もしも、比企谷八幡に友人がいたら   作:一日一善

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かなり量が多くなってしまいました。それに伴い誤字脱字が多いです申し訳ないです。


第3話

「君はあれか、調理実習にトラウマでもあるのか」

 

昨日サボった調理実習の代わりに課せられた家庭科の補修レポートを提出したら、なぜか呼ばれた職員室。そもそも、同じ班の拓也が休まなければサボらなかったのに。おのれ、謀ったな。

それに加えてものすごい既視感。なぜあなたに説教かまされてるんでしょうかね、平塚先生。

 

「先生って、現国の教師だったんじゃ……」

 

「私は生活指導担当なんだよ。鶴見先生は私に丸投げしてきた」

 

職員室の隅っこのほうを眺めると、件の鶴見先生が観葉植物に水をやっていた。平塚先生はそれをちらっと見てから俺のほうに向き直る。

 

「まずは調理実習をサボった理由を聞こう。簡潔に答えろ。」

 

「や、あれですよ。クラスの連中と調理実習とかちょっと意味わかんなかったんで……」

 

「その回答が私にはもう意味がわからないよ。比企谷」

 

と言っても、本当は友達が休んだから腹いせで書きましたなんて口が裂けても言えねぇ。

 

「おいしいカレーの作り方、ここまではいい。問題はその後だ。1、玉葱を櫛形切りにする。細めにスライスし、下味をつける。薄っぺらい奴ほど人に影響されやすいのと同様、薄く切ったほうが味がよく染みる……。誰が皮肉を混ぜろと言った。牛肉を混ぜろ」

 

「先生、うまい事言ったみたいな顔をするのはやめてください……見てるこっちが恥ずかしいです……」

 

「私だってこんなもの読みたくない。言うまでもなく分かっていると思うが再提出だ」

 

先生は心底呆れ返った様子で口にタバコを運んだ。

 

「君は料理できるのか?」

 

平塚先生が意外そうな表情で尋ねてくる。心外だ。カレーくらい今日日の高校生なら誰でも作れるだろうに。

 

「ええ。将来のことを考えればできて当然です。料理は主夫の必須スキルですからね」

 

俺が答えると平塚先生は大きな瞳を二、三度瞬かせた。

 

「君は専業主夫になりたいのか?」

 

「それも将来の選択肢の一つかなって」

 

「ドロドロと目を腐らせながら夢を語るな。せめてキラキラと輝かせろ。……参考までに君の将来設計はどうなっているんだ?」

 

いや、あんた自分の将来の心配しろよなどとは言えない雰囲気だったので、観念して理路整然と回答することにした。

 

「まぁ、それなりの大学に進学しますよ」

 

頷き、相槌を打つ平塚先生。

 

「ふむ。その後、就職はどうするんだ?」

 

「美人で優秀な女子を見繕って結婚します。最終的には養ってもらう方向で」

 

「就職って言っただろ!職業で答えろ!」

 

「だから、主夫」

 

「それはヒモと言うんだっ!恐ろしいくらいダメな生き方だ。奴らは結婚をちらつかせて気づいたらいつの間にか家に上がり込んできてあまつさえ合鍵まで作ってそのうち自分の荷物を運び込み始め、別れたら私の家具まで持っていくようなとんでもないろくでなしなんだぞっ⁉︎」

 

平塚先生は微に入り細を穿ち懇切丁寧にまくしたてた。あまりに勢い込んで話すもんだから息切れして目には涙が浮かんでいる。

哀れすぎる……。

 

「ヒモ、といえば聞こえは悪いけど専業主婦というのはそんなに悪い選択肢ではないと思うんですよ」

 

「ふん?」

 

「男女共同参画社会とやらのおかげで、既に女性の社会進出は当然のこととされてますよね。その証拠に先生だって教師をやっているわけだし。そうなってくると男性が職にあぶれるのは自明の理というわけですよ」

 

「確かにそういう考えもあるな」

 

「それに、家電類も目覚ましい発達をしたことで誰がやっても一定のクオリティを出せるようになった。男だって家事はこなせます」

 

「要するに!こうやって働かなくて済む社会を必死こいて作り上げたくせに、働けだの働く場所がないだの言ってるのはちゃんちゃらおかしいわけですよ!」

 

