りに人は連れていない。

 

「なんだよ」

 

そんな葉山に多少の胡散臭さを感じつつも、無視をする理由も思いつかないため渋々話に耳を貸す。

 

「実はちょっと男手が足りなくてさ、よかったら手伝ってくれないかなと思ってさ」

 

男手ねぇ。

それよりも、雪ノ下といい、葉山といい、頭のいい奴ってのはなんでこうも肝心な部分が抜けてるのだろうか。

いつ、どこで、誰とを伝えましょうって小さい時に教わるでしょ。

お母さんはそんな悪い子に育てた覚えはありません。

育てた覚えもないけど。

 

「なんで俺なんだよ。他にもいるだろ、あの3人組とか」

 

そう思ったからといって、一から聞いていくのも面倒なので、一番気になったところだけを聞く。

こいつが内輪で解決しないのは珍しいからな。

 

「それが、あいつらに断られてさ、それに、こうやって気軽に頼れるのって佐藤くらいしか思いつかなくて」

 

やーい、断られてやんの。

というか、俺は別にお前に頼られる覚えはないんだけど。

どういう思考の末にそうなったのか400字以内で教えてほしい。

……いや、やっぱ面倒だから10文字でいいや。

あいも変わらず能天気な理想論者らしい考えだと思うが、だからといってそれは俺がこの頼みを断る理由にはならない。

俺を頼って助けを求めてきたのなら誰であろうと正面から付き合うのが俺のスタンスだ。そこに俺の好き嫌いは関係ない。

となれば自ずと答えは出るわけで、

 

「わかったよ、手伝ってやる」

 

「そうか!助かる」

 

俺が答えると葉山は嬉しそうにそう言って去っていった。

だから、いつ、どこで、誰とか答えていけって。

そんな俺の思いも虚しく、すでに葉山の姿は見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、どういうこと?」

 

「いやー、佐藤が来てくれて助かったよ」

 

葉山の頼みからちょうど1週間、こうして俺は何故か葉山と二人、ミスドへと訪れている。

先程から葉山に今の状況の説明を求めるが、はぐらかしてばかりで怪しさ満点である。

このまま、二人で過ごすのが目的なのか、とか、怪しい仕事でも強要されるのか、とか、悪寒がするような良からぬ想像で頭の中が膨らみ始めてきたときだった

 

「遅れてごめんなさーい」

 

ふと聞こえてきた声のする方を見ると、同じ総武高の制服に身を包んだ女子生徒たちだった。

しかし、見たところ見知らぬ生徒なのを見て、こちらには関係ないと高を括っていたところで、隣から声が上がった。

 

「大丈夫だよ、こっちこっち」

 

隣の男の言葉を聞いたとき、ますます理解が追いつかなくなった。

ただ唯一分かるのは俺は葉山隼人に言葉巧みに出し抜かれたことだ。

しかし、この役割を男手と言った葉山はなかなかの言葉選びのセンスがあると思う。

この言葉を聞けば誰だって力仕事を思い浮かべる。

だが、恐らく今の状況も立派な男の労力であることに変わりはない。

さすが秀才なだけある。

そんな場違いな感想を抱いているうちに、女子生徒たちの方も俺と葉山に対面する形で座る。

いや、本当に誰だよ。

 

「わざわざ、時間割いてもらってありがとうございます!」

 

座ったと思ったらいきなり女子生徒の片割れの黒髪の子が葉山に感謝を伝える。

この距離感的におそらく葉山とこの二人は知り合いなのだろう。

 

「いいよ、気にしないで」

 

それを葉山は慣れた様子でいなしている。

俺は気にしかしてないんだけど。

いい加減、本気で説明が欲しいので葉山への視線を強めていく。

 

「こっちの彼は俺の友達でさ、同じクラスの佐藤って言うんだ、俺一人だけってのも味気ないだろ?」

 

いや、別に紹介しろって意味じゃねぇよ。

だが、この言葉でようやく自分なりに悟った。

こいつは恐らく俺を逃げ道として使うつもりなんだろう。

この様子からして二人とも多分葉山に対して大なり小なり好意を抱いているのだ。

となると、「今」を壊したくない葉山は都合のいいデコイが欲しかったに違いない。

これで、あの去り際の喜びようにも納得はいくが、そもそもこういう話を受けなければ済むと思うのだが。この頼みを受けるのも込みで「今」を壊したくないのかもしれない。

こう思うと案外傲慢なやつな気もしなくもない。

それと同時に、こういうのが好きそうなあの3人組が断る理由も理解できた。

いくら女の子と会えるシチュエーションだとしても、比較対象が常に葉山な上に、知り合い同士となれば役得どころかいいとこ邪魔者扱いだろう。常に葉山といる彼らなら余計にそう思うのだろうしな。

