バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第六十二話

 

「♪~~~♪♪~~~」

 

「……………………」

 

 今日も僕達は音楽室にてオンコロに向けての練習を行っていた。

 

 みんな回数練習しているだけあって上達は早い。……ただひとりを除いて。

 

「っ! またか明久! もうこれで何度目だ!」

 

「ご、ごめん……」

 

「大体お前、昨日から何か変だぞ? そんで何度も何度もバンド失敗……お前、やる気あるのか?」

 

 僕がもう何度目かわからない失敗に耐えられなかったのか、渉が叱りつけてきた。

 

「ごめん……」

 

「ごめんじゃねえよ、お前今日は一段と変だぞ。学校に遅刻、授業における珍回答も、それに俺達の話も全然聞いてねえ。なんていうかもう煮え切らねえにも程があんだよ!」

 

 それから渉は僕の胸ぐらを掴んでくる。

 

「一体お前昨日からどうしたんだよ! 今日のお前明らかに痛いって顔してるぞ! お前に何があったんだよ!」

 

「渉、落ち着け!」

 

 すごい剣幕で迫ってくる板橋君を義之が横から手を入れて力いっぱい引き離してから僕をじっと見た。

 

「明久……渉じゃねえが、お前の今の顔を見たら俺だって色々言いたくもなるぞ。お前一体どうしたんだよ?」

 

 義之はただ純粋に僕の事を心配してまっすぐ僕の顔を見た。

 

 でも、今の僕にみんなの……特に義之の顔をまっすぐ見ることはできなかった。だって、知ってしまったから。

 

 昨日の夜……枯れない桜の事、さくらさんの事、そして……義之の事を知ってしまったから。

 

 ただでさえ枯れない桜の事を理解するだけで手一杯だっていうのに、そこに更に追い打ちをかけるようにさくらさんの事や義之の事が頭から離れられなくて、頭混乱して、もう何をどうすればいいのか全然わからない。

 

「…………ごめん、言えない」

 

 それだけしか言えなかった。

 

 もちろん、そんな言葉にみんなが納得するはずもなく、

 

「ふざけるなよ、テメェ! ここまで悩んでおいて何で友達の俺達には話せないんだ!? それとも何だ!? 違うっていうのか!?」

 

「お、落ち着いて渉君!」

 

「抑えろ、渉!」

 

 渉が激昂して掴みかかろうとしたところを義之と小恋ちゃんが止めた。

 

 渉が怒るのは当然だと思う。僕だって自分のような態度を取る友達がいたらきっと怒っていただろうさ。

 

 でも……いくら君達でも、今回ばかりはこの事を簡単に話すわけにはいかないんだ。

 

 もし枯れない桜がこの島に悪影響を及ぼしているのを知ればあの桜をどうにかしようと行動するだろう。

 

 でも、桜を枯らせば、義之と僕達の存在がこの世界から完全に消えてなくなってしまう。

 

 僕達だけならまだいいよ。例えこの世界から消えてもあの地獄ばかりの世界に戻る程度で済むだろうし。

 

 でも……さくらさんの願いによってこの世に存在を確立させた義之は?

 

 元々義之はこの世界に存在するはずのない人間。僕達のように異世界から来た人間でもない。

 

 もし義之がこの世界から消えたら後はどうなるの? 僕達のように別の世界に行っちゃうの?

 

 例え消えても生きていればまだ僕も義之達に事情を話して桜を枯らそうとする決心をつけていたかもしれない。

 

 けど、もしそうじゃなかったら? 義之の存在がどこにも属することができないとなったら?

 

 そんなの嫌に決まってる! 異世界に飛ばされるならまだしも、その存在自体がなかった事にされるなんて、そんなの嫌だよ!

