奏でるは剣聖の調べ   作:SKYbeen

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『竜閃』───それ即ち竜の息吹なり。

 

 地を割り穿つ嵐の刃。質量を持たぬ真空はたちどころに肉を裂き骨を斬る。鋼すらも両断する一閃を受け止めようとし───寸前、黒頭巾は即座にそこを脱した。

 直後、地鳴りのような轟音が遅れて木霊する。剣の軌跡が残した痕、さながら竜が大地を喰らったが如く。深々と抉られた地面はその威力を物語っていた。もしあのまま防御を選んでいたのなら、塵となり消し飛んでいたであろう。

 

 何より、あれに魔力を毛程も感じない。通常のサーヴァントのように宝具や魔術を行使するのではなく、ただ純粋な技量のみで刃を飛ばしている。途方もない修練を積まねば、あんな芸当は不可能だ。

 

 

「善い判断じゃ。今ので死する方が楽であったやも知れぬがな」

 

「たかだか刃を放つ如きで大層な自信だな。その驕り、致命の隙と知れ」

 

「む?」

 

 

 膨れ上がる妖気。足元へ赤黒の血煙が収束し、やがて一つの大蛇となった。一心へ喰らいついた大蛇の口内、呪詛で満たされた空間は獲物を融解する。相手を拘束しゆっくりとなぶり殺しにしていくとは、何とも趣味の悪いやり方だ。

 何かしらの策を講じねば死ぬ。だが、呪いに関する知識はない。仮にあったとしても、これ程の呪詛を突破するには至難を極める。

 それでも一心が動じることはない。相当な術に違いないが、これは形あるものだ。ならば、斬れるではないか。

 

 閃く剣。音を置き去りにした神速の刃は幾重にも刻まれ、一瞬で大蛇をこま切れにしていく。形を保てなくなった大蛇はやがて霧散し、魔力の残滓となり消えていった。

 

 

「実に見事。ならば、これはどうです?」

 

 

 機を逃さんとばかりに射るは女将の雷。紫電纏いし六の矢が一心へ迫る。ほぼ同時に放たれた雷の全ては返せぬ。ここは弾くのが解であろう。六の矢を一間に弾くなど、一心にとっては容易い。その上、何の狂いもない正確な矢はかえって斬りやすくもある。何処を狙っているのか、殺気が明確であるからだ。

 一度鞘に納め、放つ。それは一振りなれど、一つにあらず。居合は葦名流のお家芸とも言える技だが、いちどに無数の斬撃を刻めるのは一心のみ。

 

 分かたれた紫電はあらぬ方向へ飛び、一帯を焼き焦がす。瞬時に炭化する電撃は天晴。が、当たらねば豪華な花火に過ぎない。今更雷程度で、葦名一心の命には届かない。

 

 

「⋯⋯よもやあれまで防ぐとは。数も力も、先より上の筈なのですが」

 

「そりゃあ、あないな花火で仕留められるわけないやないの。役立たずは下がっといた方がええんちゃう?」

 

「なんじゃ、仲間割れか? 」

 

「あら、仲間なんて嫌やわぁ。この牛女なんて、見てるだけで虫唾が走るゆうのに」

 

 

 この上ない侮蔑を同胞に向けるとは、堕ちた身とて浅からぬ因縁からは逃れられぬようだ。生前からか、はたまた現界してからか。いずれにせよ仲違いしているのなら、それは突くべき隙だ。が、彼らは人並外れた英霊の集い。生半には攻められぬ。現に、鬼の少女からはとめどない魔力が迸っていた。

 

 

「まぁ⋯⋯うちらどこもかしこも狂てしもてるからね。同類ってことは否定せんよ?」

 

 

