Fate/Crossing Peak   作:甘風

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群青の戦夜 前編

 

「Calor fit helices ut hastam!〈灼熱は渦巻き風を穿たん!〉」

 

 

 風の如く駆ける槍手へと、手元に花開いた万華鏡の如き魔法陣から吹き出す不可視の熱線。そのはずの魔術を感じ取り、打ち払いながら平然と避けようとする。

 

 ――だが。

 

「なッッ!?」

 

 確かに彼は驚愕と苦悶に表情を染めた。

 長身の周囲にとぐろを巻いて絡みつき、男の周囲の空間を食い破らんと唸る透明な高熱の蛇。

 空気を灼き、その熱で息を吸うのを困難にさせ、込めた概念によって燃焼という過程を経ずに領域の酸素、そして大源(マナ)を枯渇させる。

 同時に、概念を重ね、物理法則を捻じ曲げ、神秘を浪費し、結果的に大規模な魔術となったこれで、作為をもって限定空間における隠秘学的エントロピーを著しく増大させた。

 性質的には生物特攻の魔術であるが、空間を神秘の顕現の限界――魔術融解(マジックメルト)現象へと大幅に近づけるこれは、大源(マナ)の遮断も相俟って躰そのものがエーテル、そして神秘で構成されるサーヴァントにもよく効くはずだ。

 

 のたうつ青身の男。貴重なまとまった時間の確保。それで自身の両腕の治癒と返礼の風(リバウンド・エア)で傷ついた内臓の霊的復元を完了させる。

 

 程なく、魔術が弱まったところで弾かれた。男は警戒したのか、その場に留まり、油断なく穂先をこちらに向けて様子を窺ってきている。自分は次の一手に備えて息を整えた。

 

 

 

 ――対峙。膠着。数拍、空白。

 

 

 一転、――烈勢。

 

 

 

 槍使いが、死を運ぶ青褪めた馬のように悍ましき気配を纏って突撃してくる。

 

 必要とされているのは、自身の生存と敵の致命への一手――。

 

 

 ――この距離での撃ち合いは危険。なにより、座り込んでいる遠坂にいつ矛先が向くかも分からない。ならば、と内ポケットからピルケースを取り出し、魔術の封を解きながら振りかぶって中身を出した。

 

 

「Permutatio Coagulatio vis lamina――!〈変質、凝固、成すは力――!〉」

 

 

 撹乱の近接戦を仕掛けるべく水銀刀を起動。詠唱に合わせ、勢いよく宙にばらまかれ不定形であった水銀が流動し、収束し、刀の形に凝固する。それを握りつつ、密かに爆裂の魔術も待機。

 

 

「――Permutatio.Coagulatio.vis flagellum!〈――変質、流動、鋭くうねろ!〉」

 

 

 即座に一撃を仕掛ける。朽葉の剣技も乗せた、魔術をもって放つ一撃。流動し、しかし鋭角の軌跡を描く鈍い銀の切り上げの一閃。それが迎え撃つ朱槍と打ち合った。

 

 

 

 ()()()()()

 

 

 

 ――どうして、打ち合える? 自身の技量は目の前の遣い手に到底足りない。武器の質の差も歴然だ。

 当然、打ち負けるつもりでいた。

 その上で切り払われ、術が(ほど)けた時に槍を振り切らせ、その隙を突いて魔術を撃ち込む手筈だったのに。

 

 

 ……まさか、読まれている? 感じられたこの男の武威からすれば、己の武器を見て企みを読み取ったというのもありうるが……。

 しかし、その想像には違和感が付き纏う。

 

 五合も重ねたところで無理が出た。

 当初の手筈通りにタイミングを合わせて水銀の固定を解き、隙を誘う。

 

 

「――Chain explode〈――連鎖爆発〉」

 

 

 男の足元からその体にかけて連続する爆発。それは体捌きで往なされた。

 理外すら感じる理不尽の技量は、さほどダメージが通った様子を見せない。しかし目論見通り後退させることは出来た。

 