にしても誰だよ、こいつら。

そんな俺の心の声が伝わったのか、もう一方の栗色とも茶色とも取れるような髪色をした少女が自己紹介を始めた。

 

「初めまして、一色いろはって言いまーす!よろしくお願いしますね、佐藤先輩」

 

可愛らしいその挨拶からは、見た目通りというか、なんというか、女子高生のテンプレみたいな子というイメージを受ける。

俺の周りにはいないタイプ。よく言えば普通、悪く言えば平凡な感じだ。

ただ、同時に少し既視感を覚えるのはなぜだろうか。

 

「葉山先輩、何か取りに行きましょうよ!」

 

俺のことなど眼中にもないらしい隣の子はろくに俺に目を合わせることもなく、強引に葉山を連れて席を立ってしまった。

葉山相手にその強引さにはある種の敬意を抱くが、今だけはやめて欲しかった。

残された初対面の後輩女子とどうしろと言うのだ。

 

「……お前は取りに行かねぇの?」

 

元々知らされていたならまだ話の引き出しを用意出来たのだが、現状、俺が尋ねられる質問はこれくらいしか思いつかない。

 

「ああ、大丈夫ですよ」

 

帰ってきたのは先ほどの元気など嘘のようなトーンの低い答えだった。おまけに視線すら合わせようとしない。

わからなくもない。向こうからしても誰だよこいつ状態だろうし、肝心の葉山も相方の方にとられてしまってるんだからな。

にしても、それにしてもだ

 

「……ヘッタクソだなぁ」

 

心の底から思ったからだろうか、意図せずして口から漏れてしまった。

 

「……何が下手くそなんですか?」

 

どうやら難聴系主人公のように聞き流してはくれないらしい。

あいつらって「え?なんだって?」しか言わねぇよな。

さっさと耳鼻科行けよ。

 

「お前のその切り替えだよ」

 

それはそれと、聞かれたのならしょうがない。

少し怯えているような様子だが、それでも答えてあげるのがラブリーチャーミーな敵役というやつよ。

 

「はぁ」

 

だがしかし、どうやら向こうは要領を得ないらしい。

 

「露骨すぎなんだよ、興味の無くし方が」

 

この言葉でこちらの伝えたいことの意味が理解できたのか、明確に答えを返してくる。

 

「えー、でも先輩は初対面ですよね?」

 

今度はこちらに興味を示したらしく、こちらを向く。

全くもってその通り、その通りだが、今の状況を考えろ。

 

「たしかにそうだ、だがな、俺は葉山の友達としてここにいるんだぞ?それを考えて行動するのがいいんじゃねぇのってこと」

 

葉山はこの場にはいない、けれど友人として紹介された俺にいい顔しておけば、その後葉山にそれが伝わる可能性もあるのだ。

それをこいつはみすみす逃した。

故に下手くそと言葉が漏れた。

 

「……たしかに、そういうアプローチも……」

 

俺の言葉を聞いた一色は驚いたようにそう呟いた。

少し驚いたその顔を見ると同時に熱の入った俺の頭も冷めていくのを感じる。

そもそも、彼女は普通の女子高生なのだ。

普通はそこまで深く考えて人と接したりはしない。そう思うと俺や八幡の人への接し方の異常性を改めて感じる。

ここはためになるアドバイスを送るに留めるくらいがいいだろう。

 

「ま、初対面だろうが、適度な距離を保っとけば失敗はしないって先輩からのアドバイスだ」

 

柄にもなく先輩面になってしまったが、割といいことは言ったつもりだ。

 

「何ですか?口説いてるんですかごめんなさい狙いすぎだし気持ち悪くて無理です」

 

………。

 

「……」

 

時間にしては僅か数秒くらいだろう、俺は黙り込んでしまった。

なにせ、割とまともなことは言ったつもりでこんな返しをされたのは人生において初めてだったのだからしょうがない。

別に言い返せなかったとかじゃないから。

しかし、向こうもとっさに出た言葉だったらしく、多少バツの悪そうな顔をしている。

その程度の良心は兼ね備えているようで一安心である。

ただし、前言撤回だ。この子は俺の知る普通ではないらしい。

 

