Fate/Crossing Peak   作:甘風

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神秘は宵闇より濃く 後編

 抱えた遠坂を降ろしながら、数歩進む。

 

「あ、ありがとう」

 

 跳ぶ前の口調に反して、意外としおらしくお礼を言う彼女。

 それがおかしくて少し笑ってしまう。すると「なに?」とでも言いたげな目で睨んできた。

 いやいや、なんでもありませんって。

 そんな内心を、半笑いのままジェスチャーで大げさに表した。

 

 ――――。

 

 しかし、差し迫った問題に思い至る。

 あの青い槍使いの再襲に備えるならばさほど余裕はないと、浮かべた笑みを消した。

 広い場所を確保すべきだと意思を伝えようと校庭の中心を指差せば、遠坂も頷く。ほぼ同時に駆け出した。

 互いに相手の顔を横目の視界に収めながら並走する。

 

 まず、自分が切り出した。あの男の刺突を躱させるために撃った、指弾の魔術のことだ。

 

「さっきは悪かったな。……一工程(ワンアクション)とはいえ痛くなかったか」

 

「全然。私の抗魔力は高いもの、あれくらいならへっちゃらよ。」

 

 すぐ自分の治癒魔術で治せたしね、と付け加える。

 それから、そもそもあれは私へのカバーでしょうに、と、正面に向き直してぽそりと呟いた。

 

 自分としては、あの攻撃の意味がちゃんと伝わっていたようでなによりだったが、しかし。

 「治した」という言い方から、やはりダメージは入ってしまっていたことが分かって、自責の念がぶり返す。

 

 けれど遠坂のあくまでも気にしない様子に、自身も割り切るしかなく。心を切り替えるために頭をふるふると振った。同じく、前を向く。

 それから、ぽつり。

 

「――そうか。なら、良かったけど」

 

 

 

 沈黙。しばし走ってから、それにしても、と続ける。――確認のための、若干の芝居。

 

「よくあの状況で俺に合わせた、っていうか助けてくれたな」

 

「はぁ?」

 

 遠坂が足を止めた。自分も釣られて足を止める。図らずも、校庭のおおよそ中心に到着したようだ。校舎からの距離は十分で、敵の初動を見てから対応できるだろうと思える場所。また周囲の空 間の広さ、地面の確かさは屋上の比ではなく、存分に大火力の魔術を撃てる場所。

 

 そんな場所で、心底信じられないものを見るような口調で言う。

 

「あのね、あんな状況で恩とか優先順位を間違えるほど馬鹿じゃないわよ」

 

 心外だとでも言いたげにその身を震わす。

 

「それともなに? そんなことを間違えると侮ってたわけ?」

 

 

 自身への疑いがどの程度か――。

 

 

 それを確かめるための、本心からの確認と兼ねた一芝居。それを知って知らずか、俺の(ごん)に大分頭にきた様子。慌てて弁明を返す。

 

「そうじゃなくてだな。突然現れた魔術師なんてめっちゃ怪しいだろ。我ながらだけどよ……」

 

 語尾を濁しつつ言えば、ああそういうこと、と眉間を抑えながら頭を振る。

 

 そりゃね、と前置いて話す。

 

 

 

「もちろん、怪しいとは思ったわよ」

 

 言葉を切り、一歩近づいてこちらを見上げてくる遠坂。

 

 

 

「でもね」

 

 真剣な声音。

 

 

 

「あの結界の性質(たち)の悪さに憤ってた貴方の様子は本物に見えた」

 

 真摯な眼差し。

 

 

 

「さっきの戦いで貴方は私を警戒してたけど、それでも私を囮にしようとする素振りなんて欠片も見せなかった」

 

 摯実な言葉。

 

 

 

「だから信じて、共同戦線を張れたのよ」

 

 

 

 ――――。

 

 

 ……どうにも気恥ずかしい。

 

