「おおおおおっっ!!」
「⋯⋯」
紅の夜に木霊する、剣と槍の煌めき。火花散る死闘は見る者全てを滾らせる程、灼熱を帯びていた。
疾風が如き槍が迫る。それも一つや二つではない。無数の突きが心臓を抉らんと闇を駆け抜けていた。生半な技量では捌けぬ技はしかし、いとも容易く封じられる。その突き全てを弾き、エンピレオは距離を取った。
「どうした。先程から芸のない。それとも我が槍術の前に手も足も出ないか?」
「⋯⋯」
彼に対峙するは身の丈程もある十文字槍を構える一人の僧。不敵な笑みを浮かべ、まさしく槍のように鋭い闘気を漲らせる。
名を宝蔵院胤舜。『その槍神仏に達す』とまで謳われた、無双の槍術の担い手である。
純粋な技量のみで言えば、彼はどの英霊剣豪をも上回る。熟達した槍の技、磨き抜かれた戦いの作法。どれをとっても一流のそれだ。およそ人の達しうる限界、まさに無双の技を持っている。
「来ないのならば、こちらから行くぞっ!」
疾い。いや、疾すぎる。脳が物事を考える前に、エンピレオは防御の体勢に移っていた。
その突き、まさに神速。如何なる技をも捌く筈が、鋭い槍の切っ先は僅かながらに肩を掠める。これ程の槍術、もはや知覚する以前の問題だ。生じる殺気を読み剣を構えねば、いつしかこの心臓に達するであろう。
だが、恐れはない。
神の槍すら容易く超える剣を、この身体は知っている。あらゆる意味で、真に恐怖を覚えたのはただ一つ。如何に無双を謳おうともあの剣に⋯⋯あの男に勝る技など存在しない。
故に───
「足りぬ」
「ッ!」
突如肥大する殺気に、胤舜は一瞬息を呑んだ。
この槍を向ける相手が人外のものとは理解している。サーヴァントといえ、あの男が纏う妖気は異常だ。いや、奴に限らず、この場にいる全ての者が常軌を逸している。四騎の英霊剣豪を相手取るなど、無双の槍術を持ってしても無理難題だろう。
だからこそ、死力を尽くして戦うのだ。せめて、出逢って間もない彼女たちを護る為に。ならばこそ、全力で命を燃やそう。
その不滅の覚悟を持ってすら、相対する剣鬼には空恐ろしいものを感じた。凄まじいまでの殺気、今までは本気ではなかったということか。
「足りぬ⋯⋯だと? 俺では役不足ということか」
「然り」
短いその言葉を皮切りにエンピレオは迫る。間合いを一気に詰め、勢いそのままに斬り下ろした。尋常ではない速度に反応が遅れる胤舜だが、持ち前の技量でそれを補いはじき返す。あと一瞬出遅れでもすれば、今頃この身体は断ち斬られていたであろう。それ程までの、剣。速度も鋭さも、これまでとは段違いだ。
「言うだけのことはある⋯⋯だが!」
「⋯⋯ほう」
それでもなお攻めの姿勢は崩さない。携える槍をより研ぎ澄まし、胤舜は神速の突きを放つ。向こうが本気を出すというのなら、こちらもそうするまで。限界を超え、更なる武の境地へと。
どれもが必殺の力を孕むその槍を、しかしエンピレオは平然と防ぐ。はじき、避け、時には剣を振るう。それに応えるかのように胤舜の槍はより速度を増していく。もはや目に捉えられぬ程の剣戟が、今この瞬間繰り広げられていた。
(一騎だけでも討ち取らねば⋯⋯!)
しかし拮抗しているように見えて、その実胤舜は窮地に陥っていた。無論、この剣鬼に劣っているということはない。問題は今置かれている状況だ。迫る鬼は、何も一人ではないのだから。例え一人討ち果たしたとして、背後の暗闇には三人もの英霊剣豪が居る。今は何故か不気味な程に静観しているが⋯⋯一瞬足りとも気は抜けない。
故に、死ぬ訳にはいかぬ。ここで死ねば逃げた彼女達を追い、始末するだろう。それでは食い止めた意味がない。
命を賭して、敵を討ち果たす。それこそが与えられた天命。無双の槍を持って、悪しき鬼共を穿つのだ。
ならばこそ、ここで決める───!
