Fate/Crossing Peak   作:甘風

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答え合わせと心理 前編

 歩きながら、遠坂が何気なく訊いてくる。

 

「そういえば、八鍵くんはなんで彼の料理の味なんて知っているのかしら」

 

「――そりゃ、平日は大抵泊まり込んでるからな。実家は浅谷にあるんだよ」

 

 

 衛宮邸への帰路。どうにか平常心を取り戻した俺は、衛宮を見遣る彼女となんとかいつものような受け答えを成立させていた。……嘘。正直に言うと、ちょっと意識しすぎて素直に過ぎる言動をしている自覚がある。修正は難しいが。

 

「へぇ、浅谷に。確かそんな遠くなかったよね」

 

「そうだな、一応在来線の電車で二時間ぐらいだ。学校に通うのには不便だし、弟子の士郎の魔術の教練もあるから、効率を考えて基本世話になってる」

 

 泊まってる、ということそのものには疑問がない様子。目の前で連携も見せたし二人組(ツーマンセル)ってことは分かってるだろうから、士郎との関係は隠すことはないだろう。

 

「弟子に食事の面倒を見られるって、それでいいの? 師匠の面目が立たないんじゃない?」

 

 少し可笑しそうにしながら、見上げるようにして揶揄を投げ掛けてきた。そんな少女に負けじとたっぷりの皮肉の色を乗せて言葉を返す。

 

「それを言うなら弟子に修行の関係ない雑事全てふっかけるのも、世間的にはよく言われる師匠像だと思うがな」

 

 もちろん俺はそんなことしないけど。そう先んじて素早く断れば、彼女は先回りしてからかいの種を取り上げられたのに不満があるようで。言い足りないらしく残念そうな顔。……こいつは悪魔かな?

 

「あそこは八鍵(うち)が一帯の地主でな。数少ない魔術協会の抑えていない日本の霊地なんだ。普段は家族ぐるみで付き合いのあったお隣さんに管理を任せてる。……あぁもちろん責任者は俺な。八鍵(やかぎ)にはもう、自分しかいないから」

 

「……そう。親御さんは他界されているのね」

 

 寂しげに呟く。一瞬、その姿を訝しむが、次には彼女の両親のことを思い出した。――普段はなんでもないように気丈に振る舞うこの少女も、やはり親の死、というものはどこか心に陰を落とすのだろう。あまりにもいつもは堂々としているから、すぐさま事実と今の様子を繋げられなかった。

 これは、反省すべきもの。

 

「ああ。母は生まれてすぐに、父は四年前にな。――スペインで起きた終末災害の鎮圧の時、俺を庇って、それで――っ」

 

 そうした心に引きずられて、言うつもりのなかったことまで迂闊にも漏らしてしまう。

 言いかけて、「なんでもない」と。そう濁したが、彼女は大きな目を見開いて立ち止まった。

 それに合わせて自分も歩みを緩めて体ごと振り返れば、三人での並びが解けて士郎が先行する形になる。彼は少しだけ振り向く素振りを見せたかと思えば、遠坂の尋常でない姿を認め、俺に視線を投げ掛けるとそのまま前を向いて歩いていった。

 そんな少年達の様子を気にする余裕もなく、少女は途切れ途切れに声を吐き出す。

 

「違っ! そんな、つもりじゃ……なかったの。……ごめんなさい」

 

 動揺もあらわに、声もその身も震わせて零した言葉。最後には平静を取り戻して謝罪された、そうした切実さが心に痛くて。だから、殊更になんでもないように言葉を紡ぐ。

 

「いや、もう過ぎたことだ。大丈夫、問題ない。――気を遣わせて悪いな」

 

「……そんなこと、ないけれど」

 

 そんな言葉とはかけ離れた態度で、俯きぽしょぽしょと小声を返す遠坂。

 

 

 

 ――その様子が痛ましくて、嫌だった。

 

 

 

 どう言葉を掛けようかと、思い悩んでいるうちには勝手に口が動き出す。

 

「――遠坂。お前の親父さんは、どんな人だったんだ?」

 

 無難なのか、それとも悪手なのか。無意識に飛び出たものは親に関する質問で、自分から尋ねたというのに少し驚いてしまい、恐る恐る件の彼女を見る。

 その彼女はその形の良い眉を下げて、困ったような声音で切り返した。

 

「……えっと。私の父が死んでいるのは知っているのよね?」

 

「……こんな事を訊くのは難だが、ご母堂もお亡くなりになっているはずだろ?」

 

 そうね。と目を伏せながら話す。

 

