今更ですが、この物語は3ルートの諸要素の複合を意識していたり。
……それでは、よろしくお願いします。
案内は終わって。俺は居間で座り、士郎が調理する姿を眺めていた。
「本当に手際がいいわね」
遠坂は台所でカウンターの対岸でふらふら。「良い匂い」と、そう感心しながら士郎の料理をする手許を背中越しに見ようとしている。
……ずいぶんとまぁ、落ち着いているというか恐れを知らないというか。
「馴染みすぎだろ」
突っ込みが思わず飛び出た。
「だって面白いんだもの。私も料理はするけど、こうやって
唇を尖らせながら応じられる。
「――遠坂も料理をするのか」
士郎が手を休めることなく口を開いた。
「えぇ、一人暮らしだし。得意なのは中華ね」
「中華か。――俺は苦手だな」
「……それは味が? 料理として?」
「味から、かな。だから、作るのも苦手だ。……なんか、みんな味が一緒だろうって思えちゃうから練習する気にもなれなくて」
遠坂がものすごく不満そうに息を漏らした。
「なにそれ。ちょっとそれは偏見に過ぎない?」
「いやだってさ、辛いばっかりじゃん。やたらと赤黒いし」
「何言って――ってああ、分かった。あなた、泰山の中華食べてトラウマになったクチね」
あそこの店主は頭おかしいもんね――。そう嘆息と共に額に手をつく。
嫌な話だが理解できた。俺も一度だけその店に行ったことがあるが、確かにあの激辛は凄まじかった。大方、士郎は小さい頃に食べて嫌になったのだろう。
「――ん、分からん」
――と。これは地雷か。
険の混じった響きに、遠坂が驚き混じりに怯んだ。まじまじと彼の背中を凝視している。
「遠坂。悪いが戻ってくれ」
「――? うん……」
不可解そうな面持ちながら、素直に言うことを聞いて椅子に座った。
「士郎」
短く呼びかける。
「分かってる。いいように説明してくれ」
頷く。真剣な目を向ければ、彼女はそれに応じて背筋を正した。
「遠坂。士郎はな、十年前のあの火災の遺児だ。だからあいつにとって、それよりも前の過去は思い出したくないことなんだ。なら――分かってくれるな」
多くを省いた言葉。
しかし、息を呑む。
思わずと行った様子で振り返り、なにやら口を開くが、音にはならず。肩を落として黙り込んだ。
しばしの沈黙。くつくつと何かを煮込む音と、同じく何かを刻む包丁の音。
士郎が続けている料理の音だけが響く。
「――ごめんなさい。知らなかったとは言え、無神経だったわ」
静寂を超えてから、沈痛そうに謝る。
それから、「もう、今日は何回失敗したのかな」とだけ漏らした。
――――。
その嗚咽のような呟きに何も言えず。一抹の期待を込めて前を見遣れば、士郎は頷いてから遠坂にひらひらと片手を振って取り直すような雰囲気を出した。
……本当、頭が下る。仕草だけで空気を和ませた。
「――っと。そろそろできるから運んでくれ」
「ん? おう」
応じて立ち上がろうする。
「およ、いい匂いすると思えば、士郎さん早速御飯作ってたんだ――」
そこに割り込んだ声。
「へ?」
遠坂の間の抜けた声。
「げ」
俺の嫌そうな声。
「あぁ」
士郎の納得したような声
「はい?」
理解不能といった感じの――件の声。
「誰?」
「マリー、どうしてここに……」
遠坂の
居間の入り口で固まっているのは、声色に反して表情筋をピクリとも動かしていない、人形じみた美貌をもつ黒髪痩躯の少女――ハイデマリー・アルツバイン。
いつもは陶器のように白い肌は、今は桜色にほんのりと色づいていた。
離れの風呂場で入浴を済ませたのだろう。案内の時、離れに関しては渡り廊下で口頭だけの説明をしたのが祟った。
……あの空いていた玄関の件はこいつが原因らしい。慌てて携帯を確認すれば、いくつか通知があった。日本に来るなんて珍しい話だから失念していたが、連絡をした上で返信がないのに業を煮やして先に家に上がっていたようだ。
宝石のような蒼い瞳をゆっくりと揺らす、くっきりとした細い眉と小鼻を持つあどけない顔立ちの彼女は、それこそ人形のように全くの無表情だ。
しかし、付き合いのある人にはどうにか分かる程度には困惑と疑念の空気を醸している。
「どうしたもこうしたも――わぷ」
即座に
気を緩めていた彼女はそれだけで目を白黒させた。
そのまま回収し、手を取って音が聞こえなくなるエリアまで進む。後ろで「だから誰なの?」と置いてけぼりにされた声が聞こえた。――すまん、遠坂。士郎に訊いといてくれ。
