もしも、比企谷八幡に友人がいたら   作:一日一善

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過去一長いです。
第一巻分が終わりです。


第8話

そんなこんなで日々が過ぎ、俺たちのテニスは第二フェイズに突入していた。かっこよく言ったが、要するにようやくボールとラケットを使っての練習に入ったのだ。

とはいっても、練習をするのは戸塚だ。戸塚は雪ノ下の指導の下、ひたすら壁打ちをしている。

最初こそ俺たちは各々の好き勝手に時間を過ごしていた。雪ノ下ですら本を読みながらときどき思い出したかのように戸塚の様子を見ては檄を飛ばす程度だった。

しかし、戸塚のそばで真剣にアドバイスを送る拓也、そして、責任が芽生えたのか、こぼれたボールを拾う由比ヶ浜を見ていると、柄にもなくやる気が出てくる。そもそも、戸塚の話を最初にしたのは俺だしな。

 

「?どしたのヒッキー?」

 

立ち上がって近づく俺に疑問を持ったのか、由比ヶ浜がそう言う。

 

「いや、俺も拾うの手伝おうと思ってな」

 

「そっか、じゃあ、ヒッキーは右側お願い」

 

「おう」

 

俺のその姿を見ていたのか、今度は雪ノ下が不意に立ち上がった。

 

「由比ヶ浜さん、ボール持ってきてもらえるかしら」

 

雪ノ下の指示のもと、ボールカゴをえっちらほっちら運んでいる。

そのボールを厳しいコースに投げては戸塚が必死に食らいつく。

 

雪ノ下が放る球を捕らえようと戸塚は走るが、二十球目で、ずさーっと転んでしまう。

 

「うわ、さいちゃんだいじょうぶ⁉︎」

 

雪ノ下の手も止まり、由比ヶ浜がネット際に駆け寄る。

 

「大丈夫だから、続けて」

 

だが、それを聞いた雪ノ下は顔を顰めた。

 

「まだ、やるつもりなの?」

 

「うん……、みんな付き合ってくれるから、もう少し頑張りたい」

 

「……そう。じゃあ、由比ヶ浜さん。後は頼むわね」

 

そう言ったきり、雪ノ下は校舎のほうへと消えていってしまう。不安げな表情で戸塚がぽつりと漏らした。

 

「な、なんか怒らせるようなこと、言っちゃった、かな?」

 

「いや、あいつはあんなもんだ。むしろ、愚かだの言ってないぶん、機嫌がいい可能性すらある」

 

「それ、ヒッキーだけじゃない?」

 

いや、由比ヶ浜お前もなかなかだぞ、気づいてないだけで。

 

「もしかしたら、呆れられちゃったの、かな……。いつまでたってもうまくならないし、腕立て伏せ五回しかできないし……」

 

「いや、それは無い。あいつは頑張ってるお前を見捨てるなんて真似はしないはずだ」

 

「まぁ、そうだよな。由比ヶ浜の料理に付き合うくらいだ。だったら尚更戸塚のことを見捨てたりはしないだろうな」

 

「それどういう意味だっ⁉︎」

 

由比ヶ浜の手の中にあったテニスボールを俺の頭めがけて放り投げた。ぽこーんと間抜けな音を立ててクリーンヒットする。おい、まじかよお前めっちゃコントロールいいな、次のドラフト引っかかっちゃうぞ。

 

「そのうち戻ってくるだろうから、続けようぜ」

 

「……うんっ!」

 

元気よく答えた戸塚は再び練習に戻る。それからは弱音の一つも言わず、泣き言だって口にせず、頑張っていた。

 

「疲れた〜」

 

由比ヶ浜のほうが先に音を上げちゃったよ……。

まぁ、実際最初からよくやったほうだとは思う。雪ノ下がいなくなってからはボールを投げては拾いに行くのをやっていたのだ。その上、拓也までトイレに行ってしまったから尚更きついだろう。

 

「ヒッキー交代してよ」

 

俺も手伝ってはいたが由比ヶ浜ほどではなかった。

 

「わかった。代わる」

 

「やった。あ、これ結構大変だから気をつけてね」

 

俺が由比ヶ浜からボールを受け取ろうとしたとき、それまでにこにこ顔だった由比ヶ浜の表情が曖昧な、どこか暗い色の混ざったものになる。

 

「あ、テニスしてんじゃん、テニス!」

 

きゃぴきゃぴとはしゃぐような声がして、振り返ると葉山と三浦を中心にした一大勢力がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

どうやら向こうも俺たちの存在に気づいたらしい。

 

「あ……。ユイたちだったんだ……」

 

三浦の横にいた女子が小声でそう漏らす。

 

三浦は俺や由比ヶ浜をちらと見たきり、軽く無視して戸塚に話しかけた。どうやら材木座のことは端から見えてないらしい。

なんでこういうときにいないんだよあいつら。

 

「ね、戸塚ー。あーしらもここで遊んでいい?」

 