 

 そう思うと、あの桜を枯らすわけにはいかない。でも、このままじゃこの島の事故がどんどんエスカレートしていく。

 

 今はまだ怪我人がいくらか出る程度で済んでるけど、さくらさん達の話だといつ死人が出るような事故が起きても不思議じゃないだろう。

 

 だけど、だからと言って義之の存在を犠牲にしたくはない。

 

 でもそうすれば今度はさくらさんがあの枯れない桜と一体になって暴走を止めようとしている。

 

 どれを選んでも誰かが消えるような選択肢しかない。最悪も最悪な分岐点だった。

 

「…………っ」

 

 ダメだ。考える程どうすればいいかわからなくなって、無力感が込み上がってくる。

 

「あ、明久君……」

 

 ななかちゃんが心配そうな表情で僕に触れようとしてきたけど、

 

「……ごめん!」

 

「あ……」

 

 僕はななかちゃんに触れられる前に身を翻し、荷物を手にして音楽室を後にした。

 

 後ろで渉が叫ぶ声が聞こえたけど、正直止まりたくなかった。

 

 今止まったら……この感情を抑えられそうになかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ…………」

 

 学園から抜け出し、砂浜まで休憩も取らずに走った所為か、すごい息が上がっていた。

 

「はぁ…………本当、どうすればいいんだろう……」

 

 僕は砂浜で座り込み、頭を落とす。

 

 やっぱり無理だ。どれかを選べなんてできっこない。僕達が異世界から消えるだけなら喜んでこの島の人達を助けるよ。

 

 だけど、なんで僕の周囲の誰かを犠牲にしなきゃならないんだよ。

 

 なんだってこんな事になっちゃったんだよ。

 

「はぁ…………いっそ、やり直しってできないかな?」

 

 願わくば、僕が生まれたのが枯れない桜が咲き乱れる前の時代に飛ばされたかった。

 

 そうすれば、誰が生まれるかわからない状態だったなら、さくらさんの行動を止めることができたかもしれない。

 

 そして、さくらさんの寂しさを埋められたかもしれない。こんな、悲しい選択を迫られずに済んだかもしれない。

 

「「はぁ……やり直したい。……ん?」」

 

 突然、横から僕と全く同じ台詞が聞こえてきた。ふと振り向いたら、

 

「あ、ブサイクゴリラ」

 

「殺すぞ、テメェ」

 

 僕の横にいたのは雄二だった。

 

「何やってるの、こんな所で?」

 

「お前こそ、何やってんだよ。柄にもなく陰鬱な様になりやがって」

 

「はぁ……雄二にはわかんないよ」

 

 今の僕が、どんだけ苦しいかなんてわかりっこない。

 

「それで、雄二の方は何なの? また霧島さんを怒らせて逃げてきたわけ?」

 

「し、仕方ねえだろ! たかだか買い物に帰った時行きつけの店の看板娘と世間話しただけで婚姻届と釘バット手に持って追われたんだぞ! どっちにしろ未来がない選択肢を迫られたんだぞ! そんな地獄の味がお前にわかるか!?」

 

「……あぁ、わかんないね。そんな程度の地獄」

 

「んだと!?」

 

「だって……」

 

 今僕が悩んでるのは……そんなものが可愛く見えるくらいの、先のない選択肢だから。

 

「…………お前、本当にどうした? 気味が悪いくらいだぞ。いつもの間の抜けた行動はどうした?」

 

「誰が間の抜けた行動をしたって?」

 

「お前だ、お前。文月での鉄人への攻撃、屋上での花火の爆発、覗き騒動……数えあげようとしたらキリがないだろ」

 

「それ、大半が雄二の考えで起きた事じゃないか」

 

 まったく、自分の行動棚に上げといて他人の所為にするなっつの。

 

「……お前、一体何があった?」

 

「何が?」

 

「何が、じゃねえだろ。昨日から家でもずっと溜息ついてばっかじゃねえか。そして今日は更に陰鬱な雰囲気纏って……これで何もないと言われて信じる奴はお前以上のバカだ」

 

「何さ、それ」

 

「で、本当にどうしたんだ、お前?」

 

 雄二がいつもと違って腹黒い感じのものでなく、本気で心配だという気持ちの篭った声で尋ねてきた。

 

 こんな雄二を見るのは初めてかな。

 

 けど、雄二でもあの事を話すことはできない。

 

 下手すれば厨二病と言われて精神科を勧められるのがオチだ。相手にするだけ無駄だと何も言わずにその場を去ろうとした時だった。

 

「明久! ここにおったか!」

 

「……秀吉?」

 

 雄二を置いていこうとしたところで秀吉がこちらに向かって駆けつけてきた。

 

「……一体、どうしたの?」

 

「それはこっちの台詞じゃ。昨日からお主がどうにも様子がおかしいと思ったのじゃが、このまましばらく様子見しておこうかとしたところで桜内達がお主を探しておったのを見かけての。どうやらお主、バンドの練習をすっぽかして行ったようじゃが、どうしたのじゃ?」

