警視庁D課難事件ファイル1~田崎の鳩はどこへ消えたのか~ 作:柵乃中きりんまる
警視庁D課。そこは、様々な特殊事件を解決する警察の暗部。その構成員たちは超人的な捜査能力を持つ代わりに、人格が大きくねじまがっている変わり者ばかりだ。しかしそんな構成員の中にも、比較的常識人は存在する。一か月ほど前にD課係長に就任した佐久間は、彼――田崎に多くの信頼を寄せていた。
――あの事件までは。
トランプを持って向かい合う四人の男たち。そのまなざしは真剣そのもので、一分の隙も許さない緊張感に満ち溢れていた。
緊迫する空気を打ち破るように、神永は一枚のカードを机に置いた。
「ハートの2」
「はい、ジョーカー」
甘利は最後の手札をハートの2の上に放り投げる。神永は身を乗り出して抗議した。
「あっ、テメェ甘利! お前が隠し持ってたのかよ!」
「ははは、切り札は最後まで取っておくものさ」
飄々と甘利は言う。しかし、その背後に腰かけていた小田切はスマホを素早くタップすると、一通のメッセージをD課のグループラインに送信した。
ぴろりん。
『大富豪でジョーカー上がりはルール違反だ』
「え? そうなの?」
どうやら本気で知らなかったらしい。目を丸くする甘利に、周囲のD課の面々はにんまりと笑みを深めた。
「じゃあ甘利の負けな! パン買ってこい。俺、メロンパンな!」
「焼きそばパンを頼む」
「あんぱん二つとおにぎり三つ」
『からあげクン』
「コンビニの隣にあるパン屋の、厳選トマトとハムのサンドイッチで」
「僕は新発売のやつなら何でもいいですよ」
「ええー……」
次々と与えられる注文に、甘利は困ったように眉尻を下げた。小田切は無表情のまま、スマホをタップした。
『不憫すぎワロタww』
甘利は仕方なさそうに立ち上がる。メモは一切取っていないが、優秀なD課のことだ。きっと一度聞くだけで注文を覚えることなど容易いのだろう。
「佐久間さんは何にします? 甘利がおごってくれるそうですよ」
「……いや、遠慮しておこう。弁当を持参しているんだ」
勤務時間中に賭けだなんて許される行為ではない。だが、佐久間はそれを注意することを半ばあきらめていた。もしかしたら、自分もかなりD課に染まってしまっているのかもしれない。そう思い至り、佐久間は胃のあたりをさすった。
「そうですか。それは残念」
三好は肩をすくめて小さく笑う。六人はトランプを一度集め、甘利を抜いた面々で再びゲームを始めようとしていた。
そこで佐久間は気づく。
ん、六人?
あれ? 一人足りない?
「大変だ!」
派手な音を立てて、D課のドアが開かれる。老朽化した蝶番が、ぎいぎいと嫌な音を立てた。
音を生み出した張本人は、ぜえぜえと息を荒げながら叫ぶ。
「鳩が、鳩がいなくなった!」
いかなる難事件珍事件であっても、いつも冷静沈着であった田崎がこんなにも興奮している。何か重大な事件でも起こったのか。
「……鳩?」
佐久間が聞き返すと、D課の面々は思い思いにリラックスしながら、どうでもよさそうに答えた。
「あー、あの屋上で飼ってたやつ」
「小屋まで立てて可愛がってたやつね」
そんなことをしていたのか!?
佐久間の田崎への常識人としての信頼が、じわじわと削れていく。それを後押しするように、田崎は大声で主張を続けた。
「鳩がいなくなったんだぞ! こんな、こんなことって……!」
「落ち着けって。たかが鳩だろ?」
「たかが? たかがじゃない! 鳩は俺の家族で、恋人で、そう……もっと近しい……」
このままではさめざめと泣きだしそうな顔で田崎は叫ぶ。
「とにかく来てくれ。鳩の行方を捜査するぞ!」
「ええー……なんで俺たちが……」
波多野は心底嫌そうに顔をゆがめる。だが、その肩を甘利は抱いた。
「俺は行くぜ。なんか面白そうじゃん」
「お前はパシリにされるのが嫌なだけだろ!」
甘利を引きはがし、波多野は叫ぶ。福本と実井と小田切は立ち上がった。
「俺も行こう。困ったときはお互い様だ」
「僕も。絶対面白いですよね」
『ワクワクテカテカ』
ぞろぞろと部屋を出ていこうとする面々に、佐久間は慌てて声をかける。
「ま、待て! 一応今は就業時間中だぞ!」
「ここで待機していてもどうせ仕事なんて降りてこないでしょう!」
田崎が叫ぶ。ド正論だった。
仕方なく佐久間も田崎の後をついて、屋上へと向かう。真剣な足取りなのは田崎と福本ぐらいなもので、他の面々はどこか楽しそうに口の端を持ち上げていた。
屋上のドアを開け放つと、そこには立派な鳩舎があった。
「いつの間にこんなものが……」
「この棟の屋上なんて誰も使いませんからね。田崎がかなり前にせっせと作ったんです」
『俺と福本も手伝った』
「お人よしですからねえお二人とも」
近づいてよくよく見てみると、鳩舎の金網が一か所外れかけてしまっていた。おそらく鳩はここから逃げ出したのだろう。
手がかりがないかと佐久間が歩み寄ると、三好に左腕をつかまれた。
「あっ、佐久間さん。そこ踏まないで」
慌てて立ち止まると、足元には小さくて黒い足跡が残されていた。
「これは――猫の足跡か」
「最近ここの棟を根城にしてる黒猫がいたはずだ。そいつのものじゃないか?」
「鳩と猫、これってつまり……」
嫌な予感が全員の脳裏によぎる。それは田崎も同じだったようで、彼はうつむいたまま肩を震わせ始めた。
「ふ、ふふふ……」
「た、田崎……?」
恐る恐る佐久間は田崎の名を呼ぶ。しかし田崎は据わった目で顔を上げると、ぽつりとつぶやいた。
「喜べ福本。今日は新鮮なジビエ肉が手に入るぞ」
「待て田崎落ち着け! 流石に殺すのは都のナントカ条例が!」
制止を振り切り、田崎はターゲットを求めて凶悪な顔で走り去る。
まさかこれがあんな事件につながるだなんて、この時は思いもよらなかったのだ。