Fate/Crossing Peak   作:甘風

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水明と士郎、出会いのお話、『魔術師としての』出会いのお話です。

水明は基本的に善良ですし、素直です。でも目的のためにはある程度手段を選ばない、ということを選べる子でもあります。
つまり、彼はこの話(前後編両方)で結構な数の嘘をついてます。一人称、ということを念頭に、どこまでが設定(事実)で、どこまでが水明の嘘か見て頂けたらば嬉しいです。

それでは、よろしくお願いします。



八鍵と衛宮 後編

 

「――で、八鍵くん。親父に用があるって言ったけど、なにさ」

 

 今更な自己紹介を終え、出された茶を一口啜った客人への一言。「うわ、旨っ」と漏らす声に、お世辞の色は見えない。

 

「それなんだがな」

 

 そう言うとじっとこちらを見てくる。

 

 ――妙に圧力を感じるけど、なんだ?

 

「いや、悪い。――俺の父親、風光(かざみつ)が切嗣さんとの古い知り合いでな。最近父が亡くなったんで、代替わりの挨拶をしに来たんだよ」

 

 気不味そうに首を横に振りつつ言うが、寝耳に水だった。確かに親父は世界を飛び回っていたようだから沢山知り合いはいるだろうけど、それが浅谷にいるとか、八鍵とかいう名字を持つ男になどのことは聞いたことがなかった。

 それを訝しめば、吐息とともに告げられる。

 

「俺の家はいわゆる地主でな。昔切嗣さんが世界中のあちこちに回っていた時に、日本での家の世話をしたことがあるんだよ。それから何かと縁があったんだが、ここ十年単位で音沙汰がなかったらしいんだ。――あの火災に居合わせて子供を引き取っているとは、思ってもみなかったが」

 

 尤もらしく言う、長い説明の前半には取って付けたような言葉の軽さがいくらか滲んでいたが、終いの言葉には嘘とは到底思えないような感慨が(うず)まっていた。

 

 ――待て。こいつは親が死んだと今言ったか。

 

「……こともなげに流してるけど、今親御さんが亡くなったって言ってなかったか?」

 

「言ったな。それで父の遺品を整理して古い知り合いとして名前が出てきたんだよ。今住んでいる場所は知らなかったし、そもそも先に共通の知り合いの人を訪ねたから挨拶をしようと思い立ったんだけどさ」

 

 あっけらかんと言い放たれる。その軽妙さと、直前にあった感慨になんとも言えないまま黙っていると、彼は口の端を上げて手を振った。

 

「もうなんだかんだ二ヶ月は経ってるか気にすんな。――んで、さっき言った共通の友人ってのがドイツの人でな。教えてもらった情報に子供のことなんてなかったから、呼び鈴を押して君が出てきた時は実は困ってたのよ」

 

 フォローなのか、強がりなのか、はたまた触らないでほしいという意思表示なのか。詳細は分からないが、打ち切りたそうな空気を纏っている台詞。

 いずれにせよ、乗らないという選択肢は選ぶべきでなかった。

 

「ドイツか。俺がこの家で暮らすようになってからも何回か行ってたらしいけど、そこのことなのかな」

 

「……どうだろうな。うちの親父の知り合いも何戸かあったし、君が家名がどうとか聞いていれば別だろうけど」

 

 若干の不自然な間を挟んでの回答。ずっとちらつく言葉の端々の怪しさから諸々を疑いたくなるが、その気持ちを抑え込み、昔のことに思いを巡らせながら応えた。

 

「うーん? ないな」

 

 結局は思い出せない。 

 

「なら――」

 

 そう、言いかけて。

 飛び込んできたのは、インターホンもなしに勢いよく開かれた扉の音。

 八鍵は疑問符を頭に浮かべるが、自分は来訪者が誰か察した。そのまま訪問者の対処をしようと腰を浮かす。

 

「たぶん知り合い。ちょっと待って――」

 

 

「――士郎ぉー。見慣れない靴があるけど、お客さんでも来てるのー?」

 

 

 ――くれるか。問いを言い切るのは間に合わず、心当たり――藤ねえが居間にやってきた。

 

「ありゃ、どちら様」

 

 殊更に(とぼ)けた声音と表情でそう言う。やはり、目の下が赤く腫れていた。

 

 その遠慮のない物言いにか、察し良く女性が泣いた後の姿であるのを理解したからなのか、ぎょっとした様子でこちらとあちらを交互に見てくる八鍵。

 