「三浦さん、ぼくは別に、遊んでるわけじゃ、なくて…練習を…」

 

「え?何?聞こえないんだけど」

 

三浦の言葉で戸塚は押し黙ってしまう。俺だってあんな風に聞き返されたら絶対黙るわ。ほんと怖い。

戸塚はなけなしの勇気を振り絞って再び口を開く。

 

「れ、練習だから……」

 

だが、女王はそれをものともしない。

 

「ふーん、でもさ、部外者混じってんじゃん。ってことは別に男テニだけでコート使ってるわけじゃないんでしょ?」

 

「そ、それは、そう、だけど……」

 

「じゃ、別にあたしら使っても良くない?ねぇ、どうなの?」

 

「……だけど」

 

そこまで言って戸塚が困ったようにこちらを見る。うん、まぁ俺しかいないか。頼りになる二人は今はいないし、由比ヶ浜は気まずそうだし、材木座はどうでもいいし。

 

「あー、悪いんだけど、このコートは戸塚がお願いして使わせてもらってるもんだから、他の人は無理なんだ」

 

「は?だから?あんた部外者なのに使ってんじゃん」

 

「いや、それは俺たちは練習に付き合ってるわけで、業務委託っつーかアウトソーシングなんだよ」

 

「はぁ?何意味のわかんないこと言ってんの?キモいんだけど」

 

 

 

「……優美子、ちょっといいすぎかも」

 

 

 

突然聞こえた声の方に皆眼を向ける。

 

「あ、いや、そんな強く言わなくてもいいかなー、なんて」

 

そこには、あはは、と苦笑いを浮かべる由比ヶ浜がいた。

 

「はぁ?あーしがこいつに何言ってもユイには関係なくない?」

 

「……関係あるよ、……友達だもん」

 

「……ふーん、そ」

 

俺から言わせれば、もう慣れた言葉だ、今更キモいだのなんだの言われようが崩れるメンタルなどしていない。そんな俺でも、いや、そんな俺だからこそ、勇気を振り絞って出した由比ヶ浜の声ははとてもむず痒かった。

 

 

 

 

「おい、どういう状況なのこれ?」

 

 

 

 

トイレから戻ってきた拓也がだだならぬ雰囲気を感じたのか、由比ヶ浜と三浦の間に入る。

 

「拓也!……あのね、実は……」

 

拓也を見た戸塚にも笑顔が戻り、今の状況を説明した。

 

「……まずお前らさ、許可とってんの?」

 

「ちょっと、説明聞いてないわけ?男テニでとってるわけじゃないって戸塚も言ってんじゃん?」

 

「そうだ、戸塚が頑張って借りたんだよ、何度も頼んで最近になってようやく使えるようになったんだよ、強くなりたいからって理由でな。それを遊ばせろだと?いいかげんに

 

「ま、まぁまぁ、あんま喧嘩腰になんなって」

 

嫌な空気を感じたのか、拓也の言葉に被さるように葉山がセリフを挟む。

 

「佐藤の言うこともわかるけどさ、みんなでやったほうが楽しいしさ。そういうことでいいんじゃないの?」

 

「……おまえさ、本気で言ってんのそれ」

 

「もちろん、俺は本気だよ」

 

「ああ、そう。……そういやお前さ、サッカーで国立行くとか言ってたよな、そのために毎日練習頑張ってるんだろ?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「ならよ、そこにお前らの苦労を何にも知らない、ただ遊びでサッカーやりたいからそこどけてくれなんて言う連中が来たら、はいわかりました、なんて言って譲るのか?」

 

「それは……」

 

「なぁ、教えてくれよ葉山、俺が言ったことと今の状況、どこが違うんだ?」

 

葉山は場を荒立てることを好まない。スポーツという共通の話題を出すことで、葉山の反論を完全に封じ込めた。戸塚が練習だと言ったことも決め手になる。それにより、拓也の意見が正しくなる。いけ好かない野郎が論破されるのはなんとも気持ちがいい、そう思う俺の性根はまだ、そこそこ腐ってるようだ。

 

「……いや、違わないな、すまん、邪魔した。行こうみんな」

 

「えー、あーしテニスやりたいんですけど」

 

何?話聞いてたのこのアホ巻き毛。話の流れくらいちゃんと追えよ。

 

「「……」」

 

ほら見ろ、こいつら二人とも固まっちまったじゃねぇか。

 

「……はぁ、ちょっと待ってろ。戸塚、ちょっといいか?」

 

頭をがしがしと掻いてから短いため息をつくと拓也は戸塚になにかをささやく。

 

「……うん、そういうことなら……」

 

どうやら意見はまとまったようだ。

 

「よし、お前ら、俺たちの練習相手になれ」

 

「はぁ?あーしは普通にテニスやりたいんだけど?」

 

「なら、言い方を変える、勝負しよう三浦」

 

「テニス勝負?……なにそれ?」

 

「単純な勝負だよ俺たちとお前らどっちが強いかのな」

 