完璧な結論である。働いたら負け、働いたら負け。

 

「……はぁ。君のそう言う考えは相変わらずの腐れっぷりだな」

 

先生はひときわ大きなため息をつく。だが、すぐに何事か思いついたのか、にやりと笑った。

 

「女子から手料理の一つでも振る舞われれば君の考えも変わるかもしれんな……」

 

そう言って立ち上がると俺の肩をぐいぐい押して、職員室の外へと連れていく。

 

「奉仕部で勤労の尊さを学んできたまえ」

 

何なんですかと文句の一つも言おうと振り返ると、無情にも扉がぴしゃりと閉じられる。

 

仕方なく俺は最近入部した謎の部活、奉仕部とやらへ顔を出すことにした。部を名乗りながら活動内容がさっぱりわからない。ついでに、部長のキャラはもっとわからない。

あいつ。なんなんだよ。

 

 

 

 

いつものように部室では雪ノ下が本を読んでいた。

それともう一人。

 

「なんでいんだよ拓也」

 

何故か当たり前のように拓也がしれっと座っていた。

 

「帰っても暇だし。それに、お前らといると楽しそうだし」

 

「そうかよ」

 

他にやることねぇのかよ。まぁここにいるってことは雪ノ下も納得してることだろうしいいか。

 

そんなことを思いながら、いつもの位置に座る。

それと同時に弱々しいノックの音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

雪ノ下は扉に声をかけた。

 

「し、失礼しまーす」

 

緊張しているのか、少し上ずった声だった。

彼女は俺と目が合うと、ひっと小さく悲鳴を上げた。

……俺はクリーチャーかよ。

 

「な、なんでヒッキーがここにいんのよ⁉︎」

 

「……いや、俺ここの部員だし」

 

「それにたっくんもいるじゃん‼︎」

 

「おい、そのあだ名はやめろ由比ヶ浜」

 

どうやら拓也と知り合いらしい。こいつ、俺と違って普通に友達多いから不思議ではないが。

 

「まぁ、とにかく座れよ」

 

「あ、ありがと……」

 

彼女は勧められるがままに椅子にちょこんと座る。

 

「由比ヶ浜結衣さん、ね」

 

「あ、私のこと知ってるんだ」

 

「お前よく知ってるなぁ…。全校生徒覚えてんじゃねぇの?」

 

「そんなことないわ。あなたのことなんて知らなかったもの」

 

「そうですか……」

 

「別に落ち込むようなことではないわ。むしろ、これは私のミスだもの。あなたの矮小さに目もくれなかったことが原因だし、何よりあなたの存在から目をそらしたくなってしまった私の心の弱さがわるいのよ」

 

「ねぇ、お前それで慰めてるつもりなの?慰め方が下手すぎるでしょう?最後、俺が悪いみたいな結論になってるからね?」

 

「慰めてなんかいないわ。ただの皮肉よ」

 

「なんか……楽しそうな部活だね」

 

「お前もそう思うか由比ヶ浜」

 

こいつらの頭の中はお花畑なのかな。今の会話でどうしてそうなるんだよ。

 

「うん、なんかすごく自然だなって思った!それにヒッキーもクラスではたっくん以外と喋らないから、ちゃんと他の人とも喋るんだーとか思って」

 

そんなにコミュニケーション能力なさそうに見えますか……。

 

「そういえばそうだったわ。由比ヶ浜さんもF組だったわね」

 

「え、そうなん」

 

「覚えといてやれよ八幡……、で何しに来たんだ由比ヶ浜こんなところに」

 

拓也が尋ねると由比ヶ浜はふぅと短くため息をつく。

 

「……あのさ、平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」

 

「そうなのか?」

 

「少し違うかしら。あくまで奉仕部は手助けをするだけ。願いが叶うかどうかはあなた次第」

 

「どう違うの?」

 

「要するに奉仕部が解決をするんじゃなくて、依頼者、今回は由比ヶ浜自身が解決する、もしくは納得のいくための手伝いをするってこと。だろ、雪ノ下さん」

 

「……ええ、概ねその通りよ」

 