「朧裏月⋯⋯いざ参る!!」
決死の覚悟を決め、胤舜は構えた。それは武を求め続けた胤舜が辿り着いた、文字通り無双の術。幻影のように浮かび上がる十一の形はやがて胤舜本人へ収束し、圧倒的なまでの"技"が完成された。
『朧裏月十一式』
それこそが、宝蔵院胤舜を体現する究極の宝具。あらゆる技を凌駕し、如何なる太刀筋すらも凌ぎ切るまさに初見殺しの術。
大気が震える程の技を持ってして、胤舜は一気に踏み出した。
「⋯⋯!」
音の壁など容易く超えた渾身の突きを、しかしエンピレオは一切の防御すらなく⋯⋯その身に全て受けた。一撃が必殺の威力を秘める十一の槍を、まるで木偶のように。肉は裂け、心臓は貫かれ、鮮血を迸らせながら吹き飛んでいく。
「なんだ⋯⋯?」
背後の木に激突し、力なく地に伏したエンピレオ。誰が見ても息絶えている、そう断言して相違ない。事実、胤舜も確かな手応えを感じていた。宝具を直に受けたのだ、生きているのがおかしな話。間違いなく、槍は霊核を打ち砕いている。
だというのに何故、消滅しない?
「⋯⋯見事。実に、見事なり」
「ッ!? 馬鹿な⋯⋯!!」
意図せずして後ずさりしたことに、胤舜は気付かなかった。ゆらりと幽鬼のように起き上がるエンピレオを目の当たりにして、本能的に恐怖を抱いたのだ。
有り得ぬ。この槍は確と霊核を砕いたはず。仮にそうでなくとも持ちえる技を全て叩き込んだのだ。人智を超えた魔物とて、無事で済むわけがない。
「無双を謳うだけのことはある。先の槍、全てを受け切るのは至難であろう。だが⋯⋯悲しいかな」
静かな、それでいて色濃い殺意を捉えた胤舜は、寸分の狂いもなく槍を構えた。いつ、如何なる技が来ようとも防ぎ切る。今の自分にはその自信があった。
身体に走る、鋭い激痛を感じるまでは。
「貴様は、真の無双を知らぬ」
まるで、見えなかった。
気付いた時には、時すでに遅し。胤舜の胴には、深い刀傷が刻まれていた。いったいどの瞬間に斬られたのか、知覚すら敵わない。存在そのものが消失した、そう形容してなお余りある剣。
膝を着き、溢れ出る血を見て理解した。この男は、全く底など見せてはいなかったのだと。自分を値踏みし、力を計り⋯⋯本気を出すに値しないと判断した。それはまさしく、決して覆らない差があることの証明に他ならない。
完敗だ。そして、敗北した者に残されている道はただ一つ。鬼よりもたらされる確実な死が、眼前に迫っていた。
自身が斬り捨てた相手に向き直り、エンピレオはゆっくりと歩み寄る。血の滴る刃を構え、潔くとどめを刺そうと⋯⋯。
「おおっと! そこまでにして頂きますよ、エンピレオ」
そうして刀が振り下ろされる寸前、いやに耳障りな声が耳に届いた。見ると、闇より現れる妖しげな男。他の英霊剣豪とは違う、異様な空気をまとう男───キャスター・リンボは胤舜の元へ近付いていく。
「ンン〜⋯⋯素晴らしい大立ち回りでしたねぇ、宝蔵院胤舜殿。ですが、これ以上勝手をされては困るのですよ」
「貴様は⋯⋯貴様達は⋯⋯一体⋯⋯!?」
「それは既に知っているはず。何故ならアナタもまた、英霊剣豪の一人なのですから」
リンボが言い終わると同時に、胤舜の足元には紅い五芒星が輝いていた。一度囚われたが最後、肉体の自由は奪われ一切の抵抗は敵わない。ただでさえ深傷を負った胤舜に、この状況を打開することは不可能であった。
「さぁ、このリンボがつくり変えて差し上げましょう⋯⋯」