「へー、超楽しそうじゃん」

 

三浦が獰猛な笑みを浮かべる。

 

「ただし、条件がある。そっちは葉山と三浦で組んでくれ。それと、こっちの組み合わせは自由。それでいいか?」

 

「あーしはそれでいいし」

 

「俺も文句はないよ」

 

余裕な表情を浮かべる三浦と、場がいい方向に向かっている今の状況に安堵する葉山、似たようでどこかずれているようにも思えた。

 

「……いいのか?結局、遊びになっちまうんじゃねーの?」

 

あいつらを中心に取り巻きが騒いでる中、拓也に聞く。

 

「いや、これでいい。八幡も知ってるだろうが、葉山は普通にテニスは上手い。三浦の方も中学の時、県選抜に選ばれてる。要するに、とてもいい練習台になるんだよ。葉山には練習だと念押しで言ったし、三浦の性格上手を抜くなんてのは考えにくい」

 

よくあの一瞬でそこまで考えつくもんだ。素直に感心する。

 

「悪いな、俺の勝手な判断でお前たちまで巻き込んじまってよ。なるべく遺恨を残らないようにしようと思ったらこれ以外思い浮かばんかった」

 

俺たちの方を向きながら申し訳なさそうに言う。

 

「そ、そんなことないよ!拓也が居なかったら僕あのまま押し切られて譲っちゃったと思うし……」

 

「そうだよ!そもそもたっくんが間に合わなかったらもっと大変なことになってたと思うよ!」

 

「うむ、そう悲観することはない、我も共に立ち上がるとしよう」

 

拓也を責める奴はこちらには誰一人いなかった。事実、俺自身こいつの選択よりいい結果を出せるかと聞かれれば、ノーと答えるだろう。

 

「ありがとな、お前ら」

 

照れているのか、顔を少しこちらから逸らすようにして礼を言う。

 

「けどよ、誰が出るんだ?」

 

みんなが思っているだろうことを俺が代弁する。

 

「まず、由比ヶ浜と義輝はどれくらいテニスができるんだ?」

 

「うーん、あたしはテニスあんまやったことないかなー」

 

自信なさそうに由比ヶ浜は言う。

 

「任せておけ。全巻読破したし、ミュージカルまで見に行ったクチだ。庭球には一日の長がある」

 

「なるほど、とりあえず義輝は戦力外な」

 

特に突っ込まれることもなくただただ、無情な宣告をされる材木座。いとあわれなり。

 

「ただ、由比ヶ浜、お前行けるか?」

 

三浦の方と由比ヶ浜の方を交互に見て確認をとる。

 

「……うん。あたしも最後まで頑張りたいから」

 

「……そうか、ならまず………」

 

拓也の話を聞く限り、勝つ気はない。だが、もともとは戸塚の練習が目的と考えれば勝ちにこだわる必要はない。そう考えると今回の案は戸塚にとってかなりプラスになる。

 

「ちょっと、まだー?」

 

どうやら向こうはよほどやる気に満ち溢れているのか、ラケットを確かめるような握りしめる三浦の姿があった。たしかに、手加減をするようには見えない。

 

「悪いな、待たせた」

 

不意に三浦の目は由比ヶ浜に向く。

 

「……ユイー、あんたさぁ、そっち側につくってことはあーしらとやるってことなんだけど、そういうことでいいわけ?」

 

物見高いギャラリーがざわざわと囁きを交わす。こんなの公開処刑と変わらない。それでも由比ヶ浜は前を向く。

 

「……そういうわけ……ってことでもない、けど。でも、あたし、こっちも大事だがら!だから、やるよ」

 

「へー、……そーなん。恥かかないようにね」

 

三浦は素っ気なく答える。だが、その顔には笑みが浮かんでいた。燃え盛る獄炎の笑顔が。

 

「着替え。女テニの借りるから、あんたも来れば?」

 

三浦はコート脇にあるテニス部の部室を顎で指した。たぶん優しさなんだろうが、その仕草だと「部室裏でお前シメっから」にしか見えない。周囲が哀れみの表情で見送る。まぁ、なんだ。ご愁傷様。

 

「あのさ、佐藤」

 

合掌している俺の隣で葉山が拓也に話しかける。

 

「なんだよ?」

 

「俺、テニスのルールよくわかんないんだよね。ダブルスとか余計難しいし。だから、適当でもいいかな?」

 

「……まぁ、俺もルールまできちんとしろとまでは言わない。最低限のことを除けば文句はない。真剣に取り組んでくれるならな」

 

「ああ、それはもちろんだ」

 

葉山は爽やかに笑う。拓也も少し口角が上がっていた。お前嫌ってんじゃないのかよ。

そうしていると二人が戻ってきた。由比ヶ浜はポロシャツみたいなユニフォームにスコートを履いている。

 

「なんか……テニスの格好って恥ずっ……スカート短くない?」

 

「いや、お前普段からそんくらいの短さじゃん」

 