「なるほど!な、なんかすごいねっ!」

 

「雪ノ下は頭が良いからその説明の仕方になるんだろうが、こいつには届かんぞ。馬鹿だからな」

 

「たっくんひどーい!」

 

「事実だろ。俺は未だにお前がこの高校に入れたのか疑問で仕方がない」

 

「私だってやればできるんですー!」

 

「必ずしもあなたのお願いが叶うわけではないけれど、できる限りの手助けはするわ」

 

その言葉で本題を思い出したのか、由比ヶ浜はあっと声を上げる。

 

「あのあの、あのね、クッキーを……」

 

言いかけて俺の顔をチラッと見る。別に俺はクッキーじゃないぞ。

 

「比企谷くん」

 

「……ちょっと『スポルトップ』買ってくるわ」

 

空気を察してさりげなく行動するとか我ながら優しすぎる。俺が女子なら絶対惚れる。

 

「私は『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』でいいわ」

 

「俺も同じので」

 

ナチュラルに人をパシらせるとかこいつらマジぱないわ。

 

 

 

 

特別棟の三階から一階までの往復で十分かからないくらいだ。ゆっくりだらだら歩いていれば、彼女たちの話も終わるだろう。

 

「なんでついてくんだよ」

 

「いや、普通に出された」

 

「ま、そうだろうな」

 

「それと、お前に伝えとくことも出来たし」

 

「伝えたいこと?なんだよ」

 

「由比ヶ浜のことでな、お前が助けた犬の飼い主が由比ヶ浜ってのは小町ちゃんから聞いてるよな?家まで来たって聞いたし」

 

「……は?」

 

「……ん?」

 

「……俺はそんな話聞いてないぞ」

 

「……まじ?」

 

「まじだ」

 

拓也は心底驚いた表情でこちらを見つめる。一番驚きたいのは俺だっつーの。

 

「そうか……、まぁ知っといて損はないだろ。幸か不幸か図らずしてあの事故の関係者が集まるってのも面白い話だ。加えて雪ノ下と由比ヶ浜の会話を聞くに、関係を知ってるのは今俺たちだけだ」

 

部室での会話を思い出しながら俺も頷く。

 

「……まぁ、でも本当にたまたまだろ。依頼が終わればそれで今度こそ終わりだ」

 

「……俺はそうは思わないけどな」

 

「なんか言ったか?」

 

「なんでもねぇよ、……まぁ、頑張れや八幡」

 

「なんだよ急に」

 

気がつけば自販機に着いていた。俺たちは2本ずつ飲み物を買い今度はたわいない話をしながら部室へと戻った。

 

 

 

 

「遅い」

 

開口一番にそう言い放ち、雪ノ下は俺の手から野菜生活をひったくって、ストローを刺すや飲み始める。

 

「ほれ、由比ヶ浜」

 

「あ、たっくんありがとう!」

 

「おう、気にすんな、あとそのあだ名はやめろ」

 

なんだ、この差は。呆然と立ち尽くす俺を置いて話が進んでいく。

 

「話は終わったのか?」

 

「ええ」

 

「それで、何すんだ?」

 

「家庭科室に行くわ。あなたも暇ならついてきなさい。そこで突っ立てる比企谷くんも一緒にね」

 

「「家庭科室?」」

 

「クッキー……。クッキーを焼くの」

 

話がさっぱり見えないんだが……。

 

「由比ヶ浜さんは手作りクッキーを食べて欲しい人がいるのだそうよ。でも、自信がないから手伝ってほしい、というのが彼女のお願いよ」

 

「なんで俺たちがそんなこと……、それこそ友達に頼めよこいつとか」

 

そう言ってあいつを見る。

 

「そうだな、言ってくれれば、俺も手伝ったぞ」

 

「う……、そ、それはその……、友達とかにはあんまり知られたくないというか……」

 

「まぁ、カレーくらいしか作れねーが手伝うよ」

 

拓也は何やら少し考え込んでる様子だったので俺が言葉を繋ぐ。

 

「別にあなたの料理の腕に期待はしてないわ。味見して感想をくれればいいのよ」

 

そういうことなら俺がどうにかできる部分もあるはずだ。たいていのものならうまいと感じるくらい素直な人間だしな。

……それ役に立つの?