「あぁいや……。こっちは藤ね――藤村大河さん。お隣さんでよく様子を見に来てくれる人」

 

 言い間違えそうになったのを咄嗟に直すが、ちゃかり聞き逃さなかった彼女はにまにまと嬉しげに、そして面白がるように笑みを浮かべる。からかいの言葉であろうものを口にするのを遮るよう、語気を強めて紹介を続けた。

 

「で、こちらが八鍵水明くん。家の都合で切嗣を尋ねてきたんだと」

 

 強めの口調に加え、睨めつけることによって彼女の軽口を封じる。

 

「あ、あぁ。紹介に預かりました八鍵です。所用があって直接訪ねさせていただいたのですが、何分古い縁ですので切嗣さんのことを知らず、結果的に無体を働いたようでして、はい」

 

 慌てたのか、彼は妙に恐縮したまま言葉を繰っていた。

 そんな少年の様子に藤ねえは俺への揶揄の表情は引っ込めて、苦笑交じりに執り成した。

 

「あー、ごめんね。無駄足になっちゃったか」

 

「いえ、お気遣いなく。むしろこちらこそ申し訳ないです。他界なさっているのを知らない上に、こんな日に来てしまうとは重ね重ね不調法かと。……本当にすみません」

 

 元のなんとも言えない丁寧な語調。年とそぐったものでない上に変に堅い。

 それが藤ねえには可笑しいのか、何この子と小さく訊ねてくる。――まだよく分からないよ。

 

「そんな堅くならなくてもいいのよ。士郎と同じくらい年でしょ、君」

 

 年上の女の人に半笑いのままそう告げられた彼は、困ったように微笑んで固まっていた。……こちらを見遣るが、何をしろと?

 

「……えっと。この話し方は性分ですので、笑ってご容赦頂ければ。年齢に見合わない話し方なのは自覚してはいるのですけど、はい」

 

 たどたどしく告げてから、あ、十三歳の中学二年生ですと申告する。……同い年か。

 

「あれ、士郎と完全に同じなんだ。へー、しっかりしてるね」

 

 気の抜けた声に、彼は少し肩を落としてから「いえ」と返す。それを見兼ねたのか、藤ねえは半笑いで手を振って断った。

 

「お家の都合って言ってたし、緊張してたのかもしれなけど楽にしていいいからいいから。……ところで、そのお家の都合ってどうしたの?」

 

 これまたお気楽さを強調した言い回し。しかし応える語調は堅い。それは当然のこと。

 

「父が死去し、家を私が継いだので、かつて親交のあった衛宮さんにご挨拶をと思いまして」

 

 その内容に、年上の彼女は揺らしていた体を硬直させた。バツが悪そうに目を逸らす。

 

「ごめんね、考えなしに訊いちゃって。……どこの辺りの家なの?」

 

「浅谷です。地主をしておりました。……藤村組とは全く関係ないです」

 

「あちゃー。でも、私の名前を聞いて極道の娘とは分かる程度なんだ?」

 

 普段のおちゃらけた様子、今の気楽そうな口調からは想像できないほどテキパキと話を進めていく藤ねえに驚きながら、二人のやりとりを眺める。

 気がつけば、自然と場が二人の会話と挨拶に移行していた。

 

「あ、はい。それは、一応。地縁などで揉め事は起こしたくありませんし。正直、この機会にこうして多少の縁を繋げたのは喜ばしいことです。正面からお話を伺いにいくのは、いささか避けたくはありましたから」

 

 若干つっかえながらも、ほとんど淀むことなく言葉を紡ぐ彼。そつがないのに割と本音を伝えるその話し方に、彼女も好感を抱いたようだった。仕方ないな、とでも言いたげに頬を緩める。

 

「こう訊くのも良くないのかもしれないんだけどね。その切嗣さんへの挨拶って手紙では駄目だったの?」

 

「いえ、(せん)も言いましたが古い縁ですので、現住所が正しいのか判らなかったですし、礼を通したり、その他にも直接伺いたいことがあったので。ですので、こうしてお訪ねさせて頂いたのです」

 

 先程の己にされたものの繰り返しの説明。それに藤ねえは納得したように頷くと、ぽんと手をたたくような素振りを見せた。

 

「そっかそっか。……うーん、士郎、八鍵くんを連れて切嗣さんのお墓参りに行ってくれば?」

 

