Fate/Crossing Peak   作:甘風

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 序章も佳境へ。よろしくお願いします。


祈った女と願った男、その先に

 

「――嘘だっ! 父さんが、なんで……!? なんでだよ――!」

 

 

 取り乱して言葉を重ねるが、応じる素振りはない。それはそうだ。だって――。

 思考を打ち切る。そんなものは認めない。

 

 現実と妄想の間で意識が揺れる。その天秤が己の都合のいい方に傾きかけた時――親父の肩がピクリと動いた。

 

「父さん……? ――父さん!」

 

 慌てて飛びついた。それはすぐに押し返される。

 

「……馬鹿者。何をしている」

 

 苦しそうに喘鳴しながら、吐き出された言葉。

 

「――生きてた! 良かったっ!」

 

 それに狂喜する。

 顔を見ることすらなく、母は喪われたのだ。たった一人の家族まで失くしてたまるか。

 

 

「半身を消失して、挙げ句にショックで気を失った、か」

 

 冷静に自身の状況を分析する父親。不甲斐ない、と零しながら弱々しい動きでがらんどうの己の腹を撫でる。そうした後、ぽつりと呟いた。

 

 

 

「……これは無理だな。じきに死ぬ」

 

 

 

 ――は?

 

 

 

 その反芻は、音にならなかった。押して言葉を絞り出す。

 

 

「いや、だって父さん、生きてるじゃんか。だって、さ?」

 

 自分の魔術は延命の訳にすら立たなかったか。そんな囁きが脳裡を掠めた。――うるさい。

 

 現実を認めたくなくて。瞳を揺らすばかりの俺の両頬を、親父は己の臓物の血にまみれた両手で挟んでくる。

 

「いい加減にしろ、水明。そんな風に育てた覚えはないぞ」

 

 生温かいぬめり。

 それは命の温度だ。

 直感が、これが冷めた時に彼の命の灯火(ともしび)が消えるのだと告げる。

 

 

 ――なら、己の現実逃避に、大切な時間を使う訳にはいかない。

 

 

 それでも。

 

 

 

「なんで、魔術を使わなかったんだよ……」

 

 

 

 その問いは、漏れてしまった。

 

 

 

「……愚かなことだよ」

 

 

 苦笑のような気配とともに、父が頬に添えていた手を放した。

 

 

「息子が死の危機に瀕して、その姿を目にしてしまったら。何がどうと細かく考えることなんて出来やしなかった。……魔術も何も、結局は体を間に合わせるので精一杯だった」

 

 

 ――ただ、それだけのことだ。

 

 

 

 そう言ってから、嘆息と共に深く頷く。

 

 

 ――なんだよ、それ。そんな理由で、なんで。

 親に迫る死への悲しみ、それを招いた自分への苛立ちと憎しみ、この状況になって親の心配を場違いにも喜ぶ浅ましい気持ちとが、綯い交ぜになる。

 くしゃくしゃの顔。飲み下せない感情。

 

 

 ――でも、大切な時間を使う訳にはいかない。

 

 

 

 

「……よし。腹は決まったようだな。――最期に、伝えることがある」

 

 

 

 さいご。その響きの不吉さに顔を顰めるが、それでも。そんなことを考えている猶予はないのだ。今聞かなかったら、一生後悔しても足りないのだ。

 掠れて、震えて、涙を孕んで。そんな無様な声で「はい」と返事をする。

 ――そのまま親父は倒れ込み、肩に寄りかかってきた。顔は入れ違いになり、表情は見えない。

 

 

 

「私は、お前の母を守れなかった」

 

 

 

 耳元で告げられる、父の声も震えていた。

 

 ――なんで、そんなことを。

 

 今になって、それを言うのか。機会などいくらでもあったのだろうに。それこそいつかの日、母について一度だけ語ってくれたじゃないか。その時では駄目だったのか。

 思考の海に去来する感情の波。溺れないようにそれを問うと、確かに答えた。

 

 

 

「担わせたくはなかった。お前は不幸な女と、愚かな男の間に生まれた子供だ。もとより呪われた者と関わることを約束されたようなもの。口にすれば間違いなく同じものを追わせることになり、きっと自身のように望みの塞がれた末路を辿る羽目になる。――だから、言えなかった」

 

 

 

 

 ――お前の母は、どうしようもなく不幸な女だった。

 そう語ったのは、いつのことだったか。

 