 魔力を励起し、地に散った水銀を再び剣へと変える。返す刀で強化した足で距離を一歩で詰めるが、即座に紅い槍が喉元を目掛けて繰り出された。

 間一髪で転がって躱すが、息を()く間もなく。

 一、二、三と追撃が連なって襲いかかる。

 小さく憎まれ口を叩きながら更に転がり、地面を蹴り出して、どうにか回避。

 

 

「――Omissa vicissim!〈――逆理の天地!〉」

 

 

 間髪を入れず放つ重力逆転の魔術。少しだけよろめいた様子だったが、警戒されていたのか僅かも掛からずレジストされた。

 

 それでも、退避には十分。

 指弾の魔術を続け様に放ち、まず群青の男の耳元の空気を破裂させる。

 パチン、とこちらの指先で鳴った軽い音に連動し、強烈な爆音が男の直ぐ側で狂い響いた。酷く嫌そうな顔をすれば、追撃の手が若干緩む。

 続けて眼前の空気を破裂させ、自身の身体(からだ)を吹き飛ばし、大きく距離を取った。

 

 

 

 ――こいつは何故、俺を殺しきれない――?

 

 

 

 体勢を立て直して、攻撃を再開する。そうしながら、ふつふつと湧く違和感。自身が感じた脅威に対しての結果の不足。直感はそこが打開策につながると訴えかける。思考を並行させ、次の手を積み上げながら想定する。

 

 

 

 ――こいつが想像より弱い。……まず、ない。

 

 

 

 ――こちらの意図を読んだ上で、策を弄している。……考えづらい。戦術は組み立てるタイプではあっても、小細工をするタイプには思えない。

 

 

 

 ――ならば今、弱体化している? ……外傷は見えない。感じ取れる小源(オド)の流れにも淀みはない。痛みや傷を無視するぐらいの芸当はできるだろうが、それにしたって行動の節々に一切歪みを表さないことはできないはず。

 

 

 

 考える。考える。考える。

 手は休めない。まだ完全に起動していない魔術炉が唸りをあげ、限界へと近づきつつあるが、それでも攻撃を止めることは出来ない。かといって完全起動にしろ負荷起動にしろ、この男を前にして魔術炉の術式を組み立てる時間はない。

 

 

 槍の間合いの外側、遠間で雨あられと魔術を降り注がせるが決め手はない。時間は稼ぐが現状だと打開は出来ない。違和感への思考の結論も得られない。

 

 行き詰まった戦闘。続く槍撃と魔術の撃ち合い。手札(魔術)は数多く切らされ、いよいよ自身の大魔術の行使の必要性が視野に入る。

 しかし、いずれにしても魔力炉心を解放しなければそもそも使えず――。

 

 

 

 頭の片隅に、何かが引っかかった。

 

 

 

 なんだ――。狙い、こいつの狙いか。何が目的だ……?。

 

 

 

 大規模魔術の行使による自滅狙い? 確かにさっきは消滅術式でリバウンドを食らったが、そんなのを期待されるほど甘くは見られていないはず。

 

 

 

 手札を多く切らせること? いやいやそんなことしなくともこの男ほどの強さがあれば手札の上から自分の心臓を貫くことも可能――。

 

 

 

 

 そこで、はたと気付く。

 

 

 

 

 違う。こいつは自分で戦っているんじゃない。自分の意思だけで戦っているんじゃない。

 

 

 

 ()()()()()()だ。こいつは使い魔(サーヴァント)なのだ

 

 

 

 故に、他者(マスター)の思惑の入る余地がある。違和感の正体はそれか。

 

 

 

 ――恐らくは他勢力の情報収集。そして調査のための戦闘と確実な生還が指示……。

 

 