 

「ぅ…………」

 

 秀吉相手は、流石にマズイ。秀吉にはまず嘘なんて通じるはずがない。

 

「……やはり何かあったようじゃの」

 

「そ、それは……」

 

 困った。どう誤魔化せばいいものか……。

 

 いくらなんでもこんな話は信じられないし……いや、秀吉の事だ。この話が本当か嘘かなんてわかるだろう。

 

 でも、わかったところでどうしようもない事だし……どう話したらいいものか。

 

「……お前が悩んでいるのは、芳乃さくらの事か?」

 

「うわぁ!?」

 

 どうしたらいいものかと考えたところで背後からムッツリーニが声をかけてきた。心臓に悪すぎだよ、今回に限っては。

 

「ムッツリーニ、それはどういう事じゃ?」

 

「……ここ最近、芳乃さくらが学園にも自宅にも戻った様子がない」

 

「確かに、学園でも家でも見かけんが……」

 

「……それが気になって調べたところ、今まで初音島で起こった事故についての情報を見直し、再び聞き込みをかけたところ、目撃された少女というのが芳乃さくらだというのが判明した」

 

「何じゃと!?」

 

「それ、マジなのか?」

 

「……確信はないが、情報を総合するに、芳乃さくらが一番の有力候補だ」

 

 そっか……年始からほとんど姿を見なくなったと思ったら、情報をいっぱい集めていたんだね。

 

「……驚いてる様子がない辺り、お前もそれを知ってたって事か?」

 

「む、そうなのか、明久?」

 

「………………」

 

 これは、もう無理かもね。流石にごまかせる状況じゃない。

 

「……うん。実は、一昨日の夜に水越病院の近くで事故があったんだ」

 

「……確かに、一昨日の夜、住宅地で車が家に衝突した事件があった」

 

「テレビでもやっておったのぉ。一歩間違えば死人が出てたところじゃ」

 

「幸い、その家の人は出かけてたらしいがな。で、それから?」

 

「うん……その時、人ごみの中にさくらさんを見たんだ」

 

「……それは確かか?」

 

「うん。すぐにまた人ごみに紛れちゃったけど、あの横顔は間違いなくさくらさんだったよ」

 

「では、ムッツリーニの仮説は正しかったという事じゃの」

 

「だが、お前の持ってる情報はそれだけじゃねえ。だろ、明久?」

 

 どうやら雄二には全てお見通しのようだ。

 

「うん……これまた昨日、水越病院から帰ろうとしたところで、桜公園を通った時だった……」

 

 そこから先は、衝撃的なものでしかなかった、あの時の出来事を全て話した。

 

 ここまで細かく言えたことがないのではないかと言えるくらいに細かく、余すことなく昨日のあの光景、あの会話の事を全てみんなに話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。この島の多くの事故は、その枯れない桜が無差別に人間の願いを聞き入れた所為で起こったものだ、と」

 

「そして、その桜を枯らしたところで、儂らはこの世界から消える。更に、芳乃学園長の願いから生まれた桜内は存在そのものが文字通り消滅してしまう」

 

「……何もしなくてもいずれこの島の住人の中から死人が出る可能性が高い。枯らせば俺達が消える。芳乃さくらが桜と一体になってもハッピーエンドにはなれない」

 

「これまでもかというくらいバッドエンドしか見えんの。ようやくわかった……お主が悩んでいたのはこういう事だったのじゃな」

 

「……うん」

 

 事の全てを知った雄二達は意外にもそれら全てを受け止めて考えてくれていた。

 

「いくらなんでも……こんなの、物理学者並みの頭を持っても答えなんて見つけられないよ。何でみんな助けるって答えにたどり着けないんだろう? 何で、どれかひとつしか選べないんだろうなぁ…………もし神様なんて存在があるとしたら、殴ってやりたいよ」

 

 そんな愚痴を言ったところで、何もならないのはわかってるけど、そう言えずにはいられなかった。

 

 だけど、このままじゃ結局現状は変えられないまま。いつさくらさんが枯れない桜との融合を果たしてもおかしくないというのに、僕には何もできない。

 

 考える時間すら与えてくれないのか……。なんて思ってると、

 

「明久……歯ぁ食いしばれ」

 

「へ? 何を──ぐがぁ!?」

 

