奏でるは剣聖の調べ   作:SKYbeen

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「⋯⋯む⋯⋯?」

 

 

 

 心地よい風が肌を撫でる。鳥のさえずりが深緑の森に木霊し、響き渡る。そうして葦名一心は、薄ぼんやりとしながらも目を開いた。

 見渡す限りの木々。枝の隙間より差し込む陽の光が照らし、穏やかな空間を作り上げていた。

 

 ここは葦名の地であろうか。いや、違う。自分は死んだのだ。殺せぬものを殺す不死斬りは確実な死をもたらす。潔く敗北し、その介錯に身を委ねた自分が生きている道理はない。

 

 

「⋯⋯まこと、奇怪よのぉ」

 

 

 何より頭の中に流れる記憶そのものが、それを決定づけていた。

 聖杯。座。そしてサーヴァント。どれもこれもが覚えのない知識ばかり。訳の分からぬ理を詰め込まれては、さしもの一心とて解するには時間が掛かった。

 一つ理解出来るのは、自分が再び生を得たということ。それも黒の不死斬りによる黄泉帰りではなく、まるきり別の方法で。

 

 誰が、何の目的でここへ呼んだのか⋯⋯そんなことはどうでも良い。元より望みは果たした。死せるが本望、今更現世に呼び出される云われは何処にもない。

 だがこうして現界している以上、何かしらの役目を与えられている筈。覚えたての知識の中には、通常のサーヴァントは依代たる主の元に召喚されるとあるが⋯⋯しかし、周囲にそのような者も、気配もない。

 

 つまりは"はぐれ者"だ。まぁ、それならばそれで良い。一人である方が気ままに動けるというもの。呼ばれた理由はさておき、今は情報が必要だ。

 

 ひとまず、一心は下山を決めた。山を下れば人も居よう。何故ならここは下総国、徳川の治める日の本なのだから。

 

 

「寛永十六年、か」

 

 

 国盗りより二十余年、斜陽にあった葦名の国。竜胤を手中に収めたとて、滅びゆく運命は変わらなかったであろう。今居る時代は、その滅びの先にある未来。もしあの時狼を下していたのなら、葦名は生き長らえていたのだろうか。

 

 有りもしない答えだが、たられば話も悪くはない。微かに笑みを浮かべつつ、一心は山を下り始める。

 

 与えられた知識によれば、寛永十六年は島原の乱が起きた翌年。戦国の乱世は終わり、泰平の世を迎えている。ならば、人の営みも栄えていよう。

 思えば国盗りより幾年の間、葦名の国も平穏な時があった。少なくとも、自身が病に冒され抑止の力を失うまでは。そういった点で言えば、やはり黄泉帰りは必要だったのだろう。弦一郎の企てが全て間違いであったとは捨て切れない。

 

 

「⋯⋯」

 

 

 サーヴァントとして召喚された英霊は全盛の姿でもって顕現する。黄泉帰りを果たした時と同様、一心はその剣が極地に至った時の状態で降り立った。なるほど、それは得心がいく。

 

 故に──この黒の不死斬りもまた、己が宝具なのだ。

 

 不死斬り。葦名に災厄を呼び込んだ不死の魔力、それを断ち切る筈の刀は、何の因果か不死を得ようとする者の手に渡った。そして再び、我が手中に収められている。これは全く、なんという皮肉か。

 しかし、不死斬りは尋常ならざる存在を殺す。此度の戦で大いに役立つだろう。こうして我が手にある以上、使わない手はない。

 

 尤も、何をすべきかが明白でない以上、おいそれとは振れぬ代物でもある。ひたすらに斬ればよいのか、はたまた別の事柄か。

 

 戦の匂いはせず。なれど、不穏を感じる。強者にのみ察知できる微かな気配。今すぐにでも何かが起こる、そんな張り詰めた空気。

 

 そして、その時は程なくして訪れる。

 

 

「夜⋯⋯」

 

 

 空を、闇が覆った。

 

