もしも、比企谷八幡に友人がいたら   作:一日一善

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1万字オーバーです。読みにくくて申し訳ないです。


第7話

とても長く感じられた昼休みだったが、時計を見ると、まだ時間が余っている。まだ少しぎこちない俺と由比ヶ浜だったが、拓也が話をつなげてくれるお陰でなんとか場が持っていた。

そんな俺たちの前を自主練を終えたらしい女テニの子が汗をぬぐいながら戻ってくる。

 

「おーい!さいちゃーん!」

 

由比ヶ浜が手を振って声をかける。知り合いがいたようだ。その子は由比ヶ浜に気づくと、とててっとこちらに向かって走り寄ってくる。

 

「ん?戸塚か?」

 

どうやら拓也も知っているようだ。

 

「練習か?」

 

「うん。うちの部、すっごい弱いからお昼も練習しないと……。お昼も使わせてくださいってずっとお願いしてたらやっと最近OKでたんだ。3人はここで何してるの?」

 

「やー、ちょと色々ねー」

 

たははと苦笑いを浮かべながら由比ヶ浜はこちらを見る。正直、気持ちの整理がまだついていない俺に振られても困る。そもそもお前は罰ゲームの途中じゃなかったけ?雪ノ下今頃激おこだよ。

 

そうなんだ、とさいちゃんもとい戸塚さんたら言う女の子はくすくす笑った。

 

「さいちゃん、授業でもテニスやってるのに昼練もしてるんだ。大変だねー」

 

「ううん。好きでやってることだし。あ、そういえば比企谷くん、テニスうまいよね」

 

予想外に俺に振られて当然の如く黙り込んでしまう。何その初耳情報。っていうかお前、誰。なんで名前知ってんの。

聞こうと思ったことは色々あるのだが、それより先に由比ヶ浜がへーっと感心するような吐息を漏らした。

 

「そーなん?」

 

「うん、フォームがとっても綺麗なんだよ」

 

「いやー照れるなーはっはっはっ。……で、誰?」

 

最後の方は小声で、拓也にだけ聞こえるように配慮した。呆れて物も言えないとでも言いたげな表情をされる。そんな顔されたって知らないんだよ、しょうがないじゃないか。

 

「同じクラスの戸塚だよ、いい加減クラスメイトの名前くらいは覚えろ」

 

頭を叩かれゴッと鈍い音が響く。運悪く由比ヶ浜にも聞こえてしまったらしく、隣からいきなり大声が響きわたる。

 

「っはあぁっ⁉︎ 同じクラスじゃん!っていうか、体育一緒でしょ⁉︎なんで名前覚えてないの⁉︎信じらんない!」

 

「ばっかお前、超覚えてるよ!うっかり忘れちゃっただけだよ!っつーか、女子とは体育違うだろ!」

 

こいつ、せっかくの俺の気遣いを無駄にしやがって…。この子の名前知らないのが丸わかりじゃねぇか。

 

「あ、あはは。やっぱりぼくの名前覚えてないよね……。同じクラスの戸塚彩加です」

 

「い、いや悪い。クラス替えからあんま時間たってないから、つい、こうね、ね」

 

「一年の時も同じクラスだよ八幡」

 

「え」

 

「えへへ、ぼく影薄いから……」

 

「そんなことない、知らないのは全面的にこいつが悪いんだ。だからそんなこと言わないで自分に自信を持てよ戸塚」

 

「拓也……」

 

そう言うと拓也は戸塚の頭に手を置く。え?何?こいつらできてんの?あんな笑顔の拓也なんか見たことないよ俺。

 

「いい加減覚えろっ!」

 

一人会話に取り残された俺は、べしっと由比ヶ浜に頭を叩かれる。二度も頭をぶたれた。親父にもぶたれたことないのに。

 

「拓也と仲いいのは一年の時から知ってたけど、由比ヶ浜さんとも仲がいいんだね……」

 

俺たちの様子を見ていた戸塚がぽつりと呟いた。

 

「え、ええっ‼︎……うん、友達だからね‼︎」

 

最初は驚いた由比ヶ浜だったが、ためらいながらもこちらを見て笑う由比ヶ浜は俺が見てきた中で一番なものだった。

 

「お、おう」

 

だから、そう言い淀んでしまう俺は悪くないはずだ。

 

「ほんと仲良いね……」

 

「なにしょげた顔してんだよ戸塚、俺らも友達だろ」

 

「拓也……!ありがとう!」

 

先程の表情が嘘のように花のような笑顔へと変わる。やっぱりできてんじゃないのこいつら。

 

「男同士の友情はそう簡単に終わらねぇよ」

 

「うん!」

 

え。まて、こいつ今なんて言った?男?嘘だー。ご冗談でしょ?