「なっ⁉︎何それ⁉︎い、いつも見てるってこと⁉︎キモいキモい!マジでキモいからっ!」

 

由比ヶ浜がこちらを睨みつけてラケットを振り上げた。

 

「大丈夫!全然見てないよ!眼中にないよ!安心して!ていうか、ったないで!」

 

「むぅっ…なんか、それもムカつくんだけど……」

 

ぶつぶつ言いながらも由比ヶ浜はラケットをゆっくりと下ろす。

 

そのタイミングを見計らって拓也が咳き込む。

 

「お前ら、そのくらいでいいだろ。じゃ、頼むぞ」

 

 

 

 

 

試合は序盤こそ相手のワンサイドゲームが続いていたが次第に戸塚と拓也のペアが押し返す。

作戦といっても戸塚とペアを組む相手を変えていくことで戸塚に臨機応変な対応を身につけさせるといったものだ。序盤でワンサイドゲームだったのは由比ヶ浜が先鋒だったためだ。

そんな中、周りのギャラリーも最初こそ黄色い声援を送っていたが、次第に接戦が続くようになると次第にボールを目で追い、ポイントが決まるとため息をついたり、快哉をあげたりするようになった。まるでテレビでやっているプロの試合のようだ。

その均衡を打ち破ったのは縦ロールが放ったサーブだった。

ヒュパッとラケットが鳴ったと思ったら、コートに弾丸の如くボールが突き刺さり、後方へと飛んでいく。

 

「めっちゃ強いじゃん……」

 

思わず呟きが漏れた。

 

「そりゃあ県選抜だからねー」

 

隣の由比ヶ浜は感心していた。

 

「っつーか、お前さっき全然球触れてなかったよな」

 

「あんまできないって最初に言ったでしょ!」

 

「にしてもだろ」

 

コートの方が少し騒がしくなる。どうやら先ほどのサーブを追いかけて戸塚がバランスを崩してしまったようだ。少し前の怪我も相まってここでリタイアのようだ。

 

「悪い、少し戸塚を見る」

 

そう言って拓也は戸塚に肩を貸しコートを出て行く。戸塚が怪我をしてしまったならここまでだろう。戸塚の練習という意味ではかなり質のいい練習になったと素人目でもわかる。それくらい、とてもいい試合だった。

 

「大丈夫?さいちゃん」

 

戻ってきた戸塚を心配そうに見つめる由比ヶ浜。

 

「うん、そこまで痛みはないから大丈夫だよ……」

 

そうは言うも顔は少し痛みで歪んでいた。

 

「ここで無理するもんじゃねーぞ」

 

「八幡……うん」

 

「幸い出血はしてないが、今日はもうやめた方がいいな」

 

少し険しい表情で拓也が言う。

 

「本来ならここで終わるべきなんだが……」

 

向こうのコートを見るとまだまだやる気十分らしく、体が冷えないように小刻みに動いている。

 

「すまん、三浦を焚きつけすぎたな、形だけでも終わらせないとおそらく終わらない。あいつはこういうのには真剣になんだよほんと」

 

自分への罪悪感と三浦への多少の呆れが混じったよくわからない顔をする。

 

「戸塚が落ち着いたら、どちらかと交代して俺が後衛をやる。少しの間頼めるか?」

 

人一倍責任を感じてるのか、辛い部分は一人で何とかしようとする節がこいつにはある。そんなところは俺とよく似ている。ただ、俺とは決定的に違う。こいつはこうやって周りに頼るのだ。

 

「うん!わかった。任せといて!」

 

由比ヶ浜さんあなたほとんど球触れてませんよね。

 

「おう」

 

必然的に俺の負担になるが、しゃーないダチのためだ。

 

「そうか、助かる」

 

俺たちの答えを聞いて安堵の表情を浮かべる。

 

さて、行きますか。

 

 

 

 

「由比ヶ浜。お前前衛にいろ。基本俺が後ろで捌く」

 

「んっ。お願い」

 

基本方針を確認し、所定の位置に着く。

葉山の早くて重いサーブが飛んできた。それに横っ飛びで必死に食らいつく。限界ギリギリまで伸ばしたラケットがボールに触れると、力任せに振り抜いた。

打球は相手コートに返るが、それを三浦が狙い済ませたように逆サイドへと打ち込んできた。それを見るまでもなく俺は打たれるであろう方向めがけて全力で走った。跳ね上がるボールを捉えるとコートすれすれを狙って力で叩きつけた。

しかし、俺の目論見を見越していたのか、葉山は揺さぶるように俺と由比ヶ浜のちょうど中間にドロップショットを放った。

バランスを崩した俺では到底追いつけない。由比ヶ浜に視線を送ると、落下地点に走り込み打ち返す。だが、当てるのが精一杯で打球は三浦の前に堕ちる。

それをパワーで打ち込まれた。打球は由比ヶ浜の頬をかすめてはるか後方へと消えた。

 

「無事か?」

 

俺はぺたりと座り込んでしまった由比ヶ浜に声をかける。

 