 息を呑む程の快晴だった。しかし彩やかな蒼を蝕むように闇が押し寄せ、瞬く間に暗黒へと変える。朧気に輝く月は、今や妖しい赤光を放ち佇んでいた。

 何より身に感じる気配。背筋を走る妖気は、人ならざる者を呼び寄せた何よりの証左であった。

 

 

「ほお、現れよったか」

 

 

 一心の周囲に現れる化生。人の倍はあろう巨躯を持ち、みすぼらしい鎧を着込んでいる。それは、生ける者ではなかった。鎧の隙間より見える骨、さしずめ餓者髑髏とでも言ったところか。闇より這い出る化生共は見る間にその数を増し、一心を取り囲む。

 骸の武者、あるいは狂った獣。多様な闇の下僕はじりじりと詰め寄り、哀れな人間の魂を喰らおうと牙を剥く。しかし、その獲物たる人間は、微塵も恐怖など抱いてはいなかった。

 

 

「化生は化生らしく、闇に潜んでおればよいものを」

 

 

 気だるそうにため息を吐く一心。その様子は酷く、それは酷くつまらなそうであった。葦名一心程の剣の担い手が、たかだか妖に沸き立つ筈もない。

 

 一体の化生が大きな刀を振り下ろす。並の人間であれば死を免れぬ一撃。生半には防げぬ剣はしかし、一心に届くことはなかった。

 妖の視界が半分に割れる。何が起きたのか、認知すら敵わぬ一閃。音の壁を容易く超えた剣は、一瞬のうちに面を叩き斬った。

 直後、襲い来る化生の群れ。片手間で滅した同胞など目もくれず、一心に向け飛びかかる。魑魅魍魎の妖はそれぞれが常ならざる力を持つ怨霊。怖気付けば人は死ぬ、ひと度喰らえばたちまち取り殺されてしまうだろう。

 

 尤も、それは力なき者にのみ当てはまる事象。剣聖と謳われた葦名一心に、そのような事は有り得ない。

 

 一心はただ刀を振るう。無駄な思考を削ぎ落とし、一振りに魂を乗せる。一挙が神速を誇るその剣が、数十の化生如きに手間取ることはない。ほんの数秒にも満たなぬ僅かな瞬間に、一心は全ての化生を斬り伏せた。

 

 

「ふん、なんと他愛のない奴らじゃ」

 

 

 塵芥と化した妖に目もくれず、一心は刀を収める。ひとまず目に付く人外は全て片付けた筈だが、相も変わらず不穏な気配は漂ったまま。どころか先程よりも強く、濃くなっていく。これは、斬り伏せた化生などとは比べ物にならない妖気だ。

 明らかな格の違い──間違いなく、己と同様の存在がいる。黄泉より現れた亡霊達が。

 

 

(くくく⋯⋯存外に、意味はあったのやも知れぬな)

 

 

 自然と、一心の足は気配のする方角へと進んでいた。どれ程の強者がいるのか、楽しみで仕方がない。流る血潮は熱くなり、鼓動は歓喜に早鐘を打つ。やはり自分は、どこまで行っても剣に生きる者なのだと、改めて自覚する。

 

 

 

 だが、一人の剣士である前に、葦名一心は国を治める主であった。民草を守り、葦名の国を築き上げたのは、間違いなく彼の人望とその精神があったからこそ。強さを求めると共に、守るべきものがあるからこそ一心は剣を振るうのだ。

 

 

 故に、許せぬ。

 

 この、眼前に広がる惨状は。

 

 

「⋯⋯なんと、惨たらしいことよ⋯⋯」

 

 

 気配を追い、辿り着いた場所。小さくはあったが、そこには集落があった。家屋、畑、何気ない日常その全てが、真紅に染まっている。流れるのは血河、夥しい屍から滴る血が地面を濡らし、真っ赤な泉を作り出している。

 なんという無情、無慈悲、無念。これ程の惨劇、戦国の只中にもあろうものか。戦場の武士が散るのではなく、犠牲になったのは何の罪もない民草だ。

 

