Fate/Crossing Peak   作:甘風

17 / 23

――これは、未来を選ぶ物語



その光は誰がために 前編

 それは俺が十歳の時、まだ親父が生きていた頃に言われたこと。朽葉鏡四朗(剣の師匠)の言葉。

 

 

 ――いいか水明。剣士ならば、いつ死んでも剣によいという覚悟が必要なければ、強くはなれない。だが、それ以上に己の命を尊ぶことがなくては大成なんて出来やしない。……剣士ではなく、義兄(にい)さんを追って魔術師になる君に言うことではないけど、覚えておくと良い――。

 

 

 この土壇場になって見せたランサーの潔い逃げに、俺はそんな教えを思い出していた。

 奴は剣士ではなくても、間違いなく『至った』遣い手。

 一つの武器を極めた戦士ならば、つまりは同じことなのだろうと、そう思う他、なかった。

 

 記憶に沈思する俺と、茫然としたままの遠坂を見遣り、士郎がため息を()いた。

 

 

 

「Enchant――〈概念剣製――〉」

 

 

 言いながら、彼は髪の毛を一本引き抜いた。

 言霊と共に魔力を流し込み、変成する赤い棘。

 掌中に現れたのは緋色の鳥。()雲雀とも呼ばれる、渡り鳥の田雲雀を模した魔導生物であった。

 

 

「――Familiar,with "Hrunting"〈――使役術、付与・"赤原猟犬(フルンディング)"〉」

 

 

 鍵言が告げられる。

 聖遺物や宝具そのものを投影するのは負担が大きいために彼が編み出した、()()()()のみ取り出すという特異な魔術。ネステハイムの現代魔術理論に特有の、『神秘のいいとこ取り』という発想故に生まれたもの。

 

 この赤原猟犬(フルンディング)は二年ほど前、北欧でとある神格を召喚しようとした魔術師達(外道共)を討伐した事件に縁があるもの。その時に見た、実物のフルンティングを元にして開発したものである。

 それは"血の匂いを嗅ぎつけ、ただ振り回すだけで最適な斬撃を打ち込んでくれる"という伝承を、"敵を狙えば最適な攻撃をする"、ひいては"必ず命中する"という概念として抜き出したもの。

 剣に関わること、正確には剣を造ることに関して出鱈目な適正を持つ、士郎の切り札の一つであった。

 取り出した概念の内、"必中"の能力を宿した鳥が放たれた。その使い魔は紅い彗星の如き軌跡を描き、視界の彼方で逃げを打つ蒼い槍兵を追っていく。

 

 俺はその様子を、なにをするということなく眺めていた。

 

 

「……悪い、ぼうっとしてた」

 

「――いいけどさ。いや良くないけどさ。しっかりしてくれよ、水明」

 

 追跡をかけるなんて初歩の初歩だろうに――。そう呆れながらに言われる。その言葉のまともさに身が縮まる思いだった。

 ……どうにも体が怠い。どうやらサーヴァントとの戦いは、いささか無茶だったらしい。

 

 ふと、振り返れば、遠坂がなにか堪えきれないようにぷるぷる震えている。

 

「意っ味分っかんない! なんで魔術師がサーヴァント殺しかけてんのよぉ!」

 

 ああもうっ、あったまきたぁ! と叫ぶ赤い人。甚だ理不尽な怒りだった。

 

 

 

 

 

  *   *   *

 

 

 

 

 

 月は中天を過ぎ、ますます輝きを増している。気がつけば薄雲は晴れ渡り、風が出始めていた。

 

 

「――で、説明してくれるんでしょうね」

 

 やっと落ち着いたのか、据わった目で尋ねてくる。怖い。

 

「あ、ならまず俺に状況説明をしてほしい。なんであんなのに襲われてたのかとか、なんで水明が遠坂と一緒だったのかとか。――サーヴァントがどうとか、色々、さ」

 

 そこではっとした顔をする遠坂。遅いっての。こっち見んな。説明押し付けようとすんな。

 しばし睨み合うが、結局折れたのは自分だった。……まずは士郎から。

 

「……()()()()、あれはサーヴァント。理由は分からないが、聖杯戦争が五十年近く繰り上げで始まってるらしい。んで俺が屋上の基点調べてたら遠坂とかち合った。その後、あの――ランサーに襲われた」

 

「なるほど分からん。……冗談。水明も細かいことは知らないってことでいいんだな?」

 

