バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第三十三話

 

 4度目の22日の朝、僕達は昨日と同じようにクリパの手伝いを進めていた。

 

 流石に同じことをしているだけあるのか、今日は一段とクリパの準備が効率よく進行していた。

 

 午前中だけでもう3分の2はクラスの準備を片付けることに成功した。

 

 流石は杉並君の用意した計画書だ。優先すべき場所が書かれているし、内容も昨日よりしっかり把握している分よりわかりやすい。

 

「おまたせ、俺達は目標数クリアだ」

 

 義之達のメンバーも順調にクリアしたようだ。

 

「いやあ、相手が野郎でも褒められるってのはいいもんだな~」

 

 渉も大工系の仕事を主軸に手伝って褒められていたしね。なんというか、兄貴肌っていうか、結構男子からは尊敬されていたね。逆に女子からは敬遠されやすいけど。

 

「今度はもっと女の子が多いとこ頼むぜ。かっこいいとこ見せちゃうからな!」

 

 あの真剣さが普段から出てれば女の子に避けられるようなことはないと思うんだけど。

 

「では、女子柔道部の屈強なお姉さま達と健康的な汗を流してくるのはどうだ?」

 

「できれば、もっとお手柔らかに頼む」

 

「でも、順調なのはいいですけど……」

 

「行く先々で売り子をお願い、なんて頼みばっかりだったもんね……」

 

「何故か儂にまでもな」

 

 義之チームの女子プラスアルファはこの時代でも注目の的みたいだ。

 

「私達は目標数よりも多い、合計7件クリアいたしましたわ」

 

「ほほう、エリカのチームもやるじゃん。ちなみに、あたしらは12件、サクッと片付けてやったわ」

 

「片付けたのは主に男の俺だろ。そっちはサルみてえに高みの見物ばっか……」

 

「何か言ったかしら、坂本ぉ~?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 高坂さんの莞爾に雄二は縮こまった。どうやら雄二は高坂さんに相当使われていたようだ。

 

「ふむ、見込みが出てきたぞ。我々の活躍により、重要度の高いポイントは全て押さえた」

 

 杉並君がリストを見ながら機嫌よくしゃべる。

 

「だが、現状では敵の方が一歩リードと言えよう。一点返すだけでは俺達の勝利とは言えん」

 

「どうせなら、完膚なきまでに叩きのめしたいでしょ」

 

 確かに、いくらクリパの準備を進めてもそれを破壊されては向こうの逆転勝利だ。

 

 結局破壊活動の実行犯を捕まえないことにはどうにもならない。

 

「だが、そういつまでもやられっぱなしの俺達じゃねえ。昨日の爆破の規模のでかさには驚いたが、場所についてはワンパターンだ」

 

「そこで同志土屋には、これまでに爆破された箇所を全て調べ上げてもらった」

 

「……これくらい、造作もない」

 

 なるほど、道理でさっきから姿が見えなかったわけだ。

 

「なるほど、早い話が待ち伏せ作戦ってわけね」

 

「確かに場所さえわかれば捕まえるのも難しくはないの」

 

「ああ。俺達が全ての爆破予定ポイントで張っていれば敵は何処かに現れるはずだ」

 

「んでもって、爆破される前に捕まえようってわけね」

 

「でもさ、それってこの人数でできるのか?」

 

 昨日音夢さん達も入ったことで20人になってるけど、それでも全校にとなると範囲は広い。

 

「恐らく敵はひとりだ。流石にこの学園全てを回るのにも限界はある。そして、爆破予定ポイントの数は、我々が2人1組になって対応しても十分にカバーできる数だ」

 

「よかったぁ。連携すれば、なんとかなるよね」

 

「うん。ひとりだと不安だしね」

 

 ともちゃんとみっくんがほっとした。

 

 いくらスペックが高いからと言っても、これだけの数が邪魔をすれば落ち着いて妨害工作だってできまい。

 

「へ、上等上等。来やがれってんだ。野郎には容赦しねえぜ」

 

「では諸君、迎え撃つに当たって、それぞれ相棒を決めてくれたまえ」

 

「なら、あたしは音姫と一緒ね」

 

「うん、まゆきが一緒なら心強いよ」

 

「では、私は由夢さんと組みます。下賎の者とは組めません」

 

「はい、頼りにしています」

 

 他の人達はどんどん自分のパートナーを見つける。

 

「じゃあ、義之。今回は一緒に組まない?」

 