 

 

 

 

結論から言おう。由比ヶ浜には料理のスキルが欠如していた。足りる足りないの問題でははなく、最初から存在していない。

 

「な、なんで?」

 

「理解できないわ……。どうやったらあれだけのミスを重ねることができるのかしら……」

 

由比ヶ浜は物体Xを皿に盛り付ける。

 

「見た目はあれだけど……食べてみないとわからないよね!」

 

「そうね。味見してくれる人もいることだし」

 

「よかったな八幡、女子の手作りクッキーだぞ」

 

「雪ノ下。お前にしては珍しい言い間違えだな。……これは毒見と言うんだ。お前にはクッキーに見えるのかこれが」

 

「どこが毒よっ!……でも確かにクッキーには見えないかなぁ?」

 

「おい、これマジで食うのかよ。木炭みたいになってんぞこれ」

 

「食べられない原材料は使ってないから問題ないわ、たぶん。それに」

 

雪ノ下がそこで言葉を切ってこちらに耳打ちしてくる。

 

「私も食べるから大丈夫よ」

 

「「マジで?お前ひょっとしていい奴なの?それとも俺のことが好きなの」」

 

「……やっぱりあなたたちが全部食べて死になさいよ」

 

「すまん、気が動転しておかしなことを口走りました」

 

「ああ、あれを見て冷静ではいられなかったんだ」

 

「そもそも彼女のお願いを受けたのは私よ?責任くらいとるわ」

 

そう言って雪ノ下は皿を自分の側に引き寄せる。由比ヶ浜の方を見ると、仲間になりたそうな目でこちらを見ていた。……ちょうどいい。こいつも食えばいいんだ。人の痛みを知れ。

 

 

 

 

由比ヶ浜の作ったクッキーはぎりぎり食べることができた。それぞれが割り振られたノルマを達成して、紅茶で口直しをする。ようやくひと心地ついてため息が漏れた。

 

「さて、じゃあどうすればより良くなるか考えましょう」

 

「由比ヶ浜が二度と料理しないこと」

 

「それは最後の解決法だぞ八幡」

 

「それで解決しちゃうんだ⁉︎」

 

由比ヶ浜はがっくりと肩を落として深いため息をつく。

 

「やっぱりあたし料理に向いてないのかな……。才能ってゆーの?そういうのないし」

 

それを聞いて雪ノ下がふうっとため息をついた。

 

「……なるほど。解決方法がわかったわ」

 

「どうすんだ?」

 

尋ねてみると、雪ノ下は平然と答えた。

 

「努力あるのみ」

 

「それ解決方法か?」

 

「努力は立派な解決方法よ。正しいやり方をすればね」

 

「由比ヶ浜さん。あなたさっき才能がないって言ったわね?」

 

「え。あ、うん」

 

「その認識を改めなさい。最低限の努力もしない人間には才能がある人を羨む資格はないわ。成功できない人間は成功者が積み上げた努力を想像できないから成功しないのよ」

 

雪ノ下の言葉は辛辣だった。そしてどこまでも正しい。由比ヶ浜は直接的に正論をぶつけられた経験なんてないんだろう。その顔には戸惑いと恐怖が浮かんでいる。

それを誤魔化すように由比ヶ浜はへらっと笑顔を作った。

 

「で、でもさ、こういうの最近みんなやんないって言うし。……やっぱこういうの合ってないんだよ、きっと」

 

「おい、由比ヶ浜、そうやって周りに合わせようとするのやめろ。イライラする」

 

珍しいことに拓也がきれていた。追い打ちをかけるように雪ノ下も続く。

 

「癪だけれど、彼の言うとうりね。付け加えて言うなら、自分の不器用さ、無様さ、愚かしさの遠因を他人に求めるなんて恥ずかしくないの?」

 

「……」

 

由比ヶ浜は気圧されて黙り込む。きっと彼女はコミュニケーション能力が高いのだろう。クラスでも派手なグループに属するほどなのだから単純な容姿の他に協調性も必要とされる。ただ、それは裏を返せば人に迎合することがうまい、つまり、孤独というリスクを背負ってまで自己を貫く勇気に欠けるということでもある。

