バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第七話

 

 バン!

 

「静かに!」

 

 教室内で教卓を叩く音が響き、その直後このクラスの委員長である沢井麻耶さんが声を響かせた。

 

 沢井さんの声を聞いてクラスメート全員が静まった。

 

「それでは、間近に迫った体育祭の出場競技を決めたいと思います」

 

 教卓から聞こえてきた会話の内容が耳に入るとダルイ気分が少し飛んだ気がした。

 

「体育祭かぁ。確かに秋だからそろそろやる時期だよね」

 

「あぁ。正直かったるいんだがな」

 

「まあ、確かに義之……というより、このクラスのみんなって、あまりこういう行事に熱中しそうな人がいないよね」

 

「そりゃあな。運動神経だって2組と比べればかなり劣る上に、年に何回も開かれちゃ正直まいるよ」

 

「年に何回も? 体育祭って、年に1回だけの行事じゃないの?」

 

「ああ。明久はまだ入って間もないから知らないんだろうけど……この学園って、とにかく行事に富んだ所でな。体育祭も何回かやるし、文化祭の他にもクリスマスにも卒業にもパーティがあるし、修学旅行は全学年でやるし、とにかく行事の数がすごいんだよ」

 

「へぇ~。なんだか他の行事がちょっと楽しみになってきたな」

 

「ま、その際に問題が起きやすいんだがな。ある問題児がこのクラスにいるからな」

 

「問題児っていうと──」

 

 バン!

 

「そこっ! 無駄口叩かないで、さっさと出場する競技を考えなさい!」

 

「明久、とりあえず行事の話は置いて自分の出る種目だけを考えろ。自分が楽できそうな所を重点的に選んだ方がいいぞ」

 

「そ、そう……うん」

 

 義之に言われて僕は黒板に書かれている競技の種目名を確かめた。

 

 うんうん。『パン食い競争』に『100mリレー』、『三人四脚』に『借り物競争』と色々種目も多いようだ。

 

 これだけの競技、相当運動神経がないと全部をこなすのはキツイだろう。

 

 クラス全体の競技もありそうだけど個人でやるとなると、このクラスの仲間の事を考えると1人でいくつもの種目に出る人も出てくるだろう。

 

 さて、僕はどうしたらよいものか。すると、ふと目に入った種目があった。

 

 『障害物リレー』。最後の方に書かれている種目。全員障害物の方に出ようとする意識が全く見えない。他の競技の方は何となくみんな意識はしてるみたいだけど、あの競技だけみんな意識を向けようとしてない感じがする。

 

 一体あの種目には何があるのだろう? 何の障害があるのかは知らないけど、ちょっとやそっとの障害なら文月学園で散々慣らしたんだ。

 

 これがただの学園の体育祭の競技程度のものなら負ける気がしない。僕は早速挙手した。

 

「はい、吉井。あんたは何に出るの?」

 

「僕は……障害物リレーに出たいと思います」

 

 そう言うと教室の空気が一気に変わった。というか、教室全体に皹が入ったような音が響いた気がした。

 

「へ? どうしたの、みんな?」

 

「いや、吉井。それは……」

 

 沢井さんが言いにくそうに目を泳がせていた。

 

「しまった……そっちの説明してなかった」

 

「吉井、かわいそうに……」

 

 義之と渉が何故か遠くに行ってしまう人を見るような目で僕を見ていた。

 

『おいおい……障害物リレーって言ったら、アイツが……』

 

『けど、このまま吉井に任せるのがいいんじゃねえか? だってアイツ、2・3階から飛び降りても平気な奴なんだろ?』

 

『ああ。だったらあの障害物リレーもなんとかなるんじゃねえか?』

 

『吉井君なら、きっと大丈夫……だと思う』

 

『吉井君、大丈夫かな?』

 

 あちこちから聞こえる会話。一体この競技には何があるのだろうか?

 

「と、とりあえず……吉井が障害物リレーを希望という事でいいかしら?」

 

「あ、うん。それでいいです」

 

「そ、そう……」

 

 沢井さんが目を反らすように黒板に視線を移し、『障害物リレー』の種目名の下に僕の名前を記した。

 

 みんなは何をそんなに心配そうな目で僕を見るのだろうか? そんなにあの障害物リレーは怖い競技なのだろうか?