 僕の頬にかなり強い衝撃が伝わった。予想もできなかった突然の衝撃をまともに受けて、僕は受身もできずに地面に倒れこむ。

 

 へ? 今のは、何? ふと顔を起こしてみると、拳を固く握り締めた雄二が立っていた。

 

 今のは、こいつが殴ったのか? 現実を理解すると頬の痛みが倍増した気がした。

 

「~~~~っ! いった────っ!? 何すんだ、テメェ!」

 

「雄二! お主、何のつもりじゃ!?」

 

「……くだらねえ」

 

「は?」

 

「正直、失望したって言ってんだよ。クズが」

 

 いきなり殴りかかってきた上に、何を言ってるんだ。

 

「お前さ、そんなにお利口さんだったか?」

 

「な、何を……」

 

「お前さ、ここで平和に暮らした所為で随分と変わっちまったな。中学レベルだが少しずつ成績を上げ、品行方正になりかけ、更には恋人もできたと来た」

 

「だ、だから何なのさ……それは成長や進歩ってやつじゃないか。ていうか、何か話が……」

 

「何を頭で物事計ろうとしてんだ? テメェのない頭で考えられる事なんてたかが知れてんだよ」

 

「んだと、テメェ!」

 

「よさんか、お主らは!」

 

 秀吉が僕達の喧嘩を止めようとしてるけど、僕と雄二は睨み合ったままだった。

 

「テメェが何か考えたところで現状なんて変えられるわけねえだろ。俺達は魔法使いなんかじゃねえからな」

 

「んなもんわかってんだよ! でも、だからって無視できるような事じゃないだろ! どっちに転がっても、誰かがいなくなっちゃうんだぞ! でも、何もわからないんだよ…………僕なんて、無力な、ただのバカじゃないか!」

 

「いや、違うぜ明久」

 

「え?」

 

「お前は…………救いようもない、宇宙の広さよりも理解できない至高のバカだ」

 

「んだと、ゴラァ!」

 

「じゃからよさんか!」

 

 こいつ、一発殴っておきたい! 人が必死に全部救おうと考えてる時に!

 

「そんなバカが頭なんて使ってどうにかなるとでも思うのか? お前ができることなんて、ただ捨て駒のように死地へ突っ走るだけじゃねえか」

 

「この……散々死地へ追い込んだのは誰だと思って────ん?」

 

 今、僕の中で何かが引っかかったような気がした。

 

 頭で考えるな……僕にできることはない……ただ捨て駒のように死地へ首を突っ込む……?

 

「……あ」

 

 わかった。今僕にできそうな事が。

 

「は……は、はは…………はははははははは!」

 

「あ、明久!? お主、とうとうおかしくなったのか!?」

 

「……急に高笑いしだした」

 

 秀吉とムッツリーニが病人を見るような目で僕を見たけど、気にならない。

 

 そうだ……簡単じゃないか。今の僕にできることは、現状を整理することじゃない。

 

 この状況を打開する事を考えることでもなく、魔法について考えることでもなく、僕にしかできない事。

 

「はははは……! うん、そうだよね。何やってるんだろう、僕。僕の頭なんかじゃ、大したことなんてできる筈なんてないのにね」

 

 そうだ。今までこんなことがなかったか?

 

「島の住人が大変だから桜を枯らす? 義之が消えるから枯らすのはやめましょう? さくらさんがいなくなっちゃうから止めよう? 結局どれかしか選べない? ふざけんなよ! そんな理不尽な条件ばっか並べやがって何が願いを叶える桜だよ!」

 

「あ、明久? 一体、何があったのじゃ?」

 

「ん? いや、なんでもないよ。ちょっと枯れない桜に対する怒りが爆発したのと……自分のやるべき事が見えたから」

 

「……それは?」

 

「それは内緒。はぁ……本当、何やってたんだろう僕。あんまりにも幸せだったから、随分と考え方がおバカさんになってたみたいだね」

 

「いや、それは元からじゃろ」

 

「……明久は元々取り返しがつかないバカ」

 

 決してそんな言葉など聞こえない。

 

「ごめん、みんな。僕、行く所があるから」

 

「む、どこへ行くのじゃ?」

 

「ちょっとね!」

 

「……桜の事は?」

 

「それもあそこに行ってから考える!」

 

 そうだ。そんなものなんか後回しにすればいい。枯れない桜がなんだ。どれかしか選べないからなんだ。

 

 こうやって誰かがいなくなるかもしれない時に、僕は何をしていた?