由比ヶ浜に視線で、男なの?嘘でしょ?と問うとうんうんと頷く。

 

「とにかく、だ。悪かったな、やな思いさせて」

 

俺がそう言うと戸塚はこちらに向き直りにっこりと笑う。

 

「ううん、別にいいよ」

 

「それにしても戸塚。よくこいつの名前知ってたな」

 

「え、あ、うん。だって比企谷くん、目立つもん」

 

戸塚の言葉を聞いて由比ヶ浜が俺をじろじろと見る。

 

「ええ〜っ?かなり地味じゃん。よっぽどのことがないと知らないと思うけど」

 

「由比ヶ浜は知らないと思うけど、一年の時、俺とは流暢に話せるくせに、それ以外、特に女子とは全くと言っていいほど会話できなくてな。それがかなり目立ってたんだよ」

 

「あーそれは目立……あ、や、なんかごめん」

 

それきり俺から目を逸らす由比ヶ浜。そういう態度のほうが傷つくんだけど。あと、お前、何ちゃっかり喋ってんの。重々しい雰囲気になりかけたところに戸塚がフォローを入れる。

 

「それよりさ、比企谷くんテニスうまいよね。もしかして経験者?」

 

「いや小学生のころ、マリオテニスやって以来だ。リアルではやったことない」

 

「あ、あれねみんなでやるやつ。あたしもやったことある。ダブルスとか超楽しいよねー」

 

「……俺は一人でしかやったことないけどな」

 

「え?……あー。や、ごめん」

 

「何、お前は友達のふりして俺の心の地雷処理班なの?いちいちトラウマ掘り出すお仕事なの?」

 

「ヒッキーが爆弾抱えすぎなんだよ!」

 

俺と由比ヶ浜のやり取りを戸塚は楽しげに笑ってみている。

すると、ようやく昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。

 

「戻るか」

 

拓也が言って、戸塚と由比ヶ浜も後に続く。

俺はそれを見て少し不思議な気持ちになった。

そうか。教室が同じなんだから一緒に行くのが当然なんだよな。

 

「ヒッキー?なにしてんのー?」

 

振り返った由比ヶ浜が怪訝な顔をしている。戸塚も、拓也も立ち止まってこちらを向いた。

俺も一緒に行っていいのか?そう言おうとしてやめた。

だから、代わりにこう言おう。

 

「お前、ジュースのパシリはいいの」

 

「はぁ?ーーあっ!」

 

廊下で拓也の笑い声が響く。長いようで短かったそんな昼休みはなんとも締まらないまま終わった。

 

 

 

 

 

数日の時を置いて、今再び体育である。

俺と同じく器用貧乏だが、まともにスポーツをやっていた分、それなりに上手い拓也は人望もあいまって先約がいるときがある。そうなると必然的に俺は一人になるのだ。

明日からしばらく試合に入るため、ラリー練習は今日が最後だ。

なので目一杯打ち込んでやろうかと思ったところでちょんちょんと右肩をつつかれた。

誰だよ、背後霊?俺に話しかける奴とか皆無だし怪奇現象か?

と思って振り向くと右ほほにぷすっと指が刺さった。

 

「あはっ、ひっかかった」

 

そう可愛く笑うのは数日前に知った戸塚彩加である。

えー嘘、何この気持ち。すっごい心臓ばくばく言ってる。今になって思えばあいつのあの笑顔もわかる気がする。

 

「どした?」

 

「うん。今日さ、いつもペア組んでる子がお休みなんだ。だから……よかったらぼくと、やらない?」

 

その上目遣いやめろって。超可愛いから。惚れちゃうから。

 

「ああ、いいよ。俺も一人だしな」

 

すまない壁、最後に打ってやれなくて……。

戸塚は安心したように息を吐き、「緊張したー」と小声で呟いた。

そんなん聞いたら俺の方が緊張するわ。マジで可愛いすぎる。

そして、俺と戸塚のラリー練習が始まった。

他の連中が打ちミス受けミスを出す中、俺たちだけが長いこと続けていた。

 