亡霊のようなリンボの手が、ゆっくりと胤舜の胸へと向かう。何をしでかすつもりなのか定かではないが⋯⋯もう、今の自分にはどうすることも出来ない。卑しく笑う悪鬼の魔手を振り払うことさえ敵わぬ。
(⋯⋯ここまでか⋯⋯)
脳裏を過ぎる、この地で出逢った友と呼べる人間。彼女らは無事に逃げおおせただろうか。せめてもの、無事であればそれで良い。
自身が守った者達を案じる胤舜に、リンボの魔手が触れようとした、その時であった。
「───寄ってたかってとは、どこまでも卑劣な連中よな」
瞬間、空を走る剣。両者を分かつように飛来する刃は音もなく迫り、寸でのところでリンボは離脱する。
直後に真空の刃が炸裂する。それは射線上の物体の尽くを斬り裂き、道を拓く程であった。こんな馬鹿げた真似が可能な者は、一人しかいない。
暗い闇を斬り裂くような剣気を携え、葦名一心はその姿を露わにした。
「貴様⋯⋯」
「また逢うたのう、英霊剣豪どもよ」
悠然と歩を刻む一心を前にして、英霊剣豪は身構えた。刹那の時ですら気を弛めることなど出来はしない。不死斬りの前では死なずの身体など無意味なのだから。
人すら射殺す鬼の殺気だが、まるで一心は介さない。どころかそれすら斬り裂く剣気を揺らめかせ、刃のような眼光を放つのだ。
やがて一心は胤舜の前に立つ。英霊剣豪のような、禍々しい妖気はない。研ぎ澄まされた、気高い剣気を彼から感じ取れる。
「成程、お主は
「何者⋯⋯だ⋯⋯?」
「なぁに、ただの爺よ」
今にも飛びそうな意識をつなぎ止め、眼前に立つ一心を見上げる。今の胤舜にとって、葦名一心の存在は大きかった。サーヴァントとして、何より武を歩む者として、一心の纏う気というものは明らかに英霊剣豪とは異なる。それは一目見た瞬間からはっきりと感じ取れた。
それはいわば、『武』そのもの。自身と似通い、それでいて天地の差がある。無双の名を冠するこの槍ですら、一心を超えることは敵わぬだろう。それ程までの、強者の気色。その身より溢れ出る剣気が何よりの証明だ。
「お主は下がっておれ。彼奴らは儂が斬るでな」
「⋯⋯無理、だ。奴らは不死の身、拙僧の槍ですら⋯⋯」
「知っておる。じゃが、儂は
一心が見せた剣を見て、胤舜はえも言えぬ何かを感じた。その剣はあまりに異様だ。どす黒い波動を纏い、見るもおぞましい妖気を携えている。およそ一心には似つかわしくない得物だが⋯⋯あれが不死を殺す手段だと言うのか。
「悠長に話している暇があるとはな」
その瞬間、剣鬼が迫る。胤舜と相対した時とは比較にならない速さだ。本気も本気、是が非でも斬らんとする気迫。全開の剣が空を裂くが、しかしそれが届くことはなかった。ぎしりと、一心が構えた不死斬りがエンピレオの刃とせめぎ合う。
容赦のない一閃だ。依然とは全く違う、一欠片の驕りもない剣。不死斬りの傷が癒えたのかは知らぬが、これならば興が乗るというもの。獰猛な笑みを刻み、剣を握る手にもより力が込もる。
「カカッ! 良い剣じゃ」
「ほざけ」
それ以降、両者が語らうことはなかった。言葉など不要、ぶつかり合う剣があればそれで良い。一心が刃を飛ばすなら、剣鬼は神速の居合を放つ。そしてその尽くをいなし、返す。互いに一歩も引かぬ、文字通りの真剣勝負だ。
例え悪逆を尽くした鬼だとしても、エンピレオに見上げる程の技があるのは事実。彼らの死合を目前にし、いつしか胤舜は魅入っていた。傷のことなど意に介さず、美しい剣戟に。武を志す者として、魅入らずにはいられなかったのだ。
(だが⋯⋯これでは⋯⋯!)
