Fate/Crossing Peak   作:甘風

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 凛の方が水明より器が広いらしいですよ。

 ともあれ、よろしくお願いします。


赤き主従は落日に

 放課後。日も暮れた頃。

 私は学園に張られた結界の呪刻も既に六つを調べ終え、締めとして七つ目であり、起点でもある屋上の呪刻を調べていた。

 

 しかし、その結果は芳しくない。

 

 魔術師だけに見える赤紫のそれは、私の知らない形状であり、素材で出来ていた。到底、手に負えるものではない。理解できるものでなければ、根本から消去することなど不可能。魔力を抜くことはできるが、それは一時しのぎにもならないものであり、精々嫌がらせ程度にしかならないもの。そもそも術者がもう一度この結界に魔力を通せば、それだけで復活してしまうだろう。

 それよりも、結界の種類、性質こそが問題だった。心が冷えていく。

 

「……これは魂食い。結界の中にいる人間を溶解させて、滲み出る魂を強引に集める、とびきり凶悪なものね。――ねぇアーチャー。サーヴァント(あなたたち)ってそういうモノ?」

 

 皆まで言いたくないがための、含みをもたせて所々を省略した問い。

 

「……ご明察だな。我々は基本的に霊体だ。故に食事は第二要素(せいしん)第三要素(たましい)となる。そんな食事を摂ったところで基本的な能力が上がる訳じゃないが、魔力の貯蔵量は確実に増すだろう。――手許になければある所から持ってくるとは、実に魔術師らしい合理さだ」

 

 私の心を反映した、極寒の言葉など気にもしていないかのような気障ったらしい長台詞を吐く。なかなかどうして、効率的なマスターじゃないかとも。――なんて単純。全くその通り。

 

 

 

 ()()()()()、吐き気がするほど腹立たしい。

 

 

 

「それ、癇に障るわ。二度と口にしないで、アーチャー」

 

「同感だ。私も真似するつもりなどないさ」

 

 苛立たしげな私の命令に、赤い弓兵(アーチャー)はなぜか弾むような声で力強く同意した。

 

 

 …………。

 

「――それじゃ消そうか。対症療法にもならないだろうけどね」

 

 問答も終わり、いざ処置を施そうと屈むが――。

 

 

 

 「げ」

 

 

 

 後ろから聞こえた声に、弾丸のように振り返る。

 

 目に映ったのは、なんとも間抜けな声を出し、固まっていたクラスメイト――八鍵水明。階段室からひょっこり姿を表したかと思えば、気不味そうに困ったような顔をしている。

 

 そんな彼をを見て、自身もついつい「え」などと小声で困惑を漏らしてしまう。(せん)から霊体化していて見えていないが、横の気配を探れば相棒(アーチャー)も驚いているようだ。

 

「えっと、八鍵くん? どうしてここに……」

 

 少なからず怪訝そうにする空気を滲ませつつも、いつもの態度を保って言葉を掛ける。対して彼は俯いて頭を抱え、うーんうーんと唸ったまま一向に答えない。……どうにも毒気が抜ける。

 

「八鍵くん?」

 

 改めて、できる限り柔らかく声を掛ける。……そうすると、意を決したように顔を上げた。

 

「あー……、遠坂さ……」

 

 直前の様子に反して、尚言い淀む。焦れたように見えないよう、小さく首を傾げれば、彼は自身の後ろ――階段への扉を気にするような素振りを見せてから、口を開いた。

 

「絶対怒らない、まず話を聞いてくれるって、約束してくれるか?」

 

 なんのことだか分からないが、微妙な怪しさのある言葉。しかし、これを受け入れなくてはどうにもならなそうな頑固さというか、切実さを感じる。だから、不承不承首を縦に振った。

 彼は長い息を吐いて、最初に言っとかなきゃいけないんだけど――と、そう切り出した。

 

 

 

 

 「俺、魔術師なんだ」

 