「少し、休憩しよっか」

 

「おう」

 

ラリーが止まったタイミングで休憩することにした俺たちは二人して座る。

 

「あのね、ちょっと比企谷くんに相談があるんだけど……」

 

戸塚が真剣な様子で口を開いた。

 

「相談、ねぇ」

 

「うん。うちのテニス部のことなんだけど、すっごい弱いでしょ?それに人数も少ないんだ。今度の大会で三年生が抜けたら、もっと弱くなると思う。一年生は高校から始めた人が多くてまだ慣れてないし……。それにぼくらが弱いせいでモチベーションがあがらないみたいなんだ。人が少ないと自然とレギュラーだし」

 

「なるほど」

 

もっともな話だ。弱小の部活にはよくありそうなことだと思う。

休もうがサボろうが大会には出られる。それで満足というやつはけっして少なくはないだろう。そんな連中が強くなれるわけもない。そして、強くないところには人は集まらない。そうやって負の循環が続くのだ。

 

「それで……比企谷くんさえよければテニス部に入ってくれないかな?」

 

「……は?」

 

なぜそうなる……。

視線で問うとすがるような目つきでこちらを見る。

 

「比企谷くん、テニス上手だし、もっともっと上手になると思う。それに、みんなの刺激にもなると思うんだ。ぼ、ぼくもテニス、強くなりたい、から」

 

お前は弱くてもいいよ。……俺が守るから。あまりのいじましさに思わずそう口走ってしまうところだった。危うく一も二もなく入部しちゃいそうになっちゃったぜ。

だが、どんなに戸塚が可愛くても聞けない願いと言うのはある。

 

「……悪い。それはちょっと無理だ」

 

俺は自分の性格をよく知ってる。初めてやったバイトすら三日でばっくれたくらいだ。そんな俺がテニス部に入ろうものなら戸塚をがっかりさせてしまうに違いない。

 

「……そっかぁ」

 

戸塚は本当に残念そうな声で言った。俺はかけてやれる言葉を探す。

 

「……拓也はどうなんだ?」

 

俺に話しかけてくるってことは、もうすでに拓也には断られたってことだとわかっていたが、あいにく出てきたのはこの言葉だった。

 

「もちろん聞いたよ。そしたら『俺はテニスに興味がない、だからこそ真面目にテニスに取り組むお前と部活はできないよ。上手い下手とか関係なくな』って言われたんだ。断られたけど、僕のこと考えてくれてたのがすごく伝わったんだ」

 

戸塚は笑いながらそう答えた。なんともらしい答えだと思う。

 

「まぁなんだ。何か方法を考えてみるよ」

 

気休めなのはわかってる。実際俺は何もできやしないのだから。

 

「ありがと。比企谷くんに相談して少し気が楽になったよ」

 

戸塚の気が少しでも休まるなら、俺の言葉も意味はあったのだろう。

 

 

 

 

「無理ね」

 

「いや無理ってお前さー」

 

「無理なものは無理や」

 

事の端緒は俺が戸塚に相談されたことを、さらに雪ノ下に相談したことから始まる。

 

「いや、でもさ、俺を入部させようって言う戸塚の考えも間違っちゃいないとは思うんだよな。要はテニス部の連中を脅かせばいいんだ。一種のカンフル剤として新しい部員が入れば変わるんじゃないか」

 

「確かに間違ってはないが、お前が言うのはお門違いだろ」

 

「そうね、あなたに集団行動ができると思っているの?あなたみたいな生き物、受け入れてもらえるはずがないでしょう?」

 

「うぐっ……」

 

確かに絶対無理だ。辞めちまうのもそうだが、楽しそうに部活やってる奴なんて見たらラケットで殴打してしまうかもしれない。

 

「つくづく集団心理が理解できてない人ね」

 

「お前が言うな」

 

俺の言葉をまったくの無視で雪ノ下は話を続ける。

 

「もっとも、あなたという共通の敵を得て一致団結することはあるかもしれないわね。けれども、それが自身の向上に向けられることはないの。だから、解決にはならないわ。ソースは私」

 

「なるほどな……え、ソース?」

 

「ええ。私、中学のとき海外からこっちへ戻ってきたの。当然転入という形になるのだけど、そのクラスの女子、いえ学校の女子は私を排除しようと躍起になったわ。誰一人として私に負けないように自分を高める努力をした人間はいなかった……あの低脳ども……」