「お? そうだな。いい加減男子とくみたいし」

 

「桜内よ、お主も儂を女子として見ておるのか?」

 

「でも、どうしたんだ、突然?」

 

「…………」

 

「いやあ、なんとなくね……聞きたいこともあるし」

 

「は?」

 

「あの、杉並、俺は1人なのですが?」

 

「お前は女子と組ませることで暴走する危険性があるからな」

 

「かぁ~! 俺も背中を任されたかったぜ!」

 

 とりあえず、ベアになる人は決まったようで全員が準備を整え、午後の行動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

「で? 何なんだ、聞きたいことって」

 

「え? ああ、それね……うん、なんかさ……このクリパの準備を進めるのと、クリパの妨害を阻止すること。この時代を脱出するのって、本当にそれだけなのかなって」

 

「は? それってどういうことだよ?」

 

「僕にもよくわかんないや」

 

「何だそりゃ……」

 

 義之は呆れたように僕を見る。

 

「それと、昨日……何か妙に懐かしい雰囲気をした子を見て……」

 

「懐かしい?」

 

「うん。この時代の人とは面識なんてないはずなのに、どうしてか、あの子に対してはすごい懐かしさを感じたんだ」

 

「それって、どんな子だった?」

 

「うん。金髪の……青いリボンでツインテールを結んだ子だった」

 

「金髪に青いリボンでツインテール…………あれ? 確かに、何か覚えがある気がするな。その特徴」

 

「あ、やっぱり?」

 

「でも、誰だっけな?」

 

 義之も思い出すには至らないようだ。そんな時、トランシーバーが誰かの持っていた端末の電波を受信したようだ。

 

『もしもし、桜内君、吉井君』

 

「えっと……どちら様で?」

 

『音夢です。朝倉音夢』

 

「あ、すみません。なんとなく、その名前で呼ばれるの違和感あって、咄嗟に音夢さんだって気づきませんでした」

 

『そう……未来じゃ、義之君は私になんて呼ばれてたの?』

 

「その……義之君と」

 

『そう。もうここまできたら毒食わば皿までよね。で、義之君、そっちは何か進展あったかしら?』

 

「ああ、いえ。今のところは……そうだ、音夢さん、少し訊いていいですか?」

 

『いいけど、内容にもよるわね。お願いだから未来関連のことは言わないでね』

 

 念のためか、義之の言葉を先回りしてガードしていた。

 

『あの娘達と出会っちゃっただけでもショックだったのに、これ以上何か聞く勇気はないわ』

 

 まあ、流石に自分の未来を全部知っちゃったらこれからどうすればいいかわかんなくてまいっちゃうよね。

 

 僕だってあのババア長の実験ででてきた未来の自分を見てすっごく腹が立ったし。

 

「わかりました。じゃあ、未来のことは抜きにしてこの時代のことについて」

 

『まあ、それなら一応聞くけど……』

 

「さくらさんや、純一さんは……どんな人だったんですか?」

 

『…………兄さんとさくらちゃんを、知ってるの?』

 

 そういえば、さくらさんだってこの時代じゃ学生だったんだ。

 

 さくらさんは、年齢がわからないからどうなのか知らないけど。音夢さんの様子だと彼女はこっちでは音夢さんと非常に歳が近いのだろう。

 

 音夢さんはちょっと驚いた様子で義之に尋ねた。

 

「ええ、とある関係で知っているんです」

 

 今ので音夢さんももしかしたら家族じゃないのかと予想しているかもしれない。でも、今は何も言わない方がいいだろう。

 

『そう、2人を……。どうと言われると、返答に困るわね……』

 

「そうなんですか?」

 

『だって、毎日のように見てる光景だから、改めて訊かれると……当たり前で、なんでもない、でも賑やかな毎日がそこにあるだけよ』

 

 それは、僕達の時代でも同様だった。彼女は、当たり前のように、僕達にいつも笑顔をくれる、そんな優しい人だから。

 

『兄さんはかったるいが口癖で、世話がやけるし、変なこと言って私を困らせて……』

 

 どうやら由夢ちゃんのかったるいという口癖はお爺ちゃんの遺伝だったようだ。

 

『気づいたら、知らない女の子とやたらベタベタしてることもあるし……』

 

 気の所為だろうか。彼女の声色に怒りが篭ってる気がする。

 

「純一さん、そんな過去があったのか……」

 

 なんか、義之と似てるな。その純一さんって人。

 