 

 

 「はい?」

 

 

 

 

 いっそ食い気味に声が裏返る。隣の男を召喚したときの再現のような調子外れの疑問符。

 

 ――でなくて。そんな益体もないことを考えるのではなくて。

 

 一瞬何を言っているのか理解出来なかったが――数拍もなく魔術刻印を一気に励起させ、右腕を向けた。――ここまで早々に魔術師(マスター)との初戦とか。生唾を飲み込む。

 どう考えても、怪しい。こんな唐突に現れた魔術師を名乗る男の怪しさなど、限界を遥かに超えている。

 

「待て待て待て待て。いや待って待って待ってください遠坂さん約束はどうしたどうしました」

 

 妙に言い回しを敬語に直しながら、大慌てで両手を上げている(ホールドアップ)。小声で「しま……てほ……」などと呟いているが、よく聞こえない。

 

 

「どうしたもこうしたもないわよ! この状況でそれを言うなんて『自分が犯人です』って自供してるようなもんじゃない!」

 

 

 常なら有るまじき荒い言葉遣い。そんなことに気を回す余裕などなく、警戒のレベルを高く保とうとする。

 同じ学校に居たのにも関わらず、今まで何も勘付けずにいた魔術師相手に隙を見せるなんてとんでもない。念を入れてアーチャーにも準備をさせるが――果たして。

 

「だからまず話を聞けって。――そのまま腕向けててもいいから、話は聞いてくれ」

 

 両腕を上げたまま、落ち着いた様子で話しかけてくる。

 

 ……言う通りに、このままでは状況は行き詰まるしかない。それに彼はきっといつでも逃げ出せるのだろう。きっと、さっきの振り返るような動きはそう言うことだったのだ。

 相手の意を聞くのは悔しいが、諦めて首肯して先を促す。

 目の前のクラスメイトはそんな私にほっとしたように吐息を漏らすと、両手を下げてその身に纏わせる空気を引き締めた。右手を胸元にあて、貴人への礼のような動作をする。

 

「まず所属から伝えさせていただきたい。――私は結社が偉業者(ハイグランド)級の魔術師、名乗るまでもないでしょうが、名は八鍵水明と申します。……一応、千夜会の代執行も兼ねてる」

 

 ――結社。それに千夜会。

 芝居がかった堅い口上と、優雅さを放り捨てたような砕けた口調。内容と形態とがちぐはぐなそれは、しかし確かに誇りを感じさせた。

 二つの形で告げられた身分に驚くと同時に、深く納得もする。

 

 魔術協会ではなく、千夜会に属する魔術組織、"結社"。――いや、厳密に言えば魔術協会も千夜会に属しているのだが、協会は持っている力が強いがために千夜会の干渉を跳ね除け、ほぼ独立したルールを敷いている。そのため、私を含め大抵の魔術師はこの二つを区別していた。

 結社は系統違いであり、なにより強大であるために時計塔(総本山)のルールに縛られない。加えて普通の魔術師以上に秘密主義である代執行が、冬木の管理者である私に所在を言っていないのは仕方のないことだと言えた。噂に聞く結社の魔術師の高い倫理性を思えば、問題ないだろうとも。

 

 

 ――本当であれば。

 

 

 そんな疑念が顔に出てしまったのか。

 八鍵は、「スーツは着てないからこれで勘弁な」と言い、胸元のポケットから黒銀に鈍く光るペンダントを取り出した。こちらに向けて精緻な文様の描かれた蓋を開けば、上品に収まっている青い魔力結晶で造られた薔薇が見える。――って青い薔薇!?