 男衆、女子供、力なき老人。その全てが無惨に殺戮され、肉塊となり転がっている。五体満足に残っている亡骸など一分足りとも見当たらず、尽くが目を覆いたくなるような有様だ。

 中には自らの子であろう、小さな赤子を抱き事切れている母親らしき姿もあった。らしき、というのは⋯⋯あまりに異様な死に方ゆえ、このような表現しか出来ないのだ。その死体は黒く焼け焦げ炭化しており、まるで落雷にでもあったかのよう。如何な手段を用いたとて、このような殺しが只の人に出来る訳もない。

 

 つまり、この惨劇を生み出したのは⋯⋯。

 

 

 一心が解を得る、その時であった。

 

 

「───これはまた、異な方がいたものですね」

 

 

 凛とした声色。透き通るようなその声からは想像すら出来ぬ途方もない殺意。どこまでもどす黒い死の気配は、一切の慈悲なき一撃でもって迫る。

 雷鳴───それ即ち雷の矢。大気を裂き、光が如き速度を持って飛来する。なるほど、人を炭人形と化したのはこれであったか、と一心は納得する。そして背後より来る雷を受け止め──返した。

 

 それは、古より葦名に伝わる秘伝の技。雷は、神業無くば弾き返せぬ。即ち、地に足つけぬ雷返しなり。

 

 

「!」

 

 

 返される、などと思いもしなかったのか、矢を穿った影は驚愕に目を見開く。だが、対処出来ぬことはない。冷静を欠くことなく、即座にその場を脱する。

 炸裂する雷。一帯を焦土と化す破壊力は、人体などひとたまりもない。痛みすら感じる間もなく死せるであろう。

 

 

「里ごと塵と化すつもりで放ったのですが⋯⋯存外、ただのはぐれではなさそうですね」

 

「あははは! こりゃ荷が重いかも知れへんねぇ。手ぇ貸したろか? ライダーはん」

 

 

 ひどく無邪気な、しかし狂気を孕んだ少女の声。先の女も大したものであったが、妖気に関してはこちらの方が上回る。

 一心が見据える先、暗闇より出ずる二つの影。姿形は異なれど、纏う気配は人ならざる者。此度呼ばれた己と同じ、英霊として生を得た者達だ。

 

 一つは滑らかな黒髪が目に付く女将。見目麗しい、見惚れる程の美しさ。その完成された佇まいは、彼女が優れた武芸者である事実を裏付けている。

 対して笑う少女の姿。幼子の額に生えるは一対の角。驚くことに彼女は鬼であった。酒を片手に笑い転げるその姿、一心の知る鬼とは程遠いが、内に潜む狂気は凄まじいものがある。

 

 そして何より漂う死の香り。生々しく、脳天を貫くような血臭が二者からは漂っている。まるで、数多の血肉を貪ったような。

 

 

「これはお主らの仕業、ということか」

 

「ええ。それが我らの役目。生者を一切鏖殺する、英霊剣豪の宿業⋯⋯」

 

「何?」

 

 

 ずるり。またずるり。闇より這い出るは黒い陰。禍々しき妖気を纏い、四の修羅が現れる。

 

 奇妙な出で立ちの、術士めいた男。

 幼子にしか見えぬ、しかし鋭い殺気が滲み出る少女。

 星のような銀の髪が美しい、炎のような紅い瞳を持つ女。

 黒頭巾を羽織る男の腰には一本の刀。生半可な覚悟を斬り捨てるが如き剣気は、一心とて驚嘆を覚える程であった。

 

 先の二騎は彼らの元へ集い、並び立つ。

 

 この六騎こそ、屍山築きし鬼。黄泉より現れし悪鬼羅刹の英霊剣豪である。

 

 

「カカカッ! 悪逆非道の賊共も、ここまで集えば圧巻よのう!」

 

 