一方でこいつらはそれこそ我が道を行く人間だ。雪ノ下は言わずもがな、拓也も言うことは誰であろうと言うやつだ。

 

「か……」

 

帰る、とでも言うのだろうか。今にも泣き出しそうなか細い声が漏れた。

 

「かっこいい」

 

「「「は?」」」

 

俺たちの声が重なった。こいつ何言ってんの?思わず三人で顔と見合わせてしまう。

 

「建前とか全然言わないんだ……なんていうか、そういうのかっこいい……」

 

「な、何を言ってるのかしらこの子……。話聞いてた?私たち、これでも結構きついことを言ったつもりだったのだけど」

 

「そ、そうだぞ。俺もお前の嫌いなとこを言ったんだぞ?」

 

「ううん!そんなことない!あ、いや確かに言葉はひどかったし、ぶっちゃけ軽く引いたけど……」

 

正直こいつらがあそこまで言うとは思わなかったわ。だが、由比ヶ浜はただ引いただけではなかったらしい。

 

「でも、本音って感じがするの。ヒッキーと話してる時も、ちゃんと話してる。あたし、人に合わせてばっかだったから、こういうの初めてで……」

 

由比ヶ浜は逃げなかった。

 

「ごめん。次はちゃんとやる」

 

謝ってからまっすぐ雪ノ下と拓也を見つめ返す。予想外の視線に今度は逆に雪ノ下は声を失った。拓也は少し笑っているように見えた。

 

たぶん雪ノ下にとっては初めての体験だったろう。正論をぶつけて、きちんと謝れる人間は案外少ない。大抵は逆ギレするしな。

 

雪ノ下は何か言うべき言葉を探して、けれども見つからないといった風情だ。……こいつ、アドリブ弱ぇーなマジで。一方拓也は雪ノ下とは場数が違うのか言葉を返す。

 

「そうか、今のお前なら好きになれそうだ」

 

「……やり方教えてやれよ。由比ヶ浜もちゃんと言うことを聞け」

 

「一度お手本を見せるから、その通りにやってみて」

 

そう言って立ち上がると雪ノ下は手早く準備を始めた。その手際たるや先ほどの由比ヶ浜とは比べものにならない。焼き上がったクッキーは見た目麗しいものだった。一つ手に取って口に入れると、自然と顔がほころんだ。

 

「うまっ!お前何色パティシエールだよっ⁉︎」

 

「市販のものより断然うまいな」

 

「ほんとおいしい……。雪ノ下さんすごい」

 

「ありがとう」

 

「でもね、レシピに忠実に作っただけなの。だから、由比ヶ浜さんにもきっと同じように作れるわ。むしろできなかったらどうかしてると思うわ」

 

「もうこれ渡しとけばいいんじゃねーの」

 

「それじゃ意味ないでしょう。さ、由比ヶ浜さん。頑張りましょう」

 

「う、うん」

 

 

 

 

料理を作る様子を見ながらふと思ったんだが、こいつはあれだ。教えるのが上手くねぇ。天才ゆえに出来ない奴の気持ちが微塵もわからない。なぜそんなところで躓くのが理解できないのだ。つまり、今回は雪ノ下はよく頑張った。問題はこいつの方だ。

 

「なんでうまくいかないのかなぁ……。言われたとおりにやってるのに」

 

本当に頭のいい奴は人に教えるのが上手いだとか、どんなバカにもわかるように説明するというのが、そんなのは嘘っぱちだ。

なぜなら、残念な奴に何を言っても残念な奴は残念だから理解ができない。何度繰り返してもその溝が埋まることはない。

 

「あのさぁ、さっきから思ってたんだけど、なんでお前らうまいクッキー作ろうとしてんの?」

 

「はぁ?」

 

「お前ビッチのくせに何も分かってないの?バカなの?」

 

「だからビッチ言うなっつーの!」

 

「男心がまるでわかってないのな」

 

「し、仕方ないでしょ!付き合ったことなんてないんだから!そ、っそりゃ友達にはつ、付き合ってる子とか結構いるけど……そ、そういう子たちに合わせてたらこうなってたし……」

 