『さくらちゃんは、そうね……いつも兄さんと一緒にいることが多いかな。もうあれは甘えね。もっとも、兄さんの方は困ってることもあるみたいだけど』

 

 さくらさんが甘えてる、ねえ。想像できないことはないな。失礼だけど、見た目子供だし。

 

『まあ、簡単に言うなら……』

 

「言うなら?」

 

『2人共、元気すぎるくらい元気、といったところかしら』

 

「そうですか」

 

 もうそれ以上は話す気はないと言った風に会話を切った。

 

 やっぱりさくらさんは謎だ。この時代から生きていたようだけど。思えば僕達は彼女については何も知らない。

 

 それを改めて実感すると、何故か胸が苦しくなってくる。なんだか、非常に落ち着かない感じ。

 

 それに、何かすごい大事なものが欠落している気がする。さくらさんのことを考えてから。一体……あ。

 

「そうだ! さくらさんだ!」

 

「うわっ!? 何だ、いきなり?」

 

「さくらさんだよ! 昨日見かけた金髪ツインテールに青いリボン……雰囲気は若干違ったけど、あれは間違いなくさくらさんだよ!」

 

「さくらさんが?」

 

『さくらちゃん? そういえば、ここしばらくさくらちゃんを見てない気がするわ。だから、かな……何で気づかなかったんだろう?』

 

 音夢さんもさくらさんがいないことに今まで疑問が持てなかった。というより、記憶から外れていたようだ。

 

 まるで、この繰り返しによってクリパに関する日にちに対する認識が変わった時のように。

 

「……明久、悪い。俺、ちょっと抜け──」

 

「待って、義之。多分、僕も同じこと考えてると思う。行こう」

 

「……ああ」

 

 僕と義之が頷きあってある場所へ行こうと駆け出した瞬間だった。

 

『おい、明久。ポイントβ地点から杉並らしい奴を目撃したって情報が入った。お前たちもすぐに……』

 

 通信してきたのは雄二だった。どうやらこっちの時代の杉並君を目撃した人達がいたようだ。でも、

 

「ごめん、雄二! 僕達はしばらく学園を出る!」

 

『は? ちょっと待て! 外に出るって、こんな時に何処に行く気だ!?』

 

 何処に行くかって? 決まってるだろ。

 

「さくらさんの家だよ!」

 

 言い終えて僕はすぐに通信を無理やり切って義之と共にさくらさんの家へ向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何十分かして、ようやくたどり着いた。

 

「ここが、50年前の、俺達の、住んでた場所か……」

 

「あまり、変わってないね……」

 

 僕も義之も肩で息をしながら僕達の住んでいる場所を眺めた。

 

 朝倉家は50年後とほとんど変わり映えしてない様子でそこにたたずまっていた。

 

 そして、隣にはご存知、僕達の住んでいる芳乃家が、

 

「あれ? こっちは一階建て?」

 

「本当だ。しかも、典型的な昭和造りの……」

 

 対して芳乃家の方は50年後とは全然違う。2階もないし、なんだか……雰囲気が全然違っている。

 

 なんていうか、僕たちのいた時代のこの家はすごい開けてるっていうか、明るいイメージがあるのに、こっちは妙に寂しいというか……一種の孤独感が滲み出てる気がする。

 

「とりあえず、入ってみるか」

 

「入れるの?」

 

「鍵は一応あるしな。未来のだけど……」

 

 こうして僕達は芳乃家にお邪魔しようと門の鍵を開けようとしたところで、

 

「あれ? 開いてる?」

 

「ともかく、入るよ」

 

 僕達は門をくぐって庭へと入り込んだ。

 

 そして、縁側から無用心に開いていた部屋の中を覗いてみた。

 

 中には最小限の家具と机に旧式のパソコンがあるだけだった。未来の芳乃家とは全く違う。

 

 ここは未来では居間として使われている部屋だ。未来ではテレビを前に、コタツに入りながらみんなでワイワイやっていた。

 

 でも、ここは長い間たった独りといった雰囲気の漂う部屋だ。さくらさんが住んだにしてはすごい寂しい空間だった。

 

「いないね。出かけてるのかな? いや、それにしちゃあ無用心だし」

 

「さくらさーん! いませんか?」

 

「さくらさん! 返事してください!」

 

 僕達の呼びかけに応じる声は返ってこない。

 

「やっぱり、留守っぽいね」

 

「だな……」

 

