台所に用意されたあれやこれやを物色する。
まず食材。
今回のお題は『ハンバーグ』だと事前に決まっていたため、これについては自前の食材だ。熟知している。
次に器具。
これが分からない。
包丁やらまな板やら、そういった類はスダマの理解の及ぶ。
だが端に揃えられた鍋や、箱型の不思議な装置等、なにに使われるのかが分からないものがちょこちょこある。
ハンバーグに鍋って使うのか……?
(まあ、見たことないものを無理に使うことは無いか)
一瞬走らせた思考を放棄し、スダマはいよいよ調理を始めた。
まずは種作り。
玉ねぎを炒めるところから始める。
せっせとみじん切りにし、温めておいたフライパンへ投入。
飴色になるまでちゃっちゃと炒める。
次に、用意したひき肉を練る。
複数置いてあるボールから大きめのモノを一つ選び、ひき肉を投入。
体重をしっかりと乗せて、しっかりとコネていく。
「しかし変なこともあるもんだな。まさかお前と料理をすることになるなんて。正直、スダマに自炊をするイメージは無かったんだ」
「それはこっちだってそうだよ。いつから自炊なんてやってたんだ?」
それはこの企画が上がった当時からの疑問だった。
一体コイツはなにを切っ掛けに料理を始めたのだろうか?
スダマの記憶が正しければ、カミトは決して食に関心があるタイプの人間ではなかった。
候補生の時もいつも身体に悪そうなサプリや簡易の物で済ませ、ふらりと独り鍛錬に出掛ける。
そんな、身も心も不健康な印象。
「始めたのは子供の頃だ。預かって貰ってた家で作ってたんだ。そこで世話してくれてたじいちゃんが、あんまり表情が動かない人でさ……人一倍働いたり、旨い飯作ったりしたら笑ってくれるかなって思って、色々やり出したんだ」
意外だった。
スダマはてっきり、彼の料理への熱はアークスになって以降のものだと思っていたのだ。
「一人の時は自分だけだし、特に自炊とかもしなかった。余裕がなかったのもあって、特別腹が減ることもなかった。死なないように、体に必要な栄養だけ取れてればいいと思ってたんだ──」
それからアークスになり、離れ離れになっていた家族と再会して、再び料理をするようになったとカミトは語る。
要するに彼は『親しい人間に喜んで貰う』というその一点でここまでのことをしているらしい。
それがいつの間にか趣味へと変わり、今あるようにこだわりを持つようになったのだそうだ。
(いや純粋過ぎんだろ! こんな話されてもコメントに困るわ!)
カミトから見えないように顔を逸らし、スダマは盛大に顔をしかめる。
同じように種から作るカミトの横顔はどこか嬉し気で、先の話が本当のことであるのがありありと伺える。
その工程も、スダマのモノとは既に違っていた。
「それは……氷水か?」
ガラガラと子気味良い音を奏でる、肉を入れたボールの下に重ねられたもう一つのボールを指してスダマが問う。
「ああ。こうすると手の温度で肉の油が逃げなくなるんだ」
始める前から薄々は勘付いていた。
均等に揃えられた機材の数々。
きっとこれは、カミトがハンバーグを作るために必要だと感じた物全てが揃えられているのだろう。
開始早々にして、スダマの脳裏に負けの思考がチラつき始めていた。
「スダマは、なにかきっかけがあったのか?」
「俺か? 俺は……」
明らかにスダマに動揺が走った。
理由は明快。その動機が至って不純なものに他ならないからだ。
別にそれを恥じているわけではない。
ただ、あまりにも熱量に温度差があり過ぎた。
(いやこれは……逆にチャンスなんじゃ……?)
カミトの料理への情熱は見た通りだ。
ならばその熱を味方に付けることが出来れば、スダマの『野望』も叶うのではないか……?