 父の寡黙さには、言葉が結果を引き寄せるから安易に口を開けないという理由もあった。だが、もし魔術師の家系であることを抜きにしたとしても、俺らの在り方は一般家庭の父子のそれらと遠く離れているものであっただろう。

 日常生活で多少言葉を交わすことはあっても、語り合った記憶などは全くなく。そんな父とまともに会話をする機会と言えば、専ら自身が魔術を教わる時ぐらいだった。

 

 それでも、一度だけ。俺に語ってくれた事がある。

 

 

 それは母のこと。かつて守ると口に出して誓い――それを果たすことの出来なかった女のこと。

 

 

 彼女は破滅の呪いを背負った人だったそうだ。存在そのものが理に反する者。空を覆う黒雲の降らす冷たい雨と、その辛さと不吉さ、それらに濡れたうら悲しさだけが似合う、陰にも日向にも咲くことのできない女。その身に負わされた宿命のせいで、決して幸せに死ぬことはできないだろうと誰もが諦め、見向きもしない。

 

 そんな不幸の奈落に落ち続けているような、哀れな女だった。

 

 いつも父の隣にいて、いつもその腕の中でむせび泣いていた。心からの笑みを見たのはたった一度きりで、その笑顔――死の間際の笑顔でさえ、彼のことを労ったものであったらしい。

 

 ……そんな彼女を最後まで守ると口にして、しかし終ぞ叶えられなかったのだ。

 

 

 そう、これは私がまだ幼かった頃の話。結社を初めて訪れてから、まだ数年と経っていなかった頃の話だ。

 

 

 父は俺に魔術を教え、神秘を見せて。そうやって魔術師のあるべき姿を静かに説いてきた。そして幾度となく繰り返した一連の最後に、いつも結社の理念を――盟主の目指す命題を追い求めるのだと言っていた。

 それはもう、口癖のように。どこかに忘れてしまった熱量を思い出したように、心を籠めて。

 

 

 そこに必ず、自分達の望むものがあるから。だから神秘を、己の可能性を追い続けろと。

 

 

 そんな子供が抱く願望のような胡乱な目標を繰り返し説かれて。それを言われたのと同じくらいの回数、何故あなたはそれを目指したのかと繰り返して訊いたある時。父は切なそうな憧憬の眼差しと共に話したのだ。――俺の母のことを。最愛の女のことを。

 

 

「思い出せたな、水明。――いいか、結社の理想を追いかけろ。答えはきっと……そこにある」

 

 

 いつになく饒舌な父は、自嘲の雰囲気すら漂わせて言葉を紡ぐ。

 

 

「結局言ってしまったな。……悪い、未練だ」

 

 

 それは謝罪だったのか、自虐だったのか。そこまで言って零した吐息は、重苦しかった。

 

 

 ――――。

 

「何故――」

 

 思ってもいない言葉が口を衝いた。――何がために。何のために。これまで秘してきたことを、今になって願いと共に話すのか。

 

 

 

「……このままこの身が朽ち果てていくのは構わない。だが、彼女と共に願い、未来を目指した記憶を、共に分かち合ったこの思いを、我が身が滅びるに従って忘れ去られてしまうのは嫌だった」

 

 

 

 誰の記憶にも残らない、なんてことにはしたくなかったんだ――。そう、続けた。

 

 

 瞼を下ろしたまま、父は想いを言葉に紡ぎ直す。

 それは本当に今際を感じさせるほどに途切れ途切れで、弱々しい声音。

 

 

 

「この想いは、最後まで報われることはなかったから。辛さや苦しさ――そんなものばかりに彩られ、荊棘に閉ざされた道だったが、それでも」

 

 

 

 絶え絶えの息は声を濁らせるはずだが、不思議と明瞭に聞き取れる。

 

 

 

「――それでも、お前には、お前というたった一人の息子にだけは、覚えていて、欲しかった」

 

 

 

 向き直ろうと後ろに下がった時、ふらついて倒れかかった父を慌てて抱き支えた。

 

 ――その身の軽さに怯む。そんな俺の様子を気にもしないように、熱に浮かされたまま彼は言葉を重ねた。

 

 

 

「――そんな男と女がいたことを、そんな二人が幸せな夢を、幸せな未来を目指して駆け抜けてきた過去があったことを、忘れてほしくない。……それだけ、なんだ」

 