 

 とにかく、僕は障害物リレーに参加して残りは様子見という事でしばらく挙手もせずに傍観していた。

 

「えっと……残る競技は男子100mリレーに、三人四脚、借り物競走……って、全部男子じゃない。誰かいないの?」

 

 どうやら余りが出てしまったようだ。それも、全部が男子。

 

 沢井さんが誰か出場してくれる人がいないか質問するが、誰も挙手しようとする者がいなかった。

 

「全く、仕方ないわね」

 

 それから沢井さんがやれやれと言う風に黒板に名前を記す。

 

 それぞれの競技に書かれた名前は……『桜内義之』と、『桜内義之』、また『桜内義之』。

 

「って、ちょっと待て──い!」

 

「何よ桜井?」

 

 沢井さんが文句でもあると言いたげな目で義之を見た。

 

「何じゃねえだろ! なんでどれもこれも俺が出るんだよ!?」

 

「仕方ないでしょ。他の男子も複数出るんだから。あんたはまだひとつしか挙げてないでしょ?」

 

「杉並なんかそもそもゼロじゃねえか!」

 

「杉並はそもそも数にいれてないわ。この会議始めてからもう何処かに行ってるし……あいつがそもそも体育祭に熱入れてくれるとは思えないわ」

 

「た、確かに……」

 

 言われてみればこの教室内に杉並君の姿が見当たらない。サボリなのだろうか?

 

 そういえば、文化祭の時高坂さんが杉並は問題児筆頭だって言ってた気がする。今度は体育祭で何かするのかな?

 

「というか、明久もまだ出場種目がひとつじゃねえか」

 

「吉井はいいのよ。多分、障害物リレーで全て使い切っちゃいそうだし」

 

「た、確かに……」

 

「ん? 別に大丈夫だと思うよ? 借り物競争なら判断が速ければそれなりになんとかなりそうだし、三人四脚も運動力よりもむしろコンビネーションだから一人で全力よりはまだ体力の消費はなさそうだし」

 

「そうは言うが明久よぉ。障害物って言ったら杉並が必ずと言っていいほど手を出す競技のトップクラスだぞ? お前、多分そこで力尽きるんじゃね?」

 

「ん~……杉並君がどんな細工をするのかわからないけど、盛り上がるならそれでいいし……ちょっとやそっとの細工によるハンデなんで向こうじゃ毎回背負ってたようなもんだから問題はないと思うよ」

 

 向こうでの日常なんか常に障害物リレーやってるようなもんだしね。鉄人との追いかけっこだとか、美波や姫路さんからの追いかけっことか、FFF団の追いかけっことか、清水さんの追いかけっことか、姉さんの料理の阻止だったりと毎日が障害だらけなのだ。

 

 こういう平和な学院でやる障害物のレベルなど、アレらと比べたら大したことはなさそうなんだけど。

 

 まあ、多少レベル高くても多少のインターバルさえあれば大丈夫だと思う。回復力は向こうで相当鍛えられたから。

 

「ん~……別にいいんじゃねえか? これでも明久、滅茶苦茶タフなところがあるし……正直俺もその数は辛いぞ。それに明久なら常日頃から走り慣れてるらしい事言ってたし、適任だと思うぞ」

 

 義之が沢井さんにそんな事を言った。多分自分が少しでも楽したいがためだと思うけど、流石にあの数を義之一人でこなすのは難しいだろう。

 

「たく……しょうがないわね。それじゃあ……」

 

 しばらく話し合い、僕は障害物リレーの他に2・3ほど別の競技をやることになった。

 

 風見学園での体育祭かぁ。文月学園の時よりは平和になりそうだね。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、僕は借り物競争、障害物リレー、クラス対抗リレーに出ることになりました」

 

「そうなんですか。よくやりますね」

 

「しかも障害物リレーかぁ。怪我しないように気を付けてね」

 

 芳乃家に戻り、夕食を食べてる最中僕達は今日クラス内で行なった競技の出場決めの事を話した。

 

「そういえば思ったんですけど、みんな障害物リレーに関してかなり警戒してましたね」

 

 杉並君が関わってるらしいけど、あの警戒レベルは尋常じゃないと思う。

 