「お父様が聖杯戦争で死んで、それから母は心を病んだわ。――それからいくらもしないうちに逝ってしまったの」

 

「――そうだったのか。あ、いや、その……。……悪い」

 そこまでは知らなくて。バツの悪さと後味の悪さ、辛いことを話させてしまった罪悪感に、言葉の歯切れを悪くさせられる。

 

「本当に気にしないで。私も同じ様なことをしてしまったし、それに――もう、乗り越えたことだから」

 

 そう言い切った遠坂は、その名前の通りに凛としていた。

 

「そうか。……強いな、遠坂は」

 

 渡した声は己の思っていたよりも真摯で、だからこそ彼女は強張りと共に目を丸くした。

 

「どうして、そんなことを。……あなたも同じだったんでしょう?」

 

 尋ねられた内容は意外。しかし、それがために彼女の琴線が分かる。

 

「いや、さっきも言ったけど頼れるお隣さん――魔術のことを話せる人達がいたし、何度と言わず助けられたんだ。その人達は神秘に関わりはあるけど魔術師じゃないから、神秘を教わることはなかったけど、でもそれだって魔術を習い始めたぐらいには結社に入ってたから、そこの人が面倒をみてくれたし……」

 

 郷愁は()んで。前を見据えた。

 

「……だから、ずっと一人でも頑張り続けた遠坂には叶わないし、素直に凄いと思えるんだ」

 

 でも、分かっていようが、結局偽ることなんて出来なくて。

 

「……そんなこと、ないけれど」

 

 返ってきたのは、先程の繰り返し。

 

 立ち尽くして、胸の詰まる静けさにむせそうになる。

 

 

 ――それを破ったのは、やはり、遠坂だった。

 

 

「……お父様は、なんというか謹厳な正道の魔術師だった、としか覚えていないわ。――たぶん悪いところもあった思うけど、小さい頃に死別したから知ってる限りではそれはないの」

 

 素直な高評価に目を丸くする。というより、父親の呼び方……。

 そんな風に内心で些細なことを気にする俺に構わず、彼女は続けた。

 

「それと割と家庭人な印象もあったなぁ。魔術師なのにお母様と円満だったし、基本的に弟子というより子供って感じで見てくれた人だったし。……確か、私の前で明確に魔術師として在ったのは魔術の修練と――聖杯戦争に赴く直前に見送りに行って、その時に言い残した時、ぐらいだった」

 

 述懐は遠く。その瞳は彼方を見遣っていた。

 

 ――――。

 

「良い、父親だったんだな」

 

 そう言うしかない、というのが正直な心証。それに気を良くしたのか、薄い笑みを浮かべた彼女は上機嫌で口を開く。

 

「そうね。……少なくとも私にとっては、良い父親だった」

 

 ――そう、思いきや。告げられた響きは含みもあって。怪訝そうにすれば「なんでもない」と首を振られる。

 そんな仕草の余韻も残さず、疑問もそこそこに、そのまま歩き出した。慌てて付いていく。

 

「八鍵くんはどうだったの? ……父親のこと」

 

「俺? ……ノーコメントで。遠坂ほどじゃないが、美化されてる自覚はあるからな」

 

 親について話すならやっぱりあの誓いがちらつくから、そう簡単には話せない。

 そう考えてぼかせば、不平と疑念がありありと浮かんだ表情を向けられた。その様子の変わらなそうな気配にため息を()いて、ひとつ諦める。

 

 

 

「――ま、とんでもなく厳しい師匠で、これ以上なく尊敬できる父親だった、とは言っておこう」

 

 

 

 その(ごん)に、「なんだ、八鍵くんも父親が好きなんじゃない」と返される。

 む、そう片付けられるのは不満なような。反抗から悪心(あくしん)が湧き上がる。

 

「ごめん。一ついいか?」

 

 その問いにきょとんとした様子で頷く遠坂。

 

「そういうお前のファザコン振りには敵わねぇよ?」

 

「――――っはぁ!? 言うこと欠いてそれ!? それなの!!?」

 

 お父様呼びとかないわーと、そう茶化せば、憤懣やるかたないという風情で声を荒げる。

 

 

 

 

 ――あんまり長い間、内面の深い所に触れかねないところにいると、こちらの心が持たない。

 

 

 『今はまだ』、疑いを持たななくていけないのに――いけないから。

 

 

 

 

 己の撒いた種を得て怒れる彼女をどうどうと諌めれば、「覚えておきなさい」という台詞と共に睨まれた。……とても怖いです。

 