「別に由比ヶ浜さんの下半身事情はどうでもいいのだけれど、結局比企谷くんは何が言いたいの?」

 

充分にタメを作ってから俺は勝ち誇ったように笑った。

 

「ふぅー、どうやらおたくらは本当の手作りクッキーを食べたことがないと見える。十分後、ここへきてください。俺が“本当”の手作りクッキーってやつを食べさせてやりますよ」

 

「何ですって……。上等じゃない。楽しみにしてるわ」

そう言って廊下へと消えていった。

さて、と。これで勝負は俺のターン。

 

 

 

 

「ねぇ、たっくんは分かる?ヒッキーが言う“本当”のクッキーってやつ」

 

廊下で待っている俺に由比ヶ浜が尋ねる。

 

「まあ、大体はな」

 

「教えてもらえないかしら」

 

自分のクッキーが否定されたのがカチンときているのか、食い気味にくる雪ノ下。

 

「ここはあいつの見せ場だからな、答えはやれんがヒントはやろう。男ってのは残念なくらい単純ってことだよ」

 

 

 

 

しばらくの後、家庭科室は剣呑な雰囲気に包まれていた。

 

「これが『本当の手作りクッキー』なの?」

 

雪ノ下が怪訝な表情でテーブルの上の物体を眺めている。由比ヶ浜はいきなり嘲笑する……てめぇ後で覚えとけよ……。拓也は納得した表情だ。

 

「ま、そう言わずに食べてみてくださいよ」

 

「そこまで言うなら……」

 

「っ!こ、これはっ!」

 

由比ヶ浜の目がくわっと見開かれた。味覚が脳まで到達し、それにふさわしい言葉を探し出そうとする。

 

「はっきり言ってそんなにおいしくない!」

 

「そっか、おいしくないか。……頑張ったんだけどな」

 

「ーーあ……ごめん」

 

「わり、捨てるわ」

 

「ま、待ちなさいよ」

 

「……何だよ?」

 

由比ヶ浜が俺の手を取って止めていた。そのまま不揃いなクッキーをぼりばりと音を立てて噛み砕く。

 

「べ、別に捨てるほどのもんじゃないでしょ。……言うほどまずくないし」

 

「……そっか。満足してもらえるか?」

 

由比ヶ浜は無言で頷いてすぐに横を向いてしまう。夕日が差し込んでその頬は赤く見えた。

 

「まぁ、由比ヶ浜がさっき作ったクッキーなんだけどな」

 

「え?え?」

 

「比企谷君、よくわからないのだけれど。今の茶番に何の意味があったのかしら?」

 

「要はお前らはハードルを上げすぎてんだよ」

 

なんだろう、この優越感。ついつい饒舌になっちまう。

 

「ハードル競技の主目的は飛び越えることじゃない。最速のタイムでゴールすることだ。飛び越えなきゃいけないってルールはない。ハーーー」

 

「言いたいことはわかったからもういいわ」

 

「今までは手段と目的を取り間違えていたということね」

 

……なんか釈然としねぇ。だが、俺の言いたいことはまさしく雪ノ下が今言ったとおりなので、仕方なく頷いて言葉を続けた。

 

「せっかくの手作りクッキーなんだ。店と同じようなもの出されたって嬉しくなんかないんだよ」

 

 

 

 

そこからは由比ヶ浜と八幡の会話が続いる。そんな中雪ノ下が納得いかないような顔をしていた。

 

「ま、納得できないのも無理はない。これは女子には理解しにくいものだろ。ただ今回は俺から見たら贔屓目なしでも八幡の考えが正しいと思うがな」

 

由比ヶ浜と八幡が話している間に雪ノ下にそう話しかける。

 

「私は自分を高められるなら限界まで挑戦すべきだと思うの。それが最終的には由比ヶ浜さんのためになるから」

 

「まぁ、正論だわな。でもな雪ノ下……」

 

「誰も彼もがお前みたいにはいられないんだよ。それはお前が一番よく分かってるんじゃないか?」

 

「……そうね」

 

「俺は嫌いじゃないんだけどな」

 

「そうなの?」

 

驚いたのか少し目を見開きこちらを見る。

 