「いや、狙ってねぇよ」

 

だが、そうなると俺としてはいくらか気は楽になる。癖のある奴の相手に慣れてるからだろうか。

それに、先輩たる者、後輩の言葉くらい目をつむるもんだ。

初めて会ったけどな。

 

「……えー、本当ですかぁ?」

 

すると今度はいきなり何故か馴れ馴れしくなった。

距離を縮めてきたと言った方が適切かもしれない。

それに合わせるようにコロコロと表情も変えていく。

その様子を見てると今度は別の既視感に襲われる。

 

「誰が初対面の人に罵倒するようなやつを狙わにゃいかんのだ」

 

「えー、だって、私可愛いじゃないですか」

 

「そうだな、で?そこは今論点じゃないだろ」

 

「……むー」

 

俺がそう言うと一色は可愛らしく唸って固まってしまう。

なんだこいつ、中途半端だな。可愛いけども。

……中途半端、中途半端、か。

ここに来てようやく既視感の正体がわかった。

似ているんだ。

最初の取ってつけたようなあの挨拶で感じたものは陽乃さんのもの、そして先ほどのじゃれ付きは小町ちゃんのものに。

けれど、完成度で言えば彼女達よりも数段落ちる。

だから微妙な既視感だけを感じたのだろう。

一人勝手にスッキリしていると、今度は一色の方から話を振られる。

 

「そういえば佐藤先輩って葉山先輩と仲良いんですか?」

 

今度は一気に話題を変えてくる。

そういえば、もともと葉山がメインだったな。

 

「ああ、すこぶるいいぞ、具体的に言えば頭どついても笑って済ませてくれるくらいにはな」

 

ここだけの話、本当にやっても笑ってた時は怖かったとだけ言っとく。

 

「……それ仲良いって言うんですか?」

 

「ほら、それはあれだよ、あれ」

 

「仲悪いんですね」

 

まったく、君のような勘のいいガキは嫌いだよ。

 

「そもそも、俺は今日何するかも聞かされてないからな」

 

そういう意味では案外仲は良いのかもしれない。

ほら、よくある友情漫画の俺はお前のことは言わなくても分かるぜみたいな感じで。

……やっぱ気色悪いから仲悪くていいや。

ただ、勘違いしてほしくないのは、俺は単純にあの性格が嫌いなだけで、葉山隼人と言う人間自体に嫌悪感を抱いているわけじゃない。

動けるくせに動かないのが気にくわないのだ。

昔の自分を重ねているからかもしれない、そんな私情も混ざっていたりする。

 

「じゃあなんできてくれたんですか……」

 

至極当然の答え。知恵袋ならベストアンサーに選んでるところだった。

俺は未だにこの謎の集まりの全貌は分かっていない。先ほどの考えも所詮俺の推測に過ぎないしな。

ここは改めて一色に聞いてみるのがいいかもしれない。

 

「もともと、なんの集まりなんだよこれ」

 

「しょうがないですね〜」

 

俺が初めて下手に出たせいか、やけに態度が大きくなる。

意外とわかりやすいのかもしれない。

 

「いいですか、この集まりは元々私たちサッカー部のマネージャーが長い時間をかけて葉山先輩と約束を取り付けた大事なものなんです!」

 

ああ、なるほど。

すごいすごい。

じゃあ帰っていい?

 

「そうか、じゃあ、俺は帰る。ま、頑張れよ後輩」

 

いや、本当になんでそんな微塵も俺が関係のない集まりに参加せにゃならんのだ。

それに、俺の助けが必要なところも見当たらない。

一色の話が本当ならこの先も助けがいるとは到底思えない。

となると、今回ばかりは葉山の意図が本当に読めなかった。

いつもの葉山なら最低限の説明くらいはする筈だ。

そこだけは腑に落ちないが、それは後々葉山に聞けばいいと思い立ち上がった時だった、

 

「……待ってください、先に帰るんですか?」

 

何故か一色に呼び止められる。

 

「なんだよ、大事な集まりを邪魔しないようにという俺の気遣いを無駄にするんじゃあない」

 

せっかく取り付けた約束なんだ、邪魔するのは野暮ってもんだ。

別に早く帰りたいとかそんなじゃないから。

本当に、違うよ?

