もしも、比企谷八幡に友人がいたら   作:一日一善

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第6話

妹の小町がジャムを塗りたくったトースト片手に熱心にファッション雑誌を読んでいる。それを横から覗きながら俺は朝のブラックコーヒーを飲んでいた。時刻は七時四十五分。

 

「おい、時間」

 

夢中になって雑誌を読んでいる妹の肩を肘で小突いてやり、そろそろ出かける時間だと教えてやる。小町ははっと時計を確認する。

 

「うっわやばぁ!」

 

そう言うと小町は慌ただしく制服に着替え始める。その横で俺は砂糖と牛乳を引き寄せる。MAXコーヒーで育ったとも言われている生粋の千葉っ子の俺はコーヒーは甘くなければいけないのだ。

 

「人生は苦いから、コーヒーくらいは甘くていい……」

 

独り言を呟いた後、甘々としたそいつを飲み干す。うまいな……。

 

「お兄ちゃん!準備できた!」

 

「兄がまだコーヒーを飲んでるでしょうが……」

 

かれこれ数ヶ月前のことになるが、一度このアホな妹を自転車の後ろに乗っけて中学校まで送ってやったことがある。それ以来、なし崩し的に俺が送っていく回数が増えた。

女の涙ほど信用ならないものはない。おかげで俺の中での女性=妹の小町のように男を利用するもの、と刷り込まれている。

 

「俺が女性不信になったらお前のせいだぞ。結婚できなかったら老後とかどうすんだよ」

 

「そのときは小町がどうにかしてあげるよ?」

 

ニッコリと微笑む小町。その表情はどこか大人びていた。

 

「頑張ってお金溜めて介護施設とか入れてあげる」

 

大人びているというか、ただの大人の意見だった。

 

「……やっぱりお前、俺の妹だよなぁ」

 

そうため息をつきながら、玄関を出て自転車にまたがる。間髪入れずに小町が乗り、俺の腰に腕を回す。

 

「レッツゴー!」

 

「お前、感謝とか全然してないだろ」

 

軽快に走り出すと、小町が話しかけてきた。

 

「今度は事故ったりしないでね。今日は小町乗ってるから」

 

「俺が一人のときなら事故ってもいいのかよ……」

 

「お兄ちゃんときどき腐った魚みたいな目して、ぼーっとしてるとこあるから心配なんだよ。これは妹の愛だよ?」

 

俺だって家族に無用の心配をかけるのは本意ではない。

 

「……ああ、気をつけるよ」

 

何はともあれ、安全運転である。

俺は高校入学初日、交通事故に遭っている。高校付近で犬の散歩をしていた女の子の手からリードが離れ、そこへ運悪く金持ちそうなリムジンが来た。気がついたときには全力で走り出していた。

 

「でもさ、早く治って良かったよね」

 

「骨折したわりにはな」

 

「そういえばさ、あの事故の後、あのワンちゃんの飼い主さん。うちにお礼に来たよ」

 

「……らしいな」

 

「あれ?お兄ちゃん寝てたよね?」

 

「拓也から聞いたんだよ」

「あー、確かに拓也さんに写メ送ったなぁー」

 

「なんで被害者の俺があずかり知らぬところで勝手にやりとりやってんだよ……」

 

「でもさ、同じ学校だから会ったんじゃないの?学校でお礼言うって言ってたよ?」

 

「お礼ね……」

 

拓也から聞いた通りなら、女の子というのは由比ヶ浜のことだろう。

あいつの言うお礼というのは俺への同情という意味で話しかけることなのだろうか。そんな考えが頭に日に日にに浮かんできている。

 

「ーーあ、もう学校じゃん。小町、行くね」

 

長い間考え込んでしまっていたようで、気がつくと小町は自転車から飛び降りて、校門めがけて駆け出していく。

 

「行ってくるであります!お兄ちゃん、ありがとー!」

 

