Fate/Crossing Peak   作:甘風

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サーヴァントとの遭遇戦、終幕です。
それでは、よろしくお願いします。



群青の戦夜 後編

 

 なんとも場にそぐわない、明るい口調。しかし、その調子に反して眉は強く寄せられ、口元は固く引き締められている。端々に厳しさの出る、戦場での相棒の表情だ。

 

「状況が読み切れないけど……。あれは敵で良さそうか」

 

 主に遠坂に向けて言葉。当人は困惑しながらもこちらに近づき、俺と士郎を見比べ、なんとかコクンと頷いた。士郎はそれに満足そうに息をつく。そしてこちらに向き直ると、ほら早く、とでも言いたげに目で合図され、慌てて念話を繋ぐ。屋上での失敗から完全に失念していた。

 

(あれ、サーヴァント。たぶんランサー。結社の魔術師で代執行ってことまではバラした)

 

 端的な連絡。それにこめかみを抑えるような素振りをされる。

 

(……訊きたいことはたくさんあるけど、とりあえず了解。他には?)

 

(マスターってことは隠すから略式召喚はなし。全力出すのも出来ればなし。死ぬのは一番なし)

 

 眉を顰められる。

 

(それは無茶じゃないか。手札晒すのを惜しんでたら死にかねないだろ)

 

 ご尤も。事実、何も出来ず死の危機に瀕してたからなんとも言えない。しかし。

 

(そうは言ってもな。……一応策はある)

 

 少々訝しむ様子の遠坂。ずっと無言で居れば怪しまれるか。

 

「……ありゃ槍の名手だ。ルーンも使う。それに妙にしぶとい」

 

 カモフラージュのための発声をすれば、士郎はすぐに意図を察して応じた。

 

「オーケイ。近接戦は無謀か。どうする」

 

「いや、無謀って言ったのに悪いが、前に出てくれ。その間に儀式級を組む」

 

(甘き声で行く。既にダメージは深いし、特性的に考えても無効化はされないと思う)

 

(あれか。……うん、遠坂には効かないだろうし、見られてもいい手だろう。最適なくらいだ。サーヴァントって言うなら逆にあっちには効果は高いだろうしな。なら、俺は意識をより掻き乱すようにすれば良いのか)

 

(そうしてくれりゃ助かる)

 

 士郎はため息を一つ。

 

「任せろ」

 

「頼んだ」

 

 互いの拳を力なく合わせた。

 

 

 タイミングよく、こちらの方に歩いてきた槍手。声を掛けられる。

 

「相談は終わりか? 坊主たち。てかお前らは仲間っつうことでいいのか」

 

 いったい何個隠し手があんだよと、気が抜けたようにぼやく。

 

「この際だから訂正しとくけど、遠坂――そっちの女の子は仲間じゃないぞ」

 

 え、と口を半開きにしてこちらを見てくる遠坂と士郎。

 ……遠坂はともかく、なんでお前まで驚いてんだ。

 

「あん? じゃあなんで屋上に一緒に居たんだ。しかもさっさと一緒に応戦してきたじゃねぇか」

 

 そんな場合でもないだろうに、あれこれ訊いてくる。……いや、この場合正しいのか。情報収集がコイツの目的だったなと思い出す。

 

「同級生だからだよ。俺らは元々魔術師だけどな」

 

 言葉を繰る。

 

「遠坂から聞いたけど、聖杯戦争に俺らは関係ない。ただ、前触れもなく学校に張られたあの悪趣味な結界を調べてただけだ。んであんな場面で、槍なんてぶら下げた男と、同級生の女ならそりゃどっちと協力するのが妥当かなんて、言うまでもないよな?」

 

 茶化すように言葉を掛ければ、男は「成る程な」と頷いた。

 情報の修正は為ったか――。

 

「ま、ともあれまとめて敵ってことで良い訳だ」

 

 んじゃ、続けようか。そう言って、瞬く間に距離を詰めてくる。クソ戦闘狂がッ!