だとしても、劣勢であることに変わりはなかった。如何に一騎当千の武を誇ったとて、枷があれば十全たる力は発揮できない。傷付き動けぬ胤舜を庇いながらでは、さしもの一心とて攻め入るのは至難の業だ。相手は剣聖に勝るとも劣らぬ至高天、一手仕損じれば刃が届く。不死たる一心が死ぬことはないが、しかし胤舜はどうだ。ただの一太刀さえ致命のものとなるだろう。
甲高い剣の嘶きが響き渡り、熾烈を極める死合がひと度止まった。鍔迫り合いのまま、二人の剣客は鷹すら射殺す眼光にて睨み付ける。
「足手まといがいては貴様も形無しだな」
「抜かしよる。枷にもならぬわ」
「フン⋯⋯学ばぬ男よ」
「何?」
一心に驕りなどはない。邪魔な思考は剣先を鈍らせ、斬れるものも斬れぬ。だからこそ、貪欲なまでに戦いへ身を投じた。迷いを捨て、驕りではなく誇りを抱く。自らの剣を信じ、魂を宿して敵を斬る。数え切れぬ程の戦場こそが剣聖たる所以なのだ。たかが手負いの英霊一人抱えたとてどうということはない。
しかし、途方もない剣だとして、敵はそんじょそこいらの雑兵ではない。悪に染まり、血に飢えた鬼そのもの。通じぬ道理もあれば斬れぬ道理もまた然り、一辺倒の猛攻だけでは仕留めることは出来ぬだろう。無双の剣を誇る一心ですら、必ずしも斬れる訳ではないのだ。
「───そうれ、そこですよ」
現れたる紅の五芒星はまたもや一心の身体を縛る。一度ならず二度までも、抜け出すのは何とも容易い。だが、だとしても動きは止まる。刹那の隙、もがけぬ空白。それが何を意味するか、解せぬ程一心は愚かではなかった。
目にも止まらぬ、とはまさにこのことを指すのだろう。至高天の一閃は、過たず一心の右腕を断ち斬る。あまりに鋭い切り口故か、腕が分かたれてより数秒遅れ血が吹き出る程であった。
「ぬう⋯⋯やりよる」
「御仁ッ!」
腕を失ったのは瑣末事。死合の中、得物を持たぬことが何より問題だ。不死斬り自体はそう遠くに離れ落ちてはいないが、みすみす取りに行くなど自殺行為。それを許す程、腑抜けた連中ではない。それにただの一歩でも離れれば真っ先に胤舜を狙うだろう。元よりこの場を離れることなど出来ぬのだ。
剣聖に訪れる、絶対的な危機。さしもの一心とて、剣を持たぬとなれば力など発揮出来ようものか。同格の敵を前にしては尚のこと、果たしてどこまで立ち回れるのか。
「畏れたるはあの刀⋯⋯それを持たぬ貴方にいったい何が出来ましょう」
「あんたとは気ィ合う思たんやけど⋯⋯堪忍え」
がら空きとなる一心へ降り掛かるは漆黒の意思。一切鏖殺、遍く全てを殺す技が飛来する。女将は紫電を、鬼は魔爪を。二つに一つなどという甘えを殺し、死を齎す様はまさに必殺。防ぐも避けるも出来ぬ一心目掛け、血濡れの殺意は迫る。
如何に不死の身とはいえ、斬れぬ訳ではない。その身は人と何ら変わらず、刃を突き立てれば容易く貫かれる。鬼の如き技を受けたならどうなるか、想像に難くはない。
無論、がらんどうに受けるつもりは毛程もない。例え剣がなくとも一心にはまだ"武器"がある。今こそ、それを使う瞬間だろう。
───なれども、この地に落ちたる剣は、何も一つではない。
───二天一流、零を求めるその意志は、剣聖のそれに呼応する。
「やあああっ!!」
駆け抜けるは刀。
迸るは魂。
全霊の一振は悪鬼の技とぶつかり合い、そして弾き飛ばした。
「流石の一振⋯⋯ってところかしら。鈍じゃこうはいかないわね」
現れたのは、女侍。凛とした剣気を纏い、それでいて熱い血潮を走らせる。
宮本武蔵───江戸に名を馳せた大剣豪。二刀の技を操り、後々にまで語られるほどの英雄。史実と仔細こそ異なれど、その強さは紛うことなき本物であった。
弾かれ、後退する二人の鬼。同様に武蔵も退き、胤舜を護るかのように剣を構え立つ。
「無事⋯⋯ではないみたいだけど、何とか間に合ったみたいね」
「武蔵殿⋯⋯!? 何故ここに!」
「ごめんなさい。でもあなた一人置いてく程、聞き分け良い訳じゃないので⋯⋯!」
「だ、だが⋯⋯立香達は⋯⋯!?」
「心配ご無用。彼女達なら大丈夫よ」