 

「うっそ青花章!? え、偉業者(ハイグランド)級って、えっ」

 

 今度は疑っていたこちらが慌てる番だった。結社の幹部やその候補者の証である希望の花言葉をもつ意匠を見せられ、思わず向けていた腕を下げて少し後退ってしまう。

 対して、目の前の男はそんな私の様子に苦笑していた。

 

「そんな慌てんな――こっちもずっと隠してきたからな。いくらなんでも何も言わねぇよ」

 

 咎めるなんてそりゃ無体に過ぎるだろ。そう言葉を切り、ここまではいいか、と尋ねてきた。

 深呼吸をして、どうにか頷く。

 

「なら、よろしく頼む。……なにより話すべきはこの結界についてだろう」

 

 そこまで言った段階で、調べたいからそっちに寄っていいか、と訊かれた。

 ……ほんと、気が抜けるというか、なんというか……。

 どうぞ、と手で指し示し、同時にアーチャーに念話で合図をすれば、承ったという返事が返ってくる。防衛策は欠かさない。

 

 八鍵は気負うこともなさそうに呪刻の前までやってきた。場所を譲れば、軽く会釈をしてしゃがみ込む。

 

 

「――Correspondence〈――万物照応〉」

 

 

 告げられた鍵言。その魔術行使の様子に驚く。

 

「……魔力の動きがほとんどないのね。いつも、だけど」

 

 普段から魔力も全く漏れてないし。だから今まで魔術師だったって気付けなかったんだけど――。

 

 そんな意味も込めた(ごん)に、こともなげに応じられる。

 

「まぁ、な。代執行には隠蔽の技術が必須だから、習い性になってる」

 

 流石に戦うような時はそこまで気にしないけど。そう、平然と付け足した。

 

 

 代執行。千夜会に出向する、魔術師を裁く魔術師の称号であり、役職。それに同い年の男の子が就いていると聞くと、恐ろしい以上に薄ら寒い気分になる。

 

 ――なんという茨の道だろうか、と。

 

 そんな私の感慨もよそに、彼はさほど時間を掛けず解析を終えると顔を顰めた。「分かってたけど気分悪ぃな」と心底不快そうに悪態をつく。

 

「……やっぱり、これって人を魂と精神ごと溶かすものよね」

 

「だな。ご丁寧に魂をエネルギーとして再利用する機能までついてやがる」

 

 魂なんてそう使えるものじゃないだろうに――。不意に零れたといった風に呟いた。

 

 

 その物言いに違和感を抱く。下種な手口であっても、マスターとして考えれば有効なのは弓兵(アーチャー)と確認した通りだ。しかし、この言い方だとまるでそれを知らないよう。

 思考に口を閉じる。訝しげに見られるが、捨て置いた。彼が何者で、何が目的で、何を知っているかが問題だ。

 

 

 

 ――はったりか、真実そうなのか。

 

 

 

 魔力結晶の青薔薇など、まず手に入らないものだから、この男が結社の所属なのは間違いないだろう。その実力についても、繊細な魔術行使を目の前で行われたら疑うべくもない。

 

 

 

 ただ、この時期――聖杯戦争が行われている時分に、忽然と遠坂(わたし)の前に現れた魔術師を信じるべきか、否か。

 

 

 

 ――八鍵水明という同級生への信用。

 ……然程、ない。十分な理由があったとはいえ、こちらを騙していたのは事実。そもそも彼には少し皮肉屋のところのあるだけの、ごく普通の善良な生徒という印象しかなかった。これだと信用に足るようにも思えるが、擬態としても余りにもありふれている姿だとも言える。とてもじゃないが参考にはならない。……いつぞやの、学校の玄関先で遭った少女の笑顔が頭にちらつくが、それは努めて置いておく。

 

 

 ――結社所属ということへの信用。

 これは、多少ある。少なくとも、この結界を仕掛けるような輩ではないとは仮定して問題はないだろう。それでも、目的があれば私に敵対すること――聖杯戦争に参加することはありえる。いくら魔術師らしかぬ集団と言っても、魔術師であることに変わりはないのだから。()()()()()()()()()、目的があれば確実に動くはず。

 

 

