Fate/Crossing Peak   作:甘風

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誘いは青かれど結末は赤く

 ――この戦いには、お前の力が必要なのだ。

 

 そんな意味の言葉と一緒に、鋭い眼差しが向けられた。その視線に怯むが、それ以上に驚きの方が強くて。間を置かず、頓狂な叫び声を上げてしまう。

 

「お、俺ですか!?」

 

「そうだ。理由についてまでは出なかったらしいが、おそらくは竜との戦いでお前の力が鍵になるのだろう」

 

 魔術の師匠としての彼、八鍵風光は重大な話をしているというのに、相変わらず素っ気ない表情を貼り付けていた。しかし、その言い様には僅かに、なれど確かに、息子を誇らしく思うような感情の揺らぎが垣間見えている。

 自らの子の力が、大事な局面で必要とされる。そのことはやはり嬉しいのだろう。なれど本人にとってこの話はまさに青天の霹靂でしかなく、恐れと不安を煽るものでしか無い。

 

「ですが、父さん。自分がそんなところで役に立つとは思えません。俺は低位の魔術師ですよ。現に階級も低いです。そんな戦いなら偉業者(ハイグランド)級の魔術師が中心になるのでしょう? 二つも階級が離れた方々と肩を並べて戦うのは、余りにも難しいです」

 

 そこまで言えば、言葉を渋る様子も隠さずに応じられた。

 

「……お前の結社での魔術師の階級に関しては、本来与えられるべきものを保留していたに過ぎん。それだけの実力を得ることができる教え方はしてきたつもりだし、お前もそれなりにやっていける自信は持っているだろう」

 

 しかし、直前の様子に反して子への信用を力強く言い放つ。不意打ちで表された父親の信頼に、目頭を熱くする嬉しさがこみ上げた。そのことを隠すために顔を伏せ、喜びから眦に浮かんだ水滴は素早く払う。冷静さを心がけて前を見た。

 

「……魔術師として戦えはします。これまで何度も父さんの戦いに付いて行くことがありましたし、神秘災害への対処についても教えて貰いはしました。ですが、そんな高位の術師達に交じって戦えるかと言えば、やはり不安が……」

 

 あるのです、と最後に小さく零す。親からの期待と、語られた自身の重要性という重圧と。それらに語尾をすぼませてしまうのは、己の中では尤もなことであった。

 

 

 敵対や協力の如何に関わらず、実力に差のある魔術師が魔術を同時に使うには、大概の場合『位格差消滅(ディスパラティアウト)』という神秘法則が壁になる。低位の神秘は高位の神秘の前に打ち消されるという基本に則って、低位の魔術が高位の魔術の支配領域(ルールエリア)に接近すると消滅してしまうのだ。

 本来ならば余程の格差がない限り起こるものではなく、成立には条件もあるから普通なら気にするようなことではない。なれど今回集まる魔術師達のレベルがレベルであるため、そんな問題が浮上するのだ。

 

 それこそ先に名前の挙がったカトライアの姉妹は千夜会の所属であるため、結社の階級こそ付いていないが換算すれば偉業者(ハイグランド)級の一つ上、場合によってはそのまた一つ上の首魁(マジェスター)級にさえ届くと評される能力を持っている。終末災害の対応のほとんどを担い、戦いに明け暮れるがために戦闘力が階級にだいぶ加味される結社の基準でこれなのだ。彼女らの実力は推して量るべきもの。

 こうした高位の魔術師に自分が交じると、彼らに威格差による魔術の消滅を鑑みさせる一手間を増やさせることになる。史上最大とされる神秘災害を鎮圧しようとする場で、高位の魔術師が低位の魔術師を活かす手間をかける余裕などはないはずだ。

 補助や付与などの魔術を使って補助するのならば威格差消滅が起きる可能性を大幅に減らせるため話は別だが、そもそも自らの使う補助や付与の魔術がこの戦いに出張るような高位の魔術師に必要だとは思えなかった。

 

 ならば、役に立てるかと問われて頷けるはずもない。

 

 そんな俺の思いを察した様に、親父が目を伏せた。

 

「お前が不安に囚われているのは、私の育て方が悪かったとも言える。鏡四朗からも、それに関しては小言を言われていたくらいだしな」

 

「……どういうことです?」

 

 おずおずと尋ねた。

 

「有り体に言えば、今まで過剰に厳しくしてきたということだ。余程のことがない限り、私はお前を褒めはしなかっただろう」

 

「ぇ……えぇはい、確かにそうでしたが……」

 