「……超怖かった」

 

ほとんど涙目になっている由比ヶ浜が漏らしたつぶやきを聞きつけて、三浦は一瞬心配そうな表情になる。

 

「優美子、お前マジ性格悪いのな」

 

「な!違うしっ!試合ならこんなの普通だから!あーし、そこまで性格悪くないし!」

 

「ああ、ただどSなだけか」

 

葉山と三浦のじゃれ合いが笑いを呼ぶ。

 

「……ヒッキー、絶対勝とうね」

 

そう言って、由比ヶ浜は立ち上がりラケットを拾う。そのとき、「いったぁっ」と小さな悲鳴を上げた。

 

「おい、だいじょうぶかよ」

 

「ごめ、ちょっと筋やっちゃったかも」

 

照れ笑いを浮かべる由比ヶ浜。その目には少し涙を浮かべていた。

 

「なんかなぁ、みんな頑張ってるから、わたしもって……思ってたんだけどなぁ……」

 

由比ヶ浜は唇を噛んでいた。

何いってんだよ。十分すぎるくらいお前は頑張ってたじゃねぇか。

 

 

 

 

「この馬鹿騒ぎは何?」

 

 

 

 

そんな俺たちの前に現れたのは体操服に着替えて、救急箱を抱えた雪ノ下雪乃だった。

 

「あ、お前、どこ行ってたの?っつーかその格好なに」

 

「さぁ?私にもよくわからないのだけど、佐藤くんがすぐに体操服に着替えてくれとお願いするものだから」

 

雪ノ下がそう言って振り向くと脇から拓也が出てくる。

 

「たまたま、雪ノ下が見えてな、ラリーが始まったくらいからすぐに着替えてもらったんだよ」

 

その後、雪ノ下にも申し訳なさそうに同じ説明をする。

 

「……つまり、ここからはあの二人を負かせばいいのね?」

 

「お前やる気か?」

 

「なに?だから着替えさせたのじゃないのかしら?」

 

「いや、念のためだったんだが……」

 

そう言うと苦笑いを浮かべる拓也。

 

「まぁ、いいわ。その前に、さすがに傷の手当てくらいは自分でできるわよね」

 

急に話を振られた戸塚は不思議そうな顔で受け取った。

 

「え、あ、うん……」

 

「ゆきのん、わざわざそれ取りに……。やっぱ優しいよね」

 

「そうかしら。どこかの男は『氷の女王』だなんて陰で呼んでいるみたいだけど」

 

「な、なぜそれを……。はっ!まさかお前、俺の『絶対許さないリスト』読んだのか」

 

「お前……高校生にもなってそれはねぇだろ」

 

うるせぇ。

 

「そのリスト、あとで提出しなさい。添削してあげるわ」

 

にこっととても素敵な笑顔で微笑まれた。なのに、ちっとも心が温まらないのはなぜなんでしょう。

 

凄く怖いです。目の前に虎がいる気分だった。

で、虎がいるってことは、そうですね。後ろには狼がいるんです。

それか馬。

 

「雪ノ下サン?だっけ?悪いけどあーし、手加減とかできないから。オジョウサマなんでしょ?怪我したくなかったらやめたほうがいいと思うけど?」

 

ーーあ、ばか、三浦。雪ノ下に対して挑発は死亡フラグ……。

 

「私は手加減してあげるから安心してもらっていいわ。その安いプライドを粉々にしてあげる」

 

敵に回すとすげー嫌なやつでが、味方だとえらい心強い。こいつを敵に回した人間は本当に哀れだ。

 

「随分とうちの部員をいたぶってくれたようだけど、覚悟はできているかしら?念のために言っておくけど、私こう見えて結構根に持つタイプよ?」

 

「悪いな、色んな奴に頑張ってもらったんだ、ここで負けるのは俺が嫌だからな。本気でいかせてもらうぞ」

 

それはこいつにも言える。ここまでやって引き下がるやつじゃない。

二人揃うと負けるビジョンが見えない。プリキュアかよ。

 

 

 

 

なんだかんだでテニス対決も、役者が揃って正真正銘の最終フェイズに差し掛かったようだ。

 

「あんさぁ、雪ノ下サンが知ってるかしんないけど、あーし、テニス超得意だから。顔に傷とかできちゃったらごめんね」

 

うわぁ、怖い。予告危険球とか初めて聞いたよ?