「ああ……うん。聞いてないかな? 障害物リレーは杉並君が一番手を出す競技だって」

 

「それはクラス全員から聞きました」

 

「杉並君が色々細工をしていたおかげであちこちで大暴走だったんだから。流石に怪我をするような仕掛けはなかったけど」

 

「けど……相手の動きを妨害するような仕掛けつくったり、泥だらけにさせたり、敵味方問わず大惨事だった時もあったぜ」

 

「ふ~ん。その程度ならやってやれない事はないね」

 

「いや、明久。油断はしない方がいいぞ。杉並の事だから、お前に対しては特別な仕掛けを施す可能性だって考えられるぞ?」

 

「そうかな? 別にそこまで大掛かりな仕掛けられるほど脅威な人間じゃないと思うけど?」

 

「2・3階から飛び降りても平気なタフな人が脅威じゃないとでも思いますか?」

 

 由夢ちゃんに言われたが、あまり脅威だとは思えなかった。

 

 いや、僕の感覚がおかしくなってるだけか。とはいえ、2・3階から飛び降りなんて、雄二でもやるんだから僕がやっても当然としか思えないんだよね。

 

 脅威と言ったらFFF団や美波の方がよっぽどだと思う。

 

「まあ、今までが今までだったからたかが体育祭の障害物くらいで大事にはならないと思うよ」

 

「けど、やっぱり心配だし」

 

「大丈夫ですよ、音姫さん」

 

 些細な事でも命に関わる事はここら辺に蔓延っているものなのは重々承知している。

 

 だから例えこういう平和な場所でも準備は欠かさない。だから──

 

「みんなが言うから、もしものためを思ってAEDや輸血の準備は万全ですから」

 

「「「一体何処から仕入れてきたんだ(の)(ですか)、そんなもの!?」」」

 

「救急病院から」

 

「いや、そんな事を聞いてるんじゃねえんだよ。普通そんなもの仕入れて……というか、簡単に手に入るものか?」

 

「とりあえず法螺吹きでも事情を述べれば大抵は手に入るよ」

 

 まあ、向こうでは法螺では済まない事態が多々あったからこっちよりも簡単に手に入ったけど。

 

「そんな簡単でいいのか……ていうか、明久は今までしょっちゅう輸血なんてやってたのかよ」

 

「向こうじゃ流血沙汰が絶えなかったからね」

 

 主にムッツリーニの鼻血や美波と姉さんからの暴行によるものがね。

 

「まあ、確かにこれだけあれば多少の事故でも命は助かりそうですけど」

 

「ところで、これ……弟君の血液型もあるかな?」

 

「いや、音姉。気にするところが違うぞ」

 

「まあ、もしものためを思ってRhー意外は揃ってますけど」

 

「どんなもしもを想像してんだよお前は」

 

「義之、体育祭は……危険なものがいっぱい潜んでいるんだよ」

 

「何だそりゃ?」

 

 義之もすぐにわかると思うよ。僕の予想が正しければ、流血するのは何も障害物リレーだけじゃない事を。

 

 こうして体育祭前夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 体育祭当日、風見学園のグラウンドには各クラスの観覧席や立て看板があった。

 

 そしてグラウンドには幾つもの白いラインが引かれてある。

 

 うん。まさに体育祭っていう感じが伝わってくるよね。

 

「というわけで、今日は風見学園第六十回体育祭です!」

 

 そして、壇上からはさくらさんからの開会の言葉が始まっていた。

 

「まあ、難しい話は抜きで……スポーツと言えば、恋愛に並ぶと言われる青春の代名詞。思いっきり楽しんじゃってね!」

 

 さくらさんの言葉でなんとなく和んでしまう。

 

 いやはや、同じ学園長でも片やその外見とは裏腹にどこか大人っぽいさくらさん、片や生徒をバカにすることなしで会話することができないのではないかと思えるババア長とはまさに雲泥の差だ。

 

 つくづく以前の僕の周囲にいた人っていうのは何処かおかしな人ばかりだったよね。

 

「おい、明久。俺達も観覧席行くぞ」

 

「あ、うん」

 

 どうやらぼーっとしてる間に既に開会式は終了してクラスは全員それぞれの観覧席へと向かっていってるようだ。

 

「あ、弟くーん!」

 

