Fate/Crossing Peak   作:甘風

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旗折なお話。

よろしくお願いします。


答え合わせと心理 後編

「見た目通りに、ううん。見た目以上に美味しいわ」

 

 上品な箸使いで鶏を解しながら、笑みを深めてそう言う遠坂。事実、満足気な息も漏らしている。

 

「そりゃどうも。そう言ってもらえるなら作った側としては嬉しい限りだ」

 

 士郎はうんうんと首を振りながら応じた。こちらも非常に機嫌が良さそう。

 マリーは相変わらず無表情だが、鶏大根が気に入ったようでご飯と交互に無心に口に入れていた。

 人形のような少女がはむはむとひたすらに箸を進めている姿はなかなかに可愛らしいが、少なからず違和感を抱くというか、なにやら怖い感じもする。

 ぼんやりとその様子を眺めていると、彼女の嗜好に気付いたらしい士郎が「お代わりは要るか」と声を掛けた。……よく見ていらっしゃる。

 声掛けにこくこくと頷いて無言で皿を差し出すその子。

 その様子を見て、遠坂も恥ずかしそうに手を上げた。

 

「……私もお願いしていいかしら」

 

 頬を染めてのささやかな要求。それに士郎は笑って頷くと、遠坂と自分の二人分の空の皿を持って立ち上がった。自分にも目でお代わりを尋ねられるが、首を横に振って立ち上がる。……いや、食べるには食べますよ? 自分の皿を持ち、ハイデマリーの分の皿も受け取って後に続く。

 揃って台所に立てば、どちらからともなく口を開く。小声での会話。

 

「とりあえず経過は良好、って感じかな」

 

「あぁ。今の所問題はなさそうだろ」

 

 ちらと女子二人の方に目を遣る。彼女たちは決定的に何するということもなく、互いを意識しないように見合っていた。

 

「何してんだ、あいつら」

 

「……さぁ? 流石に気不味いんじゃないか?」

 

 そりゃ、そうか。初対面同士だし、片方は人見知り、もう片方は一応敵の魔術師のホームでその陣営の人間と対面して放置されている訳で、相手のことが気になっても声を掛けるのも難しいのも当然よな。

 理解すれば、この後の流れの調整を思ってため息を()く。そうすれば片手での拝み混じりに背中を叩かれた。……危ないっつの。皿から汁を垂らしそうになったぞ。

 そんな非難を視線に込めて送るが、柳に風の穏やかな表情。微笑みは残したまま。

 

 

「――ありがとな」

 

 

 唐突な感謝の言葉。訝しげにすれば、くすりと笑われた。

 

 

「いや、水明のおかげで遠坂と敵にならずに済んだからな。――朝のあれから行動は、そう言うことだろ?」

 

 

 ――――。

 

「……さて。なんのことだろうな」

 

 (とぼ)けた返事。反応は見ずに先に行く。……知ったことないっての。

 マリーの左隣、遠坂の対面の自分の席に黙って戻れば、二人ともに不思議そうな顔をされる。

 ――はいはい。いろいろ思うでしょうけど質問は受け付けません。

 そんな頑なさを全面に押し出せば、二人ともやや頬を引きつらせながらも目を逸らした。その先の赤毛男の満面の笑み。……あぁ、もう。

 視線が下を向く。

 はぁ、とひとつ嘆息して切り替えた。

 

「――で、遠坂。訊きたいことがあるんだろ? 別に言えないことは言えないって言うし、数の制限も付けないから適当に訊いてくれていいぞ」

 

 そんな俺の言葉に、三人が揃って顔を引き締めた。遠坂がおずおずと切り出す。

 

「じゃあ、まずさっき気になったことから。――アルツバインさんが日本に来たのは予想外って言ってたけど、それはどうして? あと、どうして来たの?」

 

 ……。少し答えづらい質問。誤魔化しながらなら言えないほどではないが、どこまで明かすか悩むべきものでもある。当然マスターとして来たのは伏せるにしても、それ以外をどうするか。

 

「まぁ、来ると思ってなかったのは、彼女は相棒であっても日本に来るのは珍しいからっていうのがあるな」

 

 そこまで言って件の少女と目を合わせた。彼女は首肯すると、語を引き継ぐように口を開いた。

 

――悪戯猫のような、楽しげで嫌らしい笑みを幻視させて。

 

 あ、これ駄目なやつ。嫌な予感。

 

「待――」

 

「いやぁ、それは水明君に会いに来ただけだよ。お互いが大好きだからね」

 