 

「離れてろ! 遠坂っ!」

 

 彼女を押し飛ばす士郎。……それを見て、俺も大概荒っぽかったなと場違いにも反省。

 彼はそんな自分をよそに、手に持つ夫婦剣と(くう)に浮かぶ数振りの長剣で応戦している。

 それに呼応して魔術を紡ぐ。

 

 ――Phantom road〈――異界反転〉

 

 内心で呟いた唱句を鍵とする、異界創造の魔術。先程までは余裕が無かったために後回しにしていたが、派手に魔術を繰り出すなら必須なもの。これは領域を世界から隔離するがために、おおよそ完全な神秘の隠蔽を可能とする代物だ。

 音の響きに合わせ、透明な球体が自身の足元に顕れた。

 空間の境界を指し示す無色単型の球形魔法陣(スフィアシンボル)が高速で輪転しながらその半径を広げてゆく。この迅速な展開と簡素な魔術工程は、結社が永く改良と典礼化を重ね続けてきた賜物。例外的に魔術基盤へと強固に固着させることに成功したからこそ、難易度に比して発動が容易になっているが、本来これは数人の魔術師による儀式をもって為すような大魔術なのである。

 

 結界で任意の空間を切り取る。指定範囲は学園の敷地全体。その領域へこの世にしない要素を組み込み、現実に被せるように転写することで質量と形骸を持つ虚数空間を造り出す。

 何もかもが現世から反転した、鏡写しの幽幻世界。

 それを為し遂げんと、今まさに結界の魔法陣が敷地の現界へと辿り着くが――。

 

 

 ――境界面が敷地の端で歪んだ。

 

 

 つまり、これは、既に。

 

 

 思考を中断し、素早く周囲を見渡す。

 すると僅かな時間だが、校舎の影の一部が不自然に濃くなるのが見えた。そこに向かって頷くと、完成間際だった異界反転の魔術を停止させる。

 気を取り直し、謝意を伝えようと片手で拝む。すぐさま自身も攻撃に加わった。

 

 

 光術。炎術。雷術。

 定番ながらも攻撃に適した魔術を中心に、士郎を巻き込むことのないよう気を付けながら適宜撃ち込んでいく。男に隙ができれば傷を開くように、士郎が追い込まれればそれをカバーするように。

 

 真紅の尖槍が命を穿たんと強勢に出れば、干将と莫耶が堅実にその勢いを往なすように振るわれ、その間に牽制の攻性魔術を撃ち込んでいく。魔槍が幻惑せんと揺れれば、自身の魔術がその紅い軌跡を絡め取り、それで生じた隙に双刃が迫る。

 

 これまで幾度となく戦闘を積み重ねたが故の堅固な連携。何度か士郎の剣が弾き飛ばされているが、その度に再投影している。時折、自身で隙を突いて中空から剣を引き出し射出しているが、それは最初のときから一発も命中していない。

 

「士郎! そいつに飛び道具は無駄だ! 多分加護かなんか!」

 

 おそらくは矢避けの加護。いよいよ槍使いの真名は"クー・フーリン"だと確信する。

 

「了解! ――ちょっと任せた!」

 

 言葉通りに自身に攻防を押し付ける位置に背進する。通った道には日本刀が二本突き刺してあった。その内の一本を手に取り、防御を重視して振るう。まともに打ち合うことなど出来やしないが、それでも魔術を織り交ぜて時間稼ぎに徹すれば多少は可能だ。

 

 大径(パス)が開き、大量の魔力が持っていかれる。

 あんにゃろう、と悪態をつくが、かと言って閉じるわけにもいかない。

 流れていくままに任せ、魔力炉を更に回転させる。大源(マナ)から変換する魔力を増大させた。溢れたエネルギーが熱となり、蒸気のように神秘を含む高熱の霧が身体(からだ)から吹き出す。

 

 数合の死線を潜れば、後方で爆発的に魔力が高まる気配がする。――これは。

 

 

 制止するために、隙を見て声を上げようと喉を震わす。それが音となる前に、士郎が叫んだ。

 

 

 

 

「待たせた――。――Limited Blade Works!〈――限定顕現・剣の丘!〉」

 

 

 

 

 言葉とともに、碧緑の魔力光が直線的な図形、幾何学的な行路を辿って地面を広範囲に流れた。

 

 一見何も起きていないが、実情は全く違う。辺り一帯の大半が士郎の支配領域(ルールエリア)となったのだ。既に彼にとってはこの領域の大気が、土が、水が、光さえも剣を構成する要素となる。

 理外の秘呪による、魔力以外への強力な干渉域。

 しかも彼の特異性を大本に置くこの魔術は、術式への干渉も本人が指定できる。

 つまり、味方は相変わらず自由に魔術を行使できるのだ。

 

「――ったく馬鹿っ! やりすぎだっての!」

 

 毒づく。確かに全力ではないが、これでも十分下手(まず)い。

 

 ……どうしたもんか。先とはまた違った意味で途方に暮れる。

 

 絶対に後で遠坂に突つかれる。というか突つくのが普通。現に限界まで目を見開いている。 おーおーこの異常性が分かるのか。

 

 そんな現実逃避もそこそこに、一気に赤毛の少年の立つ方へと退がる。

 この際と言わんばかりに、手持ちのものと近くに刺さりっ放しだった刀を投げつけた。それは空中にある間に当然のように強化され、巨大化し、より強烈な威力を伴って群青のサーヴァントに向かう。

 

「なに、あれ……?」

 

 続けて呆然としたような遠坂の声。気持ちは分かるが今はそんな場合じゃないぞ―。

 

 …………。

 

 深呼吸。自分も戦闘に集中し直す。

 

 その間も士郎は乱舞するように剣を振るい、あちこちから刃を射ち出していた。今度はいくつか男の身に届くものも出てくる。どれも奴の後方から来たものだ。……視認が鍵か?