 これならば俺の殺害を宣言した後に起きたこの膠着も理解できる。

 灼熱の槍蛇の魔術は、サーヴァント相手でも危機感を抱かせるには足りるものだ。

 だから、帰還の命令の達成に重きを置いた。この男の好戦的な様子を見るに、信条に反するであろうこの状況は令呪でも使われたためにあるのかもしれないと想像できる。

 

 また、この青い槍使いがあの結界に関わりがないとしたら、あの場で話し合ってた俺を遠坂凛(マスター)の仲間だと考えているだろうことも分かる。その後も共闘していたのが拍車をかけているのだろう。

 ならば、未知数ながら戦闘をこなす俺の手札を見極めようとするのもかもしれない。

 

 

 しかし、ひとつ解せない。何のために敵を倒す機会を失ってまで、戦闘能力の高いサーヴァントを偵察に専念させるのか。そこまでして情報を集めても、肝心の自分の手札も見せてしまっては意味がないのではないか。

 

 

「……偵察か、お前の目的は。だから手を抜かざるを得ないのか」

 

 

 情報が欲しいと、疑問と要求のままに考えが口を衝いた。

 槍兵の目が鋭く細まり、僅かな間攻防が止めて睨み合う。男は一瞬、酷く不快気な顔をした後、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ハッ。どうだかな、坊主」

 

 一度構えを解いたかと思うと、踊るように魔槍を舞わせる。猛攻が苛烈さを増した。これまでの間合いが意味をなくし、防御と回避が追いつかなくなる――。

 

 

 

 その時、黒き魔弾が蒼き槍手に直撃した。

 

 

 

「効かねぇよ! んなちゃちなもので邪魔すんじゃねぇ!!」

 

 水を差されたことへの激昂の声。

 その理由は遠坂による援護射撃――ガンド撃ち。その余りの威力の高さに目を瞠る。物理的な破壊力すら有する、フィンの一撃に値するガンドだった。

 しかし、目の前の槍使いの対魔力は貫けない。

 男は苛立つようにその穂先を遠坂へと向け、標的を切り替えんとするが、それに構うことなく遠坂はガンドを連射した。――さしずめフィンのガトリングといったところか。少々間が抜けているが、そんな考察をする。

 

「なんか掴んだんでしょ! なら時間を稼ぐからなんとかしなさい!」

 

「――――! 九秒っ! 頼んだ!!」

 

 こちらをよく見ていたらしい、曖昧だが状況には的確な遠坂の(ごん)

 素早く後退しながら最小の望みを手短に返す。

 彼女はそれに頷くと、いくつもの宝石をポケットから取り出した。

 自分は追われないよう、離脱間際に時間稼ぎの魔術を一つ放つ。

 

 

「――Ground seal!〈――地面封じの術!〉」

 

 

 標的を変え、今まさに遠坂に向かわんとしていた青い英霊。奴の上空に大量の土砂が出現し、雪崩と言わんばかりに埋め立てた。

 しかし、量が足りない。

 さほど時間は掛からず、青身の男は土砂の山から脱出する。そこを遠坂の宝石による爆撃が狙い撃つが、男は難なく切り伏せた。なれど大威力のそれは爆発の余波で着実に痛痒は与えているよう。

 遠坂は痛痒に耐えるがために一瞬生まれる硬直を隙だとでも言わんばかりに、活路をこじ開けようと距離を走って保ちながら宝石と魔術を乱射している。

 それはいくつか直撃し、痛打として更に大きな隙を呼んでいた。

 

 

 その様子を頼もしく思いつつ、起動の魔術を組み立てんと魔力炉に激情の火をくべる。

 増大する魔力に呼応して、自身を中心として大気が悲鳴をあげるように鳴動し、蒼い稲妻が泡沫の如く現れては消えてゆく。電磁場の変化によって足元の地面からは塵や砂埃が舞い上がり、放電に触れては弾け飛ぶ。

 場の物理法則の安定度が下がったことを証明するように、尋常ならざる現象が顕現していた。

 

 群青のサーヴァントは異常を見取り、こちらに注意を向けるが、それが仇となり更に遠坂の攻撃を受けている。生まれる隙は十分。ならば――!