 

「でもそれって、葉山先輩にも伝えるべきなんじゃないですかぁ?」

 

煽るというよりはどこか焚きつけるような言葉をかけられる。

……確かに。

黙って帰るのも違うか。

そもそも帰ってきてから文句を言えばいいではないか。

後輩二人の前だから遠慮しようかと思ったが、もとはと言えば何も言わなかった葉山が悪いのだ。

少しくらいカッコ悪い姿を見せても文句を言われる筋合いはないはずだ。

 

「……それもそうか」

 

そう思い直し俺は再び椅子に座りなおす。

しかし、その肝心の葉山はなかなか帰ってこない。

どんだけ選ぶのに時間かかってんだよ。

ポンデリングの厳選でもしてんのか?

そんな中俺は、待ち時間の間に葉山に奢ってもらったコーヒーのせいかだんだんと迫り来る尿意を感じていた。

 

「わりぃ、ちょっとトイレ」

 

一応、一色に断りをいれトイレへと向かう。

 

「先輩、少しくらい隠してくださいよ」

 

「はいはい、お花摘んでくるわ」

 

「それはそれでキモいんでやめてください」

 

「ぶっとばすぞお前」

 

ちゃちゃを入れてくる一色の相手をしつつも、俺はトイレへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スッキリした俺に待っていたのは予想も出来ない現実だった。

 

「おい、一色」

 

「はい」

 

「あいつら、どこ行った?」

 

「?帰りましたけど?」

 

そう言って一色はこてんと首を傾げてみせた。

え、何その当たり前ですよね?みたいな顔。俺がおかしいの?

ていうか、誘っておいて帰るって新手のサイコパスかよ。

だが、ついていけてないのは本当に俺だけらしく、一色は今の状況にになんの疑問も抱いていないように見える。

パラレルワールドにでも迷い込んだのだろうか。

 

「お前、それでいいのかよ。せっかく取り付けた約束だろ」

 

この際俺のことは百歩譲ってどうでもいい。

それより、先ほどの一色の話が事実ならば本当の被害者なのはこの場に残された一色である。

 

「まぁ、はい。予定通りっていうかぁ…」

 

返ってくる言葉は歯切れが悪い。

何が予定通りだ。

 

「……待ってろ、葉山呼び出すから」

 

久々に頭にきた。いくらなんでも度が過ぎている。

あくまでも頭は冷静に、けれど葉山への明確な怒りを宿しながら携帯を取り出したとき、俺の手に重ねる形で一色に電話を止められる。

 

「……いいんです。ありがとうございます、先輩」

 

何がいいのか俺にはさっぱり理解できなかった。

だが、そう言われてしまえば、こちらとしても引き下がるしかない。やり場のない怒りのぶつけどころに困りながら一色の顔色を見ると、何故か彼女の顔からは悲壮感は感じられなかった。

それどころか嬉しそうにも見える。

 

「……お前、なんでそんな嬉しそうなんだよ」

 

イラついていたせいか、少し言葉に棘が出てしまった。

 

「そ、そんなわけないじゃないですか!悲しいですー!」

 

しかし、一色はその棘に気づいていないらしく、慌てた様子で必死に不幸な様子を演じている。

その言葉を聞くと自然と入っていた肩の力も抜けていく。

よくわからん奴だ。

 

「ところで、先輩、わたしは今とても悲しいです」

 

「おう」

 

今度は唐突に一色が語り出した。

せめてもう少し悲しそうな顔をして欲しいものだ。

そのせいで、本気でへこんでいるのかはっきりしないので俺としてもあまり強い言葉を使いづらい。

 

「なので、代わりに先輩が慰めてください」

 

「おう」

 

「……うぇ!い、いいんですかぁ⁉︎」

 

そりゃあ、このままはいさよならというわけにはいかない。

これでもこの場にいた者としての責任は感じている。まさか慰めろといわれるとは思わなかったが。

そもそもなんでお前がそんな驚いてんだよ。提案者だろ。

 

「じ、じゃあ、心の傷は癒えにくいので長期を希望します!」

 

「じゃあってなんだよ、じゃあって」

 

長期とかお前は派遣アルバイトか。

 

「…だめ、ですか?」

 

あ、あざとい……。

俺を待ち構えていたのは絶妙な上目遣いに加え、保護欲を掻き立てられるような声、縮こまるような仕草だった。

こんなものを見せられて堕ちない男はそうそういないだろう。

 

「……まぁ、いいけど」

 

だが、俺は違う。

そう言ってやりたいが、残念ながら俺も男なのを忘れないでもらいたい。

時には理性より本能が勝つときだってあるのだ。

それに、長期と言うが、長くても数日で終わるものだろう。

この様子からすればすんなり今日で吹っ切れるかもしれない。

 