 誰もいないというのならいてもしかたない。僕達が出ようとした時だった。

 

「うにゃ~ん」

 

 突然、縁側に白い生物が現れた。

 

「ね、猫?」

 

 猫っぽいけど、その姿はまるでぬいぐるみのようだった。

 

 なんか、手足がない。代わりに独特な目としっぽを持っていた。なんか、はりまおと通じるところがあるな。

 

 もちろん、犬や猫には見えなく、ぬいぐるみとしか思えない外見という点が。

 

「えっと、これも……さくらさんが飼ってるのかな?」

 

 多分、そうだと思う。はりまおという犬っぽいものを飼ってるからには同じように飼ってると思うけど。

 

「……こいつ、見たことある」

 

「え? どこで?」

 

「俺が最初に1人で扉をくぐった時にこいつがいたんだ」

 

「へぇ~」

 

「お前、さくらさんを知らないか?」

 

「って、猫(?)に聞いてもね……」

 

「にゃ」

 

 応答した。

 

「知ってるのか?」

 

「うにゃ~」

 

 どっちだかわからない。

 

「ああ、肯定と受け取るか。どこだか教えてくれるか?」

 

「いや、だから……」

 

「うにゃ~」

 

 すると、猫っぽいのがぴょんぴょん跳ねて移動を始めた。

 

「うにゃ~」

 

 何か、僕達を待ってるような仕草だった。

 

「あれ? 何か、本当に案内するつもり?」

 

「みたいだな。とりあえず、ついていこう」

 

「う、うん……」

 

 猫に案内される人間って、シュールな絵だなぁ。

 

 猫の案内に従い、夕方までかかってようやく桜公園に辿り着いた。

 

「随分歩いたけど、合ってるのかな?」

 

「うにゃにゃ~」

 

 それから猫は再び移動を始め、桜公園の奥へと進んでいく。

 

「この先って……」

 

「ん? どうかした?」

 

「ああ、この先は……枯れない桜のある場所だ」

 

「枯れない桜……見たことないけど、この島で一番大きい、あの桜を中心に他の桜も枯れずに咲き誇ってるって言うあの?」

 

「ああ。この先にあるのがまさにそれだ」

 

 道から外れ、桜の林の中を進んでいく。

 

 見上げれば空が隠れてしまうほどに覆い尽くされた薄紅色が僕の視界に覆いかぶっている。

 

 こんな場所があったんだな。花見する時なんか大盛況なんだろうなと思った。

 

 そして、数分もすると周りのものよりもひときわ大きい桜の木が目の前に現れた。

 

 その存在感は圧倒的だった。静かで、見る者を引き込むような、そんな神秘的な雰囲気を持ったものだった。

 

「これが、枯れない桜……」

 

「うにゃ」

 

 すると、猫は何かに気づいたようにぴょんぴょんと木の根元に向かって跳ねていく。

 

 そこには、人が倒れていた。というか、あれは……

 

「さくら、さん?」

 

 そう、あそこで倒れてる……というより、眠っているのはさくらさんだった。

 

「さくらさん!」

 

 義之がさくらさんだと認識すると同時に駆け寄って彼女の体を揺すった。

 

「さくらさん、起きてください! さくらさん!」

 

 しかし、いくら揺すっても叩いてもさくらさんは起きない。

 

 何故だか、心というか……魂そのものがこの身体に収まってないといった予想が頭をよぎった。

 

「義之、これって一体……」

 

「俺が知るか。とにかく、目を覚まさせるしかねえだろ」

 

「無駄だよ」

 

 義之が再びさくらさんの体を揺すろうとしたとき、背後から声がした。

 

 振り返ってみると、いつの間にか人影があった。

 

「夢の世界に、ようこそ」

 

 立っていたのは小さな女の子。金髪を青いリボンでツインテールに結んだ女の子。僕が昨日見た子だ。でも、その姿は……

 

「さくら、さん?」

 

 どう見ても昔のさくらさんと言っても差し支えない姿だった。

 

「え? さくらさんが、2人?」

 

 そこに倒れているのはさくらさん。僕達の前に立っている子もさくらさん。どうなってるの?