 僕達も自クラスの観覧席に行こうとしたところで音姫さんが義之の名前を大声で叫んで駆けつけてきた。

 

「音姉、勘弁してくれ。さっきだって壇上で俺の事思いっきり名指しで叫んでたろ」

 

 どうやら僕がぼーっとしてる間に音姫さんが義之の名を叫んでいたようだ。

 

 普段は真面目な人なのに義之の事に関しては妙に子供っぽく……いや、子煩悩? とも違うな。

 

 とにかくやたらと構ってくる。ある意味姉さんと音姫さんって似てるよね。愛を向けるベクトルが違うけど。

 

「ま、あんた達にはしっかり釘を刺しておかないと大変だからね。諸悪の根源3人組のいるクラスなんだから」

 

「あ、高坂さん。ご無沙汰ですね」

 

「やっほ、吉井。こうして対面するのは文化祭以来だったかしら?」

 

「ええ。多分そのくらいかと」

 

「まゆきさん……俺はもう騒動は起こしませんって」

 

「どうだかね~?」

 

「俺はそういうのはもう卒業したんですよ。ですから杉並が何しようが知りませんよ」

 

「そうかしらね~?」

 

「はあ……」

 

 どうやら義之って、以前は杉並君と何かしてたみたいだけど……その様子じゃもう騒動は起こす気はないのかな。

 

 ドン! ドン! ドン!

 

 そんな時、太鼓の音がグラウンドに響いた。周りを見てみると、3年2組の方で選手を応援する姿が見えた。

 

 2組の観覧席の前では先頭にななかちゃんと、その後ろに数人の男子が学ランを着て応援していた。

 

「フレ──っ! フレ──っ! 2・く・みっ! それっ!」

 

『『『フレッ、フレッ! 2組! フレッ、フレッ! 2組!』』』

 

 ななかちゃんの透き通った声に合わせて2組の応援合唱がグラウンド全体に響きわたっていた。

 

「ななかちゃんか。すごいいい声してるよね」

 

「まあな。あいつ、軽音部にちょくちょく顔出して歌ったりしてるからな。めっちゃうめえぜ」

 

「へぇ~」

 

「白河さん、かっこいいよね」

 

「本当にすごいよね、ななかって」

 

「あれ? お前らって軽音部だっけ?」

 

「も~……私と渉君は軽音部だって何度も言ってるでしょ~」

 

 小恋ちゃんの顔に慍色が広がっていた。どうやら義之が覚えていない事が不満だったようだ。

 

 義之も、流石に幼馴染の部活くらいは覚えておこうよ。

 

「明久く~ん!」

 

「ん?」

 

「お~い! あ・き・ひ・さ・く~ん!」

 

「あ、えと……どうも、ななかちゃん!」

 

 ゾクッ!

 

 ななかちゃんに返事をした瞬間、全身をものすごい寒気が走った。

 

 理由は言うまでもなく、ななかちゃんのクラスメートやその周囲にいた男子の殺気によるものだ。

 

「へ~……あんたら、ファーストネームで呼び合うほど仲いいんだね~?」

 

 高坂さんがニヤニヤした顔で僕を見つめた。高坂さん、わかってて言ってます?

 

「違いますよ。誤解を招く言い方はやめてくださいよ。あれは単なる挨拶ってなだけで──」

 

『借り物競争に参加する方は、速やかにスタート地点まで集まってください』

 

「おい、明久。借り物競走はお前が出るんだろ?」

 

「あ、そうだ。それでは行ってきます。そしてもう一度言いますが、あれは単なる挨拶で──」

 

「フレー! フレー! あ・き・ひ・さ!」

 

「………………」

 

「ふ~ん? にしては、随分と親しまれてるじゃない?」

 

 ななかちゃんが何故か敵である筈の僕を応援して高坂さんが余計面白そうに僕を見た。

 

「それでは!」

 

 とにかく逃げないと僕の身が危うい事になりそうなので早々にスタート地点へと向かった。

 

『おい、何でアイツばかり応援されてるんだよ?』

 

『俺だって借り物競走の参加者なのに、なんでアイツが?』

 

『あの野郎、絶対このままじゃ済まさねえ』

 

 本当に危うい事になりそうだ。僕、このまま無事に体育祭乗り切れるのかな?

 

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