そう言う三浦の打球は雪ノ下の左側に高速で突き刺さる。

右利きの雪ノ下にとってリーチの外、左ライン際ぎりぎりにサーブが突っ込んでくる。

 

「……甘い」

 

囁くような声が聞こえたときには、すでに雪ノ下の迎撃態勢は整っている。たっと左足を踏み込ませると、それを軸にまるでワルツでも踊るかのようにして回転した。右手のラケットがバックハンドで打球を捕捉する。

居合抜きのような打球が一閃。

足元で弾けるようにして跳ねた打球に三浦が小さく悲鳴をあげた。目の覚めるような超高速のリターンエース。

 

「あなたが知ってるとは思わないけど、私もテニスが得意なのよ」

 

三浦は怯えと敵意が入り混じった目で雪ノ下を見た。あの女王然とした三浦にこんな表情をさせるとは雪ノ下おそるべし。

 

「…お前、よく今の返せたな」

 

「だって彼女、私に嫌がらせをしてくるときの同級生と同じ顔していたもの。あの手の人間の下衆い考えくらいお見通しよ」

 

「それを得意げに笑うなよな……。ただ、自分の尻は自分で拭く主義でな、お前にばっかいいところやらせるわけにはいかないんだよ」

 

「……そ、ならせいぜい頑張りなさい。私は私で動くから」

 

「それでいい、お前はお前のテニスをしてくれ」

 

後衛では確実にサーブを相手コートに沈める雪ノ下、前衛では戻ってくる球を絶妙な位置に返す拓也。

その美技に周りは酔いしれていた。

俺と由比ヶ浜のときは完全なアウェー状態だったのが、今では五分五分といったところだろ。もともと人望が厚い拓也がコートに戻ったのに加えて、男子から雪ノ下への熱視線が増えたのが理由だろう。

あいつは科が違うから高嶺の花のような存在だからわからんでもないがな。

世の中には知らなくていいこともあるのだよ男子諸君。

 

 

 

 

それからは意外なことにあっさりだった。

実力差は特にあるわけではなかった。高レベルなプレーであることに変わりはないが。

ただ、その中で決め手となったのは連携だった。

無駄な動きをせず、ただひたすら相手が一番嫌だと思う場所にピンポイントでボールをおとすのだ。

普段の生活だと忘れそうになるが、あいつは、拓也は人の感情に関しては雪ノ下の数枚は上だ。

雪ノ下のや三浦のような派手さは無い。いやらしく上手い。

それを葉山と三浦が返せなくなったのだ。

それに加えて雪ノ下の動きを見て、出来る限り正面に近い打球を返せるように位置を調整したのだ。それにより疲労は最小限にとどめる。

そして最後は雪ノ下が初めて見せたジャンプサーブで試合は幕を閉じた。

 

「やられた……すごいな全く球が返せなかったよ」

 

葉山はにこやかな笑顔を向ける。

 

「俺が三浦を焚きつけた結果、周りのやつに迷惑かけたからな、そうやすやすと負けるわけにはいかねーんだよ」

 

「ちょっ、それの言い方、あーしが悪いみたいじゃん!」

 

「実際、なんでもかんでも噛み付く癖は治せよなお前」

 

「うるさいし、あーしの勝手だってーの」

 

「まぁまぁ、優美子ももうちょっと落ち着こうな?」

 

「……隼人がそう言うなら……」

 

そう言うと葉山は三浦の頭を撫でる。すると三浦の顔が赤く染まる。

そのやり取りを見ていた周りは試合の興奮冷めやらぬ中の出来事だったせいか、奇妙な達成感と一種の虚脱感に包まれていた。

そのまま葉山と三浦を取り囲んだオーディエンスは校舎のほうへと消えていった。

あれ?勝ったの俺たちだよね?

 

 

 

 

後に残されたのは俺たちだけだった。

 

「なんとか終わったか……」

 

「そうね」

 

ようやくひと段落ついたためか、安堵する拓也。一方の雪ノ下は、動き足りなかったのか少しつまらなそうな表情を浮かべていた。

 

「お疲れ!二人とも!」

 

「お疲れさん」

 

俺と由比ヶ浜で労いの言葉をかける。

 

「改めて悪かったなみんな、助かった」

 

「もういいっての、結果としては戸塚にとってはプラスになってんだからよ」

 

「そうね、その場にはいなかったから詳しくはよくわからないのだけれど、悪くなかったと思うわ」

 

「それに、元々戸塚の話をしたのは俺だ、責任の話なら、あそこでうまく立ち回れなかった俺にもある」

 

「そうか、そう言われると気持ちが楽になる」

 

「うむ、拓也、八幡もよくやった。さすがは我が相棒達よ。だか、いずれ決着をつけなければならない日が来るやも知れぬな……」

 

急に会話に入り込み、一人遠い目をして語り始める材木座を俺が無視してる間に拓也が戸塚に声を掛けていた

 

「怪我、だいじょうぶか?」

 

「うん…」

 

ふと周りを見渡すと男しかいない。雪ノ下と由比ヶ浜はいつの間にかいなくなっている。

 

「比企谷くんも……あの、ありがとう」

 

そう言い終えた戸塚は照れたように目を逸らしてしまった。正直このまま抱きしめてちゅーしてやろうかと思ったが、でも、こいつ男なんだよなあ……。

ただ、戸塚は礼を言う相手を間違っている。

 

「俺は別になんもしてないよ。礼ならあいつらに……」

 