ずんずんと歩く。手を繋いだ少女は、抵抗するようにわたわたと暴れるが、意に介さず手を引いた。動きに合わせてふわりと
――離れの手前まで来た。そこに着いてからやっと手を放し、向かい合う。
「なにするのさ」
驚き混じりの怒りの声音。だが、先程と同じく全く表情は変わっていない。
唇に指を立てる。それを見ると不服そうながらも黙り込んだ。――大事を取っての念話。
(――どういう状況なの。切羽詰まった相手ではないようだけど)
(……あいつは遠坂凛。遠坂の当主だ。色々あって飯を食いながら話し合いをすることになった。お前が居合わせたのは丁度その時)
(……。キミが何を言ってるのか、ボクには全く分からないよ)
ふぅ、と呆れ混じりのため息を零される。
(とりあえず、遠坂には俺らが聖杯戦争に参加していることを隠したい。いずれはバレるが、少なくとも今日は、だ。詳しいことは後で話すから、ここは我慢してくれ)
(……分かったよ。あの女の人に、ボクらが聖杯戦争に参加していること、士郎さんと
(――そうだけど、待て。今お前もマスターって言ったか)
(言ったよ。
(――――そうか。いや、こちらも取り込んでいてな。悪かったとは思ってる)
こちらにも事情はあったとはいえ、それは仕方ない判断。
また、彼女の参戦は喜ばしいが、しかし。
このタイミングで――、と手の平を額に当て、呻く。
(なにさ。天才のこのボクが参加するんだよ。なんか文句でもあるの、水明君は)
……天才。天才ね。確かに彼女は天才だろう。
ハイデマリー・アルツバイン。
千夜会が人形師の最高位――"
錬金術の最奥にて鋳造される疑似生命体。人造の星の触覚。誕生した段階で既に、必要な知識と己の存在意義を自然から引き継いでいる人形。
中でもアルツバインの一門の
莫大な魔力と真理を内包するその『ラピス』は、根源の渦からの叡智も記録している大神秘。
エドガー卿の造る乙女たちはこの万能の触媒を
ハイデマリーも数多のホムンクルスの例に漏れず、感情やそれの表現は乏しいものの飛び抜けて高度な自由意志を持ち、魔術に限らない幅広い才能を授かっている。
確かにエドガー卿や彼以外の造った既存のホムンクルス達と同じく、全てを生まれながらにもっているホムンクルス特有の欠点はあっても、その評価を差し引きで覆すだけ能力があった。
それは最高傑作といわれる由縁であり、彼女が自身を天才だと自覚するに足るもの。
彼女は己だけの魔術系統――オリジンマジック、それも強力な遣い手であった。
そしてなによりも重要なのが、マリーの賢者の石への適正。彼女は、彼女以外のエドガー卿の歴代の子供達よりも多くの知識を、その身に溶け込んだ根源への触媒である
だが、残念ながら限界も証明されている。
ハイデマリーを含め彼の乙女らでは、根源に到達すること『そのもの』は叶わないのだ。しかし、そんなことはエドガーにとって些細なこと。
そんな天与の才と識を持つ彼女が、自身を天才と言って憚らないのも無理はなかった。
(――別に何もないさ。……ただ、くれぐれも気を付けてな)
少女がいかにも立腹したと言う感じで口元をへの字に固める。
(――言い方が悪かったよ、マリー。ごめんて)
「……ふんだ!」
へそを曲げたまま歩いていく彼女。……分かりやすく怒ってくれるうちはまだいいのか。
微苦笑は置いていき、後を追いかけた。
* * *
「――改めて紹介するけど、こいつは俺の弟子のハイデマリー。士郎と同じく、結社に所属している魔術師だ。……俺としても
再びの居間。
ハイデマリーはラフな服装から着替え、白のワンピースで清楚な印象の格好に固めている。トレードマークのマジシャン然とした燕尾服とシルクハット、ステッキのセットは使っていない。
彼女はあの後、割り当てられた部屋に衣装替えに行った。終わるのはもうあっという間。どうして女の子がそんなに早く着替えられるのだろうか、などと考えていれば胡乱げに見られた。「ボクの人形さんに手伝わせてるだけだよ」とのこと。……考えれば分かったであろう話。
「初めまして、Miss.遠坂。紹介に預かりましたアルツバインの末妹、ハイデマリー・アルツバインと申します。以後お見知りおきを」
つい先程のやりとりを思い出していれば、瀟洒な語調。最後の溜めに合わせて優雅に一礼する。
