死とは元来、生と鏡合わせの概念である。
生があるからこそ死があり、死があるからこそ生がある。生きとし生けるものは、見えざる枷に縛られ、生というものを全うするのだと。
だがこの葦名の地において、それは通じぬ。
"竜胤"──御子に流れる不死の血。分け与えた者を人ならざる存在へと変え、あるべき理をかき消す禁忌。条理をねじ曲げる不条理、この現し世においてあってはならない力。誰も彼もが欲し、澱んだ怨嗟を蔓延らせた。そしてその果てに、この葦名は終わりを迎えるのだ。
つまらん。
生とは限られた時間の中にこそ輝くのだと、なぜ分からぬ?
病に蝕まれ、黄泉の河岸がすぐそこにあった。そうしてこの身は朽ち果てるのだと。それが定めであると、信じて疑わなかった。
しかし、その道理は通らなかった。黒の不死斬り、黄泉より人を帰す開門の剣。死者から生者へとんぼ返りした己は、今や風前の灯火たる葦名を救わねばならぬ。それが我が孫、葦名弦一郎の遺志だ。
確かに葦名を生かすには、己の剣が必要だろう。しかし、今となっては無駄なあがきに過ぎない。もう何もかもが遅すぎるのだ。
この葦名の夜は、明けぬ。
ならば、せめて。
眼前に立つ、名もなき狼との死合を。
血湧き肉躍る、剣と剣の軌跡を。
もはや生に未練はない。
ただ一つ、この男と戦えればそれで良い。
「───参れ、隻狼!」
月が見下ろすススキの平野。猛りの雄叫びと共に、剣聖は迫る。黄泉帰りを経たことで、全盛期の肉体を得た。振るう剣の鋭さも、速さも、何もかもが神域のそれと言える。
それでもなお、狼は食い下がる。
表情一つ変えず、粛々と剣を弾き、的確に一太刀を入れる。剣聖と謳われた剣でさえ、斬れぬ。たったそれだけの事実が、この身体をうち震わせる。
「血が、たぎって来たわ! 行くぞ! 隻狼ぉっ!!」
如何な猛者でさえ、この剣で斬り伏せてきた。葦名という国を、民草を守る為。いや⋯⋯それは最早建前かも知れぬ。それ程までに、剣に飢えていた。かつて修羅を斬ったように、己もまた修羅なのだ。どこまでいっても断ち切れぬ、剣への渇望に。
そしてその狂おしい程純粋な願いこそ、葦名一心たる所以なのだ。
剣を振るう。
弾かれる。
槍を突く。
見切られる。
雷光を薙ぐ。
返される。
怒涛の如く押し寄せる連撃はしかし、事も無げに防がれる。
そうだ。これこそが。
───これこそが、儂の求めていたものよ───!!
天を裂く嘶き。剣の咆哮。火花散る戦場には、ただ一人の剣聖がいた。
永久とも感じる数分、だとしても時は絶えず流れ行く。如何に両者が強者とて、決着は必ず訪れる。
巴の雷、異端の力を剣に宿し振るう。それを狼は空にて受け止め、返した。
防ぐ一心。しかし元より超常の雷、十全に防ぎ切ることは敵わず、僅かに隙が生まれる。そしてそれを見逃す程、狼は甘くはなかった。
走る刃。はらわたを裂かれ、夥しい血が飛び散る。狼の剣は、確かに剣聖に届いたのだ。
力なく地に伏す一心。内に燻る微かな残り火を燃え盛らせ、黄泉へと帰る意思を確と踏み留める。
「やれい!」
そして、潔く座した。不死を断つ刀、その介錯に身を委ねる為に。
僅かばかりの躊躇い。狼とて、思うものもあるのだろう。だが、不死の連鎖は断ち切らねばならぬ。狼は、背に差す不死斬りを抜き放ち───力強く振り下ろした。
鮮血が舞い、平野を紅く染め上げる。不思議と痛みはなかった。そこにあるのは天を仰ぎたくなる程の清々しさ。死力を尽くしてぶつかり、その末に敗北した。後悔など、いったい何処にあるというのか。
「見事じゃ⋯⋯隻⋯狼⋯⋯⋯」
黄泉へと帰る魂。薄れゆく意識の中、一心は耳にした。狼の小さな、しかし誉れのある確かな声を。
「────さらば」
黄泉帰りは、その者の全盛の形を取る。
即ち、死闘を重ね、貪欲に強さを求め、あらゆる技を飲み込もうとした一心だ。
一心は最期まで死闘を求め、それは叶った。
死闘の日々を重ね、強きを追い求め、ただひたすらに斬った男───葦名一心。
剣に生き、剣に死ぬその姿は、まさしく剣聖であった。
しかし、終わる筈の魂は、黄泉へは至らず。
世界へと汲み上げられ、剣聖は『座』と至る。
その技が、その剣が、必要なのだと。
葦名一心の戦は、まだ終わらぬ。
待ち受ける英霊達よ、刮目して見るがいい。
頂きへと至った、剣聖の技を。
隻狼クリアからの衝動で書いたもの。プロローグなので短めです。できる限り続けていきたい。
しかし一心様といいゲール爺といい、フロムのジジイ達は死ぬほど強くなきゃいけない決まりでもあるんですかね⋯⋯。