 

 ――Archiatius fullload!〈――魔力炉、完全起動!〉

 

 内心で唱えた呪文と共に、足元から胸元にかけて何重もの虹色の魔法陣が展開された。直後、爆発的に増幅された魔力がエーテルウィンドの暴風を伴って周囲の全てを吹き飛ばす。

 

 ここまでに、六秒。残りの三秒で初撃を決める――!

 

 

「――Fiamma est lego,vis wizard!〈――炎よ集え、魔術師の叫ぶ怨嗟のごとく!〉」

 

 

 青の槍手を取り巻くように無数の赤い小魔法陣が描かれ、自身の足元に同色の巨大で緻密な魔法陣が展開される。大魔法陣の文字図形を囲う二重の外周円がそれぞれ反対に高速回転すると、周囲の地面を炎が薙ぎ払った。

 

 

「――Hex agon aestua sursum.Impedimentum mors!〈――その断末魔は形となりて斯く燃え上がり、そして我が前を阻むものに恐るべき死の運命を!〉」

 

 

 自転し、男を中心に公転する小魔法陣から燎原の赤光と焦熱が漏れ出し、これから起きる災禍を予兆するかのように唸りを上げる。

 ここまでの唱句を言い切ると同時に、手の平の上に目を灼くほどに赤熱した宝石が顕現した。

 それを前方に掲げ、終いの呪文を謳い上げる。

 

 

「――Fiamma o ashurbanipal!〈――ならば輝け! アッシュールバニパルの眩き石よ!〉」

 

 

 正詠唱。

 その完了と共に右手に在る炎玉を握壊させる。

 瞬き一つの間もなく、生命を灼く呪いを宿す膨大な紅焔が噴出した。

 最奥の炎の神秘であることを示す、これ以上ないほど濃く、鮮やかに赤い魔術の炎。その規格外の熱量は、赤いほど良質とされる魔術炎の原則を超えさせ、周囲に純白の陽炎の如き熱光すら湛えさせていた。

 

 呆然としたように手を止め、瞠目する遠坂の大きな瞳に赤と白の光が映されているのが見える。

 

 赤いプラズマといった様相のそれは、猛火ではなく光線のように四方八方から男へと殺到した。

 

 

 

 ――激突。そして輪壊。

 

 

 

 赤熱に踊る青影。

 男は喰らった炎と同じくらい紅い槍を振るい、対比されよく目立つ青い魔力光で構成されるルーンを刻む。

 

 

 

 ――殺しきれていない――――!

 

 

 

 アッシュールバニパルの炎をもってすら焼き尽くせない対魔力に歯噛みするが、それよりも。

 堪らず、走り出す。赤熱の向こうの青影を追う。

 ここに来て奴の狙いは各個撃破。自身の術後の隙を突いて、今尚棒立ちになっている遠坂を屠らんと凶槍を手繰っている。

 

「させるかよ――!」

 

 叫ぶ。勢いよく指弾の魔術を撃ち、男の足元の地面を捲くった。

 男が空を蹴って隙を晒せば、自分は続けて攻性魔術を構成する。

 

 解放した魔術炉心が実現する、ほんの数分前まであった魔術の連続行使の制限など忘れたかのような体内からの術の通りの滑らかさ。

 

 

「――Et factus est invisibilis. Instar venti! Tempestas!〈――我が刃は不可視なりて、しかし我が敵を鋼の如き鋭さを以って血だまりへと沈めん! 微塵に吹き飛べ!〉」

 

 

 単純な斬撃の魔術。縦に地を裂いて疾る真空の刃は遊ぶ彼奴の髪を房の端から数本持っていくが、あえなく紙一重で躱された。それすらも問題とせず、更に魔術を紡ぐ。

 

 

「――Ad centum transcription. Augoeides accelerator trigger!〈――光輝術式略式稼働。爆装は一番から五十番までを加速展開、精密爆撃!〉」