遠坂が細い息と一緒に目を見開いた。
「――あのアルツバインの。……末妹ということは、
特に気負うことなくハイデマリーは肯定する。
アルツバイン――アルツバイン時計人形工房は、ドイツにある第三魔法をかつて完成させた千年工房、アインツベルンと共に錬金術師達の頂点に双璧をなす一門であり、この二つの工房のホムンクルスの性能と精緻さは甲乙つけがたいと言われる。
正確には区別すれば、極限の魔術回路、第三魔法のために意思ある人形を再現しようとしているのがアインツベルンであり、人形に命を吹き込み、『生きた人形』――『人間』を創造しようとしているのがアルツバインだ。
エドガー・アルツバイン。
結社の三大幹部が一人、人体神秘を究めた魔術師であるニコラス翁をして至高と唸らせた錬金術師であるその妻とともに、世にいくつもの工房製の人形を送り出し大功を為させた、魔術世界最高の人形使い。この先どれだけ数の人形師が生まれようとも彼を超えられる者はいないと言われるほどに高い技量を持つこの男の名声は、登場から
近年になっては魔術協会の封印指定の人形師、蒼崎橙子が並び立つ名として挙げられることがあるが、彼女は魔法・青の家系の血を引く一代限りの突然変異のような魔術師であるし、なにより重ねた歴史が浅い。どちらにも遭ったことのある俺からすればエドガー卿と実力は伯仲しているにしても、得意としている分野が違うように思えた。彼女はあくまで『人間の代替としての人形』作りに適正があり、それの製造に血道を上げていたのだ。人間そのものを創ろうとしている彼と、人間の代わりを造った彼女とでは、辿り着いた領域が似ているようでまるで違う。
「……全く、今日は初めて知ったことが多すぎるわ」
いくらなんでも疲れてきた――。そう零す背中は煤けている。……確かに、なかなかにハードな一日であったのだろう。
「ともかく、最低限の意思交換は出来ただろう? それなら早くご飯にしようか」
建設的な士郎の提案。尤もなことだ。俺が再び台所に向かって歩き出せば、士郎が「マリーも夜はまだだろ?」と確認する。……濃やかな気遣いに敬礼。
圧力に負けて後ろを見遣れば、ホムンクルスの少女は少し非難めいた視線を向けてきていた。
――へいへい、気が回らなくてすまんかったよ。
そういった意志を込めて会釈すれば、彼女も尖らせていた雰囲気を収めた。同じく手伝いに来る。遠坂も釣られて立とうとするが、そこは「お客様だから座っていてくれ」と制した。悪いわね、と据わりが悪そうに呟くが、流石に配膳まではさせる訳にもいかない。
食卓にご飯、わかめと豆腐の味噌汁、鶏大根、人参と南瓜のかき揚げ、里芋の千切りの小鉢、少々のきゅうりの漬物などが並ぶ。士郎の得意な和食ベースの食事。どれも非常に旨そう。しかし料理人さんは「冷蔵庫に野菜がなかったせいで副菜が一品足りないな」などとぼやいている。どこまで上を目指すのさ……。
ご飯は粒が立ち、つやつやと輝いていて、味噌汁からは出汁と味噌の芳醇な香りを湯気と共に燻らせている。鳥大根は程よく照りが乗っており、その甘辛い匂いはとても食欲をそそった。天ぷらからはほかほかと熱気と混じって甘く香ばしい香りが立ち上っている。刻み海苔の散っている里芋は味のバランスを取ってか、三杯酢ベースのタレと、小皿に盛られた練り梅のペーストが好みでかけられるようを添えられていた。漬物は十分な塩気と旨み、そして仄かな甘味を感じさせる香りをまとっており、箸休めとして手を止めれなくさせそうだ。
見た端から唾を誘う夕食を見て、遠坂が小さな歓声を上げた。わぁと目を輝かせる姿は、年齢よりも印象を幼く感じさせる。
「上手、と言われるのは伊達じゃないのね。凄く美味しそう」
褒める言葉以上に、楽しみそうな気配がだだ漏れで、そんな姿に俺と士郎が顔を見合わせて苦笑してしまう。横を見れば、マリーも人柄がわからないなりに可笑しさが抑えきれないといった感じで、微笑みのような風情を見せていた。
他の三人のことをさほど気にする様子もない遠坂に倣って、自分たちも座った。
士郎が音頭を取って、手を合わせる。
「――いただきます」
その声に各々行儀よく続けて、箸を取った。
飯テロ成分が認知させる事ができていたら嬉しいとかどうとか。
……お読み頂きありがとうございます。
(追記注:ハイデマリー含め、アルツバインのホムンクルスは根源接続者とは違います)