 だが、葦名一心は露ほども恐れない。どころか、さも愉快とばかりに笑うのだ。召喚されたるは一切鏖殺の悪鬼達。それらを前にしてなお、はぐれ者は笑っている。

 その在り方は本来あるべきものとは真逆。非道に堕ちし英霊は一人一人が一騎当千の力を持つ。六騎が揃ってしまえば決して殺せぬ、そう断言出来る程に。待ち受けるは死だというのに、一心には恐怖というものが欠片足りとも遍在しなかった。それがどうしようもなく、黒頭巾の興味を引いた。

 

 

「ほう、我らを賊と言うか」

 

「賊じゃろうて。ただ殺し、奪う。その姿のなんと醜悪なことか。お主らなど、血に酔った(けだもの)よ」

 

「⋯⋯我らを前にしてその豪胆、余程の自信があると見える。だが、忘れてはいまいな」

 

 

 空気が軋む。音なき音が奏でる旋律は、想像を絶する恐怖に満ち溢れていた。人どころか、生半な英霊ですら恐れ慄くであろう。六騎の放つ黒き意思というのは、途方もなく悪を極めていた。

 

 それぞれが己の得物を携える。同時に膨れ上がる尋常ならざる殺意。それだけで大地はたわみ、木々はざわめく。夜の闇が一層深まり、紅い月は一際輝きを増していく。お膳立ては済んだとばかりに、辺りは巨大な妖気で満たされた。

 

 

「宿業負いし悪鬼だとして、我らにも矜恃というものがある。それを踏みにじる行いが、如何に愚かなのかを教えてやろう」

 

 

 黒頭巾の男が刀を抜く。見事な業物、それ以外に特筆すべき点はないが、故に実直。剣術に際しては、此度召喚された英霊剣豪の中でも右に出る者はいない。対峙したとして、瞬きのうちに斬り捨てられるであろう。

 そして英霊剣豪は現時点で六騎(・・・・・・)。例え一人を切り抜けたとして、矢継ぎ早に死が降り掛かる。奇跡でも起きぬ限り、一心に勝ち目などなかった。

 

 だが、悪鬼達は知る由もない。

 

 葦名一心が何故剣聖足り得たのかを(・・・・・・・・・・・)

 

 

「───ほざけ、下郎」

 

 

 瞬間、剣が空を裂いた。鋭い、などと一言で片付けるには余りに強大な、抗うことの出来ぬ一振り。黒頭巾の男が気付く頃には、その霊体は一刃に伏されていたのだ。

 しかし、傷など何処にも見当たらない。当然だ、一心は刀など抜いてはいない。純粋に剣気を放ったのみ。単純明快、何のからくりもない、ただの脅しだ。

 それでもなお、刻まれるのは強烈な死への心象。単なる気迫のみで英霊が怖気付くなどと、有り得て良いのか? 

 

 

「儂は、ただ斬り続けてきた」

 

 

 ゆらりと、一心は歩む。静かに、音もなく。

 

 

「猛き武士もおれば、下賎な賊の類もおる。じゃがそ奴らは皆、百折不撓の信念を持ち戦っておった。その記憶の残滓は、今も儂の中に生きておる」

 

 

 抜き放たれるは黒の不死斬り。

 殺せぬものを殺す、不死断ちの刀。

 

 

「お主らはどうじゃ。殺す為だけに殺す⋯⋯幾千の屍を積んでなお、凶刃を振るい続けるのじゃろう。ならば、止めねばならぬ」

 

 

 研ぎ澄まされる剣の心。

 民に仇なす鬼を討たんと、その刃は頂きへ登る。

 

 

「お主らを──斬るぞ」

 

 

 剣聖の一閃が、闇に煌めいた。

 

 

 

 

 

 






ぶつ切りのようになって申し訳ない限り。本格的な戦闘は次回になります。

感想を頂いた中でもチラホラ散見されるんですが、この人多分ランサーでも行けるんじゃないですかね⋯⋯。アーチャーは銃ブッパしてるだけだからキツいだろうけど。連射出来んのは意味不明だけどな!

なおクラスは言うまでもなくセイバーです。
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