 

 

 先刻屋上で使われた同系統の術などとは比較にもならない輝きを放つ、五十の琥珀色の魔法陣。 中空に展開されたそれらは、その輝きの強さに比例する強大な威力を有する光条を発射し、正確に青身の男を撃ち抜かんとする。

 対して奴はいっそ小気味よいほどに回避し、それの出来ぬものは朱槍をもって捌こうとした。しかし、高速で迫るそれらが間断なく襲えば、一切の被弾をしないことなどできるはずもなく。十発と言わず直前の遠坂の宝石弾に匹敵する攻撃を当てていた。

 

 手を緩めず、確実に決着を付けんと魔術を組み立てる。

 

 

「まだだ――。――Stella maris〈――行け、呪いの凍て星〉」

 

 

 鬼札が序、ステラ・マリス。

 導きの海の星、そして聖母の星とも言われる星を謳う氷呪。

 カバラ数秘術による凍結の再現に、占星術(アストロロジー)での結果の補強、そこへ呪術を織り混ぜた、属性は水に大別される三系統複合型の氷結魔術。高度な魔術と呪いとが混在しているがために、双方に高い知識を持たなければ破られない、そうした性質を持つ拘束式。

 幾重にも重なり、天高くに展開された露草色の魔法陣が寒々しく輝く。そこから極低温の魔力塊を核とする、雹と水気の尾を引く神秘の箒星が墜落した。

 今の夜空には北にポラリス、南にシリウス、西の際向こうにスピカが輝いているがために、大半を省略した略式詠唱でも必要十分な効果を持つ。

 

 そしてそれは確かに、群青の男を凍止(いと)めることが出来た。

 不完全な行使であるために、これを破ろうとする動きを許すが、もとよりこれ単体で片を付けるつもりはない。

 

 

「――Flamma est lego.Vis Wizard! Hex agon aestua sursum!〈――炎よ集え。魔術師が叫ぶ怨嗟の如く! その断末魔は形となりて、斯く燃え上がれ!〉 」

 

 

 鬼札が次、紅焔の輝石。つい先の焼き直しの如く大小の魔法陣が中空と地面に描かれ、余波たる灼熱の舌が(くう)と地を舐る。一息に告げた文言は長く、予兆たる事象の現出も早い。凍りつく青身の男の周囲に灼熱が廻るが、その堅氷の呪詛を焼かないがために融かすことはない。

 それを当然とし、息を吸うと共に強力な身体能力と身体強度の強化術式を掛ける。

 

 

「――Eva, Zurdick, Rozeia, Deivikusd, Reianima!〈――イーヴァ、ツァディック、ロゼイア、デイヴィクスド、レイアニマ!〉」

 

 

 蛮名。一見意味を成さないこれは、古き神の名の音を象ったもの。偉大な神を人の智慧の下に貶す呪いの名。繊細な制御の放棄と引き換えに、強大な力をもたらす邪道の技。本来は忌まわしいそれを呪文に割り込ませ、術の熱量を遥かに増大させる。

 右手に再び顕現した赤熱する宝玉を握り込んだ。

 同時にその掌に魔力を溜めながら、一足で距離を詰め、青い男を取り囲む小魔法陣の一つを自身の後ろに回り込ませる。

 溜まった魔力に術式をあてがい、拳と宝石とを中心として右手周りに回転する臙脂色の帯状円環魔法陣(ベルトバインドサークル)を展開させた。

 

 

「――Fiamma o asshurbanipal!〈荒みて輝け! アッシュールバニパルの眩き石よ!〉」

 

 

 変則詠唱の炎術。

 そしてその鍵言に重ねるは鬼札が結、覇者の拳(ラグラインベルゼ)