 

 そんなもんは決まってる!

 

「……そうだよ。アレがああだ、コレがああだとか関係ない。そんな結末が嫌なら、ただそうならないようにすればいいだけだ!」

 

 そう、細かい事なんて考える事はしない。ただ感じるままに走っていけばいい。

 

 僕には魔法も使えない、この状況でどれが一番なんて考える頭もない。でも、だからどうした?

 

 今まで僕のない頭をフル回転させて状況を打開できたことがあったか? 大切なものを守れたことがあったか?

 

 違う。結果としてはどうにかなった事はあるが、それらは全てただ考えなしの行動によって出たものだ。

 

 結局最後にものを言うのはいつも僕らの行動だけだった。

 

 だから、今回も何も考えず、ただひたすら走っていく。障害があれば自分を使えばいい。

 

「だって……僕は、世界一のバカだもんね!」

 

 不思議なことに、今までの不安や悲しみが嘘のように僕の中から消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は桜並木を通ってある所へと向かって駆けていた。大切なものを、守りにいくために。

 

「はぁ、はぁ……絶対に、絶対に守る! この島の人達も、義之も、さくらさんも!」

 

 そうだ。この島で起きた事が枯れない桜の所為……どの選択をしようとも必ず誰かひとつは失ってしまう。

 

 だけど、それがどうした! 先に上げたもの、なにひとつとて失ってはならない大切なものなんだ!

 

 全て守り抜いてみせる。そうなるようにしてみせる。

 

 そうなる算段があるわけでもなければ、そうなる根拠だってどこにもない。

 

 けれど、僕はどの選択も選ぶつもりなんてない。だって、どこにいっても幸せになる要素なんてないのだから。

 

 そうだ。僕の周りにいる人達は皆幸せであるべきなんだ。そうでなきゃならないんだ。だから、誰かが消えなきゃいけない、悲しまなきゃいけない選択肢なんて糞喰らえだ!

 

『あれれ? 一緒にいて気づかなかった? 彼女が無理に笑ってるって感じたことはない? 悩みを抱えてるようには? わからない? ずっと一緒に暮らしてきたんでしょ?』

 

 以前、さくらさんの夢の世界の住人の昔の姿をしたさくらさんに言われた言葉を思い出す。

 

 何故僕は気づけなかったのだろうか。さくらさんは今までずっと苦しんできたっていうのに。

 

 彼女は苦しいのに、それでも綺麗な笑顔を崩さず、影でずっと僕達を守ってくれていた。それなのに、僕はずっとそれに気づけなかった。

 

 気づけなかったけど、時間はかかったけど、ようやくさくらさんの苦しみを知る事ができたんだ。

 

 全く望んだ展開でじゃないけど、それでもさくらさんの胸の内にある闇を見たんだ。その中身を見た今、もうただ守られるばかりじゃいられない。

 

 さくらさん、あなたが僕達の事を大切に思ってくれてるのと同じように、僕達だってあなたの事が大切なんだ!

 

 だから、だから……!

 

「はぁ、はぁ……! 待って、ください……!」

 

「……へ?」

 

 だから僕は……絶対に、あなたも、義之も、この島の人達も全員助けてみせる!

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……! 待って、ください……!」

 

「……へ?」

 

 私は今日、この桜の致命的な欠陥を埋めるために一体になろうとしたところに、明久君が駆けつけてきた。

 

 駆けつけてきた明久君は、相当の距離を全力で走ったのか、息も上がって、呼吸もすごく乱れていた。

 

 なんで、ここに? そして、どうしてそんな姿で、真剣な眼で僕を見ているの?

 

「……ようやく、会えましたよ、さくらさん……」

 

 明久君は私をまっすぐ見てそう言った。

 

「さくらさん……ひとりで行こうとしないでください」

 

「っ!?」

 

 突然の言葉に驚く事しかできなかった。

 

 明久君は、僕がこれから何をしようとしてるのかを知ってるの?

