ループできるゲームなんてヌルすぎる   作:泥人形

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ヌルゲー:1

 

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 ジジジと何か焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 鬱蒼と広がる森林、短く雑多に生える地面の雑草、そして、眼前で蠢く多数のモンスター。

 深い黒にも似た赤色のカーソルが、踊るように視界の中で揺れていた。

 ───は?

 いや待て待て意味が分からないぞ!?

 どうしてこんなことに───!?

 思わず跳ねるように飛び退けばその瞬間、鞭で打たれたかのような衝撃が背中を抜けた。

 痛みは無い、が不快感が駆け抜ける。

 勢いを殺され軽くよろめきながら振り向けば、そこにはやはり前方にもいた植物型のモンスター《リトルネペント》がおよそ植物には似つかわしくない、人のような大きな口の端から半透明の唾液を零していた。

 そこまで見て、ようやく思い出す。

 僕が立っているここが、仮想世界大規模多人数オンライン(VRMMO)ゲーム:ソードアート・オンライン───SAOの中であることを。

 世界的にも注目され、本日をもって発売されたこのゲームが、クリアするまでログアウトが不可能になったことを。

 その上ゲーム内で一度でも死ねば、現実世界でも死んでしまうことを。

 それを聞かされて、思わず町の外へと飛び出してしまったことを。

 形振り構わずただ己のために先へ先へと進もうとしたことを。

 そして、そして────眼の前にいるこいつらに、殺されたことを。

 ぞわりと寒気が背中を走る、ざわりと鳥肌が立って、自然と右手に持っていた片手剣《スモールソード》をギュッと握った。

 何故僕は生きている? 死んだはずでは? もしかして茅場晶彦の放った言葉は嘘だった? 死んでも実際に死ぬことはない? いや、だとしてもこんな生き返り方あるか? これではとんだクソゲーではないか?

 吐き気のするくらい駆け巡る考えの中、ふと、システムウィンドウを開いて自分の名前を見る。

 いや、正確に言えば自分の名前の、その横にあるレベルの値。

 『Lv.1』

 それが表示されていた僕のレベルで、それ自体は特別おかしなものではなかった。

 ただ、ある一点を除いて、ではあるが。

 本来、そこに表示されていて然るべき数字は2であるはずなのだ。

 僕は覚えている。

 この狩場に来てどれくらい戦ったはわからないがそれでも、僕は確かに一度レベルアップをして、上がった際のファンファーレすら聞いたのだ。

 良く見てみれば、握ったスモールソードも傷は殆ど無く、新品同然でそこにある。

 レベルアップするまで使ったのであれば、剣の耐久値だってそれなりに減っているはずで、それは見た目にも反映されていて然るべきなのに。

 おかしい、あまりにもおかしい。

 これでは、まるで、時間が巻き戻されているようじゃないか?

 突然、激しい不快感の連続で思考の海から引き上げられる。

 HPバーはすっかり半分まで削られていた。

 ───しまった、やらかした。

 素直にそう思う。

 するべきことの優先順位をつけ間違えた。

 目覚めた瞬間から僕は取り敢えずこいつらの囲いから脱出すべきだったのだ。

 じわりと嫌な汗が流れるのを感じながらそれでも走り出す。

 結局明かせなかった疑問をそのままに、薄く光らせた剣を走らせた。

 リトルネペントは自走型の捕食系植物型エネミーで、足元から約50cm上の細くなっている茎の部分が弱点となっている。

 そこをつけばレベル1でもソードスキルさえ使えば一撃で撃破が可能だ、レベル差を考慮しても、冷静に対処していけばこのエネミー自体はさして強力な敵では無い。

 ───こちらが万全の状態で、不意をつかれることもなく、また多数に囲まれていなければ、ではあるが。

 つまりその全てを満たしていて尚且つHPを既に半分以上削られている僕はもうオシマイ、ということである。

 それが分かっていても抵抗してしまうのが僕という人間だったが、数匹撃破したところで僕のHPは赤色にまで食い込んでいた。

 後二、三発貰えば終わりだ。

 こんな時、ライトノベルやアニメだったら、主人公が助けてくれるのにな。

 なんて、現実逃避な思考をしたまま、僕の身体はさながら硝子の如く、砕け散った。

 瞳に張り付くように、GAME OVERの文字が踊り、続いて YOU DIEと表示されて、砕けたはずの僕の視界は真っ赤に染まって。

 狂いそうになるくらいの警告音のようなサイレンに頭を揺さぶられながら意識をドロリと溶かした。

 