逃がした筈の武蔵が現れ、大きく困惑する胤舜。奴ら相手では敵わぬと悟り、自らが囮となったというのに舞い戻っては意味がない。しかし、今の彼女は何かが違う。纏う気迫もそうだが、何よりその右手に持つ刀。異様な雰囲気を放つその刀身は、まるで一心の持つ不死斬りのよう。先の一撃をいなしたことといい、あれも死なずを殺す一振だというのか。
その刀への関心は胤舜のみならず、一心でさえ抱くもの。見事な業物だが、それ以上に並々ならぬ魂が込められた一振だ。打った匠は余程の腕の持ち主なのだろう。
だが最も一心が引き寄せられたのは武蔵の剣だ。実に鋭く、迷いのない一閃。女の身でありながら、自身に勝るとも劣らぬものと言えるかも知れぬ。それ程までの⋯⋯あの隻腕の狼にも似た可能性を本能で感じ取ったのだ。斬られた腕など気にも留めず、一心は彼女の隣に並び立つ。
「中々良い太刀筋じゃ! 武蔵、と言うたのう。良くぞ参った」
「貴方こそ。どこの御仁かは知らないけど、胤舜殿を守ってくれたのは貴方で⋯⋯って、その腕!」
「これしきのこと、取るに足らぬわ。それよりそこの坊主を頼むぞ」
「た、頼むって⋯⋯もしかして一人で相手取るつもり!?」
「然りよ」
悪鬼羅刹の英霊剣豪をたった一人で相手取るなど、どれ程の手練であっても不可能だ。一度刃を交えたからこそ分かる、彼らの力量が尋常ならざるものと。馳せ参じたのも半ば賭けでしかなく、よもや勝てるなどとは思わないのが武蔵の本音であった。胤舜が生きているのなら良し。どうにか隙を作り、逃げおおせることが出来れば⋯⋯。都合が良いと言われればそれまでだが、だとしても胤舜を見殺しにするなど出来る筈もなかったのだ。
故に一心が居たのは予想外であり、僥倖でもあった。どのような英霊かはさておき、奴らとは異なるのは一目瞭然。自分が参上するまで胤舜を守り通したのであれば、その力は英霊剣豪に迫るものがあると見ていい。事実、一心より溢れる剣気はこれまで見てきたどの剣客よりも凄まじいものだ。
しかし、それも五体満足であればの話。片腕と刀を失い、抗う術を失くしたとあれば太刀打ちなど敵うまい。胤舜でも勝てなかった相手を、ましてや無手でなどと。
「斬る、だと? 腕も、得物も失った貴様など赤子と同義。そこの女が現れたのは意外だが⋯⋯かえって手間が省けたというものだ」
是非もない。エンピレオの言葉は至極当然だ。これ程の敵を前に無手などと、例え武蔵の加勢があったとてまともに戦える訳もない。それに胤舜を庇いながらでは、どう足掻いても及ばぬ壁がある。
嫌でもそれを理解しているからこそ、武蔵の顔は晴れなかった。先の戦いよりも上物を手にしているとして、あの悪鬼羅刹共に太刀打ち出来るのか。ただでさえ差が如実であるが故に、この戦況を覆すのは並大抵ではない。駆けつけたはいいものの、死ぬ率の方が遥かに高いだろう。
そんな彼女を尻目に笑う一心。にやりと口角を上げるその顔には一欠片の焦燥もなく、並々ならぬ自信に満ち溢れている。まるで己の勝利を信じて疑わぬような、そんな面持ちだ。
どういうことだ。エンピレオを含め、この場に居る全員が疑問を浮かべた。どう見ても勝機は薄く、勝てる見込みなど介在しない。片や剣と腕を失い、片や先に敗走した女侍。そこに加えて深手を負った坊主となれば、誰も彼もが死を免れぬと考える。だというのに、何故あの男は変わらず獰猛な笑みを刻むのだ?
「とんだ思い違いをしておるようじゃのう、お主」
「⋯⋯何?」
「いつ、得物がないなどと?」
そう言い切った瞬間、地鳴りが起きる。地面は揺れ、大地に亀裂が走る。その根源たるは、一心。踏み付けた脚により抉れたその地面から、一心は何かを掴み取り出した。
───それは、かつて国盗り戦にて討ち果たした敵将の槍。離れた間合いより敵を穿ち貫く十文字なり。
剣がなくとも、槍がある。槍がなくとも、拳がある。あらゆる流派を呑み込み昇華させ、己が技として肉体に刻む。それこそが葦名流の真髄なのだ。
およそ片手では振るえぬそれを軽々と持ち上げ、一心は吼えた。
「さあ───血が滾ってきたわ!」
遅くなって大変申し訳ない限りです⋯⋯。何とか頑張って更新速度を上げていきたい(決意)
さてようやく武蔵登場ですが、なんか無理矢理出した感が否めません。次回で活躍させていきたいところ。