 ()()()()()()()()()()という魔術師への信用。

 ――内心には、ある。善良さの滲み出る、遠慮した話し方や、先程の結界の性質(たち)の悪さを忌む様子は本心からのもののように思えた。だけど、理性はその様子を信用してはならないと警告している。それは当然で、だからこその板挟み。

 

 

 試しにアーチャーに探りを入れれば、「君の思うままにするといい」と返ってきた。……役に立たないやつ。

 

 

 

 ――つまるところ、自分の心ひとつの問題ということ。

 

 

 

 心の贅肉ねと、そう思いながら、一先ずは協調路線で行くことに決める。――自分の為に、マスターと疑わないということも。

 

 

 

「……そうね。酷く、悪趣味だわ」

 

 ままよと、沈黙を破って口を開く。

 

 そんな私の言葉に反応したかと思えば、まじまじと見つめて来た。かと思えばおもむろにゆったりとした微笑みを浮かべている。

 

 

 それは余りに邪気のないもの。

 

 

「そんな風に思うんだな、遠坂は」

 

 安心したといった様子の八鍵。訳がわからない。若干の、混乱。それを見取ったのか、更に笑みを深める。

 

「いや、こっちの話」

 

 そう告げて、ぼそぼそとなにやら小さく漏らしているが、一体何事か。

 

「そう思うんだなって……。――それ以外に何を思うっていうのよ。こんな隠す気がない結界なんて、三流しかやらないような馬鹿げた話じゃない」

 

 三流ね、と目の前の男はくつくつ皮肉げに笑っている。

 

「いやいや、全くその通り。ほんとにド三流のクソ野郎がやることだ――って男か分からんが」

 

 どうでもいいことを訂正する。上機嫌そうに肩を揺らしていた。

 

「なんでそんなおかしそうなのよ。人を殺す結界(こんなの)が仕掛けられてるっていうのに」

 

 そう注意すれば、ぴたりと動きを止めた。

 

「あーいや。……それもそうだな」

 

 うん、と冷たく呟く。

 

 

 

「あぁ、本当に癇に障るよ、これ。……こんな魔術なんて、冗談じゃない」

 

 

 

 その言葉の響きは酷く冷たく、しかし、込められた憤りはとても熱い。

 

 その温度差に、目を瞠った。

 

 

 

 ――――。

 

 

「……そう。見くびってたわ。ごめんなさい」

 

 思いがけず口を衝く、謝罪の言葉。

 それに対して"見くびる"ね、と思わせぶりな反応をされるが、聞き返す間も無く。すぐさま打ち消すように「こちらこそ」と返された。

 

 

 しばしの無言。

 

 

 

 気がつけば、薄っすらと残っていた夕日の残滓も消え去り、宵月と綺羅星が明々と私たちを照らしていた。ふと、その景色を見上げ、らしくもない嘆息を漏らす。――綺麗だ、と。……ひとつだけ文句をつけるなら、月を隠していないだけまだましとは言え、少なくない薄雲が星々の光を隠してしまっていること。

 

 それが残念といえば残念だった。

 

 

「とりあえず、この呪刻を消そうか」

 

 そんな感傷を置いてけぼりにした、不意打ちの提案。反対することではないけれど、その無粋さが面白くない。自然、言葉が尖ってしまう。

 

「……いいけど、できるの?」

 

「もちろんできるさ。厳密な再現はできないけど、術式を露呈させれば、解術そのものはね」

 

 いわば術式のスパゲッティの出来上がりってとこかな。そんな喩えをする。

 

 

 ちょっとその言い方だと逆に不安になるんだけど、大丈夫なのかな。

 

 

 しゃがみ直した八鍵に、そんな疑問を投げかけようとした時。

 

突然、月光が遮られた。

 

 

 何やと考えを浮かべすらせぬ間。辺りを確認しようと、首を巡らせ――。

 

 

 

 ――――視界に、暗い青味が差した。

 

 

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