 風光は自分に魔術を教えたが、出来の良い行使を見せたときも、十分な知識の蓄積を披露したときも、特に褒めることはなかった。間違いなく、それは事実、しかしそれについては男親で、加えて本人があまり喋らない性分であるから、仕方のないことだろうと思って受け入れていたのだ。

 それが、どう悪かったのか。彼の婉曲な言い方では、どうにも要領を得ない。

 

「……水明。大魔術は使えるな」

 

「え……? はい、それはもちろん。一端の現代魔術師を名乗るならば、一つくらい使えるようにならなければならないと言ったのは、他ならぬ父さんですから。とはいえ詠唱速度を考えれば、実戦で使うにはいささか厳しいものがあるでしょうが」

 

 父に課された試験のため、少し前に戦闘用のものをいくつか編み出した。彼の激しい戦いに付いて行くことが増えたため、それらの魔術の必要性は高かったが、実戦で使うにはまだまだ己の力量は足りていないと思っている。

 

「スペインの戦いにおいて単独で大掛かりな儀式なしに大魔術を発動できるような実力者は、私とお前を含めても五、六人がせいぜいだろう」

 

「……では今回の戦い、執行官のお二人以外はそこまでの魔術師が来ないのですか? ヨーロッパに大打撃を与えるような怪物が発生するにも関わらず」

 

「ああいや、別にそういう意味ではないのだが。……ここに来て、こうも私の至らなさが出てくるとはな」

 

 目を閉じて沈思する父の姿は、不思議で仕方なかった。思いのまま眺めていると、その男がやや唐突な呻きと共に嘆息する。

 

 

 ――慢心は殺せたが、こうまで必要な認識まで消してしまうとはな。

 

 

 そう、零して落とすように漏らした言葉は、いかなる意図か。手の甲を額に当て、表情は変わらなくとも沈痛そうな仕草をする。やがて首を振ると、唇を震わせた。

 

「――理由は、行けば分かるだろう。無論、気を抜かないことだ。お前にとっても、今後この戦い以上に厳しい戦いはおそらくそうないだろうからな」

 

「…………はい」

 

 忠告にゆっくりと頷き、しばらくして飲み終わったカップを持ってシンクへと立った。

 

 

 その時、おもむろに親父が「いや、これは良くないか」と呟いた。気になって振り向くと、安楽椅子に座った彼に手招きをされる。二つの陶器を水に漬けるだけはして、対面に座り直した。

 

 

「いいか、水明。お前の実力は間違いなく他の魔術師と比べても十分に高い。例えアカシックセイヤーの導きがなくとも、竜との戦いに連れていける水準に達しているぐらいにな。……そうだな。もし、お前が他の魔術組織に参加を表明すれば、間違いなく大抵の所は両手(もろて)を挙げて歓迎するであろう。そう太鼓判を押せる程度の実力は、お前は既に持っているのだ」

 

 

 初めて聞く、淀みなく語られる賞賛の言葉。驚嘆の余りの大きさに息が詰まり、何も言えず口籠る。そこで言葉を切った父は、笑みのような空気を見せた。――それはあくまで気がするだけで、しかし確かに伝わるもの。

 

 

 

「水明。お前はどこに出しても恥ずかしくない弟子だ。俺の――――自慢の、息子だよ」

 

 

 

 ――心が、(あふ)れた。……それは己か、父親か。

 心情を表せない風光が、「私」ではなく「俺」と言い間違える位に、感情を込めた言葉。

 その中身と、込められた真情とに、絶え間ない歓喜が訪れる。――視界を歪める塩水は熱く、それ以上に心臓が熱く、痛かった。

 頭は茹だり、思考は働かず、なれど感情は跳ね回る。

 

 喜んでいることを隠すことなど到底できるはずないのに、それでも意地を張ろうとした。

 

 

 ぽんと頭に手を置かれる。

 

 

「――今まで私がしなさ過ぎたんだ。褒められておけ」

 

 

 そんな言葉と同時に、首を揺すられる。――これは、撫でて、いるのか。

 ぶつ切りの思考の出した解に、思わず笑ってしまう。不器用だと自覚は有っても、そうされるのは不満だったのか、父は置いた手の力が増させる。そのことにますます口角を上げ、首を竦めて逃げ出した。

 

 目尻に嬉し涙を浮かべたまま父を見る。そうすると彼は俺の肩に手を置き、力強く言葉を掛けた。

 

 

 

「――頑張りなさい」

 

 

 

 その言葉に、確かな喜色と感謝を乗せて、はっきりと返事をする。

 