 ぽたり。盃より零れ落ちる一滴の水。地面に染み込んだと思えば、途端に押し寄せるは鉄砲水。森を呑み込み喰らう、万物を溶かし尽くす魔酒である。

 蔓延する酒気は生命という生命を酔わせ、蕩けさせる。鬼は皆すべからく酒を愛飲するというが、よもやそのものを宝具と化すとは思うまい。一心とて面食らったが、しかしにやりとしたり顔。一度触れれば骨まで溶かす魔酒ではあるが、それはそれ。何よりこれは、酒なのだ。

 

 

「───かぁぁっ!!」

 

 

 吹き抜ける疾風。横なぎに払われた竜閃が、今にも呑み込もうとする波飛沫を弾き飛ばす。霧と化した酒が大気へ消え、代わりに立ち込めるのは芳醇な酒の匂い。鬼ですら酔いしれる強烈な酒気は、一心にとってはむしろ褒美。芳しい酒の匂いが、ますます一心の口元を緩ませる。

 

 

「たまらぬ香りで誘うものよ! お主、中々の逸品を持っておるな!」

 

「あら、分かるん? とっときの酒なんやけど⋯⋯あんたとは旨い酒が呑めそうやねぇ」

 

「全くじゃ。お主が悪鬼でなければ、語らいながら盃を交わしたいものよのう」

 

 

 敵と敵。そんな事実は分かり切っている。だが、不思議と一心は小さな鬼を嫌いにはなれなかった。無論、彼女は世に仇なす英霊剣豪の一柱。斬らねばならぬ敵だ。敵なのだが⋯⋯。

 もし、彼女がまともであるならば。一心にとっては数少ない、酒を呑み談笑に花を咲かす相手になっていたことだろう。それが、何よりも口惜しい。

 

 だからこそ、剣気は未だに保たれたまま。いつ如何なる一瞬でさえ剣を抜けるように。ここは戦場、余裕は見せても隙を見せてはならぬ。僅かばかりの隙を晒せば待つのは死、常に気を鋭く研ぎ澄ますが故に、どれだけ苛烈な攻撃にも耐えられるのだ。そう、眼前に迫る、燃え盛る炎へと。

 異常なまでに温度だ。ちりちりと肌を灼く紅蓮の火は勢いを増し、焼け野原の夢幻地獄へと変えていく。

 

 この炎を、よく知っている。

 

 これは、怨嗟の炎だ。

 

 

「ぬぅ⋯⋯!」

 

 

 まとわりつく憎悪の火。一体どれ程の恨みが積もればこの炎を生み出せるのか、想像すらおぞましい。かつて斬った怨嗟の根源、それに匹敵する憎しみが途方もない熱を持ち襲いかかる。

 後退、それはせぬ。恐ろしいまでの炎、一心とて怯む威力だが下がれば突け入れられる。向こうの連携は皆無にしても各々が強大な英霊、下手な策は死を招く。ならばここは、攻めるのみ。

 

 切っ先を地面へ突き刺し、力を込める。迫るは怨嗟の炎、全てを跡形もなく燃やし尽くす極大の火。魔の術を持たぬ一心が防ぐ通りはない。しかし防げぬのなら、喰らうまで。

 

 

「はあぁ⋯⋯ふんっ!!」

 

「!」

 

 

 全力で振り上げた剣が放つは、炎。地面を走る炎はやがて刃を形取り、怨嗟の火を喰らっていく。まるで餌とばかりに呑み込み巨大となる刃は炎の主へ迫り、回避を余儀なくされた。

 全速の離脱。数瞬遅れ、炎刃が激突する。炸裂する灼熱の奔流、それはひたすらの破壊であった。たちまち炎は燃え盛り、更なる紅蓮に染め上げる。闇夜を煌々と照らす火は、かつて日の本を包んだ戦火そのもの。

 

 怨嗟を覆う、修羅の火だ。

 

 

「私の炎を喰らうなど⋯⋯何者なのですか」

 

 