 ――――正直、士郎みたいな人間に向けられるとばかり思っていた種類の信頼。意外と嬉しくて、なにより恥ずかしい。こんな場面なのに視界が狭まる。違う、そんなことをしている場合じゃない。なのに――。

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 どうにか平静を取り戻す。そうやって我に返れば、少なからず良心が苦味に軋んだ。こんな風に返されるなら、下手に芝居なんてするんじゃなかったと後悔。

 まるでこちらの芝居に気付いてない様子が、無垢な少女を騙したようで決まりが悪い。

 

 

 

 ――なにより。

 

 

 真っ直ぐな言葉が、痛かった――。

 

 

 

 頬を人差し指で掻きながら、どうにか「そりゃどうも」とか、口元で言葉をもごもごと濁す。

 それに遠坂は「なーに照れちゃってんのよ」と、肩をぱしぱし叩いてきた。痛い。いや茶化してくれるのはいっそ助かるんだけど力が強い……。

 

 気を取り直して、一呼吸。(しか)りと魔術師の感覚を取り戻す。

 

 

 ――良心は(にが)めど、目的は達成しなくてはならない。

 

 

 そんな自分の様子をどう見たのか、遠坂も居住まいを正した。

 

「話を変える、というより戻すぞ。――()()はなんだ? 知ってるなら簡潔に頼む」

 

 正体は知っているが、士郎と桜との打ち合わせ通りの設定を保つために質問を投げかける。まさかこの場面で訊かないわけにはいくまい。正直なところ、自分が士郎よりも先に遠坂に対応することになるとは思ってなかったが、むしろ好都合。確実に調整する。

 

「……その言い方だと、本当に知らないみたいね」

 

 確かめるようにこちらを見つめる。それにただ沈黙をもって答えとすれば、ごく短い時間黙考し、「……いいわ」と、思いを決したように頷いた。

 

()()は『サーヴァント』。歴史上の英雄を、聖杯に依って限定的に降霊した使い魔よ。――冬木に居るんだもの、冬木市(ここ)の聖杯戦争、あるいは第七百二十六号聖杯は知ってるわよね」

 

 今度はこちらが首肯する。そしてできる限り、物言いたげ態度で対した。

 

「……聖杯戦争は流石に知ってる。基本的なルールもだ。でも――」

 

「――なんで()、そう思ってる?」

 

 言いかけて、語を継がれる。同じく、また頷いた。

 

「ここのは五十年か六十年周期のはずだろ。でも前回は十年ぐらい前だったよな。それなのになんで、今起きてるんだ?」

 

「……そうね。そこまでは知ってるんだ」

 

 遠坂は平然と言葉を返すが、しかし後半の質問の答えは留保する。おもむろに左手を顎に遣り、思案気に肩を揺らした。

 

「結社の魔術師、か……。本当にマスターじゃないのね?」

 

 念を押される。

 当然のことだとは思うが、ここは押し通すしか無い。ついでに言えば、自分は確かに()()()()()()()()

 

「マスターではないよ。誓って、今回の聖杯戦争には参加していない」

 

 虚実入り交じった言葉。それを証明するように両腕を差し出す。

 

「見た感じ令呪はないわね。……触るわよ」

 

 意図を察した遠坂は俺の手の甲を一目見た。次に断ってから袖をまくりあげ、腕全体をぺたぺたと手で触り始める。

 その手を通じて若干、魔力が通っている気配がした。魔術とも言えないような簡易的なものだが、一応は神秘を混ぜた探査といったところだろう。

 ……その気配の精密さに感心すると同時に、これが士郎(令呪持ち)だったら万が一があったかもしれないと、やや血の気が引く思いをする。

 

「よく制御してるな」

 

 自身を誤魔化しきれず、心情のままの言葉が口を衝いた。それに遠坂は「それはどうも」と事もなげに答えると、確かめ終えたのかさっさとまくった袖を戻す。

 

 

「とりあえず、信用はしてあげる。――でもあなたがマスターになる可能性はあるの。だから、共闘は今夜までね」

 

 

「――それで十分だ。助かる」

 

 

