クソザコ魔法使いがSランクの天才たちに教鞭振るうとかないわー。 作:青木葵
セレス「いろいろあってニート歴1年です!」
血塗れの手を握った。
「はははっ! やったよ、遂に殺せたんだ!」
幼子が発したとは思えない怨嗟が響く。
「ねぇ見てる? 見てたよね。パパ! ママ!
2人の言う通りにして、あのクソったれを殺せたよ!」
刃物の振い方は父の教え通りに。
魔法の放ち方は母の教え通りに。
教えに忠実な戦法で、彼女は男の命を刈り取った。
「あの頃は自信なんてなかったけど、今なら分かるよ!
パパが言ってたようにわたしは天才だったんだ!
ママの言うようにもう一人前だったんだ!」
両親からの賞賛を繰り返す。
内気だった頃には、反抗心から素直に受容できなかった言葉。
「あははははっ!
こんなことなら、物陰に隠れなきゃよかったね!
2人のお願いなんて無視して、わたしも戦えばよかった!
あはははは! あははははははっ!」
歓喜に濡れた声は、周りへ長く響き渡る。
そして彼女に訪れたのは、長い渇きだった。
渇ききった喉からは、嗚咽すら漏れない。
「お前、いい加減に働けよ」
「はぁ? なに言ってんの?」
可憐な容姿からは想像できない毒が少女から放たれる。
それでいて声色は美しいのだから非常にタチが悪い。
少女はセレス。
年齢相応の幼い体つきに、餅のように白い肌。
寝癖のまま放置し放題の銀髪さえ整えれば、深窓の令嬢を名乗れそうな美少女だ。
「引き篭もりで難聴気味か? 働けと言ったんだ」
それに怯むことなく、赤毛の女は繰り言を告げる。
彼女はマリーナ。
齢28、女性という立場にして既に第四騎士団団長の地位を拝命した武芸者だ。
流れからセレスの保護者的存在になっているが、普段から彼女に振り回されているのは渋顔から明らかだ。
「いやでござる! 働きたくないでござる!
妾は労働者などなりとうない!」
「口調ぐらい真面目にしろ! ええいエイミーめ。また娯楽小説を持ち込んだな!」
戯けた口調の原因である『東方放浪記 〜暗黒地獄篇〜』の表紙を睨め付けながら説教は続く。
「いいから働け!」
「やだ! 働くぐらいならわたしは緩慢に朽る!」
「エイミーが悲しむぞ」
「……やだ! 百歩譲って働いたとしても、マリーナの案件だけは絶対やだ!」
「どうしてだ」
「え、絶対面倒なやつだもん」
「……」
やべ、やりすぎた。とセレスは感じた。
マリーナは長い沈黙の後、必ず切り札を出す癖がある。
「お前――何ゴッズ、エイミーにたかってるんだ?」
氷の眼差しを向けられ、少女は硬直した。
「……ナンノハナシカナ?」
「惚けても無駄だ」
「あ、あれはあの子の一方的な好意だしナー。
常識的に考えて貸しにはならないと思うナー」
「そうか」
マリーナの視線の温度が下がる。
「その東方なんちゃらとかいう小説が2000ゴッズ。
先日のスイーツ代、2人分で1500ゴッズ。
先週は服の購入で78000ゴッズ。
その前は――」
「マリーナサン」
「何だヒモ女」
「言い訳だけさせてください」
スゥ、と一息ついたあと、魂の叫びを訴える。
「あんな純粋で可愛い笑顔を向けられたら好意を拒否できないじゃないですかぁ!」
「当たり前だ! 私の妹は世界一可愛いからな!!!」
ダメな開き直りをするセレス。
この少女、人形のように可愛らしい容姿でありながらニート(12)である。
ダメな自慢をするマリーナ。
この女、こう見えても齢28にして第四騎士団団長を拝命したエリートである。
「それでヒモ女。私の妹ということを差し引いても、2歳下で10歳の女の子にタカっている現状は恥ずかしくないのか?」
「思ってる。我ながら最高にナンセンスだと思うよ。でも……」
深刻な表情で、セレスは重く口を開く。
「エイミーちゃんは人にお世話している姿が一番可愛い」
「さらばだ」
「わー!!!!! 後生ですから! 後生ですから!
剣抜かないで! お願いします!!!!!」
マリーナ無言抜剣事件の後、セレスは紅茶を準備し始める。
渋々した態度から、不満気なのは明らかだ。
「わかった、話だけは聞くよ……。
ただ、荷が重そうだったら受けないからね。
そしたら適当に自力で就職する」
「分かった。ありがとう、セレスティア」
「……セレスでいいって、何度も言ったでしょ」
紅茶を一口含んでから、マリーナは潤んだ唇を開く。
「お前にはアークレス魔法学院の講師になってもらいたい」
「んん? んんんんんん!?」
「おっと、いきなりの出世でビックリしたかな」
「あー、まあそんな感じ。
でも大丈夫なの?