 どうにかその口を閉ざさせようと言葉を発するが、間に合わなかった。

 底意地の悪い笑顔――実際には無表情だが、確かにそう感じさせる――を向けられて苛立つが、どうにか噛み殺して軽口を叩く。

 

「言ってろ八歳児」

 

 今度は遠坂が驚く番だった。(まばた)きもせず、人形の少女を見つめている。

 

「八歳児……? ――ホムンクルスは成長しないとは聞くけど、その見た目と情緒の印象で八歳と言われると違和感が凄いわね」

 

 遠坂の言葉に、マリーがへへん、と胸を張って鼻の下を右の人差し指で擦った。

 

「そりゃ私は特別だもんね。見た目だって少しずつ成長もするし、なによりお姉ちゃんたちよりも才能があるんだから」

 

 言いながらこちらを一瞥する。その綺麗な蒼い瞳に映る感情の色は自慢げだが、同時に気遣わしげでもある。

 

 ……巧い。巧いが腹が立つ。確かに遠坂の興味は移ったし、その興味に目を眩まされて"日本になかなか来ない"という、先程の説明を若干かみ合わせの悪い今の話の穴に気付く素振りもない。そうさせたことに疑問を挟む様子もない。それはとても助かること。

 

 でも釈然としない……。

 

「――あぁ、誠に遺憾だがマジでコイツは天才だな」

 

「遺憾って何さ!」

 

 やむを得ず白い少女の作った流れに乗ったが、自分の言い方に難があった模様。思わずといった感じでハイデマリーが怒りの声を上げた。

 

「まぁまぁ二人とも。今のは水明が悪いよ」

 

 細部は知らないながらも、俺たち二人の誤魔化したい意図を正確に汲み取ったらしい士郎の(ごん)。じっと目を見つめられる。……言う通り俺の悪手だよ。台無しにしかねないさ。

 

 むすっとした表情でいれば、遠坂が半笑いで手を振って取り消した。

 

「悪かったわ、その話題はもうなし。痴話喧嘩に付き合うつもりなんてないしね」

 

 そこまで言って正真正銘の意地悪な笑顔を浮かべる。……このあかいあくまめ。

 

「――それにしても八歳の女の子が好きなんて、八鍵くんはいわゆるロリータコンプレックスと言うやつなのかしらね。だとしたら、これからのお付き合いは考えたいものだけど」

 

「よーし分かった、遠坂。そこから動くなよ。その勘違いごとぶっ飛ばすから」

 

 やたらと丁寧な口調の謂れのない中傷に据わった目で拳を固めれば、言った本人である彼女も慄いた。またも「まぁまぁ」と士郎が宥めに掛かるが知ったことか。あんまり柔らかいところを突かれてはたまらない。

 

 ――だから、茹だった頭で考えることもなしに、とんでもないことを口走ってしまった。

 

「だいたいなぁ! 俺が好きなのは初美なん、だ……よ? ……なんです。……です?」

 

 尻すぼみになる語勢。盛大に自爆した。一気に頭が冷える。

 

「――初美って朽葉さん? 半年前に玄関で延々出待ちしてたあの?」

 

 ……そうだ。掠れた声で呟いて、箸を置き背中を丸める。

 

 朽葉初美。同い年の幼馴染。俺に剣を教えてくれた鏡四郎さんの愛娘であり、年齢に比して圧倒的と言えるほどまで熟達した朽葉流の剣の遣い手。刀一振りのみで魔を狩ることができる程の剣士。ほぼ兄妹同然に育ち、その前からも親ぐるみで仲の良かった従兄妹(いとこ)

 ずっと世話になってはいたが、自分が魔術師であることは隠していた。理由は単純。そもそも父親の風光(かざみつ)が生きていた頃は当人から口止めされていたし、彼が死んでからは自分の魔術の腕にも交渉力にも全く自信が無かったからだ。力がないのに、神秘に立ち入ってしまえば火傷では済まない。それに巻き込んで彼女を傷つけること、ましてや死なせてしまうことは嫌だった。

 

 ――その想いの源泉に考えを巡らせるのは意図的に避けていたのは事実。それは父の遺言を思うからであり、自分が最悪消されて終わりの魔窟を歩んでいる自覚はあったためでもある。

 

 俺が士郎に会ってから行動を共にするようになるまでは、彼女はほとんどの食事、朝昼晩と隣の家から八鍵の屋敷に作りに来るほど世話を焼いてくれていた。――その頃は己が仄かに抱いていた好意にも、彼女から向けられていた好意にも無自覚だったが。