 一先ず切り抜けたことに内心安堵しつつ、本音混じりの端的な答を返した。

 すると遠坂はひとまずの約束は結べたことに満足したのか、ほっとしたように息をつく。そして、少々深刻そうな具合で付け足した。

 

 

 

「あ、言わなかったけど、私も今聖杯戦争開催されてる理由は分からないのよ」

 

 

「……は?」

 

 

 

 素。素の反応が漏れる。どう見てもブラフではなくて本当に知らない様子。いや待て御三家。本当に知らないってそれで良いのか。

 ジト目を向けるが、それも致し方ないだろう。

 

 

「し、仕方ないじゃない。あの時私まだ七歳――っ」

 

 

 そこで、慌てたように言葉を切る。遠坂は目を細めて俺に尋ねた。

 

 

「……八鍵くん。前回の聖杯戦争について、どこまで知ってる?」

 

 

 

 ――――。

 

 

 

 迂闊に答えられない質問。選択を誤れば、自身の持つ情報網の限界とを悟られる。それに、士郎や聖杯戦争との関係についての疑念を与えかなかねない、重要度の高い情報。

 特に後者は一つ間違うだけでも非常に危険だ。

 

「……それは簡単には言えないな。俺の情報力がどれ程かを教えることになる」

 

 できる限り勿体つけて話す。

 

「――まぁ、御三家の各マスター、遠坂時臣、間桐雁夜、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。時計塔からの参加者の、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトとウェイバー・ベルベット。それに数合わせの犯罪者のマスターがいたとは聞いている。残り一人は知らん。それ以上は言えん」

 

 ぶっきらぼうな言い方。

 実際は全てのマスターの名前と経歴、同じくそれぞれへの協力者の名前と経歴、サーヴァントのクラスと所属、そして生存者とアーチャー・ランサー・ライダー・アサシンの真名まで調査が及んでいるため、分かっている。聖遺物を入手しようとした輩は、馴染みの情報屋の網にしっかりかかっていた。アサシンはハサンに固定であるため言わずもがなだが、詳細は分かっていない。

 

 

 ――セイバーに関しては憶測だが、これにも候補はある。

 

 

 

「――そう。それは確かに仕方ないわね」

 

 

 

 酷く冷たい声。警戒度が跳ね上がったか――。

 

「……? どうした?」

 

 ――しかし、どこか縋るような色のある目。胸にチクリとした感覚が走る。なにかが違う。

 

 

 

 ……この声音は、警戒ではなく、落胆?

 

 

 

「――気にしないで。代わりに私もこの話題はもう尋ねないから。……もちろん、共闘に影響させたりもしないわ」

 

 

 お互い様にしましょう――。遠坂はそれだけ言って、校舎の方に体ごと視線を向けた。話はこれで終わり、と全身で訴えかけている。

 釈然としない部分はあるが、現況を考え、押して気持ちを改めた。

 

 全身の点検。迂闊に手札は切れないが、かといって手を抜きすぎても歯は立たない。ギリギリのラインを見極める。まずは消耗した魔力回路をいくらか修復して、次の手を検討する。まず、敵の初手は何か。高速の奇襲、ルーン魔術での撹乱、あるいは他の手か。対応できる手段を想定する。

 その傍ら、遠坂は硬い雰囲気を解いて周囲を警戒していた。

 

「それにしたってほんと何なのよ、この状況ぉ……。あのランサーっぽいやつとか、結社付きのやつとか、三流魔術師とか色々湧きすぎたっての」

 

 なんのげなしと言った感じで愚痴を零しながら、相当に厭そうな様子で遠くを眺めていた。

 

 怒りの対象は、あの青い英霊と、俺と、結界の張り主とのことらしく、なかなかどうして忙しない。英霊と術師に関しては全く同感で、むしろ自分も一緒になって愚痴りたいところだが、それよりも猫が剥げかけた遠坂の様子に思わず苦笑いしてしまう。……こりゃどうしたもんか。

 