 『不倒王(ビートレクス)』、オズフィールド卿直伝の拳撃の魔術の冴えは、防御の上からその暴威を徹すもの。

 本家と比べて格が落ちるとは言え、対応するには解術しか方法のないのがこの魔拳。

 なれどこの青いサーヴァントの持つ対魔力はそうした類ではないが故に、その絶威を余すところなく受けるだろう。

 旋風の如く青身の英霊に纏わりつく赤炎。それをくぐり抜け、振りかぶる右腕の肘に先程移動させた小魔法陣が張り付く。それは男の懐に飛び込み、渾身の力を持って拳を振り抜こうするときに炎を噴出させ、さながら推進機構の如き働きをして更に拳を加速させた。

 酷く原始的なようで、その実極めて高度な魔術による暴力を男に打ち込む。

 

 

 

 周囲の音を消し去るような大気の絶叫。絶佳と言わんばかりに風が弾け、光が割れる。

 

 

 

 水月(みぞおち)に叩き込んだ覇拳。妙な手応えの後、僅かな血飛沫を散らしながら吹き飛び、体勢のままならない男に追撃として生物を呪う焔が襲いかかった。

 

 

 ――劫火の果て。しかし立ち上がる影。ふらふらと立つのもやっとかという風情。それでいて楽しげにも見える揺れ方。

 響く哄笑。調子外れのそれは不安を掻き立てる。

 

 

「――あぁ最高だ、坊主。ほんと何者(なにもん)だよ、オメェ」

 

 

 心底嬉しそうに身を震わせ、左手で髪をくしゃりと掻き上げる青い英霊。軽やかな動作だが、その体は間違いなくぼろぼろ。確かに痛撃を与えたようで、そう言い放った後に決して少なくない血を吐いた。

 

 

 ――戦闘狂。

 

 

 脳裡にそんな言葉が去来する。分かってはいたが、この状況を喜ぶ様子に辟易する。

 なにより恐ろしいのが、氷呪を最終的には力業で破られたことだ。不完全であり、可能性は織り込み済みだったとはいえ、呪詛を組み込んだ()の式を無理矢理に壊されたのは戦慄を禁じ得ない。

 ……あの拳の手応えの弱さは防御のルーンが間に合ったためだろう。

 

 ――うるせぇよ、化け物(バケモン)が。

 

 相対して、舌打ちを一つ。内心は口に出さず、男が瞳を輝かせたのを黙殺する。

 

「なんだノリ悪ィな。名乗りぐらい上げたらどうだよ」

 

 俺は上げられんねぇけどなと、揶揄するような一言を付け足す。なかなかにつまらなそうだ。

 

 悪心(あくしん)から、負けじと言い返す。

 

「言ってろ、アイルランドの光の御子。それともその同僚のケルトの戦士か?」

 

 ただの推測。だが、そのための要素は実に多い。

 

 ――神速の槍遣い、強大なルーン魔術、よく冷えた戦闘の嗅覚、獣のような身のこなし、不死身の如きしぶとさ、戦闘そのものを楽しむ気質、それに反する行動も取れる柔軟さ。

 ここまでの条件が当てはまる人物は決して多くないのだ。当たらずとも遠からずといったところだろう。

 現にほぅ、と間の抜けた息とも声ともつかない音を漏らし、感心したような雰囲気を見せている。

 

「ほんともったいないことをしたなぁ、こりゃ。最初っから殺す気で掛かりゃ良かったか――」

 

 一変。おどけた空気は何処(いずこ)かへ。礼を持った態度で男が正立する。

 

 

 ――生存本能が、全力で危機を叫んだ。

 

 

「知恵あり、才気ある魔道の少年。せめてもの礼儀だ、今宵は隣の少女の助命は約そう――」

 

 

 冗談じゃない。これは――。

 

 

 

 

「――そしてお前は我が必殺に滅びるが良い――――!」

 

 

 

 

 ――宝具の、解放。

 

 

 一転して腰を落とし、獣を想起させるような構えを取る。殺意に濡れた真紅の魔力が、呪いの朱槍を覆い奔る。

 

 

「――っ!」

 

 