 

「ここに来るの、思ったより早かったね。もう一周くらいはするかと思ったけど」

 

「…………」

 

「…………」

 

「あれ? 無反応? ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。お控えなすって! 手前、遠くアメリカからやって参りました、芳乃さくらという不束者でやんす!」

 

 その任侠映画のようなノリは僕達の知ってるさくらさんと重なる。でも、何かが違う気もする。

 

「あれれ、また無反応? せっかく名乗りの口上をあげたっていうのに、つれないなぁ」

 

「あんた、誰なんだよ?」

 

「にゃはは、だからさくらだって。芳乃さくら。この世界に住む正真正銘の芳乃さくらだよ」

 

 この時代のさくらさん。でも、何か妙だ。

 

「この世界のさくらさんだっていうなら、そこにいるさくらさんはどうして、こんな状態に?」

 

「だから、彼女がそう望んでいるからこそだよ」

 

 わけがわからなかった。

 

「それってどういうことなの? 何でさくらさんが、義之達を置いてそんなことを。それに、なんでこんな繰り返すだけの世界に」

 

「あれ? ひょっとして、君達、大きな勘違いしてない?」

 

「え?」

 

「ここはね、過去の世界っていうわけじゃないんだよ? 過去を懐かしんだ僕が見た、懐かしい懐かしい夢の世界」

 

「過去の世界じゃない?」

 

「ああ、それは正確な表現じゃなかったね。ここにこうやって存在し、観測されている以上、ここだって立派な過去の初音島だ。でも、君達の住んでいる未来に続く過去じゃない」

 

 彼女の説明の所為で尚更わけがわからなくなった。

 

「う~ん、まだ理解できないかな。じゃあ、実際の話をしようか。実際は、この年のクリスマスパーティーの頃、僕はまだ風見学園には編入してなかったんだ。付属3年のクリパ前じゃなくて、確かバレンタインが過ぎてからだったかな」

 

 風見学園に来たのが、まだ先の話? じゃあ、なんで彼女はここにいる?

 

「ほかにもまだ風見学園に存在しちゃいけない人が何人かいるし、関係性だって微妙に違う。例えば、白河さんとか。彼女はまだお兄ちゃんとも音夢ちゃんとも、知り合いになってすらいないはずなんだよ。本当は」

 

 そうなのか。傍目からではよくわからないけど。

 

「ここはね、僕が風見学園の学生として過ごした日々の思い出が凝縮された、理想の世界なんだよ。まさしく、夢の世界って感じだね」

 

「つまり……よく人が過去を美化して思い描いたような、そんな感じ?」

 

「ご名答♪」

 

 僕の予想にこの時代のさくらさんが拍手して肯定した。

 

「でも、何でそんな世界が存在するんだよ?」

 

「にゃははは、わからない? それはね、そこで眠っている彼女が、そう願ったから」

 

「さくらさんが?」

 

「うん、そう。彼女……未来の僕は今、色々と無理をしているみたいだね。精神に相当のストレスを溜め込んでいるのがわかる。かわいそうに……」

 

 さくらさんが無理を? ひょっとして、仕事が色々立て込んで?

 

 確かにそんな感じのことを言ってたけど、彼女が言っているのはそれとは別のもののようだ。

 

 それにストレス……そんな言葉とは無縁と言っていいようなさくらさんが、そんなものを溜めてまで無理をするって。

 

 義之も、彼女の言ったことが信じられないと言いたい表情をしている。

 

「だから、ほんの少し……ほんの少しだけ、昔を懐かしんでしまったんだ。そこを付け込まれたんだね、きっと」

 

「どういうことだよ?」

 

「一瞬、生まれてしまった心の隙を付け込まれて、夢に取り込まれてしまったんだよ。木を制御している最中だったみたいだからね。抵抗のしようがなかったんじゃないかな?」

 

「何言ってるのか全然わからねえぞ。木の制御? 心の隙間? 無理って一体何のことだよ!?」

 

 彼女の言うことがわからないのか、義之は怒鳴った。

 

「あれれ? 一緒にいて気づかなかった? 彼女が無理に笑ってるって感じたことはない? 悩みを抱えてるようには? わからない? ずっと一緒に暮らしてきたんでしょ?」

 

 彼女の言うことは、いちいち刺がある。それが僕や義之の胸に突き刺さってくる。

 

 でも、さくらさんが無理に笑ってるなんて、わからない。僕の中のさくらさんはいつだって笑顔だった。

 

 不審者と言っても過言ではない僕をずっと昔から一緒に住んでいた家族のように受け入れてくれて、僕を芳乃家に置いてくれた。

 

 それが無理をしていたとでも言うのか。違う。絶対に違う。

 

「君は一体さくらさんの何を知ってるの? さくらさんは未来で、僕達の知らないところで何をしていたの?」

 