そう言って手を振られてしまうと、あんな妹でも可愛げを感じる。そんな小町を見ると悩んでることも小さいことに思えてくる。

また、あいつに世間話ついでに聞いてみるか。

相談できる相手がいるというのは心に余裕ができるもんだな、自然と体が軽くなった気がした。

 

「……あのアホ」

 

意気揚々と自転車をこぎだそうとした俺の目にうつったのは俺のじゃない黒い通学カバンだった。向こうから涙目に走ってくる小町に出鼻をくじかれてしまった。

 

 

 

 

月が変わると、体育の種目も変わる。

今月からはテニスとサッカーだ。今年はテニス希望者が多かったらしく壮絶なじゃんけんの末、俺と拓也はテニス側に生き残り、材木座は敗北の末サッカー側へと振り分けられてしまった。

最初こそは気丈に振る舞っていた材木座だが、最後の方は完全に涙目でこちらを見ていたのが印象深い。

 

「うし、じゃあお前ら打ってみろや。二人一組で端と端に散れ」

 

そう体育教師の厚着が言うと、皆ペアを組んでコートの端と端へと移動する。例にもれず俺たちもペアを組み端へと向かう。あいつはやる気がないのか、あくびをしながら打球を打ち返してくる。互いに打球が正確にとぶせいでまるで作業のような時間が続く。

周囲では派手な打ち合いできゃっきゃっと騒ぐ男子が実に楽しそうにラリー練習をしていた。

うっせーなー死ねよと思いながら見ると、葉山を中心とした四人組カルテットを形成していた。

 

「やっベー葉山くん今の球、マジやべーって。曲がった?曲がったくね?今の」

 

「いや打球が偶然スライスしただけだよ。悪いミスった」

 

その葉山の声を金髪はオーバーリアクションで返す。

 

「マッジかよ!スライスとか『魔球』じゃん。マジぱないわ。葉山くん超ぱないわ」

 

「やっぱそうか!」

 

調子を合わせるようにして楽しげに笑う葉山。よく見ると、葉山自身が積極的に声を出しているんではなく周りの連中がうるさい。特に大臣役を買って出ているあの金髪が。

その金髪の放った打球が俺のいる場所に飛んできた。

 

「あ、ごっめーんマジ勘弁。えっと、えー……ひ? ヒキタニくん?ヒキタニくん、ボールとってくんない?」

 

誰だよヒキタニくん。

訂正する気も起きず、ボールを拾い上げて投げ返してやった。

 

「ありがとねー」

 

葉山が朗らかに笑いながら俺に手を振ってきた。それに会釈を返す。

……なんで俺会釈とかしてるん?我ながら卑屈である。拓也の方を見るとやれやれと言わんばかりに肩をすくめていた。

 

 

 

 

昼休み。

今日は俺の昼食スポットで二人で飯を食う。特別棟の一階。保健室の横、購買の斜め後ろだ。位置でいえばちょうどテニスコートを眺める形になる。

 

「お前よくこんな場所みつけるな」

 

「いいだろここ」

 

臨海部に位置しているこの学校に吹き付ける海の潮風にふかれ、拓也は眠気を誘われているようだ。

 

「あれー?ヒッキーにたっくんじゃん」

 

見ればスカートを押さえた由比ヶ浜が立っていた。

 

「なんでこんなとこいんの?」

 

「たまに来るんだよここ、この時期は潮風が気持ちいいからな」

 

「へー、そうなん」

 

大した興味もなさそうな返事が返ってくる。話題を変えよう。

 

「それよかなんでお前ここいんの?」

 

「じつはね、ゆきのんとゲームでジャン負けしてー、罰ゲームってやつ?」

 

「俺と話すことがですか……」

 

「ち、違う違う!負けた人がジュース買ってくるってだけだよ!」

 

由比ヶ浜は慌てて手を振り否定して、俺の横にちょこんと座る。

 