 吹雪と錯覚しかねないほど冷たく吹き荒れる心霊寒気(サイキックコールド)。そのあまりの凄絶さに怖気が走った。

 

 

 

 ――そうした冷気の中を駆け抜ける、敵の宣誓。

 

 

 

 

 

「その心臓、貰い受ける――――!」

 

 

 

 

 

 言葉の力強さの通りに魔力は恐るべき高まりを見せ、しかし、それよりも恐ろしい現象が起きようとしている。それに喫驚の声が漏れるが、それでも防御の魔術を紡ぐ。

 

 

「――Non amo munus scutum. Omnes impetum Invictus〈――我が盾は盾にあらず。いかなる攻め手の前にあってもなお堅固なもの。いかなる砲火の前にあってもなお揺るがなきもの〉」

 

 

 対させるは自身の大魔術が一角。赤竜の息吹(ブレス)すら防ぎ切る金色の(マグナリア)

 

 

 

「〈刺し穿つ《ゲイ――」

 

 

 

 だが、確信する。これは防げないと。

 威力など問題ではない。特性こそが大敵。自身が今まさに手に嵌めている品が、大幅に効果が弱いとは言え同じ系統に属するものだからこそ理解できること。

 

 

 

 ――――因果操作の宝具――。

 

 

 

「Invincibility immobilitas immortalis.Cumque mane surrexissent castle――〈決して潰えず、不動にて盤石。其は星の息吹を集めたる黄金の輝きに虚飾されし堅城。その名は――〉」

 

 

 半分以上無駄と知りつつも詠唱を続ける。黄金の魔法陣を支えるように大きく開いた右手を前に掲げ、固く握った左手を左胸、心臓の上に添えた。

 焼け石に水程度であろうとも、齟齬のグローブ――群青の英霊の宝具に劣るであろう魔術品――が多少でも狙いを逸らすことを期待しての所作。

 

 

 

 灰色の世界。極度の緊張から色を失った視界。時の流れが酷くゆっくりに感じる。

 単色調(グレースケール)の中、魔槍の真紅だけが鮮やかに色づき、やたらと目につく。音も遠い。

 その静寂を破るように、槍兵の口元が震える。

 

 

 

 ――()

 

 

 

 震えた、()()()()――。

 

 

 

 

 

 「固有時制御( Time alter )――三重加速( triple accel )!」

 

 

 

 

 男の後方から回転して飛び込む大剣の洗礼。

 それすら青い獣に届かないうちに、三倍に圧縮された呪文が意味を取らせないままに空を走り抜ける。

 

 

 ()()()()()()()からこそ察せる言葉。――"全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)"。

 

 

 蒼の槍手は大剣を上方に弾き飛ばし、勢いよく振り向いた。

 低い姿勢のまま真名解放を控え、周囲に視線を走らせる。

 

 しかし一拍と置かずに大小、洋の東西様々な大量の刀剣が弾雨と降り注いだ。それらは男に触れることすらなく躱され、難なく撃ち落とされ、時にはいかなる力が働いているのか時に不自然に逸れていく。

 その様子と、乱入者と、両方に驚いたのか。遠坂は目を丸くして武器の飛んできた方向を凝視している。

 傷すら付けられなかったのを見て取ったのか、(しか)りと攻撃を入れようと赤い影が大剣の軌跡を辿って青い男に追突した。

 

 

 完全に中断された宝具の真名解放。

 しかし、命拾いの安堵の吐息以上に言いたい事があった。

 

 

「士郎――!」

「衛宮くん――!?」

 

 

 重なる言葉。破裂する剣戟をもって青の槍手を吹き飛ばした赤毛の少年――衛宮士郎は、制御解除( Release alter )と、小さく呟いてから素早く後退する。

 やや荒れた呼吸を整えながら、肩越しに振り返った。

 

 両手には白と黒の意匠の中華風の双剣を握っている。

 

 

「や、二人とも。……とりあえず、これでいいのかな?」

 

 

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