王立魔法学校とかって、正規ルートでなければ就職できなそうだけど」
「問題ない。私と学園長の力添えがあれば、な」
「うへぇ。やっかみ多そう。
コネ就職ってやっぱクソだわ」
「そしてこれが、お前に担任してほしい生徒たちの名簿だ」
「えー、もう担当クラスまで決まってるの……。
外堀から埋めてくのやめてよー」
ペラペラと、紙をめくる小気味良い音がする。
「ふーん」
「どうだ、生徒たちの感想は」
「別に。普通に天才だなって感じ。
書類だしこのデータが全てとは思わないけどね」
生徒総勢10名。
全員が推定魔力保有量S相当。
習得済みの魔法も、破壊レベルA相当のものが多数。
中には固有魔法の開発にまで成功している生徒もいる。
「それもそのはず。なんせ彼らは1年次のSクラスなのだからな」
「うわ。マジかぁ……」
「何だその不満気な反応は。せっかく最高の立ち位置を用意してやったのに」
「うーん。
……小説とかだとこういうのってFクラスの落ちこぼれどもを何とかしろーってのが鉄板じゃん。
てっきりそういう案件かと思ってた」
「安心しろ。それと同じぐらいやりごたえはあると思うぞ」
「ふーん。にしてもSクラスかー。ふーん……」
腕組みをして物思いに耽るセレス。
元来の思考の早さからか、結論は18秒で出た。
「マリーナ、やっぱり仕事は自力で見つけるよ」
「お前には適任だと思うんだけどな」
「ねえ、わたしが12歳ってこと忘れてない?
どう考えても重荷だよ。
魔力ランクCのクソガキに教えられたんじゃ生徒たちのプライドもズタズタになるだろうし」
「クソガキって自覚はあったんだな」
「こーとーばーのあーやー!
わたしはクソガキじゃないですし! 天才魔術師ですし!」
「しかし、重荷とはいうが無理とは言わないんだな」
「さっきも言ったけどわたしは天才だからね。
慣れるのは相当時間かかりそうだけど、やれないことはないと思う。
まあやらないけどね」
「辞退する理由を聞いてもいいか?」
「訳は2つあるんだよ。
1つ、わたしの師匠は超エリートだったけど、彼女の元を離れてからは完全な我流だから、自分の魔法を体系化できてるわけじゃない。
2つ、直近3年も学歴職歴0のわたしにはアークレスの講師足る経歴が一切存在しない。
そして3つ、アークレスに行くのめっちゃ気まずい」
「いきなり3つ目作るなニート。
それと気まずくなるかは通うまで分からないだろう」
「残念ながら就労意欲あるのでもうニートじゃないでーす!
はーい! この話終わり!」
んんー、と伸びをしてセレスは話を区切る。
それでもなお、マリーナはアークレス赴任の話を続けようとする。
「お前一人だと変な仕事に就かないか不安なんだがな」
「んー、大丈夫かな。
狸ならいい感じの求人見繕ってくれるだろうし」
「これ以上に好待遇はないと思うが?
講師としての給料だけじゃなくて研究費も潤沢に支給されるぞ」
「いーのいーの!
好条件でも職場が合わないよりはいいし!」
「本当に、アークレスの講師にならなくていいのか?」
「……くどいよ」
一瞬だけ、怒りで口元が歪んだ。
笑顔への矯正もまた一瞬だった。
「気遣い、ありがとね。
なんだかんだ現状は変えなきゃとは思ってたし」
「こっちこそ押し付けがましくてすまなかったな」
「ありゃ。今回はあっさり引くねぇ」
「普段のお前が強情すぎるだけだ。むしろお前にこんな殊勝な一面があるなんて驚きだぞ」
はっはっはっはっは! と2人は笑い合う。
だがセレスの目は笑っていなかった。
(甘いよ、わたしは知ってる。
こうして即マリーナが撤退する時は、何か策がある時だって)
「就職成功したらエイミーちゃん呼んでパーティ開くからね! むしろエイミーちゃんだけ呼んでパーティ開くからね!」
「おいおい、1年間世話してやったのに除け者はないだろ」
「金銭的には自立してましたしー。別にそこまで世話にはなってないですしー」
「エイミーのヒモ」
「うぐぅ!」
「ははは、それじゃまたな」
「うん、おたまー」
それぞれの思惑を胸に抱きながら、別れの挨拶を交わし合う。
「ああ、そういえばアイツらこんなこと言ってるらしいぞ」
背を向け、ドアノブに手を伸ばす際にわざとらしく立ち止まったマリーナ。
長い沈黙。
切り札の気配、それを察知できないセレスではなかった。
(安い挑発でも仕掛けるんでしょ? その手には乗らないんだから)
余裕綽々の笑顔で、マリーナの背中を見やる。
セレスは煽り耐性全一を自負する少女だ。
故にどのような挑発にも負けることはない。
「俺達なら『比翼の両雄』にも勝てる、とな」
沈黙を突き破る、ブチリと血管が切れる音。
マリーナが音に振り返れば、青筋がいくつも浮んだ怒りの形相がそこにあった。
「マリーナ」
「何だ?」
「必要書類持って来て。迅速に」
「無論だ」
ブチ切れセレスに満足したマリーナはそそくさと退出した。
宿屋の外に出た途端に、セレスの癇癪玉は爆発。
『ぜったいにゆるさんぞ虫ケラども』『やろうぶっころしてやる』と、教員免許剥奪ものもセリフが飛び交うが、マリーナは気にも留めない。
「やれやれだ」
焚きつけた本人は、帰る時ずっと呆れ顔だったという。
次回! クソザコ魔法使い!
セレス「校舎見て満足したし帰ろ!」