 とりあえず、どうにか宥めようと遠坂に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 ――刹那。

 

 

 

 

 視界の遥か右上。その隅に、群青と真紅が閃いた。

 

 

 

 

 

 「遠坂っっっ!!」

 

 

 

 

 

 伸ばした手で、彼女をそのまま突き放す。自身の後ろへと思い切りよく押し込んだ。

 きゃ、などと可愛らしい悲鳴を上げるが、今は気遣うことはできない。

 

 

「Primum exci――〈第一城壁。局所展――〉」

 

 

 最速で自身の誇る、金色(こんじき)の盾が一枚目を展開しようとするが――。

 

 

 

 真紅の一閃。

 それと同じくらいに濃い、赤が散る。

 

 

 

 切りつけられたのは自身の腕。

 中途半端に展開し、切り裂かれた金色の魔法陣。

 

 

 

 

 

 壊れた金に、かつて竜に破られた光景が――かつて竜に敗れた己がフラッシュバックする。

 

 

 

 

 

 ――――嗚呼、厭だ。

 

 

 

 

 

 反射的に火属性の自然魔術、広く視界を埋める単純な魔術炎を青身の男に放った。しかし、俺から見て右の前方に避けられる。目眩まし程度だがないよりかはマシといった風情。

 それを確認するのすらもどかしく、一呼吸もない時間で全身の能力を強化した。

 すぐさま後方に飛び跳ね、自身の腕の状態を診る。鈍った魔法陣の輝きの下、腕はどうにか繋がってこそいるが、その傷は深い。

 

「――っ、八鍵くん!? ――今治療するから!」

 

「いいから下がれっ!!」

 

 座り込んだ体勢から、こちらに駆け寄ろうとした遠坂を強く制止する。この場所に彼女がいては危険だ。――中途半端に展開したままの盾を消し、リソースを回す。

 

 

 無茶を承知して、五元素それぞれの魔術を起動。一瞬で放ち、混ぜ合わせ、五行の相克の概念を用いた破壊の魔術と化させる。

 循環するが故の対消滅。それによる破壊術。

 動揺し集中を欠いた状態。その上、魔力炉を解放どころか完全に起動していない現状で放てば、恐らくその魔術行使に耐えきれずに多少の負のフィードバック――リターンオーバーが返ってくるだろう。

 

 

 だが、構うことはない。

 

 

 拮抗する五元素。絡みつき、荒れ狂うそれらは次第に反応を高め、やがて――標的のサーヴァントを中心として消し飛んだ。

 

 

 校舎すら巻き込んで消し飛んだかと思わせるような轟音。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 

「……おいおい。そんな隠し玉もってたのか、坊主」

 

 

 

 

 ――平然とした声。

 

 

 

 対して自分は未熟な魔術行使の代償――返礼の風(リバウンド・エア)を受け、膝をついている。

 

 

 ――余りに無様。敵を甘く見積もり過ぎ。こんな時に何を油断した――? 馬鹿すぎる――。

 自身への怒りは際限なく湧き上がり、同時に呆れが礼に来る。

 

 

 内側からくる破壊がために吐血した。荒く喘鳴しながらも治療の魔術を組み上げる。

 

「……にしてもホントすげーな。俺を釘付けにするばかりか、まともに食らったら消し飛ぶような攻撃を咄嗟に撃つなんてよぉ」

 

 いやほんとすげーすげーと、気楽そうに笑う青い槍兵。

 血を止めどなく流す両腕に、どうにか治癒の翠光を発生させ、軋む心臓と疼く肺の痛みに耐える。

 

 そんな俺を見つめる青身の男は、親愛と礼儀すら感じさせる態度で槍を構え口を開いた。

 

 

 

 

「ま、だからよ」

 

 

 ――後々のために、ここで死んでくれや――。

 

 

 

 

 そう言い放ち、致死の一撃を放たんと疾駆する。

 

 

 

 ――――サーヴァントとの遭遇戦。その第二幕が今、開始された。

 

 

 

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