 突然の提案。

 それは話の途中で外に目を遣ってからのもの。だが、それは元々考えてはあったもの。

 彼女は雪空の様子を見て思いついたのだろう。

 

「最初からそのつもりだよ」

 

「ん、なら行っておいで。そしたら八鍵くんも交えて夜ご飯にしよう」

 

 何がいいかな、寒いから鍋とか? などと思案して。そのほっそりとした(おとがい)に手をかけた彼女は少し楽しげで、でも気遣わしげだった。

 恐らくは、親を亡くして、という部分を慮ってのこと。こういうところがこの人らしい温かみに溢れていて、でも開けっ放しを過剰に装って居ることが分かって。

 少し、不器用だと思うところ。

 

「いやいやいや、何故に私が相伴に預かることになっているのですか」

 

 語調の乱れた彼の物言いに、藤ねえはなんでもないように頷いた。自分も続いて当然といったように首を振る。墓には日が落ちる前に行きたいし、それでも八鍵からは親父との話を聞きたい。ならばご飯などで時間を共にして、話の続きを聞こうと思うのは己の中では自明のことだった。

 それはきっと藤ねえも考えたこと。そしてそれには、この苦労している年下の男の子への気遣いがあったのだろう。それを俯瞰するようにして気付いた自分に、内心で小さく苦笑する。

 

「八鍵、迷惑だったか」

 

「いや、そんな訳ではないんだが。……こちらこそ迷惑ではないかと思ってな」

 

 やはり遠慮がちな態度に被せるように、藤ねえは勢いよく手を振って語を継いだ。

 

「なら決まり! 八鍵くんも一緒に食べるのー!」

 

 元気よく、子供っぽく言い切った彼女に、同い年の少年は苦笑すると、少しだけ嬉しそうに首肯した。

 

 

 

 

 

  *   *   *

 

 

 

 

 

「……こんな事を聞くのも難だが、藤村さんと言ったか、あの人に何があったんだ? ……その、涙の跡があったようだけど」

 

 吹雪の気配すら漂わせてきた、空模様が不穏な墓参りの道行き。

 その最中におっかなびっくりといった風情で訊いてきた八鍵。気不味げな様子に誇張はなく、故に気遣いを回す余裕はないらしい。

 

「今日は切嗣――親父の命日だっていうことは話しただろ? 言ってしまえばそういうこと、なんだけど」

 

 皆まで言うのを躊躇って、口元で誤魔化す。それに彼は何かを察したように視線を巡らし、曖昧な笑みとともに細い息をついた。そして、両の瞳に灯る光が増したような気配。

 

「あぁ、なるほどな。……慕ってた訳か」

 

「たぶん、ね。切嗣は徹底して藤ねえを子供扱いしてたけど。――いや、子供扱いとは違うのか」

 

 記憶を浚いつつ話せば、怪訝な目を向けられる。それにかぶりを振れば、「すまない、踏み込み過ぎたな。不躾だった」と謝罪が飛んできた。

 

 降りてきた沈黙を縫って、黙々と墓前まで足を進める。

 そのまま手際よく線香の用意をして、しばし手を合わせて沈思した。

 

 ――今日は爺さんを訪ねてお客さんが来たんだけど、どんな繋がりだったのかな。

 ――藤ねえは、今日もお姉さんやってたよ。

 ――もう、一年も経ったんだよ。

 ――どうすれば良いのか分からないけど、俺は――――。

 

 止めどなく、いつかもの景色を瞼に浮かべる。

 そうして最後の言葉を綴りかけたところで、ふと、横を見た。

 

 

 ――静謐な空気さえ身に纏わせながら、真摯に両手を合わせて目を閉じている八鍵の姿――。

 

 

 視線の先にはあったのは、そんな彼の姿。

 少しも彼のことを何も知らないというのに、その態度だけで人となりが分かるという錯覚をするような、そんな印象的な祈り。哀惜と弔意、そしてどこか羨望と敬意を感じさせる、摯実なもの。

 

 だから――だからこそ。

 

 

 何が彼をこうさせているのか、それを確かめたい。

 

 

 そうした思いが、強まった。

 伏し目がちにかぶりを振りながら、「救わ……なを……? いや、これは違うか」と、不明瞭な呟きを漏らして、彼はこちらに向き直った。

 

「寒くなってきたなぁ」

 

 夜が迫ってきていることが分かる程度には、墨黒の色が橙と青の入り交じる上に霞み始めた夕空。

 八鍵はゆっくりと首を巡らせながら、暮れの空を見渡して呟いた。

 