「それは言えないよ。もう、言う必要もない。僕は今、僕の望んでいることをしてあげてる。この夢の世界で、悲しみの訪れない世界で、ずっと暮らしていくんだ。大好きなみんなと一緒に、楽しい時間だけをね……」

 

 それは魅力的な言葉に聞こえた。悲しみも何もない世界。誰もが望んでやまない願望。

 

「だから、もっと一緒に楽しもうよ。楽しいだけの、この理想の世界を」

 

 自分の願いがこの世界にはある。だから楽しい時間をずっと続けよう。そんな気持ちが溢れ出そうになる。でも、

 

「……それは違うよ、さくらさん」

 

 僕が反論しようとしたところで、義之が口を開いた。

 

「準備を繰り返すクリパの、どこが楽しいんだよ? 同じ日を繰り返すだけの世界なんて、楽しくもないだろ」

 

「そんなことないよ。お祭りはね、準備をしている時が一番楽しいんだ。本番を迎えてしまったら、次は終わりが来ちゃうから。でも、ここなら終わりはない。ずっと、楽しい時間が続くんだよ」

 

「いや、駄目だ。さくらさんを、この世界に置いてはいけない。俺の知ってるさくらさんはそんなことを本心から望んだりはしない」

 

 そう言って、義之は踵を返す。

 

「明久、手伝ってくれ。さくらさんを、一緒に連れて帰ろう。俺達の世界に」

 

「……うん、そうだね!」

 

 僕も手伝ってさくらさんを抱き起こそうとした時だった。

 

「無駄だって言ったはずだよ。彼女は起きない。何故なら、彼女自身がそう望んでいるから。その理想を邪魔する人がいるなら、僕は止めないといけないよ」

 

「そんなの関係ねえだろ。さくらさんは、こっちにいるべきじゃないんだ」

 

「さくらさんが抱えているものが何かは僕達は知らないけど、さくらさんは僕達の大切な人だから。こんな間違った世界に居続けさせるなんて、できない」

 

「どうしても君達は、楽しい時間を、幸せな時間を終わらせようとするんだね。だったら今すぐ、出てって」

 

 刹那、頭に妙な衝撃を感じると同時に目の前が急に真っ白になった。

 

「ぐああっ!?」

 

「があっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

「くっ……」

 

「明久……無事か?」

 

「ど、どうにか……って、ここは……学園の屋上?」

 

「な……」

 

 気がつけば、僕達は学園の屋上に倒れ込んでいた。

 

 いつの間にやら意識を失っていたようだ。外は既に暗くなっている。

 

「さっきのは、一体……」

 

 僕たちをここに放った光の所為でいまだに眩暈している。

 

「わからない。ただ、この世界のさくらさんの手によって排除されたってことだろうな」

 

「何か……すごいことになったね」

 

 まさか、この世界がさくらさんの夢の世界だなんて。そして、誰もが考えるように、不都合な事が起きたりすれば、記憶から放り出そうとするように不思議な力で排除されるときた。

 

「厄介なことになったね」

 

「でも、だからこそ希望も見えてきたぜ」

 

 義之が拳を握って言った。

 

「夢のような世界だからこそ、夢のような現象が起きる。だったら……」

 

「だったら?」

 

「その夢を見ている人間を起こすことができれば、この夢からは確実に覚めることができるはずだ」

 

 確かに考えれば単純だ。さくらさんが夢を見てこの世界があるならさくらさん自身が目を覚ませばこの世界が存在する理由はなくなるわけだけど。

 

「り、理屈はわかるけど……そもそもその夢を見ている本人のさくらさんをどうやって起こすのさ? さくらさんの傍にはあの子がいるし、さっきみたいにばんてやられたら手も足もでないよ」

 

「そうだな……とりあえず、みんなと合流しよう。行動はそれからだ。ここからは確実にみんなの協力がいるだろうからな」

 

「そうだね……って、義之」

 

「何だ?」

 

「今気づいたんだけど……外がこんだけ暗いってことは、時間は……」

 

「っ!?」

 

 義之はハッとして携帯を見た。

 

「やべぇ……もう日付が変わるまで時間ねえぞ」

 

「義之、急ごう! なんとしても今日で終わらせるんだ! さくらさんを……絶対に連れ戻すんだ!」

 

「ああ、わかってる!」

 

 僕達は急いでみんなのもとへと駆け出していった。

 

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