 炎を放った主は怪訝に眉を潜めた。ただならぬ剣気を持つ、はぐれのサーヴァント。相対したその瞬間から、一心が尋常の存在でないことは理解していた。六騎の悪鬼達を前に堂々たる不敵の面構え、それに違わぬ剣の技。挙句の果てに炎すら操るなど、かような英霊は聞いたことすらない。得物、出で立ちから察するに日本の英霊ではあるのだろうが、正体はまるで分からずじまいだ。

 

 その疑問は彼女だけではない。皆が皆、並々ならぬ警戒を抱いていた。そんな彼らをよそに、確と一心は言い放つ。

 

 

「儂はただの、人斬りよ」

 

 

 人斬り。一心はそう名乗った。葦名の国を築き、国盗りすら為した男が、己を人斬りなどと。

 いや、自分は人斬りなのだ。どこまで行っても断ち切れぬ剣への渇望、抜け出すことなど敵わない泥沼のような情念。内に燻り続ける残酷な願いが人斬りでなくてなんなのだ。綺麗事をほざこうと、数多の兵を斬り伏せてきた。それら全てを糧とする為に。故に自分もまた、修羅となんら変わらぬ。修羅であるからこそ、斬らねばならぬ敵がいる。

 

 

「さて、死出の用意は済んだか? ⋯⋯そろそろ仕舞いとするぞ」

 

 

 一気に高まる剣気。極められた居合は、気付かぬ間に切り刻む。狙いを定め、一歩を踏み出さんとする一心。しかし、途端に動きが止まった。

 

 

「⋯⋯ぐ、お」

 

 

 一心の足元、妖しげに明滅する五芒星あり。血のように真紅に染まる魔法陣は、たちどころに一心の自由を奪う。身体どころか指一本すら動く気配はない。これは一体、どうしたことだ。

 

 

「貴様こそ、侮り過ぎたな」

 

 

 身体を縛られ動けぬ一心。彼の背後より聴こえた言葉を言い終わる頃には、肉体を一太刀の下に叩き斬られていた。舞う血飛沫は地面を染め上げ、夥しい血液がとめどなく流れ落ちていく。

 神速の剣。剣の頂きに登った者のみが放てる人外の技。そこへ辿り着くのは何も一心だけではない。確かにこの男は、至高天へと登り詰めている。

 

 セイバー・エンピレオ。

 

 彼もまた、剣を極めし者の一人。僅かな一瞬でも、斬り捨てる。神速の技は、あらゆる命の一切を両断する魔剣であった。

 

 

「黄泉へ渡るのはそちらだったな。だが六騎相手にここまで渡り合うとは、見事であったぞ」

 

「⋯⋯」

 

「言葉も出ぬか。それも然り、我が剣は霊核を斬り⋯⋯む?」

 

 

 勝ち誇り、獰猛な笑みを張り付ける。愉悦に歪む顔はしかし、徐々に困惑へと変わっていった。

 我が切っ先は確実に霊核を斬り捨てた。疑いようのない事実は、刀を振るう本人が理解している。自分程の剣鬼が、仕損じることなど有り得ぬのだ。

 

 だというのに⋯⋯何故、倒れない? 

 

 

「流石、と言ったところかのう。伊達に剣豪を名乗っておらぬわ」

 

 

 致命の一撃を受けた。この場にいる誰もが葦名一心の死を確信していた。だが、生きている。確と大地を踏み締め、確固たる姿にて顕現している。

 何故、深傷を負った一心が消滅しないのか。その理由は実に、実に単純であった。

 

 深く裂かれた胴の傷が、何事も無かったかのように塞がっていた。

 

 

「⋯⋯何故、生きている」

 

「死ねぬのよ。ただ斬られた如きではな」

 

 

 黒の不死斬り、銘は開門。黄泉より死人を帰したる呪われた妖刀。竜胤の血を依代に、死者を全盛の姿でもって甦らせる。そうして現世に降り立つ者は、その身を不死とするのだ。