 

 

 所々掠れても、これまでからは考えられないくらい滔々と話す自分が可笑しくなったのか。父の言葉の端々に忍ぶ息遣いは皮肉げだった。しかし、語る思い出の色にも釣られたのか、節々の語調には喜色も滲み出ている。……特に最後の言葉には、それが顕著だった。

 

 

 感情の多さに負けて、表情を思い出したらしい親父が――()()()

 

 

 

 ――嗚呼、今更だよ、父さん。

 

 

 

 誇らしげで、嬉しげな父を見つめる。視界は歪んでいるが、その姿を目に焼き付けようとする。

 

 

 

 ――選べるはずないじゃないか。酷いなぁ、父さんは。

 

 

 ――自分もまた魔術師なんだ。父さんと同じでさ。

 

 

 ――何より、俺は父さんの……八鍵、風光の息子なんだよ。

 

 

 ――なら。

 

 

 

 

 

「――水明。魔術と静間(しずま)しか選ばなかった私には、もうお前しか縋る者がいない。……だから、頼む。結社の理念を追いかけろ。盟主がこの世界の理に求めたそれが、真実あるならば、この世には決して救われぬ者はいないのだから。だから――」

 

 

 

 

 

 俺を見て、この上なく人間らしく微笑む。

 

 

 それは、一生を駆け抜けた或る魔術師の男の生涯を表す様に厳かで、誇り高く、美しく――そして、満ち足りたものであった。

 

 

 ……たぶんこの笑顔も、言葉も。一生何処かにこびりついて、忘れることはできないだろう。

 

 

 

 

 

 『――だから、救えなかった私の代わりに、救われない女を救ってくれ――――』

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、すまないとだけ口にして。親父は腕に掛かる重さを、増させた。

 ……数拍か、数秒か、数分か。どれだけそうしていたのか。実際はごく僅かな時間だろう。

 事切れた父を、丁寧に横に寝かせる。

 

 今度は、天秤を間違うことなんてなかった。

 

 

 逃げることなんて――なかった。

 

 

 

 家族の幸せな未来を夢見た男は、ここに息絶えた。息子の答えも聞かぬまま、伝えなければならぬことは伝えたと。本当に物言わぬ石像のように、ようやく感情を取り戻した貌を凍てつかせて。

 

 思い描いた夢路の果て。いつも窓の外に思い浮かべていた平穏。望んで止まなかった、どこにでもある家族の在り方。それをただの一度も見ぬままにその人生を終えた。

 

 

 

 

 ――身勝手だった。

 

 

 俺を業深き魔道に誘い込んで。

 

 俺に愛深く恐ろしい試練ばかり課して。

 

 

 ――最後にこんな、幸せな夢を説いて――――。

 

 

 ……本当に、身勝手。

 

 

 

 ――――だから、今更だった。

 

 

 

 周囲を見渡す。無意識に周囲の音を脱落させていたようだ。色彩と音声(おんじょう)が感覚に戻ってきて、やっと戦況を把握した。どうにか膠着を保っているらしい。聞こえないが、こちらに向かって大口を開いている老魔術師の片割れが見える。早くしろ、などと叫んでいるのだろう。

 

 

 見れば、赤竜が再び息吹(ブレス)を放たんと灼熱を口に蓄えている。

 

 

 それは念入りな止めか、それとも死者への冒涜か。悪辣な知性を見せた()の竜の行動には、不快さを感じてしまう。

 

 

 激情が全身に漲り、駆け巡る。それを燃料とし、魔力炉心に更なる火を入れた。

 

 

 

 ――もっと、もっとだ。もっと強く。

 

 

 

「――――Non amo munus scutum! Omnes impetum Invictus!〈――――我が盾は盾にあらず! いかなる攻め手の前にあってもなお堅固なもの。いかなる砲火の前にあってもなお揺るがなきもの!〉」

 

 

 

 今度こそ絶対に防がんと、謳い出すは金色(こんじき)(マグナリア)

 研鑽とガバラの秘術、現代魔術理論による動作と記憶による唱句の置き換えによって発動までの時間が大幅に短縮されて尚、都合九小節を必要とする大魔術。

 

 

 

「Invincibility immobilitas immortalis! Cumque mane surrexissent castle――〈決して潰えず、不動にて盤石。其は()()()()()()()()()()()()()()に虚飾されし堅城! その名は――〉」