 

そう語る雪ノ下の後背に何か黒い炎めいたものが立ち上がっている。

やっべーなんか地雷踏んだかもしれない。そう思い拓也の方に目をやる。

 

「ま、なんだ。お前みたいな可愛い子が来たらそうなるのはしょうがないんじゃないの」

 

「……っ。え、ええ、まぁそうでしょうね。彼女たちと比較して私の顔立ちはやはらずば抜けていたといっていいし、そこでへりくだって卑屈になるほどこの精神はやわではないから、ある意味当然の帰結といっていいでしょう。とはいえ……」

 

雪ノ下は拓也の言葉に一瞬言葉に詰まったようだが、すぐにいつもの調子でやたらめったら自分を賛辞する美辞麗句を今も並べている。ひょっとしてこれがこいつなりの照れ隠しか?ちょっとは可愛いところもあるもんだな。聞かされている拓也も、どことなくそう理解しているようだった。

長々と喋ったせいか、雪ノ下ははぁはぁと息継ぎをしている。心なしか顔も赤い。

 

「……あまり変なこと言わないでもらえるかしら?」

 

「悪い悪い」

 

大して悪びれる様子もなく拓也は言う。よくもまぁ、あの雪ノ下にそんな態度をとれるものだ。

まぁいい、今はそんなことより戸塚の話だ。

 

「戸塚のためにもなんとかテニス部強くならんもんかね」

 

俺がそう言うと雪ノ下は目を丸くして俺をじっと見つめる。

 

「珍しい……。誰かの心配をするような人だったかしら?」

 

「やーほら。誰かに相談されたなって初めてだったんでついなー」

 

やっぱり頼りにされるとそれなりに嬉しいもんである。知らず知らずのうちに緩んだ俺の口元を見て、雪ノ下は対抗するように言う。

 

「私はよく恋愛相談とかされたけどね」

 

自慢気にそう言ったものの、その表情は次第に暗くなる。

 

「……っといっても、女子の恋愛相談って基本的には牽制のために行われるのよね」

 

「は?とういうこと?」

 

「自分で好きな人を言えば、周囲は気を使うでしょ?聞いた上で手を出せば泥棒猫扱い、なんなら向こうから告白してきても輪から外されるのよ?なんであそこまで言われなきゃいけないのかしら……」

 

女子の恋愛相談とか甘酸っぱいもの期待したのに、苦々しいものしかかんじねぇよ。なんで純真な少年の夢を壊すの?趣味なの?

 

「要するに、何でもかんでも聞いて力を貸すばかりがいいとは限らないということね」

 

「お前ならどうする?」

 

「私?」

 

雪ノ下はそうね、と思案顔になる。

 

「全員死ぬまで走らせてから死ぬまで素振り、死ぬまで練習、かしら」

 

ちょっと微笑み混じりなのがマジで怖いです。

 

「いや、こえーよ」

 

同じことを思ったのか拓也も引き気味につぶやいていた。

 

「やっはろー」

 

この空気とは対照的なお気楽そうな、頭の悪い挨拶が聞こえる。

由比ヶ浜は相変わらずアホっぽい抜けた微笑みを浮かべている。

だが、その背後に、力なく深刻そうな顔をした人がいる。

 

「あ……拓也に比企谷くんっ!」

 

その瞬間ぱぁっと咲くような笑顔を見せる。

 

「戸塚か」

 

とててと拓也の方に歩み寄って、袖口をぎゅっと握る。ずるいなおい

……でも、男なんだよな。

 

「拓也はここで何してるの?」

 

「俺か?……よく考えると俺の立ち位置ってなんだ?」

 

「今日は依頼人を連れてきてあげたのよ、ふふん」

 

自問自答で悩んでいる拓也をよそに由比ヶ浜が無駄に大きい胸を反らせて自慢げに言う。

 

 

「やー、ほらなんてーの?あたしも奉仕部の一員じゃん?だから、ちょっとは働こうと思ってたのよ。そしたらさいちゃんが悩んでる風だったから連れてきたの」

 

「由比ヶ浜さん」

 

「ゆきのん、お礼とかそういうの全然いいから。部員として当たり前のことしただけだから」

 

「由比ヶ浜さん、別にあなたは部員ではないのだけれど……」

 