「……だな。もう済んだし、帰ろうか」

 

「悪いな、俺も線香あげさせてもらって。……家族の時間を邪魔したか」

 

「いや、こっちから付き合わせたんだから、問題ないよ。変に気を遣うなって」

 

「……そうか」

 

「そうだよ。切嗣だってあんなに真剣に祈ってもらえたんだ、きっと喜んでるさ」

 

 思っていないような言葉が、しかし見せられた様子に釣られて出てきた。

 彼は軽く目を瞠った後、後頭部を片手で掻きながら気恥ずかそうに墓に会釈した。

 

 

 

 

 

  *   *   *

 

 

 

 

 

「八鍵くん、ほら遠慮しないで食べて食べて」

 

 どこぞの世話焼きおばさんかと突っ込みたくなるような風情で、食を次から次へと進めるのは我がお隣さん、藤村大河。

 対して進められるままに鍋から己の皿に具をよそっている八鍵は、彼女の勢いの良さに目を白黒させながらも頷き、少し幼気(おさなげ)に、しかし気色が隠せない様子で盛られた肉と野菜の小山を崩している。

 

 囲んでいる夕食はしゃぶしゃぶ。常なら争奪戦の色さえ見せるこの食卓がこんなにも和やかなのは、客人の前で虎が大人しくなっているということよりかは、奮発してケチらず高い材料をたくさん買ったということが強く起因していた。

 

 

 

 

 

  *   *   *

 

 

 

 

 

 墓参りの帰り道。

 マウント深山商店街に寄った俺らは、夕飯の材料の買い出しをしていた。

 

「しっかしどうしようかな。鍋じゃ手間を掛けるにも限界があるぞ」

 

「……何の話だ?」

 

 八鍵が不思議そうに訊ねてきたのに、こともなげに応じる。

 

「ん? いやこっちの話――じゃなくて。今夜は元々豪勢にするって藤ね、藤村さんと約束をしてたから、どうしようかって思って」

 

「別に普段の呼び方で良いぞ。気にすることないだろう」

 

 墓参りのとその行き帰りの道中でいくらか話したからだろうか。被っていた猫がいくらか剥げたらしく。皮肉げに口許を歪めた彼は、くつくつと少しだけ楽しそうに揶揄の響きを載せた言葉を投げかけてきた。

 

「お前、分かっててからかってるだろう」

 

 ジト目で軽く不平を告げるが、さてな、とチャシャ猫笑いで誤魔化される。

 

「そもそもお隣さんと夕食を一緒にするって前提がおかしいと気付け」

 

 …………。いつものことだから考えてもみなかった。

 その指摘に固まっていれば、「とりあえず、出汁に拘ったらどうだ?」と建設的な意見を告げられる。

 

「あ、あぁ、そうだな」

 

 色々と見透かされていたという事実を、ゆっくりと自分の中で消化して受け止めながらどうにか返事をすれば、「やっぱりお前が料理係だったんだな」と納得した様子の声を掛けられた。

 

 ……どうでもいいようなことばっかだけど、次々と俺の家の内幕が察せられてる……! なんか危機感……!

 

 そんな内心に構わず、彼は学生が持つには似つかわしくない高級そうな財布をポケットから取り出し、さっと中身を確認してから牛肉の吟味を始めていた。

 

「あら、士郎ちゃん。お友だちかい?」

 

 見慣れた肉屋のおばちゃんが、気安い様子で声を掛けてくる。

 

「あ、いえ……どうでしょう?」

 

 正しく言おうとすれば説明が長くなり、どうした言い方が正解か分からずに言葉に詰まった。その様子に怪訝そうな目を向けられながらも、「一緒に夜ご飯を食べるんだろう?」と尋ねられる。それに俺が頷けば、素早くおばちゃんは八鍵に目を向ける。だが、それに少し少し瞳を揺らして目を逸らす八鍵。

 

 そんな俺達の様子に「かーっ、思春期の男の子って面倒くさいね。ほらおまけしてやるからこれ買っていきな」と、ちょっと普段は手が出ないような、お高めの肉を指差してきた。

 

 恐らくは若干のお祝いの意図と、彼の財布を見てのことだろう。抜け目なく商売上手な彼女の弁に、同い年の少年は苦笑して了承の返事をした。そのまま支払いを済ませ、少なくないおまけの詰まった袋を下げる。