 

「……実は、聞いちゃったんですよ、昨日…………さくらさんとアイシアちゃんが話していたのを……。この島で起きてる事故の事、枯れない桜の事、そして……僕達の事も」

 

 ……そうか。聞いちゃったんだね。

 

「そっか……もう全部知ってるんだね。最初に言っておくと、ごめんなさい。元はと言えば、全部僕の所為なんだ」

 

 そう、全部僕の所為。こうなる事を知っていながら、それでも僕は過ちを犯してしまったんだ。

 

「ちょっと長くなるけど、少しお話に付き合ってくれる?」

 

「…………」

 

 明久君は黙って僕を見ていた。真剣に僕の話に耳を傾けてくれてるみたい。

 

 僕はそのまま昔話を始める。

 

「昔もね、ここに枯れない桜が咲いていたんだ。それも、本当に人の願いを叶える力があったんだ。正真正銘の魔法の木。人が人を大切に想う力を集めて、困ってる人のために奇跡を起こす。願えば叶う。祈れば通じる……ひとりひとりの力は足りなくても、たくさんの心があれば、みんなハッピーになれる。そんな夢みたいな桜の木があったの。でもね、その桜は枯れちゃった。……ううん、枯らしちゃった人がいたんだ」

 

 そう。あの時は、それが正しかったからと、桜を枯らしたんだ。

 

「その桜の木にはね、致命的な欠陥があったんだ。だから、枯らさないといけなかった」

 

 確かに純粋な願いを叶えてくれる木ではあった。……けれど、その力が間違った方向に働いてしまった。

 

 だから、あの時はそれが正しい選択だと桜を枯らした。

 

「そもそも、そんな力なんて間違ってるのかもしれない。願えば叶う世界なんて、夢物語だもんね。でも、僕はそんな夢があってもいいって思った。世の中には本当に困ってる人がいるから、そんな人達の力になれればいいって。欠陥を直せば、ちゃんと正しく動作すれば、きっとみんな幸せになれると、そう思ったんだ」

 

 あの時は、本当にそうなれたらと思った。

 

 だから、僕はアメリカに行ってずっと枯れない桜の研究を進めていたんだ。

 

「本当は、いけない事だってわかってたんだ。アメリカで作ったこの『枯れない桜』のサンプルを、初音島に持ち帰って……願ってしまった。僕にも家族が欲しいですって」

 

「それが、義之なんてすよね?」

 

「うん。実はね、君達がこの世界に来たのも……多分、僕が願ったからだと思うんだ」

 

「え?」

 

「義之君や音姫ちゃん達と一緒にいながら、また願ってしまった。もっと、楽しくいたい……もっと明るい家族を作りたいって」

 

「…………」

 

「そんな事を考えた矢先だったかな。明久君がこの世界に来たのは。それからは、本当に幸せだった。明久君達が来て、前よりも明るくなって、楽しかった」

 

「…………」

 

 僕の言葉を聞いても、ちょっと驚いただけで明久君はすぐに表情を戻して僕の話を聞いていた。

 

「……でもね、この桜は、オリジナルとは違う。願いを叶えるルーチンが不完全だったんだ。純粋で、ささやかな願いだけじゃなくて……誰の、どんな願いでも無差別に叶えちゃうの。例え、どんなに汚れた願いでも……」

 

 その性質の所為で、この島で多くの事故が起こってしまった。

 

「最初はほんの一枝だけだったけど、この桜は人々の夢を集めて、地面に根を張って……どんどん大きくなる。今まで僕が桜の力を制御してたけど……結局、制御しきれなくなっちゃって……不幸な事故が起こるのを、一生懸命止めようとしたけど……僕の力だけじゃ、防ぎきれなかった」

 

 僕の身勝手な理由で、多くの人にも、大切な人達にまで迷惑をかける結果になってしまった。

 

「今はまだ、小さな事故で済んでるけど、制御するものを失ったら、もっと多くの願いを無差別に叶え始めてしまう。そうなってしまったら大変な事になってしまう。だから、桜を枯らせないといけないんだけど……けど、桜を枯らせちゃったら、義之君も、明久君達も……」

 

「…………」

 

「……ごめんね。全部僕が悪いんだ。僕のわがままで島のみんなに……迷惑をかけて。音姫ちゃんも、明久君にも……」

 

「音姫さん? 音姫さんも、この事を……?」

 

「うん。音姫ちゃんも、理由あってこの桜の事を考えてくれてたんだけど……結局、音姫ちゃんを悲しませてしまった」

 

「…………」

 

「ごめんなさい。僕が余計な事さえしなければ……!」

 

