ループできるゲームなんてヌルすぎる   作:泥人形

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とんでもないヌルゲーになってしまった……


ヌルゲー:3

 第一層ボス攻略戦。

 正午を少し過ぎた頃、戦いの幕は切って落とされた。

 レイドのリーダーであるディアベルに続くように、四十人少しの戦士たちがわっと溢れるようにボス部屋へとなだれ込む。

 迎え撃つように取り巻きのモブたちが光とともに現れて、ボスであるコボルド達の王───イルファング・ザ・コボルドロードが咆哮を上げた。

 

 戦闘自体は、驚くくらい順調に進んだ。

 というのも、今回のレイドの平均レベルがβテスト時代のそれを大きく上回っていたからだ。

 何せ僕等には一ヶ月という長い準備期間を経てここにいる。

 だから僕等は恐らく、本来想定されているレベルを大きく上回っていた。

 それに加えて、ディアベルの指揮力の高さだ。

 彼は良く戦場を見ていて、少しでも崩れそうなところがあれば的確な指示でそれを未然に防いでいた。

 お陰で僕とキリト、アスナの暇さと言ったらこの上ないくらいである。

 マジで全然モブが来ないし、来ても正直一瞬で片が付いてしまう。

 こういっては何だが、多分僕を抜かした二人の戦闘技術というのはこのレイドの中でも群を抜いていて、正直二人が最前線に加わればもっとスムーズになるだろうことは確かなくらいである。

 だがまぁ、この状況は僕にとってはある意味都合が良かった。

 クリアは勿論大切だが、それ以上に僕は二人にだけは死んでほしくなかったし、もっと言えばこのレイドに入っている人全員に死なないで欲しいと、そう思っていたからだ。

 ふわぁと小さくあくびを一つ、それを咎めもしないアスナが不満げにボスを見ていた。

 ボスとの戦闘は、既に佳境へと到達しようとしていた。

 βテスト時代と同じであれば、あのボスはHPが三割を切れば武器を曲刀へと変えるはず。

 武器が変われば当然ソードスキルも変わるので、変化する行動に気をつけろとディアベルが散々注意していたのを思い出す。

 少しだけ緊張で背筋が伸びたが、それも杞憂であると切り捨てた。

 何せ最前線はディアベルがいるパーティが主体だ。

 そんな彼が傍にいるのなら大丈夫だろう、と僕は彼に対してそれなりに大きい信頼を置いていた。

 この短い間に積み上げた実績は、しかしそれでも常人には出来ないことであることは確かであったからだ。

 ボスが武器を変えるタイミングで、ディアベルが全員を少しだけ下がらせる。

 ここまでのほほんと三人揃って僕等はその姿を見ていたわけだが、僕はここで少しだけ違和感を覚えた。

 冷静に対処しようとするディアベルではなく、その相手であるコボルド王に。

 僕だってβテスト時代はそこそこやっていた方で、その上当時は弱かろうが足を引っ張ろうが取り敢えずボスに挑んでみようぜ、という風潮があったこともあり、ボス戦には毎回参加していた口だ。

 当時速攻で何度も僕等をぶった切ったその武器とは、何かが違う気がする。

 変だな、と思ってよく見ようとした瞬間、キリトが叫んだ。

 駄目だ、下がれ、退け、逃げろと叫び、直後、コボルド王のソードスキルは放たれる。

 地を揺るがしながらその巨体を持って跳躍、筋肉質な身体をグッと捻りながら降り立つと同時に撃ち放つ。

 血の色みたいに真っ赤なライトエフェクトだった。

 三百六十度、全方位に放たれたその一撃は、ボスを囲むようにしていた最前線パーティのその全員を容易く斬り飛ばした。

 激しい衝撃音、ディアベルを含める六人のプレイヤー全員のHPバーが、一瞬で半分を切った。

 倒れ伏した六人のプレイヤーは、スタンを受けて動けない。

 ───見たことのあるソードスキルだった。

 当時十層まで進んだところで、やっとお目にかかったスキルで、結局数度見ただけでテスト期間は終わってしまったが、それでも僕はあれに見覚えがある。

 刀スキルだ。

 それ以上分かることは無かったが、それでもここに来て初めての"未知"によってレイドに参加していたプレイヤー達は動きを止めてしまった。

 その中で僕は、半ば無意識的に走り出していた。

 頭の中ではずっと誰かの声が、反響している。

 

 走れ、走れ、走れ、走れ!

 

 救え、救え、救え、救え!

 

 お前がやらなければ、誰かが死ぬぞ!