 

「後ろから撃て! 士郎!」

 

「――っ! クソがっ!」

 

 ビンゴ。青いサーヴァントの怒りの声。魔術に加え剣弾も命中するようになれば、いよいよその弾幕は飽和攻撃の(てい)を成す。奴は目にも止まらぬ神速をもって槍を振るい、迫る攻撃を撃ち落とすが、足が止まってしまっていた。一つの場所に釘付けになれば槍兵の真価は失われる。

 

「ッッ! 畳み掛けるぞ!」

 

「――Armoury seals!〈――刃の檻!〉」

 

 返事はなく、適した魔術によって応じられる。――重畳。

 

 地面から螺旋を描くように現出した無数の刃が青い獣を追い詰める。敵は即座にその剣先を斬り飛ばし、退路を拓くが、あらゆる刀身から更に刃が生えてきて路を塞ぐ。それは四方八方に伸びながら連鎖し、迂闊に動けば切り刻まれる刃の檻が完成した。

 

 総身の被害は甚大。なれど諦めず魔力を高めている。ルーンの重ねがけによる破壊か、魔力を込めた一撃か。――いずれにしても都合がいい。

 

 

「――Buddhi brahma.Buddhi vidya〈――目覚めよ力。大いなる知識と共に〉」

 

 

 始まりの唱句。男はカクンと、膝の力が抜けたように一瞬ふらつく。

 

 

「――Asat nada Arupa-loka〈――あまねく声はいと高く天にあり〉」

 

 

 男の足元に展開される緋色の巨大な魔法陣。刃の檻さえ包み込むように描かれる、血のような色の図柄と文字。緋の光と刃の影とが怪しく交差する中、青身の男は非常に苦しげな、鬼気迫った表情をする。

 

 

「――Kalabingka mahamaya om karuma sam kri〈――甘美なる響きを持ちて汝が原罪を解き放つ〉」

 

 

 舞い降りる光条。天地上下の別を付けさせない光の柱。

 その中心での、僅かな間の――恍惚の面持ち。そうだろう。なぜなら――。

 

 

「――Samadhi kalpa devanagarai〈――汝よ聞け、方一由旬終わらぬ声を〉」

 

 

 ――なぜなら、これは福音なのだから。それも、天高きエゴの解放の福音なのだから。

 彼は膝をつき、それでも奥歯を噛んで耐えている。だが時既に遅し。

 その身の魔力の高まりは消えていた。

 

 

「――Samadhi Kalpa nada〈――汝よ聞け、方一由旬尽きぬ響きを〉」

 

 

 いよいよ発光が甚だしくなってくる。緋から変わるのは、魔法陣の上に満ちる目に焼き付かんばかりの白の光域。その中に巨大な飛鳥にも似た輝きの輪郭が現れる。――酷く甘い声を引き連れて。

 

 

「――Vahana amanasa samskara buddhi karanda trishna!〈――汝よ、いまその身を三界にまつろわぬ理と昇華し、甘き声の渇きにその身を委ねよ!〉」

 

 

 目眩く光の柱。その合間を前にして鍵言を謳えば、己の瞳にはその巨鳥がひときわ高く大きい甘い嘶きと共に天に舞い上がっていく姿が微かに映った。

 男はそれと共に体内の魔力を、そして身体を構成するエーテルすら吐きだすかに思えたが――寸でのところで槍を手の甲に突き刺し、我に返って耐えきる。

 限界に達したように倒れ込み、小源(オド)の大半をもっていったが、惜しくも消滅までとはいかなかったようだ。

 

 

 ――迦陵頻伽(クラヴィンカヤ)の甘き声。

 極楽浄土にいるとされる、迦陵頻伽(かりょうびんか)と呼ばれる人頭鳥身の生物。妙声鳥とも呼ばれる彼(か)の霊鳥の甘き嘶きは、隠秘学においてはとある例えをされる。

 それは人間、個人が進化する際に聞こえる、一種の啓示であると。高次のエゴに働きかける、天上の福音だと。

 通常、それを聞くのは高位の魔術師にしか成し得ないものであり、聞く資格もまた、高位の魔術師でしか持ち得ないもの。

 しかし、それを未熟な者が聞けばどうなるか――。

 