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 ジジジと何かを焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 鬱蒼と広がる森林、短く雑多に生える地面の雑草、そして、眼前で蠢く多数のモンスター。

 深い黒にも似た赤色のカーソルが、踊るように視界の中で揺れていた。

 ────はは。

 乾いた笑い声が喉の奥から漏れて、そして僕は素早くスモールソードを振り抜いた。

 眼の前にいたリトルネペントを切り裂き砕き、それを踏み抜くように僕は駆け始めた。

 先ほどみたいに動揺することはなかった。

 半ばこうなることを予想───いや、期待していたから。

 真横から水平に放たれるソードスキル《ホリゾンタル》を後ろに控えていたリトルネペントにぶち込み斬り飛ばす。

 ソードスキルを発動した後に必ずやってくる一瞬の硬直の間に迫ってきたツルを、剣をねじ込ませることで防御して、そのまま前進。

 一先ずこの囲いから抜けるのが先だ、多少の被弾は無視して、最短最速で抜ける。

 頭上から前進を覆うように放たれた腐蝕の性質を持つ粘液を転がりながら避けて、殺すのではなく、その場から弾くために剣を振るう。

 ズガッと硬質な音を響かせながら眼前のリトルネペントを除けて、更に押し進む。

 不意に不快感が背中を突き抜けて、その衝撃ごと僕は一気に跳んだ。

 腐蝕の液体が、足を絡め取る。

 ジュワリと焼ける音を聞きながら、僕はやっとの思いで囲いを抜けた。

 安物のポーションを口から流し込み、三割減ったHPを少しずつ回復させる。

 さっきも言った通り、こいつら自体は大して強大ではない。

 僕の場合は、HPに余裕があって、囲まれていなければ、充分に対応出来る相手だ。

 さて、仕返しの時間だ。

 覚悟は良いな、雑草共が。

 

 

 薄水色の軌跡が宙に残って、口の付いた植物の頭が空を舞う。

 それを彩るように腐蝕液が降りかかり、躱せば地面の草が焼けていく。

 どれだけの数を殺しただろうか。

 既に両手足の指で数えることは出来ないくらいは斬ったであろう、お陰で目の前のエネミーも流石にその数を減らしていた。

 パッと見ただけで後十数匹と言ったところだろうか。

 無闇に剣は振り回さない、無策でソードスキルは放たない。

 最序盤である一層のここであれば、スキルを用いない普通の攻撃でもこいつらの体力は目に見えて削ることが出来る。

 リトルネペントに限れば、攻撃力が高く防御力は反比例するように低いから、それは尚更だ。

 一度ステータスをいじらせてくれれば、もう少し楽なんだがな、と小さく愚痴を零す。

 実を言えば、既に僕のレベルは2になっていた。

 しかし、攻撃力においてはレベル1のまま。

 この世界ではレベルアップしたらポイントを貰い、それを筋力か、敏捷に振ることで攻撃力や、速さを上げるのだ。

 だが今の僕にそんな余裕は無かった。

 少なくともこの状況でシステムウィンドウは開けない、さっきは開いていたが、あんなもん自殺にも等しい行為だ。

 二度同じ轍を踏む訳にはいかない。

 何の因果か僕は()()()()()