「違うんだっ⁉︎」

 

てっきりなし崩し的に部員になってるパターンだと思ってた。

 

「ええ。入部届けをもらってないし、顧問の承認もないから部員ではないわね」

 

「……俺も書くかなー」

 

独りごちる拓也と、涙目になりながらルーズリーフに「にゅうぶとどけ」と書き始めた由比ヶ浜をよそに雪ノ下が戸塚に問う。

 

「で、戸塚彩加くん、だったかしら?何かご用かしら?」

 

冷たい視線に射抜かれて、戸塚がぴくっと一瞬体を震わせた。

 

「あ、あの……、テニスを強く、してくれる、んだよ、ね?」

 

最初こそ雪ノ下のほうを見ていたが、語尾に向かうにつれて戸塚の視線は俺たちのほうへと動いていた。

すると、戸塚を思ってから拓也が優しく答えた。

 

「由比ヶ浜がどんな説明をしたかしらねぇけど、俺たちに出来るのは戸塚の手伝いをして自立を促すことだけだ。そこから強くなれるかはお前次第なんだ」

 

「そう、なんだ……」

 

落胆したように、肩を下げる戸塚。その様子を見た拓也は由比ヶ浜のほうを睨む。その視線に気づいて顔を上げた。

 

「へ?何?」

 

「何、じゃねぇよ。お前の無責任な発言のせいで俺の友達が傷ついてんだよ」

 

拓也の容赦ない言葉が由比ヶ浜を襲う。だが、由比ヶ浜は小首を捻る。

 

「ん?んんっ?でもさー、ゆきのんとヒッキー、それにたっくんもいればなんとかできるでしょ?」

 

あっけらかんと。由比ヶ浜はそう言い放った。捉え方によっては「できないの?」と小馬鹿にするようにも聞こえた。

運が悪いことに、そういう風に捉えた奴とそうでない奴がいたのだ、ここには。

 

「そういうことじゃねぇんだよ、お前のそれは詐欺師と同じだ。強くなれると言っておきながら、実際は本人次第。その上、お前自身は言うだけ言って他人任せ。役割分担でもないただの押し付けだ」

 

「いや、あたし、そんなつもりじゃ……」

 

「お前がそのつもりじゃなくても、迷惑かかってんのは周りなんだよ、淡い期待を持たされ打ち砕かれた戸塚、依頼を受けるにしても、俺たち頼り、お前に残るのは依頼人を紹介した事実だけだ。な?都合の悪いことは全部周りにいってんだよ。なにより、俺は友達が傷つけられるのが一番いやなんだよ」

 

「……ごめん」

 

「謝る相手が違うだろ」

 

「さいちゃん、デタラメ言ってごめん。ゆきのんにヒッキーも無責任に押し付けようとしちゃってごめん」

 

由比ヶ浜の表情は先ほどとは打って変わりしゅんとしていた。

 

「ううん。ぼくは大丈夫だよ」

 

「そうね、これを機にあなたはもう少し考えて行動することね」

 

「おう」

 

言うことは言う、最近はよくこいつのその性格を目にしている気がする。こいつは興味がない人間には関心がない。由比ヶ浜を友達だと思っているからこその言葉だろう。

 

「いいか、お前がバカなのは周知の事実だ。でもな、人を傷つける愚か者にはなるなよ」

 

「……うん、って周知の事実なの⁉︎」

 

「今更ね」

 

「そうだな」

 

「あはは……」

 

何だかんだ、穏やかな雰囲気に戻る、俺にはできない芸当だ。

 

「それはそうと、戸塚くん、あなたの依頼受けるわ。あなたのテニスの技術向上を助ければいいのよね?」

 

もう片方、小馬鹿にされたと捉えた雪ノ下は戸塚に改めて問う。

 

「は、はい、そうです。ぼ、ぼくがうまくなれば、みんな一緒に頑張ってくれる、と思う」

 

やる気に満ち溢れた雪ノ下に威圧されたのか、拓也の背中に隠れながら答えた。そこ、変わってくんねーかなー。

 

「まぁ、手伝うのはいいんだけどよ、どうやんだよ?」

 

「さっき言ったじゃない。覚えてないの?記憶力に自信がないならメモを取ることをお勧めするわ」

 

「おい、まさかあれ本気で言ってたのかよ……」

 