 

 鳴り止むどころか怒声にすら聞こえるそれが何時までも頭の中で跳ね回って、埋め尽くす。

 それに押されるように僕は地を踏み込む。

 何をしているんだろうと思う、この世界に来る前の僕なら阿呆を見る目で見ただろう。

 だけど、止められない。

 くそったれがと汚い言葉を漏らす。

 自分の預かり知らぬ意志に突き動かされているようで、それでもこれは僕の意志なのだとも思う。

 もしかしなくても、僕の死の危険はあった。

 繰り返せる保証は無くて、だけど僕は、手の届く範囲だと思ってしまった。

 思って、しまったのだ。

 コボルド王の正面で、何とか立ち上がったディアベルまで、後数メートル。

 ギラリと刀身を赤く染めるコボルド王が一歩踏み込んで、同時に僕はソードスキルを撃ち放った。

 間違いなく、この世界に来てから最速の一撃だった。

 選んだのは単発垂直斬り《バーチカル》。

 薄水色の光を放つ片手剣は、地面スレスレを斬り上げるように放たれたコボルド王の刀の先と、掠めるようにぶつかり合う。

 軽いライトエフェクトが散って、刀は僕の左腕を斬り飛ばし、すぐ横のディアベルの身体を持ち上げた。

 酷い不快感が身体を襲って足をもつれさせる。

 グラリと体勢の崩した僕の目に映ったのは、真っ赤に染まった刀の連撃を受け止め吹き飛ぶディアベルの姿だった。

 爆発したかのような音と共に彼は吹き飛んで、キリトに受け止められる。

 一言、二言言葉を交わした彼は、その身体を硝子の破片のような欠片に、姿を変えた。

 グラリと視界が揺れる。

 しくじった、そう思う前に、頭の中で誰かが囁いた。

 ───あぁ、駄目駄目。もう一度。

 知らないはずなのに、どこか聞き覚えのあるような声が響いて。

 瞬間、僕の意識は異常な苦痛を伴って、ドロリと溶けた。

 

 ────Loading

 

 ジジジと何か焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 不可思議な痛みが身体を今も襲っているような気がして、それでも僕は駆け出した。

 バカみたいに息を切らせながら、次は間に合わせる、その一心だけで地を踏みしめる。

 使うソードスキルを切り替える。

 片手剣突進系スキル《レイジスパイク》。

 先程より速く到達し、今度はしっかりと刀身と刀身がかち合い火花を起こす。

 一瞬の鍔迫り合い、その結果は、無様にも僕の負けだった。

 渾身の一撃は弾かれ、僕の手からアニールブレードが離れてクルクル宙を舞う。

 止まることのない赤い一撃が、僕とディアベルを纏めて跳ね上げた。

 赤い連撃が、僕等を襲う。

 ───もう一度。

 割れた視界の中で、総てが溶ける。

 

 ────Loading

 

 ジジジと何か焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 なんでか分からないが、あの声を聞いた瞬間繰り返せるという確信があった。

 だから、迷うこと無く走り出す。

 己の浅い呼吸が耳を打つ。

 走れ、走れ、走れ走れ走れ走れ!

 間に合わせろ、絶対に助かる、助けてみせる。

 レイジスパイクじゃ力が足りない、バーチカルだと速さが足りない。

 どうする、どうするのが正しい?

 悩める時間は後数秒、決めろ、なにか別の、もっと良い手が有るはずだ。

 既にコボルド王はモーションに入っている、半ばやけくそで僕は単発ソードスキル《スラント》を撃ち放った。

 斜めから放たれたその一撃は、同じくバーチカルと同じように掠め合い、やはり僕の腕ごと彼はかちあげられた。

 ───まだだ、もう一度。

 焼かれるように、意識は溶ける。

 

 ────Loading

 

 ジジジと何か焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 打開策を見出すために、必死になって記憶を掘り返す。

 何か無いかと漁っていけば、何時だったか小耳に挟んだことを思い出す。

 スキルに上手く速さを乗せれば、その分威力に倍率が掛かる、という話だ。

 藁にもすがるような思いだった僕がそれに頼るのは必然で、レイジスパイクの構えを取りながら僕は全意識を剣に向けた。

 ただモーションに入れるのではない、スピードを限界まで上げて、それをそのまま剣に乗せる。

 鋭く一歩踏み込む、全身を捻りながら放たれた僕の一撃は、赤い刀身と交わって、数瞬の拮抗。

 けれども押し込むどころか止めることすら出来なくて。

 さっきの繰り返しみたいに跳ね上げられた。

 死の連撃が、動けない僕へと振り抜かれる。

 ───もう一度だ。

 砕け散った視界が、痛みと共に真黒に染まる。

 