 英霊として現界した葦名一心。全盛の姿とは、戦国の只中国盗りを為した一心ではなく、不死斬りにより復活した瞬間のもの。隻腕の狼と死闘を繰り広げたあの時こそ、真に力を振るった文字通りの全盛だ。

 

 故に、死なぬ。あらゆる死が、黄泉へと渡る魂が、肉体に押し留められる。生命を斬り裂く魔剣であろうと、煉獄の焔であろうと、生という枷からは逃れられぬのだ。

 

 

「もう充分か? ⋯⋯往くぞ」

 

 

 身じろぎ一つ不可能な術、抜け出すのは如何なる手段を用いようと困難である。優れた術士、あるいは純粋なる圧倒的力量。いずれかを持ち得る者のみが破壊可能の呪縛。一心が当てはまるのは言うまでもなく、後者であった。

 少しずつ、微かにだが取り戻しつつある身体。生じた異変を察知し、出を潰さんとエンピレオは刀を抜く。

 

 一閃。隼でさえ斬り落とす剣はしかし、一心へ届くことはなかった。その一太刀が触れる頃には、既に呪術による拘束から解き放たれていたのだ。此度現界した一心のクラスはセイバー。元より対魔力に優れてはいるが、こと一心に関しては頭一つ抜けている。身体を縛る程度の術など童子の悪戯に過ぎぬ程に。

 ほんの僅かだとしても動きさえすればこちらのもの。自由の身となった瞬間に迫る剣を弾き、返す。

 

 

「我が初太刀を弾くとは⋯⋯。貴様の剣、ただ殺すにはあまりに惜しい」

 

「カカッ、身に余る光栄じゃ。じゃが⋯⋯口を開く余裕があるのか? 既に、お主を斬っておるぞ」

 

「ふ、世迷言を───!?」

 

 

 瞬間、仰々しく噴き上がる血潮。ばっくりと斬り裂かれた傷からは夥しい鮮血が流れ落ち、堪らずエンピレオは膝を着く。刀を支えにせねば立てぬ程、深い傷が半身に刻まれていた。

 有り得ぬ。奴が選択したのは防御。己の剣を弾いたのは驚嘆に値するが、間違いなく自身の身を守る為に剣を構えたのだ。だというのに何故、この身体は斬られている? まさかあの一瞬だけで、攻防を全く同時に行ったとでもいうのか。

 

 人の域を超えている、そんな次元の話ではない。至高天の技量を持つ自分でさえ見切れぬ所作、未だかつて相見えたことのない力は、我が剣を優に上回っている。そのたった一つの事実がどれ程の動揺を生んだか。

 

 だが、悪鬼羅刹の宿業背負いしこの身は尋常の術では殺せぬ。奴が不死ならば、こちらもまた死なずの身体。肉を断ち、骨を砕き、心の臓を貫こうとも瞬時に癒え死ぬことはない。塵一つ残らず消滅せぬ限り、その命に際限はないのだから。

 

 そうだ。どれだけ斬られようとも死なぬのだ。

 

 ならば、この傷が塞がらぬのは、どう説明する? 

 

 

「馬⋯⋯鹿な⋯⋯! 傷が癒えぬ⋯⋯ッ!?」

 

「やはり、か。お主らもまともには死なぬようじゃのう」

 

「貴様⋯⋯一体何をした!?」

 

「なに。死なぬ者を殺す、それが儂の剣ゆえな。不死であろうとも過たず断ち斬るのよ」

 

 

 一心が携える刀。黒い靄が滲み出る妖しげな刃にはただならぬ力が内包されている。その特異性は数多ある妖刀の中でも突出した代物と言えるだろう。不死斬りの名の通り、一心の刀は不死の生物を殺す。ただ殺すだけでは死なぬ生命、即ち世界の理を歪める存在の尽くを黄泉へと送り帰す力だ。

 不死斬りに斬られた者は如何様な手段を用いようと癒えぬ傷を負う。霊核へ届かなかったのが幸いであるが、一歩違えば確実に断ち斬られていた。

 