 支払いを持たれてしまった。それもだいぶ高額の。断ろうと財布に手を伸ばし掛ければ、「良いって。金はあるから」と制される。

 借りを作ることを渋る意を見せると、料理をしてもらうんだから、これぐらいはお相子の範疇だと言われた。

 

 既に終わってしまっていることであるから、そこまでは不承不承ながらも了解する。しかし、どうにか残りの食材の支払いを持つことで話をつけ、二人でたくさんの食材を抱えて帰宅した。

 

 

 

 

 

  *   *   *

 

 

 

 

 

「どうしよう、吹雪いてきて電車止まっちゃったって」

 

 食後、満腹の腹を抱えながら三人でテレビを眺めていれば、ニュースの左下の速報で交通情報が流れていた。

 

「道路も駄目みたいですね。タクシーもこれでは呼べないか」

 

 若干、焦りを孕んだ声を上げるたのは八鍵水明。買い物の時の一件や財布もそうだが、自然とタクシーという選択肢を思い浮かべる辺りに、なかなかの裕福さを感じる。

 ここまでの会話を受け、ふと思いついて声を掛けた。

 

「……なぁ、八鍵。今日は泊まっていかないか?」

 

 この食事中、切嗣について知っていることを尋ねたり、直接聞きたい要件とは何だったのかと突いてみても、結局のらりくらりと躱された。

 だが話をする彼は、十分な好感をもつに足るものだった。

 (ゆえ)に困っているならと、そう思っての提案。それ一もなく二もなく賛成したのは、藤ねえだった。

 

「あ、なら私が連絡しようか。お(うち)に誰か居るかな、八鍵くん?」

 

 あっけらかんと尋ねられたことに、彼は眉を上げて返答した。

 

「……誰もいませんね。八鍵の一族には、私しかもう居ないので」

 

 天使が通り過ぎたように、無音が数拍足踏みをした。

 

 どうにもならない告白に黙り込んでしまった俺と彼女は、取り繕うように言葉を重ねようとする。

 それらに先んじて、八鍵が口を開いた。

 

「――いえ。ではこちらこそ、一晩の宿をお願いします」

 

 そう願ってきた表情は、酷く強張っていた。

 

 

 

 

 

  *   *   *

 

 

 

 

 

 夜も更けて。

 藤ねえは帰った家でとうに寝こけ、泊めた八鍵も案内した部屋で寝静まっているであろう頃。

 雪を降らせるのをぴたりと止めた空を見上げて、俺は庭を歩いていた。

 足が向かうは、庭の片隅にある土蔵。当然、歩いている時間などほんの僅かのこと。それでも寒さに身を震わせながら、雪で底明るい夜の空気を凝縮したように凍える扉を開いた。

 すかさず入り込み、ガラクタの修理品であるストーブを付けようとする。早く暖を得ようと、間髪をいれずそれを奥から引き出し、前に屈み込んだ。あっという間にかじかんでしまった手で、ぎこちなく着火の操作をする。

 思ったように指が動かないためか、なかなか炎は点いてくれない。

 落ちついて両手に血を通わせようと、息を吐きかけながら擦れば、口から立ち昇った白いもやが天井を舐めた。しばし両腕を交差させるように組んで、脇に手を挟む。いくらか血色が戻った頃合いを見てからもう一度火を灯し直せば、今度は素直に周囲を暖かく照らした。

 

「よし」

 

 座り込んでから、己に当たる光の暖かさに細く息を吐き、目元を緩める。

 そして、「ならば」と。

 独り言じみてはいたが、最初の目的を果たそうと――魔術の練習を始めようと居直った。

 まずは手近なところに置いてあった、ハンカチで試す。

 

「――同調(トレース)()開始(オン)

 

 まず、魔術を行使するために魔術回路を造り出す。

 それは、脊髄に炉に赤熱するまで入れた鉄棒をまっすぐ差し込むようなもの。

 

「――基本骨子、解明」

 

 確実に命の危機を感じる()()に向き直り、正面から受け止める。微弱な魔力を通してから、目の前にある布の解析を始めた。

 

「――構成材質、解明」

 

 造り出し、物体に通す魔力を徐々に増やしながら、物質の構造を細く細く縫うように染み渡って己に詳細を教えてくれるように加工していく。

 

「――、基本骨子、変更」

 

 最初の干渉のキー。染み渡った魔力を元に、手元に収まったハンカチの存在理念から構成を変えていった。

 

「――、――っ、構成材質、補強」

 

 二つの術式のキー。変更し、成り代わったこの布にふさわしい在り方を、物体として補強する。

 