「ゆきのん、最初は『自分の糧くらい自分で手に入れるわ。そんな行為でささやかな征服欲を満たして何が嬉しいの?』とか言って渋ってたんだけどね」

 

「まぁ、あいつらしいな」

 

「うん、けど『自信ないんだ?』って言ったら乗ってきた」

 

「はは、あいつらしいな」

 

眠たいのか気だるげに始めて拓也が会話には混じる。

 

「でさ、ゆきのん勝った瞬間、無言で小さくガッツポーズしてて……もうなんかすっごい可愛かった……。それになんか、この罰ゲーム初めて楽しいって思った」

 

「前にもやったのか?」

 

俺が問うと、由比ヶ浜はこくっと頷く。

 

「前に、ちょっと、ね」

 

俯く由比ヶ浜に拓也が声をかける。

 

「あいつらの内輪ノリ、何が楽しいのか理解できんしなー」

 

「意外、たっくん、そういうの好きそうなのに」

 

「お前、楽しいとは感じなかったんだろ?当事者がそう感じているんだ。周りから見たらただただ不快なんだよなぁ」

 

「俺も、内輪ノリとか内輪ウケとか嫌いだ。あ、内輪もめは好きだ。なぜなら俺はもめるほど内輪にひとがいないかならなっ!」

 

「ヒッキーの理由悲しい上に性格が下衆だ⁉︎」

 

ほっとけ。

由比ヶ浜は吹き抜ける風に髪を押さえながら笑う。その表情は教室で三浦たちといたときとはまた違っていた。

ああ、そうか。たぶん、だが、メイクが前ほどきつくない。女子の顔をじろじろ眺めることなんてないからわかんねーけど。

けれど、これも彼女が変わったことの証なのだろう。より素顔に近くなった由比ヶ浜は笑うと目が垂れて童顔がさらに幼気なものになる。

 

「でも、ヒッキーだって内輪ノリ多いじゃん。部活で喋ってるときとか、教室でたっくんと話してるときとか楽しそうだし。あたしは入れないなーとか思うときあるし」

 

言いながら膝を抱えこむように顔をうずめ、上目遣いでこちらを見る。

 

「別に遠慮することないだろ。話したいなら話せばいいんだよ。それにこいつ、話しかけてもらえると喜ぶからな」

 

「ふーん、そうなの?ヒッキー」

 

「ばっ!お前、べ、別にそんなこと思ってねーよ!」

 

「わかりやすすぎ、ヒッキー」

 

「由比ヶ浜に言われるようになったらいよいよお前も終わりだ八幡」

 

「それどういう意味⁉︎てか最近あたしのことみんなバカにし過ぎだからっ!あたしだってちゃんと入試受けて総武高に入ったんだからねっ⁉︎」

 

ビシッと由比ヶ浜のチョップがなぜか俺の喉に突き刺さった。理不尽すぎじゃないですかねぇ……。俺が噎せ込んでいると、由比ヶ浜は遠い目をしながら質問してきた。

 

「……ねぇ、入試っていえばさ、入学式のこと覚えてる?」

 

俺の中ではタイムリーな質問で動揺してしまう。拓也も先ほどとは打って変わり、真面目にこちらの話を聞いていた。

 

「……あー。いや、俺当日に交通事故に遭ってるからなー」

 

「事故……」

 

「ああ。入学初日、ワンちゃんが車にはねられそうになってるところに出てって車に轢かれたんだよ」

 

由比ヶ浜はおそらく、俺が知っていることには気づいていないはずだ。だが、それでいい。知ってることを知れば、知らなくていいことも知ることになるかもしれない。なら、わざわざ自分からそんなことを言う必要は

 

 

 

 

「そのワンちゃんの飼い主お前なんだってな、由比ヶ浜」

 

 

 

 

瞬間、時間が止まった。

 

「な、なんで……、たっくんが知ってるの?」

 

「八幡の妹に写メもらった。あと、同じ学校にいること、外見の特徴も聞いたからな、それに俺八幡にも教えたし」

 