 

 決定的に関係が変わったのが一五歳の時。士郎が実践者(プラクティカス)級――今の等級である哲学者(フィロソフィアス)級の一つ手前に昇格した頃で、時計塔でいう開位(コーズ)の下位に相当する位階に至っていた。

 自分は既に上から数えたほうが早いぐらいには魔術の腕があり、なおかつ弟子が十分な位を()、加えてかつての成人の基準であった元服の年齢に達した。ならばもうお前は一人前と言っていいだろう――。そんな理由をこじつけられて、師匠に魔術師であることを暴露されたのだ。

 

 その時は初美に死ぬほど怒られた。なんでそんなことを隠していたのかと。そしてものすごく心配された。どれほど危ない目に合ってきたのかと。最後には泣きだされた。どうして言ってくれなかったのか、自分は訳に立たないのかと。あなたは私が必要ないと思っていたのかと。

 

 実際はもっとめちゃくちゃな言葉を投げつけられた。手も上げられたが、それも甘んじて受けた。

 

 

 

 ――彼女の言葉には、行動には、真情があったから。どこまでも俺を案じている心が見えたから。

 

 

 

 だから、あの時自分は折れたのだ。――唯一人を、危険と共に置くことを許容した。

 

 

 

 それだけ、己にとっては大事な思い出。それに繋がる女の子の名前をうっかり口に出してしまったことには、我ながら呆れるしか無かった。

 

 

 自己嫌悪が心を穿つ。いじけたまま切れ切れに問うた。

 

「……なんで遠坂が初美のこと知ってるんだよ」

 

 その疑問に瞼を閉じて悩んだと思えば、うーんと唸ってから答える。

 

「さっきも言ったけど、半年ぐらい前に彼女が穂群原の中央玄関にしばらく通ってたことがあったでしょ?」

 

 ほら、あの結構な騒ぎになったやつ。そう言われれば否応なく思い出す。否、そんなこともなく当然として思い出せるもの。

 あれは俺が士郎との仕事に掛かりきりで、しばらく家に帰らなかった時のこと。そのまま戦場から日常に意識を復帰させるために、屋敷に戻らず学校に通っていた頃のことだ。

 自分が仕事で居なかったのはともかく、終わってもからも長い間連絡をしなかったのことへ怒りと、曰く「私のご飯を食べさせられない」という悔しさからの行動であったらしい。――思い返せば随分と可愛らしい理由だが、自分が気不味くて逃げ回ってしまったために彼女も意地になってしまったようで、その騒ぎは数日間続いてしまった。結局桜に諭されて謝りどうにか許してもらえたが、その時のお冠具合は凄まじかったのはよく覚えている。

 

「あの時機会があって少しだけ話してね。名前と居る理由を聞いちゃったの」

 

 …………。さいですか。

 

 非常に気恥ずかしい。ますます落ち込む。

 遠坂も箸を置き、片肘を付いてなにやら羨ましそうな目つきでこちらを見るが、それから思い至るのは大方惚気だろうと言う予想のみでげんなりすらする。……それはないでしょ、初美さんや。

 

「ま、それはいいわ。こちらも冗談が過ぎたし、終わりにしましょう。馬に蹴られる趣味もないから謝っておきます。――ごめんなさい」

 

 真面目くさった様子で謝罪をする彼女。そうされてしまえば毒気が抜かれ、何も言えない。黙り込んでいると頭を下げっ放しだった遠坂から「……もういいかしら」と確認の声が掛かる。

 それに頷いて――すぐにその動作は見えない事に気付き、どうにか返事をした。

 

 沈黙が流れる。それはもうたっぷりと。同僚たちを見れば、神妙さと微笑ましく思う気持ちの混ざったような表情で穏やかにこちらを見つめていた。……居心地が悪い。

 

 ぱん、と柏手が鳴った。遠坂の唐突な行動。全員の視線が集中する。

 それに彼女は僅かに身じろいだあと、こちらを強く見据えて話し出した。

 

「無理やり空気を切ったのは悪いわね。でも、こうするしか無かったでしょう?」

 

 確認までで一度区切り、三人を順に見渡した。それに応じて、それぞれが中途半端になっていた食事を辞め、聞きの態勢に入る。

 

 

 次に紡がれたのは――核心を問う言葉。

 

 

「じゃあ、訊くわね。――結社の魔術師がこの街に居る目的は何? そもそも結社とは何? 貴方達が話せる範囲でいいから、教えて頂戴」

 

 

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