依頼に責任を持って頑張った由比ヶ浜、練習メニューを考え、中々上達しない中見捨てずに指導を続けた雪ノ下。俺ではなくこいつらにその言葉は相応しい。

と、そいつらの姿を捜して、俺は周囲を見渡す。すると、テニス部の部室の脇でひょこひょこと揺れるツインテールを見つけた。

あんなとこにいたのかよ。

改めて労いの一つでも言っておこうと部室の方へ回り込んだ。

 

「ゆきのし……あっ」

 

思いっきり着替え中だった。

ブラウスの前ははだけ、薄いライムグリーンの下着がちらついている。下は未だスコートのままだが、そのアンバランスさが均衡のとれたほっそりとした身体を引き立てている。

 

「な、なななな」

 

んだよ、人が集中してる時にうるせーな記憶が飛んだらどうすんだよとおもったらなぜか由比ヶ浜もいた。

思いっきり着替え中だった。

 

「もうほんと死ねっ!」

 

ゴッと音を立てて、俺の顔面にラケットがフルスイングされた。

すげーいてぇ、でも、やるじゃん、ラブコメの神様。ぐふっ。

 

 

 

 

 

 

 

青春。

その言葉は人の胸を激しく揺さぶる。

俺の高校生活はお世辞にも美しい心象風景で彩られるようなものではなかった。入学式の日に交通事故に遭うなど始まりは最悪と言ってもいいだろう。それからはおよそ昨今の高校生らしからぬ日々を過ごしていくのだろうと思っていた。

そんな俺にも友達と呼べる奴ができた。

大人数じゃない、たった一人だ。

ただそれだけ、けれど、俺の毎日は変わっていった。

俺は楽しかったのだ。

授業の合間に話す小話、一緒に食べる昼食、寄り道をして帰る下校。

どれを取っても未だに俺が体験したことのなかったものを高校一年という日々で得ることができた。

青春というフィルターを通してみれば世界は変わるからだろうか。

敗北すら素敵な思い出に、いざこざももめ事も悩める青春のひと時と化してみせる、そんな連中には遠く及ばない。

でも、それでも、俺が今いるこの場所は輝いて見える。死んだよ魚のように腐った目でも。そんな何かが俺の中で生まれつつあることを感じる。

結論を言おう。

 

「おーい、八幡、部室行こーぜ」

 

「……おう」

 

呼び出しをくらっていた拓也が戻ってきた。

続きは部室で書くか……。

そう思い平塚先生に課されていた再提出ようの作文を鞄にしまう。

 

 

 

 

俺たちが部屋のドアを開けると、雪ノ下はいつもと同じ場所で、平素と変わらぬ姿勢で本を読んでいた。

戸の軋む音に気づいたのか顔をあげる。

 

「あら、今日はもう来ないと思ったわ」

 

そう言って雪ノ下は文庫本に栞を挟む。最初の頃のガン無視と比べれば格段の進歩である。

 

「いや、俺も休もうかと思ったけどな。こいつに誘われたのと、ちょっとやることもあったからさ」

 

雪ノ下の斜め前、長机の対角の椅子を引いて座る。拓也は俺の隣、その隣が由比ヶ浜、雪ノ下と続く。それが俺たち4人の定位置だ。

俺は鞄から原稿用紙を、拓也はスマホを取り出す。その様子を眺めて雪ノ下は不快げに眉根を寄せる。

 

「……あなたたち、この部活をなんだと思ってるわけ?」

 

「お前も本読んでるだけだろうが」

 

「だよな」

 

そう言うと雪ノ下はばつが悪そうに顔を逸らした。今日も依頼にやってくる人間はいないらしい。静かな部室の中、秒針の音だけがした。思えば、この沈黙も久しぶりだ。いつものやかましい存在がいないからだろう。

 

「そーいや、由比ヶ浜はどうした?」

 

「あいつ、三浦たちと遊びに行くってよ」

 

「へぇ……」

 

意外でもないか、もともと友達なわけだし、それにあのテニス以来、傍目にもわかるように三浦の態度が柔らかくなった気がする。それが本音を言えるようになったことと関係があるのかは知らない。

 

「比企谷くんこそ、相棒は今日は一緒じゃないの?」

 

「何いってんだよ、隣にいるじゃねぇか」

 

「ばか、お前戸塚の方に決まってんだろ。それくらいわかれよな」

 

「そうだな、悪い。戸塚なら部活だよ。特訓のおかげかは知らんけど部活に燃えてる」

 

「…………そうではなくて、もう一人の方よ」

 

「……誰?」

 

「誰って……いるじゃない、ほら。いつもあなたの傍に潜んでいるアレよ」

 

「おい、怖いこと言うなよ……。お前霊感とかあるタイプなの?」

 

「……はぁ、幽霊だなんて馬鹿馬鹿しい。そんなのいないわ」

 

「そうとも限らんぞ、世の中には未だに科学で証明できないことが多々ある。それが幽霊だとしたら夢がある話だと思うけどな」

 