「そうだ。これ以上は遠坂に訊け」

 

 ――と、そこまで言って、尋ね忘れていたことを思い出す。

 

「言ってからにすぐで悪いが、士郎。ちょっと先に失礼させてくれ」

 

 断ってから彼女の方に向き直る。士郎は肩をすくめて場を譲る意を示した。

 

「遠坂、お前マスターだろう。なんで、自分のサーヴァントで応戦しなかった。おかげで死にかけたぞ」

 

 確信していたが、あえて質問しなかったこと。

 気付いていないとブラフをかますことも考えたが、騙し切るのはあまりに難しい。聖杯戦争についての予備知識があれば御三家の遠坂を知らない振り――遠坂凛がマスターであると考えていないと思わせるのは、相当に無理があった。

 

 それを考えての、取捨選択。

 

 

「それは……」

 

 言葉を詰まらせる。悩ましげに息を漏らして沈黙する。

 どれくらいそうしていたのか。不意に深く息を吸えば、決心したように「こんなのフェアじゃないもの」と呟いた。

 

「……正直に言うわ。――私は、貴方(あなた)たちを信用していなかった」

 

 こちらをまっすぐに見た。堂々とした態度。でも、決して高慢さは感じない。

 

「だから手札を隠したかった。それだけよ。……今となっては悪いとも思ってる」

 

 出すタイミングが掴めなかったっていうのもあるけどねと、少しだけバツが悪そうに言い足した。 

 こちらのことを信用していないと言っていたときは凛としていたのに、最後の部分では不満そうなのは、持ち前の矜持(プライド)のなせる業か。

 

 そっか、と思いの外素直に口を衝いた返事には、隠しきれない笑いが滲んでしまった。相棒を見れば、同じ様に苦笑いし、それを噛み殺している。

 それに「なにようっ、二人とも!」などと噛み付いてくるが、それは余計に笑いを誘うものでしかなく。その無意識の煽りに遂に士郎と二人揃って声を出して笑ってしまい、脱線した空気を戻すのを苦労させられた。

 

 

 

「――で、遠坂。説明して欲しいって言ってたけど、何をだ。長く掛かりそうななら、先に結界の消去を済ませたいんだけど」

 

 若干怒り出しそうな遠坂の様子を察し、笑みを引っ込めて尋ねれば、もの凄く嫌そうにしながら応じられた。――ちと、遊びすぎたか。程々にしよう、と彼女にとってはろくでもない決意をする。

 

「あぁ、それね。いくら代執行(あなた)が時計塔から任された霊地の管理人(セカンドオーナー)に関係がないって言っても、ここまでも関わったんだもの。当たり障りない範囲でいいから色々説明は求めたいの。――でも、そうね。これは後回しでいいわ。先に結界を潰してしまいましょう」

 

 冷静に優先順位を付け、淀みなく要求を整理した遠坂。その理性的な様に称賛の意が出かかる。

 

「だってここは私の管理地(フィールド)よ? そこで好き勝手する三流魔術師なんて優雅にボッコボコにするに決まってるじゃない。ほら、さっさと行くわよ」

 

 ――前言撤回。なかなか直情的なようだ。というよりボコボコって優雅じゃなくないか?

 

 そんな風に考えるこちらのことなどまるで構うことの無いように、肩を怒らせ先を行く遠坂。その感情を率直に表現する在り方に、またも笑いがこみ上げてきた。

 

 

 

 ――――でも、まぁ。これくらいの方が、人として好ましい。

 

 

 

 そんな感慨。一般的な魔術師としては甘くても、自分もそうありたいと思ったからこそ、俺は今結社(ここ)にいる訳で。それに合致する性質の彼女と敵対することはなさそうなのが、嬉しかった。

 

 

 横を向けば、なにか眩しいものを見るかのように士郎が目を眇めていた。

 

 

 

 ――それを見て、我に返った。冷情を取り直す。

 

 

 

 ――目的を、忘れてはならない。この戦争に参加した理由を、忘れてはならない。

 そのための、相棒にして同志である者への忠告。

 

 

 

 ――俺は、彼が遠坂に惹かれていることを知っている。

 

 幼い頃から、魔道の家門の当主として何恥じることのない働きをしてきたこと。

 学校で見せる、常に己を律した姿。

 今見せたような、人間らしく感情の動かす(さま)

