おっかちゃんは、どこにいるの?

1 / 1
白い椿

 

 

 

 雪の降る晩でした。囲炉裏(いろり)の火がパチパチと音を立てています。

 

 じっちゃんの作ったごはんを食べながら、小雪が聞きました。

 

「おっかちゃんは、どこにいるの?」

 

「うむ……ふたつ山を越えたところじゃ」

 

「……いつ、かえってくるの?」

 

「うむ……雪が解けたらなぁ」

 

「いつ、ゆきはとけるの?」

 

「うむ……暖かくなったらなぁ」

 

「ふぅーん。……はやくあったかくならないかなぁ」

 

 そう言いながら、小雪は里芋(さといも)をほおばりました。

 

「……もうすぐ、なるよぉ」

 

 そう言って、じっちゃんも味噌汁(みそしる)をすすりました。

 

 

 ……いつになったら、あったかくなるの? ずーっと、ずーっとさきだ。だって、まだ、ゆきがふってるもん。……おっかちゃんにあいたいなぁ。――

 

 

 小雪は、じっちゃんが眠りについたころ、家をそっと抜け出しました。顔も知らないおっかちゃんに会いたかったのです。ふたつ山を越えたら、おっかちゃんに会える。

 

 

 ギュッギュッ

 

 積もった雪を踏む、小雪の足音しか聞こえません。

 

 ……おっかちゃん。

 

 心の中でそう呼びながら、おぼつかない足取りで山道を登りました。滑っては登り、滑っては登り。

 

「ハアハア……」

 

 いつまで経っても、前に進めません。小雪は疲れ果てて、その場に倒れてしまいました。

 

 ……おっかちゃん。

 

 

 どのぐらい、そのままでいたでしょうか……。

 

「こゆきや」

 

 女の人の声がしました。小雪は夢を見ているのだと思い、目を開けませんでした。すると、

 

「こゆきや、さあ、おうちに帰りましょう」

 

 と聞こえました。ゆっくりと目を開けると、そこには、白い着物を着た、長い髪の女がほほえんでいました。

 

「……おっかちゃん?」

 

 小雪は目を丸くしました。

 

「さあ、おいで」

 

 女が両手を広げました。小雪は急いで立ち上がると、女に駆け寄りました。

 

「おっかちゃん!」

 

 小雪は(うれ)しそうに女に抱きつきました。女の顔をしげしげと見つめ、そして、その顔に()れました。

 

「あったかいほっぺ。……おっかちゃん」

 

 小雪は女のやわらかい乳房(ちぶさ)(つか)むと、安心したように眠ってしまいました。――

 

 

「小雪やー」

 

 じっちゃんの声がしました。

 

「そんなとこで寝たら、風邪ひくぞ。さあ、布団に入って」

 

「むにゃむにゃ……」

 

 眠たい目をこすると、薄目を開けてみました。囲炉裏の炎が揺れているのが見えました。囲炉裏端(いろりばた)で眠っていたようです。

 

 ……あれぇ? どうしておうちにいるの? おっかちゃんにだっこされてたのに。あれはゆめだったのかなぁ……。

 

 

 じっちゃんが、布団に運ぼうと小雪を抱き(かか)えたときです。

 

「あれっ?」

 

 ハッとしました。小雪の着ていたちゃんちゃんこが()れていたのです。

 

 ……はて、いつの間に外に出たのじゃろ。

 

 

 土間(どま)の隅に(そろ)えてあった小雪のわらぐつには、雪がついていました。

 

 どこに行ってたのじゃろ……。

 

 どうして外に出たのか、じっちゃんには思い当たりませんでした。

 

 

 ――そして、春が来ました。庭の白い椿も咲きました。格子窓(こうしまど)から白い椿がのぞいています。そこは丁度(ちょうど)、小雪の寝間(ねま)が見える場所です。朝も昼も晩も、いつもいつも、白い椿が小雪の寝間をのぞいています。

 

 

 じっちゃんはまだ、小雪に本当のことを言っていません。もう少し大きくなってから話すつもりでいます。……おっかちゃんのことを。――

 

 

 おわり



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。