 ────Loading

 

 ジジジと何か焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 もう一回だ。

 ブーストはもう少し掛けれた、もっと踏ん張れた。

 気合を入れろ、気を抜くな、手を抜くな。

 全部賭けろ、全部載せろ、全部込めろ。

 何もかもを尽くさないと、助けられない。

 流れるはずのない汗が額を伝っているような気がした。

 疲れも痛みも感じない筈の身体が、酸素を求めている。

 それでも無理やり地面を踏み抜いて、剣を薄く光らせる。

 振り抜く、叩き止める。

 光が空に軌跡を残し、ぶつかり合った剣がミシリと悲鳴を上げて弾き上げられて。

 そうして僕等は跳ね上げられて。

 刀身が、身体を抉り飛ばす。

 ───まだまだ、もう一度。

 視界がグズグズに崩れ溶ける。

 

 ────Loading

 

 ジジジと何か焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 確かに最高の一撃だった。

 今の僕に出せる限界でも、レイジスパイクでは足りない。

 くそが。

 一言そう漏らして地を踏みしめる。

 この世界では全くもって意味のない荒い呼吸をしたままディアベルを横に押した。

 そうすれば彼の身体はグラついて、同時に僕の身体も大きく弾かれた。

 ───いや、こいつ重すぎ……!

 良く考えてみればディアベルは金属鎧を纏っている訳で、その逆で僕は革製の軽い装備だ。

 その上僕はどちらかと言えば敏捷寄りのステータスで、彼の身体を大きく弾くことは不可能だった。

 抵抗も出来ずに、()()()跳ね上げられる。

 その事実に、口端が上がって。

 僕の身体は吹き飛んだ。

 急速にHPバーは空になって、ひどい顔をしたキリトを瞳に映したまま、僕は砕け散った。

 ───良いね、その調子。さて、もう一度だ。

 グチャリと、意識が潰れて消える。

 

 ────Loading

 

 ジジジと何か焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 思わず呼気が漏れる。

 今にも狂いそうな感情を無理やり押さえつけて頭を回す。

 あれを止めるにはレイジスパイク以外のソードスキルじゃないと駄目だ。

 けれども他では間に合わない。

 それならもうダメだ、止めるのは諦める。

 ディアベルを躱させればそれで良い。

 直接押すのは駄目だ、僕に防ぐことも不可能。

 なら、斬り落とす。

 単発水平斬り《ホリゾンタル》。

 跳ねるように飛び込みディアベルの腰へと剣を捩じ込ませる。

 ちょうど鎧の隙間を狙ったそれはしかし、その身体に触れた瞬間ディアベルは軽いノックバックと共に少しだけ弾かれ、僕の身体は硬直した。

 赤い刀が、僕を斬り上げる。

 抵抗も碌に出来ないまま、僕の身体はぶち抜かれた。

 ───ほら、頑張って。もう一度。

 視界は砕け、ドロドロと溶け落ちていく。

 

 ────Loading

 

 ジジジと何か焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 駆け抜けながらシステムウィンドウを数回叩く。

 同時に消えていくレイドのHPバーが消えていき、そして僕はホリゾンタルを放った。

 鎧の隙間を縫うように抜かれた剣は彼の腰へと入り込み、彼の半身をぶった切った。

 彼のHPバーは一気に空っぽになり、同時に僕の身体はカチ上げられた。

 あぁ、計算ミスしてしまったな、斬りすぎた。

 そう思うと同時に、僕の頭上にある緑色のカーソルが下からスルスルと、オレンジ色に染まっていく。

 そうか、他プレイヤーを傷つければ犯罪者扱いで、カーソルの色が変わるんだっけ。

 まあでも、そんなことはどうでも良い。

 次は救う。

 ぼんやりとした思考の中、そう思いながら、連続する酷い衝撃が僕を襲った。

 ───良い覚悟だ、さぁ、もう一度。

 僕は、溶け落ちていく。

 

 ────Loading

 

 ジジジと何か焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 切り捨てた体積が大きすぎた、あれだと彼のHPは持たない。