 いくら明久君だって、怒るだろうな。だって、僕の勝手でこの世界に来て……そして、枯れない桜によって消えようとしてるんだもの。

 

「…………さくらさん」

 

 しばらくの沈黙の後、明久君がいつもより低い声で僕の名前を呼んだ。

 

 やっぱり、怒ってるよね。当たり前だよね、僕が……僕の勝手で明久君の全てを奪ったようなもんだから。

 

「……僕は、いえ……僕も、雄二も、秀吉も、ムッツリーニも……義之だって、感謝するはずですよ」

 

「……え?」

 

 急に優しい声に変わって言った。感謝してる? 僕に? 僕の勝手で存在が危うくなってる身なのに?

 

「僕達、すっごい幸せですよ。この世界に来て……義之と、音姫さんと、由夢ちゃんと、ななかちゃんと、色んな人達と出会えて……すごい幸せなんですよ。そして、それを与えてくれたのは、さくらさんだから。本当に、ありがとうございます」

 

 明久君は僕に向かって頭を下げながらそんな事を言った。

 

 何で、そんな言葉を言えるの? だって、僕は……

 

「それと、いきなり話を変えちゃいますけど……さくらさんは、無理しすぎなんですよ」

 

 突然のその言葉が、僕の胸に深く刺さった気がした。

 

「ひとりで抱えすぎなんですよ。優しすぎなんですよ。ひとり苦しんでるのに水臭いんですよ。勝手すぎるんですよ。僕達、もう家族だっていうのに何の相談もなしに色々決めないでくださいよ。そんな風に思うのなら何で義之や僕達を呼んだんですか? 幸せでいたかったからじゃないですか? 一緒に笑い合いたかったからじゃないんですか? 今までずっとひとりだったから……ずっと孤独に苦しんでいたかったから、自分の傍にいてくれる人が欲しかったんじゃないんですか? じゃなかったら、何のためにこの桜を咲かせたんですか?」

 

「そ、それは……僕が、家族が欲しかったからで……」

 

「ええ……でも、元はと言えばこの桜は困ってる人を助けるためのものなんでしょ? そんな人が幸せにいられるようにってさくらさんが植えたものなんですよね? だったらいいじゃないですか。さくらさんだって幸せになる権利があるんですよ。確かにこの桜を植えた事でこの島の人達が不幸な目に会うかもしれない。でも、だからってみんなの幸せを取り戻したところで、そこにさくらさんがいなくてどうするんですか? いくら僕達が生きられるようになったところで、さくらさんがいなきゃ何も楽しめませんし、幸せになる事だってできませんよ。もし、みんながさくらさんのしてる事を知ったら、みんな悲しんじゃいますよ。みんな、さくらさんを好きなんですから」

 

「………………」

 

 明久君の言葉に何も返せなかった。そんなこと、考えてなかった。

 

 確かに、みんな優しい子だ。僕や枯れない桜の事を知ったら、音姫ちゃんと同じように義之君も、由夢ちゃんも、お兄ちゃんも、音夢ちゃんも、みんな悲しむと思う。

 

 ずっと独りぼっちで寂しいと思って、家族が欲しいと桜に願い事をしてから、今度は義之君、明久君達の事ばかりだった。

 

 自分がそこにいようと考えなかったわけじゃない。でも、いつも自分をないがしろにしていたかもしれない。

 

「だから、これからはもう何も抱えないで、全部僕達にも話してくださいよ。僕達は魔法使いじゃありませんけど、さくらさんを笑顔にできるならなんだってしますよ。手料理だって出しますし、どこかへ旅行に行けるよう努力しますし、時代劇だっていくらでも見ましょうよ」

 

「……っ……」

 

「だから今度は、さくらさんが幸せになる番ですよ。今までずっと独りぼっちで寂しかった分、僕達がさくらさんを幸せにしますから」

 

「……うっ……ひ……」

 

「ですからもう……涙を堪える必要なんてないんですよ。今だけでも、思いっきり……貯めてた分、泣いてください。涙を乾かす魔法とかそんなのはありませんけど……胸を貸すくらいなら、僕でもできますから」

 

「う、うぅ……明久、くん……ああああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 明久君の言葉に、僕はもう堪える事ができなかった。

 

 幼い頃のように、ただ明久君の胸の中で、今までの悲しみを全て吐き出すように涙を流した。

 

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