そんな俺たちを「なんならあなたたちを霊にしてあげましょうか?」みたいな目で見る。少し懐かしいやりとりだ。

 

「だから、アレよ。ざ……ざい、財津くん?だったかしら……」

 

「ああ、材木座か。相棒じゃないけどな」

 

一方的だし。

 

「あいつは締め切り云々とか言って帰ったぞ」

 

「口ぶりだけは売れっ子作家なんだよなぁ、あいつ……読んでるこっちの身にもなれっつーんだよ本当」

 

「……よく読めるわね、尊敬に値するわ」

 

俺たちの会話は取り留めもなく続く。以前と違うのはぎこちなさが消えたようにも思える。

 

「邪魔するぞ」

 

突然、がらっと戸が開く。

 

「……はぁ」

 

雪ノ下は諦めがついたのか、額を軽く抑えてため息をついた。なるほどね、こういう静かな空気でいきなり戸を開けられたら口を酸っぱくして言いたくもなるよな。

 

「平塚先生。入るときはノックしてくださいよ」

 

「ん?それは雪ノ下のセリフじゃなかったか?それに佐藤までいるのか」

 

「うっす」

 

そう言うと、手近にあった椅子を引くと座った。

 

「何か、御用ですか?」

 

「あの勝負の中間発表をしてやろうと思ってな」

 

「ああ、あれ……」

 

「本当にそんな勝負みたいなことやってたんっすか」

 

「君も知っていたのか佐藤」

 

「八幡から小耳に挟んだ程度ですが」

 

「そうか、まぁ、そんな大したことではない。肝心の戦績だが、今のところ引き分けとだけ言っておこう」

 

「?相談者は三人しか来てないうえに解決した覚えがないんですが」

 

「私のカウントでは四人いるのだよ。独断と偏見、と言っただろ」

 

「平塚先生。その勝利の基準を教えていただけますか?いまさっきそこのが喚いたように、相談された悩みを解決したことはないはずですけど」

 

「ふむ……」

 

雪ノ下に質問されると平塚先生はしばらく押し黙り、拓也の方を見る。

 

「君はわかるか?佐藤」

 

「……そうですね、俺たちくらいの年齢の悩みとなると、意外と話せないもんです。他人である俺たちなら尚更。それを踏まえると、建前の悩みから芋づる式に本当の悩みの方を解決したって感じじゃないですかねあくまで、個人的意見ですけど」

 

「すごいな君は、心でも読めるんじゃないか?概ね正解だよ」

 

こいつのこういうところは平塚先生よりもよく知っている。今更俺が驚くようなことではなかった。

 

「要するに勝敗は平塚先生次第ってことじゃないですか。それでよく勝負なんて言えますね」

 

「そうです、仮にも現国の教師なんですから勝負と言う言葉の使い方くらいは出来るようになってください」

 

先生は俺と雪ノ下を交互に見てから拗ねたように口を開く。

 

「まったく……君たちは人を攻撃するときは仲が良いな……長年の友人のようだよ」

 

「どこが……。この男と友人になることなんてありえません」

 

そう言って、雪ノ下は肩を竦める。やろう、こっちを向きもしない。

 

「ふーん、じゃあ俺はどうよ、あん時とは多少印象変わったと思うけど」

 

「……そうね」

 

雪ノ下は顎に手をやり考える。おい、何でこいつでは悩むんだよ。

 

「友達……かは分からないけれど、今までの人よりかは悪くないとは思うようになったわ」

 

「そっか、ま、友達になれるように頑張るわ」

 

なんとも優しい雰囲気が漂っている。

 

「比企谷、そう落ち込むな。蓼食う虫も好き好きという言葉もある」

 

俺を見かねたのか、先生が俺を慰める。落ち込んでなんかないんだからねっ……て何だろう、この優しさつらいなぁ。

 

「先生、その言い方だと、俺も物好きになっちゃうんですけど」

 

意外なことに拓也が乗ってきた。よりへこませたのはお前の質問からだからな?

 

「あなた以外にも、比企谷くんを好きになってくれる昆虫が現れるわ」

 

「せめてもっと可愛い動物にしろよ!」

 

「いや、それ俺と虫が同列扱いされてない?ねぇ、雪ノ下さん?」

 

人間にしろよと言わないところ我ながら謙虚だ。一方、雪ノ下はやってやったぜみたいな表情をしていた。久々にいじられる拓也を見れて俺も少し楽しくなる。

 

今、よぎった気持ちを記そうとして俺がシャープペンを握ると、拓也と雪ノ下が両側から覗き込んでくる。

 

「そういえばさっきから何を書いているの?」

 

「教室でも書いてたよなそれ」

 

「うるせ、なんでもねーよ」

 

そして、俺は作文の最後に一文を殴り書きした。

 

ーー俺は案外青春を謳歌しているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長々となってしまい申し訳ないです。
私事ですが、最近Twitterを始めました。あれってどう使うんですかね
未だによくわかりません。
次回少し投稿間隔が空くかもしれません。
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