「早速行きましょ、先輩♪」

 

そう言ってノリノリで俺の前を先行する後輩。

ご機嫌なようでなによりだが、俺は結局、最初から最後まで一連の流れを理解できないまま店を出ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然ですが、私、一色いろはには好きな人がいます。

彼に会ったのはサッカー部のマネージャーになってしばらくたった頃でした。

その頃、周りの子はみんな葉山先輩目当ての子ばかりでした。

かく言う私も、その一人、正しくは葉山先輩に恋している自分に恋していたんだと今になって思います。

ちょうどそんな時でした、彼が私の前に現れたのは。

 

「おい、葉山」

 

聞きなれない声が聞こえてきました。

どうやら声を掛けた当の葉山先輩は話に夢中で気付いていないようでした。

大抵の人は急用でもない限り、気を使ってその場を去っていくんですけど、彼は違いました。

 

「話を聞けっ!」

 

そう言うと、あろうかとか葉山先輩の頭をど突いたのです。

その光景は今でも鮮明に思い出せます。

あの葉山先輩がど突かれたからというのもあるんですけど、その後、彼と話している時の葉山先輩は活き活きしていたって言うか、なんというか素を出してる感じがしたからというのがあるからかもしれません。

あんな葉山先輩の顔はしばらくマネージャーをしている私も始めて見ましたから。

そして何より、周りの人達が誰一人として彼を疎ましく思う様子がなかったのです。

女子があんなことをすればただじゃすみません。よくて仲間はずれ、下手をすればイジメにつながりますからねー。

最初は男子特有のノリで少し羨ましいくらいに思ってました。

けど、彼の気配りと言うか、巧みな話術で誰一人話の輪から外れることなく終始楽しそうでした。

その日から、私の頭の片隅に彼が浮かぶようになりました。

といってももちろん最初は純粋な興味でした。

どうすればあんな風になれるんだろうって。

一度湧いた興味というのはなかなかおさまってはくれません。

その次の日の練習終わり、私は早速、意を決して葉山先輩に聞いてみました。

 

「葉山先輩」

 

「ん?どうした?」

 

いつもなら輝いて見える葉山先輩の顔も、この時ばかりは私の中の興味が勝ちました。

 

「あの、昨日葉山先輩をど突いてた人って何者なんですか?」

 

「ああ、彼かい?」

 

彼の話になった途端、葉山先輩はなぜか嬉しそうな顔をしたように見えた気がしました。

 

「同じクラスの佐藤拓也って言うんだ。彼とはそうだな、少なくとも俺は友達だと思ってるよ」

 

「少なくともってことはその佐藤先輩は葉山先輩のことを友達とは思ってないんですか?」

 

一方通行の関係だというのは、あの様子を見た私からすれば意外だった。

 

「はは、痛いところをつくな、彼には嫌いだと面と向かって言われたよ」

 

そう言うと葉山先輩は居心地悪そうに頭をかいた。

 

「少し前、彼に尋ねたんだ、俺のどこが嫌いなのかってね」

 

すると今度はどこか遠くを見つめて語り出しました。

 

「そしたら一言、お前が欲しいのは共感なのか?って言われたんだ」

 

「……どういう意味なんですか?」

 

それだけでは何が伝えたいのかよくわからない。

それくらいは私にも分かった。

 

「俺も、最初は理解できなくてね。柄にもなくしつこく聞いたよ」

 

次は自虐気味に葉山先輩は笑った。

 

「彼曰く『お前のその正しさをいくら口にしようとお前以外の人間はそんなことわかりきってるんだよ、故に周りから得られるものはただの共感だけ。強いてそれ以外を言うならお前の中に芽生える自己満足くらいだ』らしい」

 

正直な話、聞いてもよくわかりませんでした。

なんとなくはわかるんですけどね。

 

「分かりづらいかな?この話を例えるならSNSでいくらいいことを言おうが、得られるのはいいねって言う共感と、それと同時に得られた数字に満足する自分って感じ、俺はそう捉えたよ」

 

頭をひねる私に葉山先輩はわかりやすく説明してくれた。

たしかに、それならわかりやすいかもです。

でも、

 

「それがなんで嫌いな理由に繋がるんですか?」

 

寧ろ凄いことだと思うんですけど。

正しいことを言えない人なんて私の周りにも腐るほどいるのに。

 

「…………」

 

微妙な表情で葉山先輩は固まってしまいます。

 