 

 

 

  五層の金色の魔法陣が正面に描かれる。それに同期して足元により巨大で一際強く輝く同色の魔法陣が展開され、同時に必要な魔力量が跳ね上がった。それに応じて大いなるマナである星気(アストラル)を星の内海から汲み上げ、体内に組み込んだ魔力炉を通してオドを精製し術式に充てた。

 星気を取り込むと共に、膨大な熱量が身体(からだ)に流れ込んでくる。

 

 ――それは、己には全て遠き力を感じさせるもの。

 

 

 

「――Firmus! Congrega aurum magnalea!〈――我が堅牢! 絢爛なる金色要塞(こんじきようさい)!〉」

 

 

 

 俄にもたらされた強大な力に惑わされないよう、制御を手放さずに詠唱を結ぶ。

 

 ――まだ、親には遠い。星気使いとしては技量が足りない。この大源(マナ)は使いこなせない。

 

 そんな感慨とは裏腹に、城塞を意味する結界は堅牢に構築された。

 

 

 迫りくる業火。迎え撃つは渾身の魔術行使。

 

 

 積層魔法陣に近づいた時点で、火球の速度が鈍化した。それは支配領域(ルールエリア)に入り、時間停滞の魔術が成立したからだ。

 激突と同時に物理防御を担う一枚目が消し飛ぶ。ほとんどその熱量は変わらない。

 程なくして魔力耐性を帯びる二枚目も砕かれる。これは大きく暴威を損なわせた。

 間を置かず術式解除の性質を持つ三枚目が貫かれる。神秘による攻撃であっても、術ではなく純粋な暴力であるブレスには相性が悪かったようだ。

 甚だしい発光と引き換えに、威力反射を為す四枚目も弾け飛んだ。しかし、相殺をもって温度と強勢をほとんど失わせる。

 ゆっくりと互いに消え失せるように、減衰干渉をする五枚目が溶けていく。そうして、既に残り火も同然となっていた赤竜吼を確かに消し去った。

 

 

 城壁は全て破られたが、しかし攻撃は通さなかった。

 

 

 ――つまり、防ぎきったのだ。

 

 

 

 ケ物が晒した隙を突き、カトライヤ姉妹が止めをささんと待機させていた切断の魔術を放つ。

 

 

 空間の断層と共に、存在ごと一切を抹消する透明な刃。

 その威力は絶大で、竜の致命に足るものかのように思えた。

 

 

 だが――

 

 

 安堵や快哉は(こら)える。それは竜の猛威が未だ収まらないから――むしろ増してきているから。

 

 

 二人の大魔術の直撃を受けて尚、奴は生き延びたのだ。

 

 

 赤竜は傷口から毒と呪いを宿した黒い血を雨とばかりに吹き出させて降り注がせ、更には生物を死に至らしめる血煙として穢れた霧を燻らせた。痛みにのたうっているのか、四肢と尾、そして翼をめちゃくちゃに振り回し、口から四方八方に竜哮(ドラゴン・ロアー)を撒き散らしている。

 

 それを決死の覚悟で押さえこむ先達の魔術師達。

 今、確実に切り札を切る余裕があるのは、己のみ。

 

 ――ならば、と。深く息を吸い、覚悟を決める。

 

 ――これで決着をつける。

 

 

 魔力炉に更なる火をくべた。激情という熱を代償に、作り出す小源(オド)を増させていく。

 炉心は限界を超え、澄んだ悲鳴のような高音と、濁った絶叫のような重低音を織り交ぜた唸りを上げる。肉体はその余波に骨を軋ませ、内臓を傷つかせ、皮膚を裂かせて血が流れさせる。オドに変換しきれなかったマナは熱となって体表から蒸発して、大量の魔力を含んだ熱霧となった。

 溢れ出る魔力が生み出す力場の波動に周囲に大地は微塵に砕かれ、大気は光すら曲げかねないほどに歪められ、そしてその全てが吹き荒ぶエーテルウィンドに消し飛ばされる。

 

 

 

 ――想いを力に。されど無くさず。燃え尽きさせず、抱き続ける。

 

 

 