 彼女の、その名の通りの凛とした在り方。

 

 

 それは、己も尊敬できるからこそ分かること。

 

 全てをひとまとめにして、憧憬と共に彼女を異性として見ている彼への――友人としての忠告。

 

 どうか、傷つかないで欲しいと、そう祈る。

 だからこそ、冷酷に。傷を開かないうちに、と――。

 

 

 

 

「……あまりのめり込み過ぎるなよ、士郎」

 

 

「――――っ。……分かってる」

 

 

 

 

 ――そう、あまり遠坂凛に情を移すのは上手くない。なぜなら遠坂家は宝石翁の系統――第二魔法の系譜に連なるものであり、そこへの到達を願う者だからだ。

 

 

 対して結社は、ある意味では第二魔法の否定すら掲げている。

 

 

 

 

 

 ――――『救われない誰かを、確かに救うために』――――――。

 

 

 

 

 

 それは盟主が掲げた理念。

 

 それは彼のもとに集う魔術師が願ったこと、惹かれた思想。

 

 それは結社の追う命題であり、光だ。

 

 

 

 

 

 ――――アカシックレコード。

 

 

 

 

 

 それは過去、現在、未来、そして()()()()までも含めた、全ての事象を記録したもの。

 

 魔術と科学。学問の如何は問わず、この世全ての理を解き明かした先に辿り着くとされる大いなる叡智にして、根源の一端。始原と終焉の両端を繋ぐ、知の終着点。

 

 

 

 そこにもしも、『救われなかった』者達の幸せな未来が記録されているのならば、救われない誰かを助けることは可能だという理念。

 

 

 

 誰しも(すべてのひと)の幸せを目指した、盟主の夢だ。

 

 

 

 世の人は、それをあまりに子供じみてると馬鹿にするかもしれない。

 現実を見ていないと見下すかもしれない。

 出来ないことをしようとするなと諌めるかもしれない。

 

 

 

 ――それでも、そこに希望があると知っているから。そこに自分たちが戦い続ける理由がある。

 

 

 

 ――――世界の可能性の収束。あらゆる人間の幸福を実現した世界の継続。

 

 ――――アカシックレコードによる、あまねく人々の幸福の観測。

 

 ――――それを一つの幹に編纂し、『何者にも終わらせない世界』を構築すること。

 

 

 そして

 

 

 ()()()()による、()()()()()()()()を成すこと――――。

 

 

 

 それが、()、結社が為そうとしている、命題のひとつの解である。

 

 

 

 

 ――その始まり。根源の知識(アカシックレコード)への到達。

 

 それこそが、俺たちが聖杯戦争に参加した理由――――。

 

 

 

 

 

  *   *   *

 

 

 

 

 

 青き神学者の石(ラピス・エクシリス)

 大本は聖血、またはラピス・ラピスィス・エクシリス・コエリスと呼ばれるものがある。

 

 それは聖杯に満ちるという、死者を蘇らせる奇跡を宿した青い液体を指す言葉だ。

 

 化金石(ラピス)とは元来、錬金術の秘奥を示す語だが、それが転じて、隠秘学においては入力と出力が釣り合わないもの――少ない作業や触媒でそれ以上に多大な結果を生み出すものもまた、ラピスと呼んでいる。

 

 それはともあれ。

 

 あいにくとこの冬木の聖杯――聖堂教会の言うところの第七百二十六号聖杯は、()の原罪を持ち帰った救世主の血を受けた『本物』でないということは既に証明されている訳だが、しかしその器は根源に届きうることは確からしい。

 ならば、例え偽物であろうとも、自分達には可能性の一つとしてこの聖杯に賭ける望みがある。

 

 

 ――なにより。

 

 

 十年前の新都の大火災。時期が符合していることを鑑みれば、聖杯戦争が関係していないとは考えるのは、あまりにも無体だ。もっと言えば、盟主殿はあの大火災がまっとうな理由――激戦の結果や宝具の余波ではなく、聖杯戦争と言う仕組みそのものが引き起こした可能性もあると睨んでいる。

 

 結社の盟主、ネステハイム。ネステハイム・ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ。

 魔術王とまで謳われた、かの御仁の言葉だ。決して、蔑ろにすることは出来ない。

 

 

 なにより。

 

 否。

 

 ならば、真実を調べ、再現を防ぐために。

 

 

 ――――自分たちが戦わない理由など、なかった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。