 答は、魔力も魔術も制御できなくなる、というものである。

 

 早すぎる福音など毒でしかない。低位の魔術師は高次のエゴの働きにより、低次のエゴである我欲の暴走を抑え切れなくなり、欲望を体現させる力である魔力、そしてその手段である術式の制御を手放してしまうのだ。

 

 その現象を再現するのが、この魔術。

 トリシュナ、tṛṣṇā。

 渇きを意味するこの言葉。五つ以上の宗教の儀礼語であるが故に、魔術的な観点からも強力であるヴェーダ語(古サンスクリット)。それを利用した、枯渇と堕落の術式。

 

 魔力を奪うのではなく、抜き取るのでもなく、()()()()()()、そういった性質のもの。

 

 本来十分に魔術に熟達しているであろうこの槍の英霊相手に通用したのには、いくつものからくりがある。

 

 一つ目は魔力を励起させていたこと。

 自ら魔力を引き出させるとは言え、間口は広く、そして既に開いている方が良いに決まっている。

 

 二つ目は満身創痍と言っていいいぐらい消耗が激しかったこと。

 当たり前だが、思考能力に鈍りが出ていて、抵抗力が小さい方が成功する公算は高まる。

 

 三つ目は相手がエーテルで構成される、神秘そのもので出来た躰であるということ。

 この身体(からだ)だと迦陵頻伽の幻影に僅かな魔力を渡すだけで、連鎖的に多くの魔力を与えることになってしまう。身体要素の崩壊のために栓が抜け、根こそぎに魔力を持っていかれてしまうのだ。

 

 四つ目、これが最も重要なこと。

 それはこの男が英霊そのものではなく、『サーヴァント』であるということ。つまり、クー・フーリンという英霊の、槍使いとしての一側面のみを降霊(おろ)した存在であるということだ。

 

 

 サーヴァント。

 これは、聖杯の補助があっても英霊そのもの召喚するのは容易ではないがために、「役割に即した英霊の一面」というものに限定することで召喚と現界の負荷を抑える仕組みの産物である。

 これが大きな枷を生むのだ。

 

 クー・フーリンは間違いなく偉大な英雄であろう。影の国で修行を積み、魔槍たるゲイボルグとルーン魔術を授かった、アルスター随一の勇者。

 だが、今ここに居る彼は槍兵(ランサー)なのである。生前の能力としてルーン魔術は扱えるが、それは十全ではない。魔術師(キャスター)ではないからだ。

 

 そこが最大の弱点だ。迦陵頻伽の声は高位の魔術師には無意味――しかし、例え生前魔術を修めていたとしても、今の彼は戦士なのである。魔力の扱いは最盛期よりも(つたな)く、そもそもどこまでいっても魔術は手段でしかない、言うなれば単なる魔術使いの槍使い。

 奴は戦士としての覚悟は持っていても、魔術師としての覚悟は、持っていなかったのである。

 それを指し示すのが、中心に居たためとはいえ彼は倒れ、余波を受ける位置にいた俺たち三人がなんの痛痒も受けていないということだ。

 

 ――そもそも、魔術を究めんとする魔術師の在り方は異常なものである。迦陵頻伽の声はそういった、魔道を進む心が無ければ耐えきれないもの。

 すなわち、魔道に()()()人間でなくては耐えられない魔術。

 

 そう言う風に言えば、最後の最後で凌ぎ切ったのを褒めるべきですらある。

 

 

 ともあれ、虫の息なのは間違いなく。確実に止めを刺そうと最後の魔術を組み上げる。正確に狙って雷撃を撃ち込めば――しかし。

 

 

 

「「なっ――――!?」」

 

 

 

 全く同時の、俺と士郎の声。

 

 意識を失っていたはずのランサーは跳ね起きて、そのまま朱槍によって雷を切り払った。

 

 慌てて二の矢を紡ぐが、遅きに失する。そのまま一言すら置くこともなく遁走された。

 異様な速さに呆然とするほどの全力の逃走。用意した攻撃は無駄になり、その矛先は頼りなく揺れるばかり。

 

 

 ――余りにも呆気ない、とんだ幕切れであった。

 




余談ですが、呪文が「spell〈綴り〉」となっている場合発音しているのはspellの方です。
〈 〉の中は意味を表していて、こちらが小節や節の基準となります。水明は全てこのタイプ。といいますより魔力炉式の魔術師は少なくともこのタイプの詠唱です。
なお、士郎は魔力炉式の術師でないので色々な形態の唱句を使います。

それはともかくとしまして。
お読み頂きありがとうございました。
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