 もっと少ない体積で、且つ彼を射線から逸らす。

 酷く呼吸がし辛い、身体が、足がガクガクと震えている。

 けれどもそれを意に介さず、僕は即座にレイドから抜けて、姿勢を低く保ちながら駆け抜ける。

 起動したソードスキルは《ホリゾンタル》。

 左下から右上へと斬り放つ。

 ディアベルの足首から膝まで抜けるように斬り裂いて、断面に沿って彼の身体がずり落ちた。

 瞬間、刀が迫る。

 硬直さえ無ければ間に合った、そう思った次の瞬間僕は打ち上げられて。

 誰かの悲鳴を聞きながら身体を硝子へ変えた。

 ───後ちょっとだ。もう一度。

 意識を保てず、ドロリと溶けきった。

 

 ────Loading

 

 ジジジと何か焦がすような電子音が鼓膜を揺らして、僕は意識を取り戻す。

 瞼を押し開ければ未だブレの残る世界が視界いっぱいに広がって、少しの時間とともに輪郭をはっきりとさせていく。

 レイドを抜けて駆け抜ける。

 僕には一つだけ勝算があった。

 キリトから、僕はこんな話を聞いたことがある。

 ソードスキルを発動するためには、飽くまでモーションに入れば良いのだと。

 つまり理論上ソードスキルからソードスキルへ、繋げることは可能なのだと。

 姿勢を低くしながら滑り込むように跳び込んで、無理やり姿勢を変える。

 ギリギリ入るかどうかといった姿勢でホリゾンタルを起動して、同じように足首から膝の辺りまで斬り抜いて、そのまま力強く地面を蹴る。

 ずり落ちていくディアベルの身体を押しのけながら僕は宙に浮いて、右上に振り抜かれた剣を握る右腕の手首の角度を少しだけ変える。

 こうするだけで、無理はあるがバーチカルの体勢だ。

 ソードスキルが終わり、光が消えつつある剣に、もう一度光が灯る。

 跳ね上がるように飛び込んできた剣を、宙に浮いた僕に届かせるには少しだけ遅い。

 体重の総てすら乗せた、僕にとっての全力が真っ赤に染まった刀とぶつかり合って、剣が軋み合う。

 仮初の身体が全力で悲鳴を上げて、それでも全霊の力を込める。

 ステータスで決められた力以上は出ないのは分かってはいたが、それでもそういうものだと僕は、切り捨てることは出来なかったからだ。

 ライトエフェクトが火花みたいに飛び散って、閃光みたいな光が煌めいて視界を埋める。

 ガリガリと剣が削れていく音が響く、スキル同士がぶつかり合って激しい不快感が身を襲う。

 だが、まだ保つ。

 このまま、押し切る。

 そうしてもう一度力を込めようとして、次の瞬間横合いから衝撃が僕を襲って弾き飛ばされた。

 剣が手から離れて、赤く光る刀が勢いよく空を切る。

 アスナ───?

 そう、僕に突っ込んできたのはアスナだった。

 僕等は軽く馬乗りのような形になって、アスナが僕に酷く激昂する。

 死にたいのかと泣きそうな顔しながら叫ぶのだ。

 けれどもそんなことより、と見てみればディアベルはキリトが回収していた。

 流石キリト、ナイスフォロー。

 はは、と軽く笑えば、何が面白いのよ! と怒鳴られる。

 そう怒らなくても良いだろう、何故なら僕も彼も、生きているんだから。

 そう言って、彼女をどかして走り出す。

 彼女の抗議の声を聞き流して、僕はキリトからディアベルを受け取り素早く下がる。

 大丈夫か、意識はしっかりしてるか、そう問えば大丈夫、本当にごめん、と彼は言う。

 僕は何に対して謝られているのかが分からなくて、適当に良いよと応えて彼のパーティメンバーへと投げ渡し、キリトの加勢へと駆け出した。

 