「でも、割とそれが一番現実的なんだよなぁ」

 

にこっと微笑む雪ノ下を見て戸塚は白い肌を青白くして小刻みに震えていた。

 

「ぼく、死んじゃうのかな……」

 

「大丈夫。いざとなったら俺が止めてやるから」

 

そう言って頭に手を置く拓也。すると、戸塚は頬を赤らめて熱っぽい視線で見つめる。

 

「拓也……。本気で言ってくれてるの、かな?」

 

「ったりめーだろ」

 

「うん……、ぼく、頑張るよ!」

 

俺はラブコメを見させられているのだろうか。……でも、男なんだよなぁ。

 

「戸塚くんは放課後はテニス部の練習があるのよね?では、昼休みに特訓をしましょう。コートに集合でいいかしら?」

 

雪ノ下は明日からの段取りをてきぱきと決めていく。

 

「由比ヶ浜、ちゃんとお前もちゃんと手伝えよ」

 

「りょーかい!」

 

由比ヶ浜へのアフターケアを先ほどの話題を冗談じみて言う。遺恨を残さないらしい言い回しだ。

 

「それって、……俺も?」

 

「当然。どうせお昼休みに予定なんてないのでしょう?」

 

……おっしゃるとおりです。

 

 

 

 

翌日の昼休みから地獄の特訓は始まる予定だ。

俺の学年のジャージは無駄に蛍光色の淡いブルーで非常に目立つ。その壮絶なまでにダサい色合いのおかげで、生徒には大不評で、体育や部活の時間以外にこれを好んで着る奴はいない。

みんながみんな制服の中、俺だけがやたら目立つジャージ姿だった。

そのせいで、面倒くさい相手に捕まってしまった。

 

「ハーッハッッハッハッ八幡」

 

「高笑いと俺の名前をつなげるな……」

 

こんな気持ち悪い笑い声をあげるのは総武高広といえど、材木座を置いて他にはいない。

 

「こんなところで会うとは奇遇だな。今ちょうど新作のプロットを渡しに行こうと思っていたところだ。さぁ、刮目して見よ!」

 

「あー、いや悪い。ちょっと今忙しいんだ」

 

俺は、差し出された紙束を軽やかにスルーした。だが、その肩を材木座が優しく掴んだ。

 

「……そんな悲しい嘘をつくな。お前に予定などあるわけがないだろう?」

 

「嘘じゃねぇよ。ていうか、お前に言われたくねぇんだよ」

 

なんでみんな同じこと言うんだよ。

 

「ふっ、わかるぞ、八幡。つい見栄を張りたくなってしまって小さな嘘をついてしまったんだよな。そして、その嘘がばれるのを防ぐためにさらなる嘘をつく。あとはひたすらその繰り返し。まだ今なら引き返せるぞ!……何、我もお前には助けられた。今度は我が助ける番だ!」

 

びしっとキメ顔なのが腹が立つ。

 

「だから、本当に予定が……」

 

怒りのあまり、ひくっと自分の顔の筋肉が引きつっているのを如実に感じながら材木座を説き伏せてやろたいとした。そのとき、

 

「おい、八幡」

 

いつもの聞き慣れた声と共に、戸塚が俺の腕に飛びついてくる。

 

「ちょうどいいや、一緒に行こうぜ」

 

「お、おう」

 

戸塚の肩にはラケットケースが、そして、右手はなぜか俺の左手を握っていた。なんでだよ。

 

「は、八眉……。そ、その御仁は……」

 

材木座は驚愕の表情で俺と戸塚を交互に見つめる。

 

「き、貴様っ!裏切っていたのかっ⁉︎」

 

「黙れっ!半端イケメン!失敗美少年!ぼっちだからと憐れんでやっていれば調子に乗りおって……」

 

「……おい、義輝」

 

「た、拓也、じ、冗談だよ、冗談」

 

あの一件以降、拓也には頭が上がらないらしい。

 

「そうか、俺も冗談だよ」

 

そのためこのように掌の上でころがされることもしばしばある。

 

「そんなことより、早く行こうぜお前ら、遅れると雪ノ下キレるぞ」

 

「む、それはいかんな。急ごうではないか。あの御仁、……ほんと怖いからなぁ」

 

言うや、材木座は俺たちの後をついてくる。どうやら材木座が仲間になったらしい。

まるで、桃鉄のキングボンビーって感じだ。道中、戸塚のことで追及を受けながらそう思った。

 