 父の言葉を、誓いを、姿を、夢を刻み込め。焼き付けろ。そのための熱は――ここにある。

 無理を押して回転する魔力炉の負荷に、自身の肉体が悲鳴をあげる。構うもんか。

 外界から汲み上げた大源(マナ)、大量の星気が俺の矮躯と精神を蹂躙せんと荒れ狂う。――知ったことか。扱い切ってみせるさ。

 

 

 決して忘れるな。その熱量を失うな。夢を――追い続けろ。

 

 

 

 

 ――あぁ、今更だ。今更だよ。――追うに決まってるだろ? 父さん。

 

 そう、決意する。――(おの)がため、強く誓う。

 

 

 

 だから、止めの赤竜吼を放とうとした赤竜に――吼えたのだ。

 

 

 

 

 

 ――――あなたの夢はっ! 俺が、過たず叶えて見せる! 必ず――――!

 

 

 

 

 

 成したのは誓約であり、制約。自らの人生を捧げるもの。

 

 

 

 ――だからこの日、この場所で。幼くて、弱かった八鍵水明(じぶん)は死んだのだ。

 

 

 

 だから、災厄を呼び込んだ赤竜に――吼えたのだ。

 

 

 

 過去の己との訣別がため、今の己が為した誓約がため、未来の己が追う命題がため。

 

 

 

 

 

 そして――

 

 

 

 

 ――尊いと思った、家族の夢のために。

 

 

 

 

 

 そのために紡ぎ出すは――真詠唱。

 

 

 

 

 

 ――Velam nox lacrima potestas.

 ――(とばり)の内。夜の流す涙の威。

 

 

 

 莫大な魔力、緻密な(しゅ)、そして苛烈な意思に晒された世界が崩壊に慄くように震え、詠唱と共にその姿を変えていく。――今謳うは星空の大魔術、流星落(エンス・アストラーレ)

 幻想的な青い輝きを伴って、ゆっくりと足元に遥か遠大な魔法陣が描き出される。

 妖月に照らせれ、血飛沫を浴びたように赤黒かった夜空は黎明の如き紺碧に染まり、大地に蔓延っている仄暗い炎と穢れた血の霧を拭い去りながら静謐な空気を取り戻した。

 

 

 

 ――Olympus quod terra misceo misucui mixtum,

 ――其は天地の(しるべ)を綾なして、

 

 

 

 ――Infestant militia,

 ――(うつつ)に蔓延る不条理へ

 

 

 

 ――Dezzmoror pluviaincessanter.

 ――目眩く、降り注ぐ。

 

 

 

 地平線の天の際まで覆い隠すが如く、埒外に巨大で複雑な魔法陣が編まれていく。

 蒼光で構成される()()は、時計を象ったような特に巨大な一つを中心として幾重にも重なり、大小様々な魔法陣が何本となく描かれる時針に相当する蒼線に垂れ下がるように配置されていく。円形に並べられた文字列がその隙間を埋めるように組み込まれ、薄雲ひとつない夜天に蓋をした。

 

 

 

 ――Vitia evellere.

 ――()の嘆きしものは悪。

 

 

 

 ――Bonitate fateor.

 ――()の謳いしものは善。

 

 

 

 そして溢れ出すは星気光。青白く清らかなその光幕と金に輝く幻想の粒子は、天高くに輝く星々と今己らが立つ大地とから放射され、視界の全てを満たしていく。

 その光は赤竜の鼓動を弱め、その狂乱を失わせた。

 拘束せしは星の息吹(ガイア・ブレス)。天と地全ての星が持つ力の輝き。

 

 

 

 ――Lux de caelo stella nocte.

 ――全てはあの擾乱の先、彼方より来たる(またた)きの星芒。

 

 

 

 魔力の高まりは絶頂に。果てに鍵言はすぐそこに。

 言葉に呼応し、空を彩る星を写し出したように、中天に無数の魔法陣が構築された。光の奔流が竜を目掛けて収束していき、その余波のごとく無数の黄金の光を核とする青白い尾を引く小さな箒星が降り注ぐ。

 並び立つは天地に逆立する光の柱。

 それはさながら天の涙が地から建つ尖塔を避けて落ちてきているよう。

 

 

 

 

 

 ――――Enth astrarle――.

 ――――星天よ、落ちよ――。

 

 

 

 

 

 ――その夜、快晴の空。

 

 見渡す世界全てに満ちる澄み渡った星気光と共に、天に輝く遍く星々が地に墜ちた。

 

 




 かくして、現代の竜殺しは為されたり。
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