「え……」

 

追い討ちのごとく告げられた事実に由比ヶ浜はぼうぜんとしている。強く吹き付けた潮風に意識を戻された俺は拓也を睨む。そんな俺を気にも留めず話を続ける。

 

「……由比ヶ浜、なんでこいつがそれを言わないのかわかるか?」

 

「……わかんない」

 

「同情されたくなかったんだよ、こいつは、お前が話しかけてくることですら同情からだと思ってる節がある」

 

「……本当なの?ヒッキー……」

 

「…………」

 

そうだ。否定できない俺は、ただただ黙るしかない。

 

「……なんでそんな風に思うの?……そんなふうに思ったこと一度もないよ。あたしは、ただ……」

 

小さくささやくような声は震えていた。

 

 

「まてまて、俺の話はまだ終わってないぞ。話は最後まで聞け、そんなんだからバカ扱いされるんだよお前は」

 

 

「なっ!い、今それは関係ないでしょ!」

 

あんなに重たかった空気は何処へやら、先ほどの空気へと逆戻りだ。途端に俺の無意識に込めていた力も抜けていた。

 

「いいか、俺が話したいのは、お前らが今それぞれどう思ってるのかってこと。まず、八幡。お前からだ」

 

「……俺?」

 

「そうだ、お前は本当に由比ヶ浜がただの同情で今もお前に話しかけていると思っているのか?」

 

「…………」

 

俺なりに由比ヶ浜結衣との関係について改めて考えてみる。俺と由比ヶ浜はそこまで長い関係でもない。知っていることなんて高が知れている。寧ろ知らないことがほとんどだろう。

 

……でも、それでも、こいつといるときは、居心地が良かった。一人の女の子として俺に話しかけてくれた。遠慮しないありのままの俺でいられた。

 

……俺も人間強度が下がったのか。一度拓也を信じてからはもう一度誰かを、由比ヶ浜を信じてもいいと思ってしまう。

 

「……最初はな」

 

ビクッと由比ヶ浜の肩が揺れた。

 

「でも、どっかの誰かさんと出会って、もう一度、誰かを信じてみようって思えた、だから俺は、……俺は同情からだなんてもう思ってねぇよ」

 

言い切ってしまった。我ながらなんともくさいセリフだとは思う。

 

「だとさ、次はお前だ、由比ヶ浜」

 

「……うん、そうだね」

 

俺の話を聞いた由比ヶ浜は、躊躇いながらも、それでいてはっきりとした言葉を発した。

 

「……ヒッキーが同情からだとか、気を遣ってるからだとか、思ってたなんて全然知らなかった。そんな難しいことよくわかんないしさ、あたし」

 

「だから、この際はっきり言うね」

 

真っ直ぐとこちらを見つめる。

 

 

 

「あたし、友達になりたかったの。ヒッキーのこと好きだから」

 

 

 

「……え?」

「……お?」

 

由比ヶ浜の爆弾発言に俺たち二人は別の意味でそれぞれ固まる。

 

「……え、あっ、ち、違う違う‼︎友達として、友達としてだから‼︎」

 

首がとれるのではないかと思うくらい頭を横に振る。

 

「お、おう、そうか」

 

面と向かって友達になりたいと言われたことはなにより嬉しかった。人を信じて良かったと、また思わされた。問題はそのあとだ。わかっている、もちろん由比ヶ浜が否定する通り友達としてなのだろう。わかってはいる。それでも、素早く動く俺の心臓はしばらくの間落ち着きを取り戻すことはなかった。

 

「……なんでそこで誤魔化しちゃうかなぁ」

 

今の関係が終わり、新しいく友達になった二人を見つめながら、一人呟く俺の声はあいつらに聞こえることなく潮風に攫われていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書きたいことは頭にあるのに、なかなか文章に起こせない……、改めて物書きをする人の凄さを実感しました。
小説に色が付いてました。ありがとございます。励みになります。
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