 

 

「はい!」

 

 

 

 

 

  *   *   *

 

 

 

 

 

 手放すのを惜しみながら余韻に浸り、しかしそれも落ち着いた頃。シンクの前にずっと立っていた俺は、やっと蛇口を捻った。

 水道から流れ出る水をじっと眺める。流れるに任せ踊る透明を、ぼんやりと目で追った。

 

 そうしていると、ふと、うなじに違和感があって。

 説明の出来ない焦燥と畏怖が思索の海に接触するが、波一つ立てないままに過ぎ去った。

 

「竜、か……」

 

 図らずも零れた呟きは(くう)に溶けて、水に乗って流された。なにやら不吉な予感に焦がされるかのように、首筋が不可思議にも焼かれるような感覚に襲われる。

 

 ――それは父曰く、妻、つまり母の遺したものだというが、果たして――――。

 

 

 

 

 

  *   *   *

 

 

 

 

 

 戦況は、最悪。その一言で形付けられた。

 

 直に竜に相対していた魔術師だけでも既に死亡者が五名、重症者が二名。戦死の方が多いのは相手の一撃が重すぎるからだ。躱しきれず食らって即死した。じきに戦闘に復帰可能な程度の軽い怪我で、治療のために戦線の後方に下がっている者も他に三名いる。

 周辺から支援する魔術師の被害は更に甚大だった。彼らは実力が足りていないから後方に居るのだ。ならば、ろくな防御も対処もできるはずもなく。流れ弾のように飛んでくる竜の息吹(ブレス)にまとめて焦がされ、時に振るわれた爪から漏れ出た真空波にその身を裂かれ、竜が気まぐれに翼をはためかせれば前線の魔術師達の間を駆け抜け圧縮された風の塊に粉砕され、あるいは魔眼――竜の視殺(ドラコマイ)に晒され呪い殺された。あっという間に二桁を大きく上回る死者を出している。

 生き延びている魔術師達も疲労困憊、満身創痍に近かった。それもその筈。食らってはいけない攻撃であるはずの奴の攻撃――初撃の赤竜吼(せきりゅうこう)を正面から防御したのだ。その時点で大きく体力を削られ、強度の足りなかった到達者(グランド)級の二人が消し炭になった。

 

 味方が死ねば負担も増える。それは自明の理。それを実証する惨状に、恨み言の一つでも漏らしたくなる。そんな余裕など肉体的にも精神的にも全く無いが。

 ここで非常に不本意ながら、父の言うことが正しかったことを理解した。――成る程、自分は十分強い。だってここまで来て、未だ死んでいないのだから。

 そんな思考を走らせながら、絶えず魔術を重ねていく。心配していた位格差消滅(ディスパラティアウト)など起きず、青い雷が楽々と魔術の嵐を抜けて赤い鱗に突き刺さった。――しかしそれは何の痛痒ももたらさず、牽制程度にしかならない。その事実が、胸に重くのしかかる。

 

 しかし、討伐に向けて着実に進んではいた。ダメージの蓄積は間違いなく出来ているのだ。

 

 とはいえ、どう好意的に見ようが現状は良くはない。まともに赤竜に攻撃を徹せているのは親父とカトライヤ姉妹を除けば、老練さを伺わせる風貌の二人の偉業者(ハイグランド)級の老魔術師だけなのだ。

 ついでに言えばその彼ら二人が実質的な指揮を執っている。むしろ戦闘の趨勢を見、指示を出しながら本人達も奮闘しているため、オーバーワークが心配になるくらい。

 その不安が顔に出たのか。「余計なことは考えるな」と苦笑しながらに小突かれる。――その余裕に感嘆しつつ、不遜だったかと反省する。

 

 そこまで考えたところで竜が鎌首をもたげ、その金眼を妖しく光らせた。またも視殺(ドラコマイ)。自身は風光のもたせてくれた邪視除けの絵(ナザール・ボンジュウ)護符(アミュレット)に守られているが、後ろの人々はそうではなく。今度は二人ほど犠牲になったようだ。その被害への後味の悪さと憤りをどうにか吐き捨て、平常心を掻き集める。

 今身に付けているアミュレットの限界を確かめると、後二回ほど耐えるのが精一杯なのも判った。次の用意をしなくてはなと考えを巡らす。

 