 だから、死ぬ原因となったことは極力排除していくべきだ。

 というか、今のままでも充分戦えているのだから、操作は終わった後でも問題は無い。

 まあそれはそれとして早くいじりたいからさっさと死んでくれ。

 そう願って僕は剣を閃かせた。

 一度、二度、三度、四度。

 ヒット・アンド・アウェイを何度も繰り返して減らしたHPを削り切る。

 右に振り切った片手を引き戻しながら素早く回転、直近にいるリトルネペントに向けてホリゾンタルをぶち込みスカァァァン!という爽快な音と共にもう一体も斬り飛ばす。

 ほんの少しだけの硬直、片手剣スキルを取った時点で最初から使えるこのソードスキルは威力が低い分、当然硬直も短い。

 一瞬にも満たない硬直の後に振り下ろされるツルを纏めて切り裂き後ろに下がる。

 そうすれば最前にいる二、三体だけが先んじて追ってくる、飛ばされた腐蝕液を既のところで躱して転がり込むような勢いで剣を振り抜いた。

 ガスッと食い込むような音が響き、同時に僕の腹を真緑のツルが捉えた。

 強い衝撃に思わずカハッ息が漏れる、蹌踉めく僕を追い打つように腐蝕液が飛んできた。

 なんとか全身に浴びることだけは避けたが、左腕が丸々呑まれてHPバーが少し、けれども目に見えて減る。

 緊張感は無かった、またやり直せるという確証はどこにもなかったが、その上で現実味をしっかりと感じられなかった。

 怖いくらいリアルなこの世界で、腕から流れ落ちる液体をそのままに、ポーションはまだストレージの奥に引っ込めて、僕は駆け出した。

 一度剣を振るう度に、その全てを洗練させていく。

 無駄を排除し、余分を消して、なるべく次に活かせるように動く。

 斬り飛ばしては転がって、時折ツルに打たれ、腐蝕液をかぶり、それでも剣を振るう。

 最後の一匹になったリトルネペントを斬り飛ばして、そしてやっと安堵して息を吐いた。

 躱すのが下手くそなせいで、HPは既に半分を切っていた。

 ポーションを流し込みながら、システムウィンドウを開いてささっとステータスをいじる。

 筋力に+2、敏捷に+1

 特段深い考えはなく、取り敢えずバランス良く振ってからアイテム欄を見て、目当てのものがなかったことに嘆息する。

 この狩場には、単純にレベリングの為にここに居たわけでは無いのだ。

 『森の秘薬』という名称の付けられたクエストのクリアに必要なアイテムを、このリトルネペントが落とすからこそいたのである。

 正確には頭に花のついた、ちょっとレアなリトルネペントから、ではあるが。

 それを手に入れたいばかりに無駄に集めたのが死因であった辺り、酷く間抜けなものだ。

 まあそれもなんとか切り抜けた、剣の耐久値も落ちているし、一旦村にでも戻るか、と思った時だった。

 遠くの方で、光が弾ける。

 

 

 あれは何だろうか、と思って駆け寄ってみればそこには二人の剣士がいた。

 僕と同じ初期装備の片手剣を握り、しかし僕よりずっと華麗に、素早く倒していく。

 プレイヤー、それも此処にいるということは、間違いなくβテスター。

 一目見ただけで分かる、圧倒的に僕より上手なプレイヤーだ。

 ちょっと声でもかけるか、とそう思ったときだった。

 茶髪の方の剣士が、垂直切りのソードスキル《バーチカル》を放つ。

 その剣の行き先は勿論リトルネペントで、けれどもそのリトルネペントは少し他とは違う特徴を持っていた。

 普通のリトルネペントにはない、真っ赤な宝石みたいな実を、頭にぶら下げている。

 ────え、駄目でしょそれは。

 意図せず口からこぼれた言葉だった。

 もうひとりの、黒髪の剣士も呆然としたようにそれを見ている。

 瞬間、破裂音。

 異常な臭気が辺りを覆い、茶髪の剣士は僕を驚いたような眼で見て、泣きそうな顔で、申し訳なさそうにした後するりと消えた。

 実を付けたリトルネペントの実は、破壊されればその匂いで辺りからリトルネペントを一斉に集める。

 βテスト時代は、それによって平均レベル3~4のパーティが全滅したほどの数を、だ。

 今、僕だけなら逃げられる。

 そう思って、けれども黒髪の剣士───少年を、僕は見てしまった。

 目が、合ってしまった。

 有り得ない行動を見た瞳、助けを乞うような眼差し。

 半歩下がった足が止まる。

 逃げようと込めた力が抜けていく。

 心に靄が積もって締め付けられる。

 ────あぁ、畜生!

 次は無いかもしれない、本当に死んでしまうかもしれない。

 今度こそ始まりの街にある巨大な碑石に刻まれた僕の名前に、横線が引かれるかもしれない。

 ───だけど! 見捨てられる訳、無いだろう!

 くそ、くそ、くそ!

 僕は大馬鹿者だと、そう思いながら少年の元へと駆け抜けて、直近のリトルネペントを斬り飛ばす。

 動揺する少年に名前を聞いて、それから背中合わせに剣を構える。

 キリトと名乗った少年に、僕も名前だけ伝えて、ただ一言。

 生きるぞ、とそれだけ言って僕等は弾けるように駆け出した。

 

 