テニスコートにはすでに雪ノ下と由比ヶ浜がいた。

雪ノ下は制服のままで、由比ヶ浜だけジャージに着替えていた。

ここで昼食を取っていたんだろう。手元にあった小さい弁当箱を素早く片付ける。

 

「では、始めましょう」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

雪ノ下に向かって、戸塚が一礼する。

 

「まず、戸塚君に致命的に足りない筋力を上げていきましょう。とりあえず、総合的に鍛えるために腕立て伏せ……とりあえず、死ぬ一歩手前ぐらいまで頑張ってやってみて」

 

「うわぁ、ゆきのん頭良さげ……え、死ぬ一歩手前?」

 

「ええ。筋肉の修復の際に、以前より強く筋肉繊維が結びつく、これを超回復というの。つまり追い込めば追い込むだけパワーアップってわけよ」

 

「んな、サイヤ人じゃねぇんだからよ……」

 

「まぁ、筋肉はすぐにつくわけじゃねえ、だが、基礎代謝を上げるためにもこのトレーニングをしておく意味はある。追加で言うなら、戸塚の出来る範囲でいいからスクワットもやっておけ、太ももの筋肉は大きい分さらに代謝が上がるはずだ」

 

「基礎代謝?」

 

そんなんも知らんのかお前は。拓也もげんなりとしていたが、漫才のようなやり取りをやるよりも、説明したほうが早いと思ったのか手短かに付け足す。

 

「お前にもわかるように言うと、運動に適した身体にしていくってこと。基礎代謝が上がればカロリー消費をしやすくなる。端的に言えばエネルギー変換効率が上がるんだよ」

 

それを聞き、ふんふんと頷く由比ヶ浜。

 

「カロリーを消費しやすく……つまり、痩せる?」

 

「……まぁ、少なくとも太るなんてことにはならん」

 

その言葉に由比ヶ浜は戸塚以上のやる気を漲らせていた。

 

「と、とにかくやってみるね」

 

「あ、あたしも付き合ってあげる!」

 

戸塚と由比ヶ浜は腹ばいになりとゆっくり腕立て伏せを始めた。

 

「んっ……くっ、ふぅ、はぁ」

 

「うぅ、くっ……んあっ、はぁはぁ、んんっ!」

 

戸塚の押し殺した吐息。由比ヶ浜の襟元から見える肌色。先程から俺の心拍数がやたら上がっていっている。

 

「八幡……何故だろうな。我は今、とても穏やかな気分だ……」

 

「奇遇だな。俺も同じ気持ちだ」

 

「……お前らなぁ」

 

ときどきちら見しながらヘラっと笑う俺たちに呆れる拓也。その後ろから冷水を浴びせられたかのような声がした。

 

「……あなたたちも運動してその煩悩を振り払ったら?」

 

振り返ると、雪ノ下が心底蔑んだ瞳で俺を見ていた。

 

「ふ、ふむ。訓練を欠かさぬのは戦士の心得。どおれ、我もやるとするか!」

 

「だ、だな。運動不足は怖いもんな、糖尿とか痛風とか、あーあと肝硬変とかなっ!」

 

俺たちはものすっごい勢いで腕立て伏せを始めた。

 

「……あなたは、いやらしい目を向けないのね」

 

「ん?……ああ、筋トレを推奨したのは俺もだしな、それに、筋トレは鍛える箇所を間違えるとあまり効果がない。由比ヶ浜はともかく、まじめに取り組む戸塚に失礼だろそれは」

 

「……そう、やっぱり、あなたのそういうところ嫌いではないわ」

 

「さいですか」

 

ぐうの音も出ないほどの正論が聞こえてきた。あいつは男の皮を被った聖人かなにかではないかと思えてくる。

 

結局、昼休みまるまる腕立て伏せをさせられることになった。

 

下校中、あいつに今日の事を聞くと、「俺だって男だから、お前の感情も十二分にわかるが、時と場所くらい考えろよ、お前の顔緩み切ってたぞ…」引き気味にそう言われてしまった。

表情筋を鍛えてやろうと思った。しかし、深夜に筋肉痛はそんなことを忘れさせるくらい強烈な痛みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




準ヒロイン戸塚くん登場です。笑
オリ主も、比企谷もヒロインが決まんないんですよねぇ。
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