「……一色、君から見た俺はどう映る?」

 

かと思ったらいきなり話の飛んだ質問をされました。

 

「えーっと、かっこよくて、文武両道で人望も厚い頼りになる先輩?」

 

思いつく限りの印象を伝えました。

 

「そうか、ありがとう。でも、それこそが、彼が俺を嫌う理由らしくてね」

 

「……嫉妬、ですか?」

 

どこにでもいるんですよねー。何でもかんでも嫉妬する人って。

 

「いや、そうじゃないよ」

 

その先輩もそうなのかと落胆しかけた私の考えを葉山先輩は否定する。

 

「さっき上げてもらった特徴なら彼にも当てはまることの方が多いからね」

 

「……じゃあ、一体なんなんですか?」

 

先程から難しい話が多くて、私の頭はパンク寸前だった。

 

「実を言うと、俺も結局わからないんだ。……ちょうどいい機会だし、彼に直接聞いてみるのがいいかもな」

 

「え?」

 

「一色、奉仕部って知ってるか?」

 

「奉仕部?」

 

こうして私は急遽、彼に会いに行くことになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン、奉仕部での活動も終わり、片付けをするために残った俺以外の三人が教室を後にしたその数分後にドアをノックする音が聞こえた。

 

「……どうぞ」

 

なんとも遅い時間にやってくる迷惑な依頼人だと思うが、せっかくなのだから話くらいは聞くべきだと思い入室を促す。

 

「悪いな、遅い時間に」

 

そう言ってドアを開けたのは葉山隼人ともう一人、既に辺りが暗く、太陽が雲に隠れてしまい顔がよく見えないが、体格から女子生徒だと分かった。

 

「……佐藤だけか?」

 

「ああ、他の三人は先に帰ったぞ。で、依頼人は後ろのその子か?」

 

葉山の後ろに隠れるようにして立っている女子生徒の顔を見ようと目を細めると葉山が立ち塞がる。

 

「いや、彼女は依頼人じゃない、俺の付き添いみたいなもんだ」

 

「ってことはまたお前からの依頼か?」

 

厄介ごとしか持ち込まない葉山に確認をとりつつ、意識を後ろの子から葉山にチェンジする。

 

「悪いが、俺は部長じゃないんでね、明日出直してきてくれ」

 

部活に寄せられた依頼は個人で解決するもんじゃないし、そもそも一部員の俺にそんな決定権はない。

 

「いや、依頼じゃないよ、君に用があるんだ、佐藤」

 

「もうすぐ完全下校だぞ、明日じゃ駄目なのか?」

 

俺個人に対してなら尚更別に今じゃなくてもいいだろうと思うが、葉山は帰るそぶりを見せない。

 

「すぐ終わる、……頼むよ」

 

やはり立ち尽くしたまま動かない。

 

「……手短にな」

 

このままでは埒があかないと思い、俺は再び椅子を引っ張り出して坐り直す。

 

「すまない、と言っても一つ質問をしにきただけなんだ」

 

そうはいうもののその顔は質問をしにきた奴の顔ではない。

 

「俺のどこが嫌いなんだ?」

 

ああ、なんだその話か。

 

「……前にも一度言ったが、たしかに言葉足らずだったかもな」

 

「ああ、俺なりに考えたけど、結局わからなかった」

 

葉山の顔が悔しそうな表情に変わる。

彼なりに悩み抜いてはきたのだろう。

けれど、それは無駄な努力と言わざるをえない。いくら頭で考えようが俺の意見と葉山の意見が一致することなどないだろうからな。

しかし、こうして訪ねてきたことは俺としては予想外だった。

なにせあの葉山隼人が自分から行動を起こしたのだ。

しかも他ならぬ自分のためにだ。

それだけでも、答えを返す意味がある。

 

「前にも言ったが、お前の語る言葉はほとんど全て理想論だ。それで得られるのは共感だけ、これは覚えているな?」

 

「ああ」

 

「そこから俺が言いたいのは、お前が見ているのは人であって個人じゃないってことだ。そう思ってなきゃそんな理想論はまず出てこない。お前が思っているよりも人間はそう単純じゃないし、一人一人が意思を持ち自分の人生を歩んでいるんだ。けれど、人として学んだ大切なことってのは共通だ」

 

一度区切りを入れ、葉山に目線を合わせる。

 

「お前は、その誰も否定できない人としての正しさを、さも自分の意見のように語っているだけだ」

 

「……それの何が悪いんだい?」

 