 ツルも腐蝕液も躱して茎を裂く。

 スモールソードの耐久値を考えれば一撃一殺くらいじゃないと保たないと判断しての行動だ。

 溢れかえるくらい現れたリトルネペントだが、しかし僕等は思いの外苦戦してなかった。

 単純にキリトが僕の五倍くらい戦うのが上手いのもあったが、それより大きな理由があった。

 というのも、半分くらい別の方角流れていっているのだ。

 何故だろう、と思ったところで悲鳴が聞こえ、それでやっとピンと来る。

 きっと、茶髪の剣士だ。

 彼は多分、隠蔽(ハイディング)のスキルによって、リトルネペントからのターゲットから外れ、キリトが奮戦した後に美味い所だけ掻っ攫おうとしたのだろう。

 けれどもそれは失敗に終わった、そもそも隠蔽のスキルは目の無いモンスターに効果は薄いのだ。

 そして生憎、リトルネペントは目の無いモンスターだ。

 それを馬鹿かと思うくらいの数を呼んでおいて、見逃されるなんてことないだろう。

 PKなんざ企てるからだ、当然の報いだ。

 そう、思う。

 心の底からそう思うのに、それでも僕は、迷ってしまった。

 頭のどっか隅っこの方で、微かな声がそれでもしっかりと叫ぶ。

 きっと後悔するぞ、と反響するように何度も叫ぶ。

 今お前が駆け寄れば、努力すれば、戦えば、もしかしたら助けられるかもしれないぞと叫ぶ。

 傲慢だと思う、芯の通っていない信念だと思う。

 こんなことをして、結局僕が死んで、やり直しも出来ない可能性だってある。

 だけど、だけれども。

 この狂った世界で、未だ混乱ばかりが残るこの世界で、理性も判断力も鈍ってしまったこの状況にひとりぼっちで置き去りにされてしまった同類を。

 助けられるなら助けたい、そう思ってしまうことの、何がいけないだろうか?

 

 

 引き絞って、撃ち放つ。

 薄い水色の軌跡を創り出しながらその一撃は茶髪の彼に迫っていたリトルネペントを一瞬でポリゴン片に姿を変えさせた。

 その勢いで、尻餅をついていた青年の腕を掴んで引っ張り上げる。

 ちゃんと責任とって終わらせて、それからキリトに謝れ。

 背中を叩いて、叫びながらもう一体、茎を斬り裂いてバックステップ。

 腐蝕液が片足を焼いてHPが少し減る。

 ドンと突き放せば彼は困惑したように両手の武具を見て、それからグッと握り直して走り出す。

 キリトのカバーをするように、彼は剣を振り抜いた。

 良かったと思うのと、衝撃が全身を貫くのは同時だった。

 波のように押し寄せる大群は先程の比ではない。

 腐蝕液は雨のように降りかかり、ツルは縦横無尽に襲い来る。

 きっと彼らくらいの実力ならば何とか捌けるのかもしれない。

 けれども僕の力は及ばなくて。

 ツルは剣を弾き、腐蝕液は着実に僕の身体を捉えた。

 ガクリとHPが減る。

 既にオレンジ色にまで減少していたそれを横目に、僕は剣を振り抜き、次の瞬間それは弾かれた。

 素早く放たれたツルが、横っ腹を弾いて飛ばす。

 畜生、余裕こいて、かっこうつけて彼を行かせなければ良かったか。

 歯を食いしばってソードスキルを放つ、真っ直ぐに閃いたそれは肉質の茎を斬り飛ばし、そして同時に僕の身体は腐蝕の液に包まれ呆気なくHPを空にした。

 不安感を増大させるような真っ赤な世界が広がって、僕の視界が割れた鏡みたいに罅が入り。

 そして砕けた。

 

 ────Loading

 

 ジジジと何かを焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 真っ直ぐに突き出された剣が茶髪の剣士に迫るリトルネペントを一撃で両断した。

 さっきの繰り返しみたいに彼に叫び、ケツを蹴る。

 慌てるように駆け出した彼を追うように、僕もツルを弾くことを優先しながらバックステップで彼らの元まで全てを誘導した。

 一人でやろうとするからいけないんだ、こいつらを三人に分散すれば良い。

 他の二人の負担は重くなるが、それでも死ぬよりマシだ。

 僕だって、この死に戻りが、何度続くか分からないのだから。

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

 僕等は互いに背中合わせになるように戦っていたが、限界はひっそりと歩み寄ってきていた。

 というか、僕に限って言ってしまえば、限界はそう遠くない所にいたのだ。

 現実の身体ではない、仮想空間の身体であるにも関わらず、足がもつれる。

 やばいと思ったときには既に遅くて、ツルは腹を持ち上げるように弾き、腐蝕液が全身を覆う。

 急激にHPは減っていく、けれどもポーションはもう底をつきていた。

 僕等は背中合わせではあったが、互いの心配やフォローできるほどの余裕は無くて。

 迫りくるツルを二度、三度と弾き、しかし四度目で腕ごと弾かれた僕は、更に降り掛かってきたツルを弾けずその身で受けた。

 レッドゾーンにまで食い込んでいたHPバーが空になる。

 誰かの悲鳴が聞こえた気がして、同時に僕の視界は真っ赤に染め上げられた。

 