 彼の剣と、コボルド王の刀が交差する。

 互いに美しい光を輝かせながら、強烈な炸裂音と共に弾きあった。

 同時に、加速。

 互いが互いのスキルを中途で停止させたせいで起こるスタンの間に、僕は飛び上がって剣を振るった。

 僕一人程度の攻撃では大したダメージにはならないが、それでも無いよりマシだ。

 少しの切り傷を付けて、キリトの横に並ぶ。

 彼は僕を、非難するような、けれどもその中に憧憬のようなものを宿しながら僕を見る。

 本当、お前馬鹿だよ。けど、そういう所、かっこいいと思う。

 キリトはいやに真面目腐ってそう言って、すぐに恥ずかしくなったのか大声で行くぞと叫んだ。

 少しだけ呆気にとられた僕は、言葉にならない声を漏らして、それから彼に叫び返す。

 そんな僕等の横にアスナが来て、置いて行かないでよ、パーティでしょ、と呟く。

 その姿に軽く笑う、この短期間で、よくもまあここまで仲良くなれたものだ。

 じゃあ三人でいこうか、と僕等は駆け出した。

 キリトの指示の下、弾き、躱し、流し、走り、斬る。

 明暗様々な光があちこちに色を残して着実に削っていけば、不意に多数の声が響いた。

 レイドパーティがディアベルの指揮の元、動き出す。

 キリトに並んだディアベルが言う。

 指揮を頼む、と。

 この場で刀スキルを知っているのが、キリトだけだったのか、はまたそうでないのかは分からないが、少なくともディアベルは知らなくてキリトは知っていた。

 今はそれだけが明確で、彼は全員の生存率を上げるためにリーダーという格をさらりとキリトに渡したのであった。

 キリトがうなずき声を張り上げる。

 己が最前線に立ちながら、彼は見事にそれをやってのけた。

 的確な指示で、回避させ、弾かせ、チャンスを作り上げる。

 一パーティ全員のソードスキルが閃きコボルド王はついにその身体を倒した。

 同時に、トン、と彼は地を蹴った。

 ふわりと浮いて、V字に剣を振り抜き、コボルド王を叩き切る。

 合わせるようにアスナの細剣が閃いて。

 コボルド王は激しく爆散した。

 

 第一層ボス攻略戦:死亡者0

 その事実を純粋に嬉しく思う。

 正直重いハンデを背負ってしまったと己のカーソルを見ながら思うが、人の命と比べればこんなもの、屁でもなかった。

 壁に背を付け座り込み、深く長い息を吐く。

 シンプルに疲れたな、とそう思う。

 相も変わらず肉体的疲労は無いはずだが、何だか四肢が酷く重い気すらした。

 そんな僕を、人影が覆う。

 顔を上げればそこにいたのはキリトとアスナだった。

 お互い生き残れた何よりだな、なんて言えば無茶をするのはやめてくれと言われる。

 いや、これは控えめに僕が捉えただけで、本当はもっと長文だったし感情に塗れていたのだが。

 何はともあれ僕はお灸を据えられていた。

 いやごめんて……とペコペコしていたら更に声をかけられる。

 誰かは分からない、分からないけれどもそのプレイヤーは明らかに怒りを込めながら僕に詰め寄ってきた。

 ディアベルのパーティの一人なのだろうか、彼は、僕を掴んで悲鳴のように叫んだ。

 殺す気だったのか、と。

 あんなことをせずとも助けようと思えば助けられただろう、それなのに何故斬ったのかと。

 理不尽な話だ。

 こうしなければ助けられなかったからこうした。

 だけどそれが分かるのはきっと僕だけだ。

 他から見ればこの最善は最悪に見えるのは、仕方がないことだ。

 僕のレベルがあと一つでも上だったらもっと幅は広がって、こうはならなかったとも思う。

 そう、思いはするががやはりこれが僕に出来た最大の最善だった。

 僕のステータス的に、ああするしか無かったと言ってはみるが、信じる人はいない───いや、少ないだろう。

 多分キリト辺りなら分かってくれるんじゃないだろうか。

 彼は僕の限界を知っているし。

 ディアベルが僕を擁護しようと声を上げるが、既に空気は悪いものに染まっていて意味を為さない。

 敢えて言うのであれば断罪のような雰囲気になっていて、正直に言えば酷く居心地は悪かった。

 僕は正直言えば自己満足にも近い感情で彼を助けたのであって、その事実があれば他からこの行動がどう映ろうが構わなかったが、流石にこれは厳しい。

 少しだけ、心が震える。

 仕方のないことだ、と自分に言い聞かせて、少しだけ息を吐いて立ち上がる。

 僕等は所詮昨日であったばかりの、知り合いにすら満たない関係で、こんなことをしてしまえば不信感を募らせてしまうのは、どうしようも無いことだ。

 だからといって、その言葉を認めるわけにもいかなかったが、しかし否定しても通りはしない。

 僕は再三、悪意だけはなかったとそれだけ主張して、ボス部屋の奥、コボルド王が守っていた小さな扉を開け放つ。

 この先が二層へつながる階段で、螺旋状に渦巻くそれを足早に駆け上がる。

 そうして辿り着いた二層への扉を、グッと開く。

 瞬間視界に広がったのは信じられないくらいの絶景で、思わず目を奪われそっと手すりに寄りかかり、脱力して座り込む。

 何だか僕はセンチメンタルになってしまって、ままならないものだな、と薄く呟いた。

 

 

 

 

 

 




やっと本番が始まった感、ある

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