「俺は料理が持つ芸術性に惚れたんだ」
「芸術性?」
至極真面目な相貌でスダマは語り出す。
「料理にはある到達点があるんだ。その名も、『おはだけ』だ」
「『おはだけ』って?」
「決まってんだろ。文字通り、着ている服を脱ぐことだ」
「……は?」
カミトが固まった。
信じられないモノを見る目で呆然と立ち尽くしている。
その隙を逃さず、スダマはカミトに怒涛の『攻撃』を仕掛ける。
「地球に行ったことがあるなら、一度は『裸の石像』を見たことがある筈だ。あれは昔の地球人が造ったモンだ。何故裸なのか、分かるか?」
「昔は服を着てなかったとか……そういうことじゃないのか?」
「違う! 断じて違う!」
先と同じようにカミトの肩へ手を掛けようとして、ひき肉塗れの己の手だと気づいて既の所で留まる。
完全に勢いに押されているカミトを逃がさぬように、手ではなく言葉で更に追撃を加える。
「地球人はな、真に美しい物は有りの儘の姿としている。つまりあの石像は『美しさの象徴』として立ってるんだ。分かるかカミト。人間って生き物は真に感動を伝えようとする時、それを裸になることで表現するんだ! 反射的に服を脱ぐんだよ……ッ!!」
めちゃくちゃだった。
最早なんの関係性もない、思い付きを継ぎ接いで強引に扱ぎ付けた答え。
恥を忍んだために余計に傷口を深くするこの状況。
こんなあやふやな説明では逆に疑問を持たれるだけであろう。
「……なるほど。それが『おはだけ』ってわけか。俺も上手くなったつもりで居たが、まだまだだったんだな」
それが、普通に生きてきた人物であれば。
カミトは完膚なきまでにそれを信じていた。
当然だ。
彼には世間一般は備わっておらず、そこに備わる判断基準はその者を信じるか否かであるのだから。
そんな男がどうして、信用する人間の弁を疑うことが出来ようか。
「なん……だと……?」
よって発生するのは『説いた人物が説き伏せたにも関わらず驚嘆する』という地獄絵図。
そしてこの場に、
「さあ、調理に戻ろうぜ。『おはだけ』目指して、気合入れて作らなきゃな」
屈託ない、晴れ晴れとした笑みで、カミトは言う。
その笑顔を見た時、スダマは確信した。
ああ。コイツはいつかきっと、盛大に詐欺に引っかかるのだろうな──と。
♢
受ける。
逸らす。
流す。
避ける。
(速い──!?)
降り注ぐ乱打の押収を、ヘパティカは決死の思いで捌く。
捌きながら、相手の攻撃を分析する。
まずはその体。
空中で縦横無尽に躍らせながら、変幻自在の攻撃を放つその体躯。
これだけ動き回れるだけあってその体の線は細い。
だが引き締まったその五体を見て、その印象は一蹴された。
それは鍛え上げられた者の肉体だ。
彼女は確かに細い。
だが、繊くはない。
次にその攻撃。
豪雨の如く降り注ぐ
純粋な膂力であれば間違いなくヘパティカに軍配が上がる。
だが眼前で猛威を振るう少女には、それを埋めるだけの『技』があった。
攻撃を受ける腕には重い衝撃が走る。
無理な体勢を取ってもバランスを崩さないのは体幹がしっかりと作られているからだ。
その一撃が鋭いのは鞭の如く体のしなりを全て威力に変換しているからだ。
初めて会った印象から、ヘパティカはエミナを爛漫で奔放な、戦いとは無縁の少女だと思っていた。
即時訂正。
この少女は自分と同じ、戦いの中に生きている──!
「ほらほらどうしたの? 守ってばっかじゃ勝てないよ……ッ!!」
「ぐぅッ!」
脳天へ降り注いだ踵の一撃を交差した両腕で受ける。
すかさず反撃に転じようと、ヘパティカはその足首を狙った。
しかし──
「なっ──」
伸ばした手のひらは空を切る。
トンと小さく床を蹴り、エミナはヘパティカの『領域』から素早く抜け出していた。
「遅い遅い! 掴むなら初めからそのつもりでいないと!」
「そういうエミナさんこそ遅いんじゃないですか? あれだけ打ち込んだのに、私には一発も届いていませんよ?」
仕切り直し。
軽口を投げ合いながら、やや乱れた呼吸を整える。
だがこれで痛感した。
この少女は間違いなく、ヘパティカよりも速い。
エミナの言った通り、初めから反撃を想定した上で攻撃を受けねば、ヘパティカの反撃は間に合わないだろう。
だが、その手は無しだ。
わざわざそれを伝えたということは、それをされたところで問題がないということ。
つまりこれは誘いだ。
一の手を防いだ瞬間に、確実に二の手が襲い来る。
確信があった。
その二の手こそが、彼女の『本命』であると。
ならば、今取れることは一つ。
「今度は、こちらから行きます」
言葉と共に行動する。
この数手の攻防でヘパティカは直感した。
エミナは間違いなく、対人戦に
この差は大きい。
普段スダマと行っている武器を使っての模擬戦とは違う。
アークスには凡そ不要と思われる無手での戦闘を、彼女は日頃から行っているのだ。
『技』では上を行かれた。
ならばこちらは、『駆け引き』で勝負する!
「はっ──!」
切迫し、拳を打ち出す。
だがその先には既にエミナは居ない。
拳から肘の方向。
対面から外へ退避したエミナは突き出した腕に沿うように接敵し、反撃を仕掛ける。
──パシッ!
エミナの口元が、ニヤリと歪む。
(やっぱり持っていた!)
跳ね上がったのは軸に使った左脚。
考えられない。
ヘパティカが掴んだその腕を支点に、エミナは空中に身を踊らせたのだ。
二の手が、彼女の『本命』が、迫る。
「ぐぅ……ッ!?」
そのつま先が、今度こそ顳顬へと突き刺さった。