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 ジジジと何かを焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 またやり直せた、と思う前に自然と動いていた腕へ意識が向く。

 明確に映るようになった世界で、僕はツルを弾いていた。

 一度、二度、三度。

 そして四度目を───受け流す。

 左上から降ってきたそれはそのまま受け流し、落ちてきた三本のツルを躱すように飛び込みホリゾンタルを斬り放つ。

 ギュッと隙間なく並んでいた三匹のリトルネペントの茎を綺麗に全て斬り裂いた。

 立て続けに硝子が砕けるようなエフェクトを残しながら消えていき、右斜め後ろへと直ぐ様下がる。

 瞬間、草地が焼けて、ツルが空を切る。

 既にHPがレッドゾーンに食い込んでいる以上、ダメージはもう一度だって受ける訳にはいかない。

 スモールソードを握り直して、冷静に前を見据える。

 疲れは感じない筈のこの世界で、不必要に息を切らして、眼光は鋭く、全身に必要な分だけの力を込めて。

 僕は地を蹴った。

 

 

 そこからどれだけの間戦っただろうか。

 視界に入っている中では最後の一匹に当たるリトルネペントの茎を、一撃で斬り飛ばす。

 瞬間、ずっと振るい続けていたスモールソードは嫌な音を立てて罅が入り、そしてカシャンと呆気なく砕け散った。

 ……え?

 このタイミングで普通壊れるか───!?

 二人のフォローにも入らないといけないんですけど───!?

 しくじった、もっと上手く戦えていれば、畜生。

 くそが、と脂汗を流せば直後、気の抜けた声とともにドサリと勢いよく座り込む音が聞こえた。

 は?

 反射的に振り向けばそこにはエネミーの一つすら存在しなくて、茶髪の青年とキリトが背中合わせのように尻餅をついていた。

 それを見て、何度か周りを見渡して、そうして僕はやっと戦いが終わったのだと、そう思った。

 気が抜けてしまってするすると座り込む、そんな僕を見た彼らと目があって、互いに苦笑したのだった。

 

 

 茶髪の剣士は『コペル』と名乗った。

 彼らはやはりというか、思った通りβテスターで、そしてコペルはキリトを殺すつもりであったのは、間違い無かった。

 許されないことだと思っている、けれどもその上で謝らせて欲しいと、彼は地に頭をこすりつけて謝罪した。

 ───正直に言えば、彼の気持ちも分からない訳では無いのだ。

 誰かを蹴落としてでも上に進むという、それ自体はこのゲームではある種正しい思考ではあるとも思うのだ。

 それを行動に移すかどうかはまた、別問題ではあるが。

 結論だけ言ってしまうが、結局キリトは彼を許した、それはもうさらりと呆気なく。

 突然横から入ってきた部外者の僕が目を丸くしてしまうくらいにはあっさりだった。

 え? そんなさくっと許しちゃうの? 懐深すぎない? と何故か僕の方が動揺していれば今度は僕が質問に答える側へと話は傾いていく。

 まぁそりゃそうだ。

 何度も言うようだが僕は彼らにとって突然割り込んできた他人である。

 正確に言えば巻き込まれた、とも言うのだがそれはそれ。

 適当に省略しながら説明すれば、焼き増しのようにコペルの土下座が僕に向けられたりと、まあ何やかんやとあったが特筆すべきは彼が謝り、僕も許したという点につきる。

 そんなこんなで僕等は適度な距離を保ちながら村へと帰ったのだった。

 因みに花付きからのドロップアイテムは三人共入手することに成功していた、あれだけいたのだからまあ、当然とも言えるのだが。

 既に時刻は深夜を過ぎていて、僕等は村に入ると同時に解散した。

 キリトは早速クエストをクリアしてくると言い、コペルは換金してくると、そして僕は真っ直ぐ宿屋に向かったのである。

 僕等は別にパーティを組んでいたわけではない、偶然にも出会ったから効率のために一緒に狩っていた、もしくは一緒に戦わざるを得ない状況に陥っただけの話だったから、別れるのも存外あっさりとしたものだった。

 まあ僕としては結局生き残った(死にはしたが)のだから文句はまるで無い。

 レベルも3まで上がったのだし当面の目的も果たせたし、結果オーライというやつだ。

 僕よりβテスト時代にやりこんでいたキリトにお勧めされた宿の扉を開き、さっさと一部屋借りてベッドに沈み込んだ。




まあ最初なんてこんなもんよ。

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