 

「儂は⋯⋯怒っておる」

 

 

 静かに語る一心。一つ、また一つ言葉がこぼれる度、英霊達は感じ取っていた。肌で、本能で、その霊基で。並々ならぬ怒りが、一心より沸き立ち始めていることを。

 

 

「武の心得がある兵ならいざ知らず、何の力もない弱者達をお主らは殺す。慈悲の声に耳も貸さず、己が愉悦の為だけに⋯⋯。許せる訳が、なかろう」

 

 

 無論、多少武に覚えがある者とて敵いはしないだろう。たかが武術が強いだけの人間など、彼らからすれば有象無象の雑兵にしか過ぎない。猪突猛進に刀を振り回す兵も、恐怖に怯え死に震える民草も、皆等しく刀の錆びとする。

 

 兵をたった一太刀の下斬る。或いは炎で焼く。雷で消し飛ばす。酒に溺れ溶ける。大蛇に呑まれ喰われる。

 いいだろう。武士とは死せるが本望、命を賭し戦の果てに散るのなら何の悔いはない。例えそれが、人外れた化生だとしても。

 

 だがそれが、民草なれば? 

 

 血の匂いが立ち込める戦場とは打って変わり、彼らが送るのは平穏な日常。他愛のない、それ故に大切な日々。戦火とは程遠い場所こそが、帰るべき故郷なのだ。

 しかし昨日と変わらぬ筈の明日が、突如として地獄へと様変わりする。物言わぬ肉塊となる父親、泣き叫ぶ我が子を抱き、許しを乞う母親。それら全てを引き裂き、血肉を貪る。悪鬼共は、それこそが与えられし天命であると信じて疑わない。

 

 

 巫山戯るな。

 

 何が宿業か。何が英霊か。

 

 人の道を外れ、外道へと堕ちたる者共。何処まで行っても拭い切れぬ悪を、一心は許しはしない。

 

 

「───かような真似が許されると思うてかぁっっ!!!」

 

 

 吼える一心の、烈火の如き憤怒。怒りに呼応し、森を包んでいた業火が意思を持つかのように燃え上がる。

 かつては国の主として兵を率い、民草を守護した。時には酒を振る舞い、分け隔てなく日々を共にした。何にも変え難い家臣と、自らを慕い集ってくれる民。葦名という国は彼らがいたからこそあったのだ。

 民なくして国はない。彼らの所業は、国そのものを死へ追いやる非道。無辜の人々を殺し続け死を重ねるなど、断じてあってはならぬ。

 

 故に、斬る。

 

 それが、我が定めなれば。

 

 

「逃がしはせぬぞ⋯⋯お主らを斬り捨てるまではなぁっ!」

 

 

 黒の不死斬りが渦を巻く。漆黒の炎、あるいは軌跡。不死斬りに秘められたる力が雄叫びを上げ、世に解き放たれんとしていた。人に仇なし、世に背く悪を消し去る決死の一振りは滾る憤怒を乗せ───振り下ろされる直前、一心はピタリと動きを止めた。

 

 術、ではない。他の英霊剣豪が阻んだ訳でも無い。妖しげな気配、膨れ上がるそれを奥より感知した故。

 

 

「───いやはや。稀代の英霊達もかくやの立ち回り、全くもって見事なものです。塵芥のはぐれが多い中、貴方はどうやら当たりのようだ。ですが⋯⋯そこまでにして頂きましょう」

 

 

 なんと癪に障る声色か。黒い靄から現れたのは、奇異な出で立ちの男。相対した際に見た術士だ。底意地の悪い笑みを張り付け、さも愉快とばかりに一心を見やる。品定めするかのような目付き、一心が最も嫌悪する下衆の眼だ。それに、この男は何かがおかしい。