 取り直して。彼女はこともなげに質問を続ける。

 

「衛宮くんの家に泊まることが多いって言うなら、一年の桜と会ってたりもするの?」

 

 ――出た。気を引き締める。伏せ札は隠しきってこそ。

 

「……そうだな。今更来てるのは知ってる、ていう話でもないわな。気が引けることも多いけど、基本は朝晩のご飯の御相伴に預ってるから――よく、知ってる」

 

 言いつつ、「一応桜は藤村先生の家に行ってることになってるんだがな?」と牽制する。矛先が逸れて欲しいと祈りながら。

 彼女はうぐっ、といくらかたじろいで立ち止まるが、しかし。

 

「そんなの建前だけじゃない」

 

 真顔での物言い。言ってすぐにゆっくりと歩き出す。その様は本当になんでもなさそう。

 ……あれ、意外と広まってる? いや、確かに普段の桜の士郎への言動や献身ぶりを見れば辿り着くのは難しいことでは無いと思うけど、それはそれで(まず)いような……。

 僅かに困った素振りを見せれば「冗談よ、冗談。やたらには広まってないわ。――弓道部の女子、を除けばだけどね」とフォローされる。疑う余地のない情報をどうもありがとう。

 

「ってか、なんで遠坂が桜を気にするんだ?」

 

 ささやかな反撃を兼ねて尋ねる。俺達は桜本人から聞いているが、彼女達が姉妹なのはほぼ知られていない。本来は自然だが、周囲から見ると不自然であるはずのこと。そこを突いた質問。

 

「え? ――だって綾子が目をかけてるし、……なんか全く報れなそうな恋する乙女してるし、気になるじゃない」

 

 予想していたのか、いなかったのか。答えを用意していたかは微妙な間を挟んで、納得の行く答えを返される。……いささか女の子らしくはありすぎるが。

 遠坂は先の台詞で桜のことを形容する時に小声になって身を寄せてきたが、それはやむを得ないこと。気にしたように先を歩く赤毛がこちらを見てくるが、それをシッシと手を振って追い払う。

 ……この状況では仕方ないが、デリカシーな、デリカシー。桜のためにもそこでステイだ、士郎。お前が聞いてしまうのはいくらなんでも可哀想だぞ。

 場違いにそんな気の抜けた考えを巡らしつつ、「成る程な」とだけ返す。――報われなさそうなのはお前さんのおかげでもあるし、しかも言うほど目がない訳でなさそうだけどな、などといった思いをつらつら頭に浮かべながら。

 そうやって歩いていれば、突然「今日は桜は来ないのよね?」と訊ねられた。無論、来させていないし、そういうつもりもない。そう答えれば、「当然ね」と小さく息を吐き、肩の強張りを緩ませた。

 軽く俯いていた彼女が、思い切って勢いよく顔を上げる。

 

 

「――話をだいぶ戻すけど、貴方たちは本当に聖杯戦争に関係していないのね?」

 

 

 

 念を押して確かめられる。――どうにか桜の話題からは脱したようだ。……のか? この先次第。

 

「関係するも何も、今起こってることすら知らなかったっての」

 

 こちらも念押しして偽る。――できるだけ無造作に。そして誠実そうに。

 遠坂はこちらをじっと見て、ちらと士郎を一瞥すると、あっさりと矛を収めた。

 

「あっそ。――まずは信じるわ」

 

 素っ気ない声。その音に滲む色は、一体何か――。察せないまま、彼女は足を早めて先を行く。

 見れば、もう家の門の前まで来ていた。士郎が門の前で鍵を揺らしている。早く来いということだろう。

 自分も先を急ぎ、駆け出した。門の先に入らず待っている二人を追う。

 

「遅い」

 

「悪い」

 

「ん」

 

 輪に加わって、テンポの良いやり取り。隣の少女はそれを聞き、眩しそうに目を細めた。

 

 

「――ようこそ、我が家へ。歓迎するよ、遠坂」

 

 

 先に境界をまたぎ、やや芝居がかって受け入れの意を示す士郎。今度は地に足がついていて、なかなかに様になっていた。だからか、遠坂は言葉を失ったように棒立ちになっている。

 それに耐えられなくなったのか、彼がいくらか恥ずかしそうに自分の後頭部を触れれば、その空気も霧散する。向かい側の俺ら二人で笑いを漏らして――門を超えた。

 遠坂がぴく、と柳眉を上げる。違和感、というよりは驚いたような表情。

 ――結界の性質について、だろうか。

 そもそも感じ取れるだけで感度は高いことを表すし、これに()()という辺り、ひとまず感性も俺と遠くないんだろうと推し量れた。

 