俺だってそれだけなら嫌いにならないさ。

 

「それなら何も問題ないさ、みんな幸せ、とまではいかないだろうが、それなりにいい感じにはなるだろうし、進んで俺がお前を嫌いだなんて言わないさ」

 

そう、それだけならな。

 

「だけど、お前、"わかってる"だろ」

 

俺の思った通りなら、この言い方は葉山に突き刺さるはずだ。

 

「……」

 

そして案の定、葉山は俯いたまま何も語らない。

 

「そんな正しさを振りまくだけ振りまいて、お前自身は何もしない。誰かが、困っていれば手は貸すだろう、頼りにされれば答えるだろう、けど、お前は必ずそれ以上は動かない」

 

そう、こいつは人との距離感を、線引きの仕方を"分かっている"のだ。

自分の失敗が映らないギリギリを。

あれほどまでの理想を自分で語っておきながら、自分は安全なところから無難なことしか言わない。

向き合うために必要なものは俺以上に持っているくせに。

 

「俺はそんな一人の人間とまともに向き合えないお前のその姿勢が大嫌いなんだよ」

 

葉山はうつむいて動かない。

 

「……それでも、俺は」

 

「別にそれが悪いなんて俺は一言も言ってない」

 

葉山の言葉に被せるように先に否定する。

 

「この考えだってお前が歩んだ人生で学んだものだ。そんなかけがえのないものを持つことは素晴らしいことだと俺は思っている」

 

さて、時間もないことだし、こんな説教じみたこの会話もさっさと終わらせるとしよう。

 

「ま、簡単に言うとだな、俺はお前のその深く立ち入らないくせにどうにかしようとする態度が気に入らないってことだ。

ただの理想を語るバカなら笑って付き合ってやれた、真剣に相手を思いやるやつなら一緒に最後まで悩んでやれた。

けど、お前はどちらでもない、ただの計算高い道化師なんだよ」

 

俺ははなっから葉山のことを否定する気は全くないし、改善しろなんて言うつもりもない。

そんなのに構うくらいなら俺は、捻くれても人一倍優しい奴や、心優しいバカなやつ、どこまでも自分を貫くやつ、そんな奴らにとことん付き添ってやりたいのだ。

 

「……はは、きついな」

 

流石の葉山もここまで言われたことはなかったのか、力なく笑っている。

 

「でも、佐藤、ありがとな」

 

「……は?」

 

え?もしかしてこいつMかよ。

 

「俺にこうやって面と向かってそう言ってくるやつっていないからさ」

 

ああ、そういう意味ね。

……いや、でもありかとうはおかしいだろ。

 

「……俺も変わらないとな」

 

葉山は独り言のようにそう呟いた。

 

「そんな必要はないだろ」

 

「え?」

 

まさか聞かれたとは思っていなかったのか葉山は驚いた顔をする。

 

「さっきも言ったがな、お前のその考えってのはお前が培って得たものだろ、変えるくらいなら俺の意見を取り入れて成長した方がよっぽどお前のためになるだろ」

 

俺の意見が正しいみたいな言い回しになってしまったが、他人から言われた意見なんてものは聞き流すくらいが丁度いいのだ。それをいちいち真に受けていたらキリがないし、心がもたない。

根底にあるのは常に自分の考え、まずはそれを忘れてはいけない。

 

「……俺は俺ってことか」

 

「変に変わるんじゃねぇぞ、お前を嫌いになれなくなる」

 

あれこれ変わっていく葉山隼人なんて見たら、俺は興味すら湧かなくなるだろう。

 

「はは、それは嫌だな」

 

今度の笑いにはいつもの爽やかさが戻っていた。

その時、同時に完全下校を知らせるチャイムが鳴った。

 

「ほら、帰った帰った」

 

俺はまだ鍵を閉めてその鍵を職員室に返しに行かなければならないため、立ったままの二人に帰るよう促す。

そして、鍵を閉めようと席を立つと同時に雲の切れ間から再び太陽が顔を出し辺りを明るく照らす。

 

「ああ、また明日」

 

そう言って葉山と付き添いの子は出て行った。

最後にこちらに向けた笑顔は太陽に当り、葉山の顔が照らされ、眩しく映る。

お前はひまわりか。

同じく、本当にただの付き添いに来たらしい子の顔も見えないままだった。

そういえば、結局、彼女は何をしに来たのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すごいだろ、彼」

 

部屋を出てしばらく無言が続いたあと、葉山先輩にそう声をかけられた。

 