「あくまでも、俺はな、努力をした人間じゃなきゃそういう考えにはならない。基本的に人間は嫌なことがあれば逃げるんだからな。凄いと思うぜ俺は」

 

「……意外ね、比企谷くんの友達なんて言うからもっとマイナス思考の人だと思っていたわ」

 

「そんなことねぇよ、寧ろ俺はお前側の考え方に近いからな、努力は必ず身を結ぶ、とは言わない。だが、努力もしないで駄々をこねるほど見ていて醜いものはないだろ」

 

「少し見直したわ」

 

そこで見せた雪ノ下の微笑みはやけに俺の記憶に残った気がする。

 

 

 

 

ようやくこの奉仕部とかいう部活の活動内容が分かった。要するに生徒の相談に乗って、その問題を解決する手伝いをする。しかし、由比ヶ浜も正しく認識していないところを考えると、なんらかの伝手が必要になる。それはおそらく平塚先生。

つまりそれがなければここに足を運ぶ人間はいない。

俺も雪ノ下も拓也も沈黙が気にならない性質なので、こうして読書に勤しむ時間はとても静かだ。

それにしても。部員でもないこいつは何故いつもいるのだろうか。

そんなことを考えているとコツコツと戸を叩く音が響く。

 

「やっはろー」

 

頭の悪い挨拶とともに引き戸を引いたのは由比ヶ浜だった。

その姿を見て雪ノ下が盛大なため息をつく。

 

「…何か?」

 

「え、なに。あんまり歓迎されてない?ひょっとして雪ノ下さんってあたしのこと……嫌い?」

 

「別に嫌いじゃないわ。……ちょっと苦手、かしら」

 

「それ女子言葉で嫌いと同義語だからねっ⁉︎」

 

「で、何か用かしら」

 

「や、あたし最近料理にはまってるじゃない?」

 

「初耳よ」

 

「で、この間のお礼ってーの?クッキー作ってきたからどうかなーって」

 

さぁーっと俺たちの血の気が引いた。思い出しただけで喉と心が乾いてくる。

 

「お気持ちだけ頂いておくわ」

 

固辞する雪ノ下を、よそに由比ヶ浜はカバンから包みを取り出す。

それはやはり黒々としていた。

 

「今度はお弁当とか作っちゃおっかなーとか。あ、でさ、ゆきのんお昼一緒に食べようよ」

 

「いえ、私一人で食べるの好きだから。あと、ゆきのんて気持ち悪いからやめて」

 

「うっそ、寂しくない?ゆきのん、どこで食べてるの?」

 

「部室だけど……、ねぇ、私の話、聞いてたかしら?」

 

「あ、それでさ、あたしも放課後とか暇だし、部活手伝うね。いやーもーなに?お礼?これもお礼だから、全然気にしなくていいから」

 

「……話、聞いてる?」

 

雪ノ下が由比ヶ浜からの怒涛の一斉攻撃に戸惑いながらこちらを見る。真面目な話、雪ノ下が由比ヶ浜の悩みに真剣に取り組んだからこそお礼に来ているのだと思う。なら、それは彼女が受け取るべき権利であり、義務だ。邪魔しちゃ悪い。

俺は挨拶を残して部室を出ようとした。

 

「あ、ヒッキー」

 

声を掛けられて振り向くと、顔の前に黒い物体が飛んできた。反射的にそれを掴む。

 

「いちおーお礼の気持ち?ヒッキーも手伝ってくれたし」

 

見れば黒々としたハートの形の何か。そこはかとなく不吉だが、お礼と言うならありがたくもらっておこう。

あとヒッキーって言うな。

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡が部室を出て行ったあと、由比ヶ浜から俺にも黒々した物体が渡された。

 

「たっくんもありがとねー、手伝ってくれて」

 

「いや、今回俺は何にもしてないぞ……、それより渡したい奴に手作りクッキーは渡せたのか?」

 

「うん!」

 

少し照れくさそうに、それでいて元気な返事だった。物体の中身を確認すると、少し歪な形をした丸型の物体だった。

 

それを確認した俺は、絡まれてる雪ノ下を置いて教室を出る。あいつの助けを求める目はしばらく忘れそうにない。

あと、たっくんはやめろ。

 

 

 

 

 

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