 若干の、安堵。

 

 特に何も声を掛けずに、遠坂を追い抜いて玄関へと歩く。錠は家主が既に開けていたらしい。

 ――と思えば、ちょっと思案気な顔をして立ち尽くしている。

 

「どうした、士郎」

 

「……いや、鍵閉め忘れたかなって」

 

「閉まってなかったのか」

 

 確かに鍵をかけていたように記憶しているが。

 おかしいよな、と互いに首をかしげる。

 用心し、結界を操作して家に探査をかけるが、特に異常はない。この結界は悪意を持つものの探知能力が非常に高いために、それをくぐり抜けられる存在がいるとも思えなかった。――アサシンを除けば、であるが。

 しかしマスターであることが漏れてない魔術師の家に潜んで、何になるだろうか。……さほど時間を掛けず、奇襲の可能性を却下する。

 

「二人ともどうしたの?」

 

 俺らの間に顔を出した遠坂が、不思議そうに見上げながら問うてきた。それに「なんでもない」と口々に誤魔化しながら玄関へと這入る。彼女は少し不満そうな色を見せたが、行儀よく「お邪魔します」と言い、靴を揃えて家に上がった。

 

 

 

 士郎は「案内をしといて」とだけ言い残して、遠坂を待たずに台所へ行った。

 

 思い返せば、結構な時間この少女と話している。少なくとも、今までの学校生活での会話の総計に届きうるだろうぐらいに。

 桜を裏切るような気持ちがしなくもないが、これは士郎に悪いような気がした。――彼の方が、色々話したいだろうに。

 

「立派なお家ね」

 

 廊下を歩きながら、太い梁や柱を見た感想を述べる。

 おうち、という妙に幼い言い方に、口角が上がりかけたが、(しか)りと抑えて口を開く。

 

「そうだな。離れや道場、土蔵まである大きい屋敷だよ。――あぁ、土蔵は間違っても入らないように。死んでも知らんからな。むしろ殺す」

 

「――工房ね。分かったわ。……別に良いけど、殺すなんてずいぶん物騒な言葉ね」

 

 そりゃ当然。いくらなんでも他所(よそ)の魔術師の秘跡を暴こうとするなら、命を賭けてもらわねば。

 そんな風に思う俺に、彼女はあなたに勝つにはサーヴァントが必要そうね、と零す。……その力を比べるような発言は、いささか迂闊だと思うが。

 いやこれも演技でなければ、だけど。

 

 

 

 ――――。

 

 ――――――。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ――いや。

 

 

 ――――もう、止そう。

 

 

 

 いくらなんでも、しつこい、かな。そう考えて、肩の力を抜く。

 

 すると遠坂の怪訝そうな表情。

 目敏い、いや、気が利くというべきなのだろう。

 

 それは、彼女の恐れるべき性質ではなく、褒められるべき性質なのだ。

 心濃やかで、察しがよく、気が回る。

 ただ、それだけ。それだけのこと。

 

 第一、彼女ほどまともに振る舞う魔術師を疑っていたら、気が変になってしまう。あんまり他人を疑うのは気持ちのいいものじゃないいし、なにより心に毒だ。

 

 力みを取れば、視界も広まる。息もしやすくなった。

 

 

「いや、なんでもないよ」

 

 そう呟くと、目の前の少女はそればっかりね、と頬をふくらませる。

 

 

 あぁ、全くだ――――。

 

 




 やっと解決です。家に帰ってきたがための心の緩みという助けもありましたが、水明くんがやっと遠坂を信用しました。捻くれすぎな彼。

 ところで序章から名前の出てきた地名である「浅谷」。ここは全くの架空のものであり、捏造の都市です。舞台になる場所ではないので、余り語る機会もないでしょうからちょっとこぼれ話。
 まず、八鍵の一族が地主であるという設定(未刊行九巻相当のWeb連載分で出てきます)を踏襲しました。しかし彼らが元々冬木に住んでいることにする訳にもいかないですし、住んでいる場所を隣町の禅城家のある場所にするのもおかしい。また、あんまりに遠いのも難だなとなりまして在来線で二時間という塩梅になりました。距離が妥当かは正直自分では判断がつかないです……。

 語源はなんとなく頭に降ってきたものなのですが、己の思考回路を推定すると恐らくは冬木市にある深山町からなのかと。深い山⇔浅い谷という発想だったのだと思います。自分のことですが。

 ともあれ、お読み頂きありがとうございました。
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