「はい」

 

この時既に、彼に惹かれていたんだと思います。

どこか軽く生きてきた私にとって佐藤先輩の言葉は深くささりました。

我ながらチョロいとも思いますが、あんな真剣な表情を見せられてしまっては誰だって魅入ってしまいます。

それに、そんな私の思いに追い打ちをかけたのは葉山先輩の言葉でした。

 

「彼は人によって態度を変えたりはしない、年上だろうが何だろうが、言葉遣いに差はあれど、あのあり方だけは貫き通すんだ。そして、その言葉で、俺みたいに救われたやつは沢山いる」

 

「……葉山先輩は救われたんですか?」

 

「側から見たら、そうは見えないだろうね。けど、俺は確かに救われたんだ」

 

私からすれば、ただ嫌いな理由を語っただけに見えたあのやりとりも、葉山先輩にしかわからないなにかがあったのかもしれません。

じゃなきゃ、こんな清々しい顔はしないでしょうし。

 

「ああ見えて、彼は結構ノリもいいからな、意外とお前と合うかもしれないな」

 

「な、なんですかいきなり!」

 

突然そんなことを言われてしまえば余計に考えてしまうじゃないですか。

 

「ん?いや、一色とは馬が合うかもなって思ってさ」

 

「……そういうことですか」

 

こちらの早とちりでしたが、同時に自分がここまで意識していることに驚きました。

 

「なんだ、彼のことが気になったのか?」

 

「い、いや別にそんなんじゃないですよ〜」

 

口ではそう言いましたが、一度意識すると頭の中からはなかなか消えてはくれません。

 

「……本当に?」

 

「……少しは」

 

あのやり取りを見せられた後では、変に誤魔化すなんてことは私には出来ませんでした。

ずるいです。

 

「そうか、なら改めて場を設けるのもいいかもな」

 

少し意地悪な顔をして葉山先輩はそんな提案をしてくる。

 

「……葉山先輩、なんか楽しんでません?」

 

「彼も言っただろ、俺は道化師なんだ」

 

そう言うと意味ありげな笑みを浮かべる。

 

「……前の葉山先輩の方がいいです」

 

「はは、安心していいよ、今のはほんの冗談だからさ」

 

すると今度はいつもの爽やかな笑顔に戻る。

 

「でも、なるべく早い方がいいよ、彼の周りには魅力的な子が多いからね」

 

「そういうことなら、早めにお願いします」

 

「お、おう、そうか」

 

私は待つだけの女じゃありませんから。

せっかく本気で好きになれそうな人を見つけたんです。

誰かに取られる前に私にメロメロにさせてみせましょう!

 

「ほら、早速作戦会議ですよ、葉山先輩!」

 

「……やっぱり、君には敵わないな」

 

「何か言いました?」

 

細々と呟かれた言葉を私は聞き取ることができません出した。

 

「いや、なんでもないさ。それより、彼に興味を持って欲しいなら一癖ある方がいいかもな」

 

「例えばどんな感じですか?」

 

「そうだな……」

 

その帰り、私はみっちり葉山先輩と計画を練った。

 

そして、それから数週間経って、葉山先輩から誘うことができたと連絡をもらった。

先輩にバレないように自然な形で二人きりになるために同じサッカー部のマネージャーの子を葉山先輩に誘ってもらって、準備完了だ。

待ち合わせのミスドについて、何も知らないで一緒に来たマネージャーの子が

 

「遅れてごめんなさーい」

 

と声を上げる。

遠目から見た先輩は訝しげな表情でこちらを見ていた。

対面する形で座っても、表情は変わることはなく、葉山先輩を見るその目はどんどん強くなっている。

幸か不幸か、向こうはこちらの顔を覚えていないっぽい。

だったら、ここは思い切って元気よく挨拶しよう。

 

「初めまして、一色いろはって言いまーす!よろしくお願いしますね、佐藤先輩」

 

これが、ちゃんとした私と先輩の出会いでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうしたら接点のない二人を繋げられるか考えた結果、葉山を使うことにしました。
納得のいかない部分もあるとは思いますが、初対面から押し切るのが自分の中では最適解でした。
一度見ていただいた後に、もう一度途中まで読み返していただくと、色々意味がわかったりします。
一回こういう文を作ってみたかったんです笑
かなり日を跨いで書いたので、読んでいてよくわからない部分もあると思いますので、その部分は感想の方で指摘していただければお答えさせていただこうかなと思ってます。
遅れて申し訳ないです。

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