「――――全工程(トレース)()完了(オフ)

 

 そして確かに魔術が成立したのを見て取り、結びの唱句を紡いだ。

 

 

「……こんなものかな」

 

 人差し指でピンと弾く。青緑の魔力が回路図の様に転写され、布にあるまじきほど硬質化したその一枚は、きぃんと、やはり布が鳴らすとは思えない高い金属音を鳴らした。

 

 それを人差し指の先に乗せ、くるくると回して弄んでいたら、ほどなくして強化が解けてふわりと指を包み込む。

 今度は弾いても、指同士を叩いた時のくぐもった音がするばかり。

 つまり、ただのハンカチとなっていた。

 

 長い溜息をついて、ストーブの脇に寝転がった。手に持ったハンカチを胸元に置き、手足を気ままに投げ出す。

 そうやってゆっくりと腕を動かしていたら、思いがけず床に適当に転がっていた鉄パイプに手が触れた。

 そのまま片手で拾い上げ、寝転がったまま目の前に掲げる。そして思い立つまま魔術を掛け始めた。

 

「――同調(トレース)()開始(オン)

 

 先ほどと同じ、呪文の始まりのキー。

 

「――基本骨子、解明」

 

 背を焼く幻痛を感じながら、少しずつ力を込めて魔術を紡いでいく。

 

「――構成材質、解明」

 

 いつもより詳細に解析することを意識して、深く深く魔力を染み渡らせる。そのせいか造り出した魔力回路の持つ熱が、いつもより高いような感覚さえあった。

 

「――、基本骨子、変更」

 

 その唱句を起点に、違和感が無視できないほど大きくなってきた。手に持った鉄材が震え始め、碧緑の魔力光の線が、異常な明滅を始める。――(まず)い……!

 

 慌てて手放すべく、立ち上がりながら打ち捨てるように投げた。床に勢い良く衝突したことを引き金としてか、破裂する鉄パイプ。

 

「手酷い失敗をしたな……」

 

 後退りながら爆発に耐えきってから、呆然と呟く。

 あぁ、どうして気もそぞろに魔術を使ったのだろうと、強い後悔の念に襲われた。

 

 

 そこに唐突に鳴り響いた、悪意を持つものを知らせる警告の音。

 

 

 我に返って結界による柏木のような音が鳴った原因を警戒していれば、音もなく月明かりが差し込む。

 

 土蔵の扉が開いたのだ。

 そう直感して振り向く前に、その声が耳朶を貫いた。

 

 

 

 「あぁ、……本当に酷いな」

 

 

 

 唐突に後ろから掛けられた声。それは今日一日で聞き慣れてきたもの。

 

 

 

「……怪しいとは思ってたし、泊まることを誘われて、謀られたことを考えていれば魔術行使を知覚して。だから警戒して来てみれば――――居たのはとんだ半人前以下の、自殺志願者じゃねぇか」

 

 

 

 吐き捨てるように言った彼――八鍵水明は、心底不機嫌そうに腕を組み、扉に浅く凭れるように寄りかかってこちらを見据えていた。しかし、方向が悪いのか、影が濃くて表情は見えない。

 

 

 

「……衛宮、お前は何者だ。一体、()()()()()()()

 

 

 

 そう問い、顔を上げた八鍵の顔に光が差した。

 思わず、呻くほどの重圧。

 

 

 やっと見えた彼の瞳は色は、燎原のものか、焦熱のものか。

 

 いずれによ。

 

 

 ――――隠しきれない怒りに染まり、赫灼と赤に燃えていた。

 

 

 

 




お読み頂きありがとうございます。

……余談ですが、先日の低気圧通過の際、作者は落雷により作品データ+PC本体を消し飛ばしました。現在環境こそ復帰してますが、消えたデータは復旧しておりません。見込みもありません。オフライン執筆派の悲哀です。
そのためこれからの更新が若干滞りがちになることをご了承下さい。しばらくは気力維持のために、この作品の執筆にある程度専念いたしますので更新ペースを上げられますが、詳細なプロットや構成をまとめたファイルが消滅したので2章以降、特に3章以降が非常に遅遅としたものになります。

6/16追記。
少し書き溜め期間に入ります。翌々土曜日までお待ち頂ければ幸いです。
詳細は下記活動報告にて。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=217205&uid=269693

また、アンケートご協力をありがとうございました。詳細は同じく活動報告に記録してあります。
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