 云わば先天的な、悪。類を見ない程の外道、悪鬼羅刹の名に相応しい悪意に満ちた存在。同時に、彼らを狂わせたのもこの男の所業なのだと。誉れ高き英雄の魂、それを地の獄へと引きずり込むなど並みの術では到底敵うまい。

 

 

「そやつらを狂わせたのはお主じゃったか」

 

「狂わせた、と? フフ⋯⋯ハハハハハァ!! これはおかしなことを仰る! 彼らはなるべくしてなった者、私はただきっかけを与えただけに過ぎません故」

 

「抜かしよるわ、舌先三寸の道化師が」

 

「然り! 我が忌み名"キャスター・リンボ"、欺き惑わし陥れる道化師にございますればァ」

 

 

 リンボと名乗る男はこれでもかと大仰に頭を垂れた。相も変わらず外道の面を刻み付け、人を逆撫でするかのような声色でのたまう。

 今この場で斬り捨てるのは容易い。だが、一心は斬らない。このキャスター・リンボ、純粋な強さはどの英霊剣豪よりも劣り、なれど悪辣さは誰よりも上回っている。先の五芒星から察するに操る術は厄介極まりなく、無策で挑むのは自殺行為に等しい。故に、機を伺うのも戦いの定石だ。

 

 だがそれは相手も同じ。一切鏖殺の業を背負いし英霊といえど、殺し続けるだけが脳ではない。召喚された英霊なれば、主の元へ帰還するのは当然の帰結と言えるだろう。

 

 

「我ら同じ死なずの身、なれどそれを殺す力を貴方は持っている。加えて六騎に一歩も引かぬ実力、これは些か分が悪い。今宵はこれにて閉幕と致しましょう」

 

 

 言い切ると同時に、突如として暗い霧が周囲に立ち込める。一寸先さえ見えぬ闇、姿形を覆い隠す幻惑の術は一心すら欺くもの。英霊剣豪の放つ鋭い殺気が朧となり、やがて感じ取れなくなり始めた時。幽かに届いたその声が、一心を驚愕させた。

 

 

「ではまた次の機会に───葦名一心(・・・・)殿」

 

 

 それを最後に消え失せる六騎の鬼。霧が晴れた頃には夜は明け、太陽の見下ろす昼間へと戻っていた。燃え広がっていた火の山もいつの間にやら鎮火している。息が詰まりそうな妖気も霧散し、さえずる小鳥が平穏を奏でていた。その光景はまさに泰平の世に相応しいもの。戦いの爪痕は残れど、化生の類が現れる気配はない。

 

 

「あやつ⋯⋯何故儂の名を」

 

 

 にも関わらず、一心の面持ちは曇っている。仕留めきれなかった、それもあるだろう。だが何より気掛かりなのは、あの術士が己の名を知っていたことだ。

 国の主であったとはいえ、葦名は北の小さな領地。如何に一心が強大とて国力そのものは脆弱極まりない。故に、葦名は滅びを迎えたのだ。喰われ埋もれた小国など後世にまでは残るまい。ちっぽけな国の領主など、どうして歴史に残ろうものか。

 

 

(まぁ、良い)

 

 

 疑問は胸中に秘め、ひとまず剣を収める一心。人里目指し、その歩みを進める。

 逃がしはしたが、深手は与えた。例え傷を癒す術があったとて、死なずを殺す手段がこちらにはある。ならば、相応の抑止にはなるであろう。

 

 次に相見えた時、それこそが彼らの最期。一刃に伏す決意を改めて固め、一心は去った。

 

 

 火花散る剣豪達の死合舞台。

 此度制したのは一心であったが、果たして───? 

 

 

 




遅くなり大変申し訳ない。修羅一心様に勝てんのです。なんで炎出せるんですかね⋯⋯(怖気)

さて、英霊剣豪の所業にブチ切れの一心様でした。正直何の罪もない人々が殺されてるってなると真っ先にキレそうなのが一心様だと思うのです。人望も厚かったみたいですし、こういうのを最も嫌いそうだと自分は思ってます。

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