 竜は尾を強靭な鞭のようにしならせ、その巨躯の後方を吹き飛ばす。同時に翼を振るい、大岩をも砕く暴風を打ち出した。

 その暴威を避け、姿勢を保つのがやっと。――だから、反応が遅れた。

 叩きつけられたのは竜哮(ドラゴン・ロアー)。広範囲に拡散する燃焼と衝撃の大波。

 まともな防御はできず、大きく弾き飛ばされた。肋骨が三本に加え、右腕が折れたのを理解。

 それでもさっさと戦線に復帰しようと、素早く治癒の魔術を組み上げる。そうして顔を顰め、前方を仰ぎ見て――金の瞳と目が合った。

 

 

 ()()()()()

 

 

 しまった――。そんなことを思う暇もなく、言いようのない恐怖が際限なく湧き出した。金縛りにあったように体が動かない。精神操作の邪視か、でも護符は機能しているはずなのに何故――。 

 そう頭の片隅でどうにか黙考し、恐れを組み伏せ、現況にあっても意思に従わせられる瞳を動かして胸元を見る。

 

 

 ――そこには、紐のちぎれた首飾りが。

 

 

 ……つまり、これを把握して攻撃を振り分けた――?

 

 

「――()()、い」

 

 その知性に戦慄し、途切れ途切れに言葉が零れるが、意味はなく。赤竜はニタァと、一層厭らしい笑みを浮かべたと思うと、金瞳の怪光を強めた。

 

 ――脳裡を犯す感情。自身の瞳には禍々しき者(アストロソス)の幻影が映る。人に理由も理屈もなくただ恐怖を植え付けるその姿は、時を置かず視界を埋め尽くした。そして耳朶を打つ、脳を這いまわるような呪詛と怨嗟の声。それは凍結した鉄の棒に脳みそをかき混ぜられているよう。

 気がつけば世界は音を無くし、色を失くし、感覚すら遠くにやって、ただ極寒の冷気のみを押し付けてきた。

 

 

 ――――恐い怖い寒い冷たい痛いこわいコワイいやだいやだいやだ――――。

 

 

 完全に恐怖に呑まれた。心は果ての見えぬ螺旋の底。そこに囚われた。

 感知できる情報を処理できない。

 単色調(モノクローム)の世界の中で、なにやら灰色の竜がその顎門(あぎと)に鮮やかな赤い輝きを湛えている。その眼前を木製の杖を突いていた男が大口を開け、それを放り出して走り込んできていた。

 

 

 

 ――違う、これは父さん――――。

 

 

 

 そう知覚するのは同時だった。

 うなじを灼いた危機感で我に返る。

 俺の名を叫ぶ父。そして撃ち出されたケ物の赤竜吼(ブレス)。焦熱を宿す火球は空気を灼き、衝撃波を爆ぜさせながら軌道上の全てを食い千切って迫ってきた。

 

 絶体絶命の状況。限界まで圧縮した体感時間の中、短縮した詠唱を紡ぐ。

 

 

「――ッッッァァァァ!!」

 

 

 そうしようとして、叫び声とともに血反吐を吐いた。その血が地面に散るよりも前に、父さんが俺の目の前に滑り込む。そのまま両手を広げ俺を庇うように竜に背を向けた。

 

 

 ――え?

 

 

「Primum ex Quintum――〈第一から第五城壁――〉」

 

 

 防御はどうしたなどと、疑問を言う暇はない。しかし思う心も取り消せない。千々に切れた思考のまま、呪文を繋ぐ。

 

 既に目前に在る灼熱の余波が、眼球の水分すら蒸発させかねないほど強く感じられた。

 

 

「――Perfectus!〈――強化展開!〉」

 

 

 詠唱の完成。しかし傍目にも、もちろん己にも分かるぐらい不完全なもの。

 

 理知は取り戻したばかりで追いつけず、肉体は魔眼の硬直から抜けきっていない。

 

 

 ――何より、父の姿に動揺したのがいけなかった。

 

 

 

 自身の防御の魔術は紙のごとく破られた。

 そのまま父親の背に直撃する竜の息吹。それは確かな威力を持っていたが、狙った俺の命は穿てなかった。――代わりに、息子を守った稀代の魔術師の命を削っていったが。

 

 

 

 楽観と幻想は、音を立てて砕け散った。

 

 

 下半身を消し飛ばされた親父は、死んだように動かない。

 

 揺すっても、声を掛けても、動かない――。

 

 

 

 ――――?

 

 ――――――――。

 

 ………………。

 

 

 ……脳が、事実の理解を拒絶した。

 しかし、無意識に生存に傾いた魔術師としての理性が、現状を検分している。

 

 

 

 

 

 ――――――――慟哭が、絶叫となって天を衝いた。

 

 

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